学院の教師達は頭を抱えた。使い魔品評会が明日に迫るこの時期にまさかこんな事が起きてしまうとは。そんなことを思いつつ、とにかく今は事態の沈静化を図るべきだと随分寂しくなった宝物庫の中で喚いていた。
「ううむ」
そんな中、学院長であるオスマンは一人首を傾げる。豪快に壁を破壊し豪快に中身をかっぱらっていったのは確かだが、目録と照らし合わせると被害額はそれほどでもないのだ。勿論普通の貴族では逆立ちしても払えるような金額ではない。が、値段をつけられないほどの一品と謳われるものが鎮座する中、それらに目もくれていないのが気になった。
「どうされました? オールド・オスマン」
そんな彼の様子に気付いたのか、教師の一人コルベールが問い掛ける。いや少しな、とお茶を濁すと、オスマンは視線を壁にかけてある杖に向けた。明らかに杖とは呼べないものがその中に混ざっており、どちらかといえば銃、あるいは小型の大砲に似た何かに見えなくもない。
「『破壊の杖』は無事、か」
貴重な一品ではあるだろうが、こんなよく分からないものを金に変えようとすれば相当の労力を必要とするだろう。手っ取り早く金を手に入れたいのならば、わざわざこれを選ばない。
「いや、そう考えさせるのが目的か……?」
どちらにせよ、この状況でこちらの監督不行き届きを責められてはどうにもならない。なんとしても下手人を捕まえなければいけないのだ。幸いにして誰の犯行かは分かっている、ご丁寧に犯行声明が刻まれていたからだ。
他の教師達は口々に犯人フーケを罵る。次いでそんな賊を侵入させた衛兵を罵る。誰も彼もが自分は悪くない、と主張していた。そうしていないのは極僅か。多くて三人程度であろうか。
「はぁ……。それで、誰か目撃者はおらんのか?」
オスマンの言葉に、コルベールがコクリと頷く。こちらの二人です、と対称的な二人の少女を呼び寄せた。片方は燃えるような赤い髪の色気たっぷりの少女。もう片方は小柄で肩まで伸ばした青い髪を面倒くさそうに弄んでいる伊達眼鏡の少女。
「……ゲルマニアのじゃじゃ馬と、ガリアのじゃじゃ馬か」
よりによってこいつらか、とオスマンは溜息を吐く。まあともかく状況説明を、と彼は二人に問い掛けた。
「はい、ええっと。確かあたし達で勝負をしようということで広場まで移動したんですけど」
「途中で何だか凄い音がしたから、振り返ったら壁にヒビが入ってて。その後に巨大なゴーレムが出て壁に穴を開けていました。キュルケはその時悲鳴を上げながら逃げて」
「ちょっとジョゼット! 余計なこと言わないの!」
「何よ、本当のことでしょ。偉そうにしてても所詮は小娘ってことね」
「見た目も中身も小娘のあなたに言われたくないわよぉ……」
喧嘩するほど何とやらというやつか。そんなことを思いながら、オスマンはそれで、と話の続きを促した。が、その後ゴーレムは暫し進んだ後土に戻ってしまったらしく、そこで足取りは消えてしまったらしい。
「追おうにも手掛かりはなし、というわけか」
お手上げか、とオスマンは肩を落とす。出来ることならばこちらで片を付けたかったが仕方あるまい。そんなことを思いながら、今回の件は王宮に報告をすると皆に告げる。壁の応急処置だけをして、他は調査のためにそのまま保存することにした。
ああ面倒だ。そんなことを思いながら解散していく教師達の背中を見つつ、オスマンは再度溜息を吐いた。
幸いにしてアンリエッタ王女は今回の件について何か咎めることをしなかった。とはいえ、宝物庫の修理は学院でなんとかするようにというお達しをもらい、オスマンとしては中々の出費である。それでも誰かが路頭に迷うということなどなく、フーケの調査は衛士隊により行われることとなり。
そろそろか、というタイミングでとある万屋メイジが腰を上げることとなる。
「フーケの情報は依然掴めないようですわね」
「そりゃそうでしょう」
全員グルなんだもの。もう国外にでも行ってしまったのでしょうと白々しい報告をするトリステイン魔法衛士隊が一つグリフォン隊の隊長を横目で見ながら、ルイズは頬杖をついてそうぼやく。
お疲れ様、そういって座っている自身の横を歩く隊長に手を振ると、苦笑しながらひらひらと手を振り返された。
「さてルイズ。フーケの情報も集まらないことですし」
「はいはい」
「そろそろフーケを殺しましょう」
「はいはい」
何言ってんだこいつ、とツッコミを入れる人物は生憎いない。対面に座っているルイズはやる気なさげに相槌を打つだけである。ちなみにこの場にギーシュとモンモランシーはいない。二人はマチルダと共に学院の監視と後始末を担当している。ほぼ見学で終わると思っていた二人にとっては大迷惑であった。ちなみに証拠隠滅は完璧にこなしてしまい、だからそういう役割を押し付けられるのだとマチルダがこっそりと溜息を吐いているのだが、本人には伝わらない。好き好んで道連れを減らしたくはないのである。
「ワルド子爵」
「……何でしょう」
このまま逃げたかった、という顔を隠しもせずにグリフォン隊隊長は振り返る。報告書の変更ですか、と問い掛けた彼に対し、アンリエッタはええその通りですと笑顔を見せる。はぁ、と髭の美丈夫は溜息を吐いて先程提出したものとは違う報告書を取り出した。
「あら、準備が早いのですね」
「予想していましたから」
ほれ、と言わんばかりにその報告書を投げ出すワルドを見て、アンリエッタは笑みを強くさせる。流石はトリステインの誇る騎士ですわ。そんなことを言いながら、ほんの少しだけ目を細めた。
「それとも、ヴァリエールの婿殿と言った方がよろしいかしら?」
「よろしくありません」
「あら、子爵は彼女達の誰かと結ばれるのはご不満?」
「現状に不満があったのならば、とうの昔にこの国を裏切り最近勢力を増すレコン・キスタなる反乱軍辺りにでも鞍替えしておりますよ」
再度溜息。もう帰っていいだろうかという表情を浮かべたワルドを見て、まあ仕方ないとアンリエッタは口角を上げる。ちなみにルイズの方はどうなのだ、と彼女は視線を彼から目の前の『おともだち』に動かした。
「……わたしでいいの?」
「……その質問は、卑怯だ」
一体誰を思い浮かべたのか。ワルドはルイズのその言葉に苦い顔を浮かべると、くしゃりと彼女の頭を撫で、あまり無茶はするなよと言い残し部屋を出ていった。
まあそういうわけなので、とルイズはアンリエッタに向き直る。とりあえず話を進めるために新たに置かれた報告書に視線を落とした。
「使われていない炭置き小屋、か」
「魔法学院の近くにも似たような廃屋があるようですね。どれにしましょう」
「この辺の遺跡跡とかでいいんじゃないですか?」
ほらこれ、とフーケの隠れ家候補の一つを指差す。勿論ここで候補を本物の隠れ家にするのだ。
アンリエッタはルイズの提案した物件を一瞥し、ああそれは駄目ですねと一蹴した。あまりにも即決だったので、思わず何でだと尋ねてしまうほどである。
「そこはオーク鬼がたまり場にしていますから」
「……何で候補になっているんですか?」
「ついでに始末して欲しかったのでは?」
まず間違いなく自国の姫にやってもらうことではない。そう考えると、その『始末』は一体何に掛かっているのか。そこを深く思考すると頭が痛くなりそうであったのでルイズは考えることをやめた。
「心配せずとも、始末されるのはオーク鬼か腹の底まで腐敗した貴族共のどちらかですわ」
「姫さま該当してるじゃないですか」
「ルイズも中々言いますね」
うふふ、と笑いながらアンリエッタは書類を指で弾く。この際だから『暴風雨』の正体を大々的に宣伝するのもいいかもしれないな。そんなようなことを呟きルイズを見た。
そういうところが腹の底まで腐敗しているに該当する所以だ。そう言いたいが言っても無駄なのでとりあえず頬を突いた。アンリエッタの口からなんとも間抜けな吐息が溢れる。具体的にはぷひゅー、である。
「ふっふ」
「……真面目にやりなさい、ルイズ」
「嫌ですよ。というか姫さま、ぶっちゃけもう決めてるんでしょう? 隠れ家」
頬杖をついたルイズのその言葉に、ふくれっ面のアンリエッタはまあそうですけどと返す。やはりここだろう、と指差したそれは、学園からそれほど離れていない森の中の廃屋。今二人のいるここ、王宮からならば馬を使っても半日は掛かる場所であった。
学院近く、というのが恐らく決めた要因なのであろうが、それでも何故ここなのだろうか、とルイズは首を傾げる。そんな彼女を見たアンリエッタは、単純な話だと指を立てた。
「学院近くに潜んでいたのに気が付かなかった、となれば、もう少しオールド・オスマンから吹っ掛けられるでしょう?」
「その場合学院の評判ガタ落ちですけど」
「最近は緩みきっていますから、それくらい危機感を持ってもらった方が丁度いいわ。それに」
貴女の所為で落ちる前に下げておけば安心でしょう。そう言って笑うアンリエッタを見て、ルイズは思った。口には出さないが、心からこう思った。
本当に駄目だなこの人。
森の一角に開けた場所がある。そこにぽつんと建っている小屋は、もう既に使われていないのがよく分かるほどボロボロであった。一応建物としての機能は残しているので暮らそうと思えば暮らせるが、きちんとした生活をするならば修理は必須であろう。
「まあ、盗賊の隠れ家らしいといえば、らしいか」
ポニーテールに水晶のバレッタ、『フランドール』になったルイズがそう呟く。隣では仮面のメイジ、アンゼリカがええそうねと適当な返事をしていた。
「で、ここで何をするんですか?」
「フーケ討伐に決まっているでしょう? いやだわフラン、記憶障害?」
「……もう少し詳しく言います。何をどうするとフーケ討伐になるんですか?」
「フーケの討伐なのよ? フーケを見付けて始末する以外に何があるというの?」
首を傾げて不思議そうにフランにそう述べるアンゼリカを見て、彼女は思わず肩にさげている大剣に手を掛けた。落ち着け相棒、という剣の悲痛な叫びも何のその。そのまま自身の杖である大剣デルフリンガーに精神力を込め始める。
「さてフラン。周囲の索敵は済んだかしら?」
「……今やってます」
「え? 何相棒? それ仮面の嬢ちゃん切り刻むためのものじゃねぇの?」
「この程度で一々切り刻んでたらアンの体はとっくに細切れになってるわよ」
割といつもやってるような、という言葉を飲み込んだデルフリンガーは、まあそれならいいやと口を閉じる。暫しそこで目を閉じたフランは、周囲をぐるりと見渡すと息を吐いた。
周囲に反応なし。フランがそう述べるのを聞いて口角を上げたアンは、では手早く済ませましょうと持ってきた木箱の蓋を開けた。当初から嫌な予感はしていたが、やはりその箱なのか、とフランは彼女が中身を取り出すのをちらりと見る。
ピクリとも動かない人間大の姿をした何か、というよりも人の死体が出てきた。
「…………」
「あら、どうしましたフラン」
まるで荷物でも放り投げるようにその死体を地面に投げ捨てると、さてではどうやって仕立て上げましょうかとアンはそれを見下ろす。そこにフランが求めている感情は何一つ見受けられず、ただただそれを物として扱うだけの少女の姿がそこにあった。
「やはり戦闘跡は付けた方がいいわね。ねえフラン、貴女の魔法で――フラン?」
「アン」
静かにフランは彼女の名前を呼ぶ。とりあえず、これの出処を言え。話はそれからだ。そう言って真っ直ぐに眼の前の仮面の少女を見詰めた。
対するアンはそれを聞いて目をパチクリさせる。仮面を付けているのでその動きはフランに覚られることはなかったが、しかし一瞬動きが止まってしまったのは誤魔化せない。ただ問題なのは、それが動揺からくるものだと勘違いされてしまったことである。
「言えないんですか?」
「……そうね。そうだとしたら、貴女はどうするつもり?」
そして、アンがそれを察して敢えて乗ったことである。先程のからかいが少し効いていたようで、今のフランは頭に血が上っている。何かしらで発散させるかして落ち着かせる必要があるだろう。そう判断したことによる行動なのだが、傍から見ている分には更に挑発しているようにしか見えない。実際やっている行動は挑発そのものである。
「例えば、わたくしが罪人の死体を今回の件に利用するために保存して持ってきた、と説明したとして。貴女は素直に信じますか?」
「ええ。信じますよ。それが本当ならば」
「そうかしら? わたくしはとてもではないけれどそうは思えないわ。貴女の都合のいい答えが出ない限り、それが真実だとしても貴女はきっと信じない」
「それは、アンがデタラメを言っているからですよ」
「ほら、そうやって人を信じないのだもの。何を言っても無駄でしょう?」
やれやれ、と頭を振り肩を竦めたアンは、フランから視線を外し踵を返す。この調子では今回の仕事は出来そうにない。そんなことを呟きながら一度出直さんと廃屋を後にしようとした。先程投げ捨てた死体はそのままに、である。
「片付けないんですか?」
「ええ。気になるなら貴女が適当に始末しておいて頂戴」
アンは振り返らない。手をヒラヒラとさせ、なんてことのない様子でそう述べて足を踏み出した。
瞬間、彼女の背中に風の塊が撃ち込まれた。ぶつかれば少女の華奢な体など平気でへし折れんばかりの勢いで放たれたそれは、振り返る暇もなくアンへと叩き込まれる。
「……本当に、貴女という人は」
それよりも早くアンが腰から引き抜いた剣杖により、くるりと絡め取られ霧散させられた。それをしながら、振り向くこともなく彼女は呟く。本当に分かりやすく、真っ直ぐだ。だからこそ、からかい甲斐があるし、だからこそ。
「貴女はわたくしの『おともだち』ですわ」
振り返る。仮面の奥で満面の笑みを浮かべながら、アンはもう片方の剣杖も引き抜くと目の前の相手を見詰め、構えた。右手は順手、左手は逆手に杖を持ち、そして左右別々の呪文をそこに込める。
「フラン」
「何です?」
「今の一撃、宣戦布告と受け取っても?」
「お好きなように」
そう言いながらもフランは剣に精神力を込め、呪文を紡ぐ。既に彼女は眼の前の相手を打ち倒す気満々である。ただし、その表情は仏頂面。分かりやすく言えば怒っていた。
「まあ、いいわ。少し、踊りましょうかフラン」
「ふん……泣きべそかかせてやるわ!」
「あら怖い。わたくし震えてしまいます」
この野郎、とフランは風の刃を放つ。ほとんど手加減なしのそれは、当たればまず間違いなく真っ二つだ。勿論アンには当たらない。左手の呪文を解放させ、水のヴェールが風を包み込みそよ風に変える。そのまま右手の呪文も解放、水の槍が一直線に伸びヴェールを捲るようにフランの眼前に現れた。
「んなっ!?」
咄嗟に横っ飛びで躱す。ゴロゴロと地面を転がりながら怒りのボルテージを更に上げたフランは、立ち上がると同時、爆弾のような風の呪文を次々に撃ち出した。森の中の開けた一角が、みるみるうちに轟音を響かせ広がっていく。
「全然当たっていないようですが、どうしたのフラン? 今日は調子が悪いのかしら?」
「あー、もう!」
更に呪文を連発。木々は薙ぎ倒され、地面に大穴は空き。そして廃屋の壁や屋根は見るも無残な状態と化していく。
当初の目的を完全に失念しているフランは、それがアンに誘導されているのだと気付かない。もう少し冷静であれば、挑発に挑発を重ねられなければ今頃はもう少し意図した行動を取っていたのであろうが、生憎とそれが出来ていない。
「当たりなさいよアン!」
「そうしたいのは山々ですが。いかんせんあまりにもフランの呪文がお粗末なもので」
「むきぃー!」
だから、周囲の破壊が『フーケとの戦闘跡を付ける』というものに利用されていることに、気付かない。良いように利用されていることに、気づけない。
が、アンゼリカが実に楽しそうにフランドールをおちょくっていることには、気付いていた。それでも彼女は止まらない。もう少しだけ、止まらない。
言ってるそばからアンリエッタを切り刻みに行くルイズの図
原作沿い云々はいい加減くどいのでやめ