ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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真面目な話を書こうと思っていたんです


自由騎士録/Eine Kleine Alraune
その1


 お花は女の子に言いました。

 

「あなたはとってもかわいくて、うらやましいわ。」

 

 ところが、女の子はふしぎそうなかおをしています。

 

「どうして? あなたのほうがわたしよりもずっとすてきよ。」

 

 お花はそれをきいてもうれしくありません。

 

 だってお花は、じぶんがきれいだと思っていなかったのですから。

 

「うそよ。わたしは、みにくいわ。あなたみたいに、かわいくない。」

 

「そんなことはないわ。あなたはとてもきれいよ。」

 

 そう言って、女の子はわらいます。

 

「そうだ。こんど、おきにいりのドレスをもってきてあげる。」

 

「ドレス?」

 

「ええ。それをきて、わたしといっしょにおどりましょう?」

 

 女の子はそう言って、お花の手をにぎりました。

 

 あたたかいその手をにぎり、お花はじぶんの中もぽかぽかしていくのをかんじました。

 

 

 

 

 

 

「こんちゃーっす」

 

 トリステイン王立図書館。そこに入る人物としては凡そ相応しくなさ気なその少年は、顔見知りの女性を見付けると軽く手を上げた。こくりと頷いたその女性は、いつもの用事ですかと少年に尋ねる。勿論とサムズアップをした少年は、女性が小さく溜息を吐くのを見ながらあははと頭を掻いた。

 

「いつもご迷惑おかけします」

「いえ。別にそれは良いのですけど」

 

 正直この少年が普通に読書をするような人間には見えない。変に騒がれたりするよりは、こうしてある程度の節度を持ってここで行動している分迷惑な客よりましであろう。こつん、と杖を軽く振ると、本棚の端にあった壁が静かに開いた。ではどうぞ、という女性の言葉に、ありがとうと彼は返す。

 彼が足を踏み入れたそこは、図書館とはまた違う異質な場所であった。本は確かに並んでいるが、そのどれもが読まれることを拒んでいるような雰囲気を纏っている。が、少年は慣れたものなのか、そんな本の間をすり抜けて机で何かを書いている男性のもとへと歩いていった。

 

「よう」

「……やれやれ」

 

 中性的な顔立ちのその男性、見た目からすれば少年ともいえそうなその人物は、彼を見ると肩を竦めた。何の用だいサイト、と顔と同じく中性的な声色で彼に訪問理由を問い掛ける。

 

「いや、ここに来るんだから理由は基本これだよこれ」

 

 そう言って才人はポーチから手紙を取り出した。そうだろうねと薄く笑った少年は、それを受け取ると机の横に設置してあるポストのようなものに投函する。

 

「三日以内には届けておくよ」

「さんきゅ。……返事は、来てないのか?」

「そこに置いてある箱の中だよ」

 

 これか、と才人は一枚の封筒を手に取る。ハルケギニアで作られたものとは思えないそれを見て、彼は口角を上げつつ封を切った。

 そこに書かれていたのは、こことは違う文字、彼の馴染みのある言語である。日本語で、ボールペンを使い書かれたそれを読んだ才人は、それを丁寧に畳むと封筒に入れ箱に戻した。

 

「いつも思うのだけれど、持って帰らないのかい?」

「……ちゃんと家族に無事を知らせられるだけで十分さ。それに、お前の代価にもなるんだろ?」

「まあね。君の国、日本の手紙はここに浮かんでいる絶筆書籍の糧になる。くれるというのならば遠慮なく貰うだけだ」

 

 薄く笑うと、少年はそれでと才人に尋ねた。用事はこれだけかい? そんな問い掛けに、彼はああそうだよと軽く返す。

 

「これから依頼も入ってるからな。そのついでにって寄ったんだ」

「そうかい。まあ精々気を付けることだね。今回の手紙が最後の手紙にならないように」

「当たり前だっつの。それに、俺一人じゃないしな」

 

 そうだったね、と少年は笑う。君達のおかげでこんな窮屈な場所に押し込められたのだから、とどこか皮肉げに彼は笑う。

 その言葉に才人は当たり前だと返した。俺の主人を生贄にしようとしていたんだからそれでも軽い方だと鼻を鳴らした。

 

「おお怖い。……まあ、いいさ。僕はここで知識を蓄え絶筆書籍を完成させていくよ」

「おう。こっちも別にカトレアさんや仲間達に危害を加えなきゃ協力はするしな」

「そうかい? なら、ついでに少し協力してもらおう」

 

 ニヤリと口角を上げた少年は指を組み肘を机の上に乗せるとそこに顔を寄せた。いかにも何か企んでいますと言わんばかりのその顔に、才人も思わず表情がこわばる。

 

「おいダンプリメ」

「君が今言ったスタンスを崩すことではないよ。ついでのお願いさ」

 

 笑みを浮かべているダンプリメを胡散臭気な目で見つつ、まあいいと彼は手で続きを促した。自分で言ったことだ、ここで断るのも体裁が悪い。

 ふう、と息を吐いたダンプリメは、ところで君は知っているかいと問い掛けた。一体何をだ、と聞き返すと、彼はとある場所の名前を述べる。

 

「『ファンガスの森』というガリアの閉鎖地区だ。そこで合成獣(キメラ)の研究が行われていた」

「キメラ? ヤギとライオンとドラゴンが混ざったあれか?」

「それは恐らくキメラドラゴンと呼ばれるタイプだね。その森の主とも言われている」

 

 ふーん、と返事をしつつ、それがどうしたのだと才人は問い掛けた。まあ話はこれからさ、とダンプリメは笑う。今君が言ったキメラのことだが、口角を上げる。

 

「興味深いとは思わないかい?」

「捕まえてこい、とか言わねぇよな?」

「一部を持ってきてくれるだけでも有用さ」

 

 要は素材の納品か、と若干ゲーム脳的な答えを才人ははじき出す。まあそのくらいならば考えてもいいか、と彼は頷こうとした。自分から行くことはないが、覚えていて、その機会があったら持ってこようと言いかけた。

 が、ダンプリメは首を横に振る。欲しいのはそれだけではない、と指を立てた。

 

「その森にいる合成獣は、凡そ騎士が退治出来る程度のものしかいない。もっとも、既にそこで生態系を確立させているらしく全滅は出来ないみたいだけれどね」

「それがどうしたんだよ」

「おかしいのさ。そこの研究者を殺した、恐らく『喰った』合成獣が、そこにいる気配がない」

「は?」

 

 そこで研究していたメイジはそれなりの数がいた。それらが全て殺され、捕食された。そして、キメラは食らった相手を血肉として更なる進化を遂げるものもいる。だというのに、肝心の森にいる中の頂点は捕食しても大した進化をしていないキメラドラゴンがいるのみだ。

 

「だから僕はこんな予測を立てた。研究者を『喰った』合成獣達は、確固たる意思を手に入れ各地に散らばった」

「……ぞっとしねぇな」

「場合によっては更に何かを『喰って』成長しているかもしれないね」

 

 ははは、とダンプリメは笑う。笑い事じゃねぇと才人は苦い顔を浮かべた。

 しかし、そうなると。彼の言うその依頼は、自分にとってもそう悪いことではないと思えてきてしまった。どこにいるかは分からないその怪物は、場合によっては自分の大切な人達に危害を加えるかもしれない。ならば、その前に。あるいは、そうなった時に。

 

「いやちょっと待て。今『達』っつったか?」

「言ったよ。少なくとも三体はいるんじゃないかな? 研究者も一人ではなかっただろうしね」

 

 まああくまで予想だけれど、とダンプリメは続ける。あの王女が行動していないのだから、間違っているのかもしれないしね、と彼は笑った。

 

「他の国で暴れてるだけだから放置って可能性もあるぜ、姫さまだったらよ」

「ははは、その通りだ。――ところでサイト、君の今回の依頼はなんだったかな?」

「は? 今回は」

 

 トリステインの中でも比較的ガリアに近い位置にある村で、得体の知れないものが村人を襲っているらしい。そんな報告を受けた結果、自由騎士が正体の看破、ないし討伐を命じられた。というものである。

 

「……マジかよ」

「もしそうだったら、依頼の品を忘れないでくれよ」

 

 

 

 

 

 

「……んー。どうなんだろう」

 

 ガタゴトと揺れる馬車の中で、金髪の少女はそう言って首を傾げた。まだ幼いと言っても過言ではないその少女は、猫耳を模したフード付きの外套を纏い、背もたれに体を預け隣に座っている才人を見る。ここに来るまでの話を彼から語られ、意見を求められたのだが、彼女の出せた答えはそんなものでしかなかった。

 

「やっぱ、そうだよなぁ」

「でも、確かに怪しいね」

 

 ううむ、と少女の眉が潜められる。得体の知れないもの、正体の不明の怪物。そんな言葉で片付けられている今回の相手のことを考えた場合、ダンプリメが才人に述べた話が真実味を帯びてきてしまうのだ。

 

「この依頼書によると、村の近くにある森の奥にそれがいるみたいだけど。村そのものが襲われたって話は無いみたい」

「そこに迷い込んだやつだけを襲うってことか?」

「そうだね。……というかこれ、そもそも本当に襲われたかどうかも分からないんじゃ」

 

 どういうことだと才人は依頼書を覗き込む。襲われた被害者は数名、そのどれもが行方不明でしかないのだ。

 

「死体が見付かってない」

「うん。まるごと食べたのか、それとも怪物なんかいなくて攫われただけなのか」

「それか、誰も本気で探していないか、だな」

 

 最後の可能性はまあ、しょうがないと才人は思う。森の奥で姿を消した人間を探しにいけば、高確率でその人物も行方不明者の仲間入りを果たすであろうからだ。

 だが、しかし。才人はどこか腑に落ちないようで難しい顔をしたまま依頼書を眺めていた。

 

「どうしたの? お兄ちゃん」

「ん? いやエルザ、ちょっと気になってな」

 

 どうしてそんな状態で得体の知れない怪物がいるという話になったのか。見る限り森の中の調査は出来ていない。死体も痕跡も探せた様子もない。なのに、何故。

 言われてみれば、とエルザも依頼書を再度眺める。が、それ以上の情報は出てくることはない。仕方ないと肩を竦め、とりあえず現地調査といこうと才人に述べた。

 そうこうしているうちに件の村に到着である。今回は馬車がきちんと用意されていたため、才人も別段困ることなくここまで来たが、問題はこれからだ。とりあえず村長の家へと向かい、依頼書と照らし合わせ状況を尋ねた。

 大体同じことを確認し、新たな情報を手に入れることもなく。二人は用意された宿へと向かいながらどうしたものかと首を捻った。

 

「やっぱり森に突っ込むしかないか」

「んー。確かにそうだけど。もう少し待ってからでもいいんじゃないかな?」

 

 村の中でも何か怪しい痕跡が見付かるかもしれない。そう告げられ、それもそうかと才人はエルザに微笑みかける。それに笑みを返したエルザは、じゃあ行こうかと彼の手を取った。

 村自体はそこまで広いものではなく、気合を入れれば数時間で見て回れる程度の規模だ。日が傾きかけた頃、二人は難しい顔をしながら再び宿へと向かっていた。成果は殆ど無い。

 

「ん?」

 

 そんな中、ふと空を見上げた才人が気になるものを見付けた。小高い丘に建っている屋敷である。そこまで大きなものではないが、村長の家よりも大きなそれは、本来ならば目立たないはずがないもので。

 

「なあエルザ」

「何?」

「あの屋敷の話って、俺達聞いたっけ?」

「え?」

 

 そう言われ、才人の指差す方向をエルザも見る。本当だ、と目をパチクリさせた彼女は、才人に視線を戻すとコクリと頷いた。

 踵を返す。手早く聞き込み調査を行った二人は、しかし手に入った情報を眺め肩を落とした。

 

「外れか」

「んー」

 

 少し前にここに住んでいた豪商の屋敷らしい。貴族ではなかったが、メイジの家系でもあったらしく、一人娘は軽くではあるが魔法も使えたのだとか。

 そして、怪物の噂が現れる頃に夫と妻は殺され、娘は森の中で最初の行方不明者となった。

 

「この夫妻が殺された、ってので怪物の存在を主張してるわけだ」

「死体がどんな状況かは分からなかったけど、まあ、そういうからにはそうなんじゃないかな」

 

 多少の手掛かりではある。が、それが怪物の正体に近付くものかといえば答えは否。村の人間が話さなかった理由も、きっかけとなった最初の事件なのだから当然知っていると思っていたという言われてみれば至極もっともなものであった。

 

「やっぱり森の調査か」

「しか、ないかなぁ……」

 

 ううむと二人で唸りながら宿に向かう。話は聞いていますと宿屋の店主は頷き、ではこちらですと用意された部屋へと案内した。

 部屋は一つである。

 

「ん?」

「え?」

 

 ベッドも当然一つである。何でだと店主に問い掛けると、そういう話でしたからと苦笑するばかり。まあつまり依頼主であるトリステインの仕業らしい。細かく言うならばアンリエッタの手際である。

 

「……んじゃ、俺床で寝るわ」

「え? ……別に、一緒に寝れば、いいでしょ?」

 

 こういうことも初めてじゃないし。と、エルザは少しだけ顔を赤くしながらもじもじと指を動かす。その仕草はとても可愛らしく、その筋の人間ならばあっさりと陥落してしまうであろうことを伺わせた。

 

「いやでも毎回言うけどマズいんだってば色々と」

「わたし、これでもお兄ちゃんより――サイトさんより、年上よ? 貴方が望むなら、そういうことも、叶えるし」

「だから年齢はそうかもしれないけど絵面がアウトデスヨ!? いや、うん、駄目だよ」

 

 むう、と少し頬を膨らませたエルザは、才人へと足を踏み出した。半ば強引に手を引きベッドへと座らせた彼女は、そのまま彼の唇に自分の唇を重ねる。くちゅり、とその最中にほんの少し湿り気のある水音が響いた。

 

「わたしじゃ――駄目? わたしのことは、嫌い?」

「……そんなわけ、ないだろ」

 

 ぐい、とエルザの肩を引き寄せる。きゃ、と可愛らしい悲鳴を上げた彼女を自身の隣に横たわらせると、才人はほんの少し赤い顔で、困ったような笑みを浮かべて、言葉を紡いだ。

 

「まあ、でも。今は、一緒に寝るだけだ」

「ふふ。もう、しょうがないなぁ……」

 

 尚、ここに彼の仲間である喋る短剣がいればこう述べたであろう。毎回アホやってるんじゃないですよ、後サイトは死ね。と。

 

 

 

 

 

 

 女の子はお花とおしゃべりをしています。

 

 けれど、そのかおはどこかかなしそうでした。

 

「どうしたの?」

 

 お花のといかけに、女の子はぽたりぽたりとなみだを落としました。

 

「ごめんなさい。ドレスをもってこられなかったの。」

 

 なんだ、とお花はわらいます。

 

 女の子は、どうしてわらうのとプンプンおこりました。

 

「ドレスなんかいらないわ。わたしは、あなたがいてくれればしあわせだもの。」

 

 そう言って、お花は女の子をだきしめました。

 

 ぽかぽかしたきもちは、お花の中にどんどんと生まれていきます。

 

 ありがとう、と女の子は言いました。

 

「わたしたち、ずっといっしょよ。」

 

 そう言って、女の子もお花をだきしめました。

 

 ふたりのしあわせなじかんは、つづいていきます。

 

 ずっと、ずっと、つづいていくと、ふたりはそう思っていました。

 




当初のプロットから二転三転して出来た話が更に歪んだ

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