ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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ファーストキスから始まる恋のヒストリーなど無い


その2

 お花はとてもかなしんでいました。

 

 女の子がやってこないのです。

 

 どうしたんだろう、なにかあったのかな。そう思っても、お花は女の子をさがしにはいけません。

 

 お花は、女の子のいる村にいけば、こわがらせてしまうとしっていたのです。

 

「さみしいよ。さみしいよ。」

 

 お花はぽろぽろとなみだをながします。

 

 きらわれたのかな、おこらせたのかな。そう思っても、お花は森でなくばかり。

 

「さみしいよ。さみしいよ。」

 

 お花はぽろぽろと、なみだをながします。

 

 

 

 

 

 

「んー……。そっちはどうだ?」

 

 森の中をガサガサと掻き分けて進んでいた才人は、少し離れた場所にいるエルザに声を掛けた。が、向こうも特に異常はなしと首を横に振る。

 もう少し深いところなのだろうか。そんなことを言いながら才人へと近付いてきたエルザは、しかしふとそこで動きを止めた。

 

「エルザ?」

「……」

 

 何かを探るように周囲を見渡す。次いで眉を顰めると、何か嫌なものを見たと言わんばかりの顔で才人に向き直った。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

「どうした?」

「ここで誰か殺されてる」

 

 は、と才人は間抜けな声を上げた。が、すぐに表情を戻すと、エルザと同じように周囲を見る。彼女と違いその痕跡を見付けられなかった才人は、難しい顔をしたまま説明を求めた。

 

「血が流れた臭いが残っていたの。普通の人間なら気付かないけど、ほら、わたしはね」

「ふむふむ。ん? なんでそれで殺されたって」

「臭いの付き方が、何かの拍子に怪我をしたっていう感じじゃない。誰かが、血を流させたんだ」

 

 成程、と頷いた才人は屈み込むと地面に手で触れる。手についた土を眺め、そして指でこすり合わせた。

 

「もう少し頭を下げないとわたしのパンツは見えないけど」

「さっきまで真面目な話してたよね!?」

 

 まったく、と溜息を吐きながら才人はがくりと項垂れる。地面につくかと思われるほど頭を落とした彼は、それで他に何か分かることはないかとその状態のまま顔を横のエルザへと向けた。

 

「痕跡自体はそこまで古くないよ。例の怪物がやったのかもしれない」

「だとしたら……おかしくねぇか?」

「うん、そうだよね」

 

 二人のいる場所は森の中ではあるが、まだ深いとは言えない位置である。もしここで殺されたのならば、当時はその痕跡を見付けられないはずがない。

 森の捜索を最初から全く行っていない限り。

 

「何か、あるな」

「うん。少なくとも、森を探すだけじゃ駄目だってのは分かったよ」

 

 よし、と才人は立ち上がる。森の探索と村の聞き込み、二手に別れようと彼は述べた。別段反対する理由はないので、エルザはそれに素直に頷く。とりあえず痕跡を見付けられるエルザが先に森の探索、騎士としての身分が役に立ちそうな才人が村の聞き込みとなった。

 そして宿である。今日一日の成果はどうだ、という才人の言葉に、エルザは難しい顔をして頭を振った。

 

「あの場所以外の痕跡は付近にはなかったよ。もっと深い場所か、森以外なんじゃないかな?」

 

 エルザの言葉にどこか引っかかりを覚えたが、才人はそうかととりあえず流す。じゃあこっちの番だなとポーチからメモを取り出した。

 

「予想通り、事件以降森の中に立ち入ったことはないらしい。精々が入口付近、外からでも見える程度だな」

 

 それ以上進むと犠牲者の二の舞になるかもしれないと皆警戒していたらしい。だから比較的浅い場所にあったあの痕跡も当時は辿り着けなかったのだろう。そういう結論になり、才人はボリボリと頭を掻いた。

 

「まあ、正直胡散臭かった」

「そうなんだ」

「いや、聞いた人達は嘘を吐いてるって感じじゃなかったけど、何かどうも、そういう風にされてるのを聞いたからって感じみたいな」

 

 当事者であるはずの村の人間がまた聞きに近い情報しか持っていないように思えた。そう述べ、ただ、と何かを思い返すように視線を上に向ける。指をクルクルと回しながら、これはあくまで勘なんだがと言い訳をするように前置きをし、彼は難しい顔のまま言葉を紡いだ。

 一部の人間は、こちらの質問を避けているフシがある。そう言ってベッドに倒れ込む。

 

「避けてる?」

「おう。何ていうか、欲しい答えと違うものをわざと渡してくるみたいな」

「それは別にそうやって言えば」

「言っても上手くいかなかったんだよ。俺そういうの苦手なんだよなぁ」

 

 そういうポジションはどちらかといえばエルザか、ここにはいないもう一人の担当である。だから明日は任せた、と彼は力無く手をひらひらさせた。

 

 

 

 

 

 

 翌日、今度は森の探索担当になった才人は奥へ奥へと足を進めていた。そこに迷いは見当たらず、情報収集する気すら見受けられない。つまりは何も考えず、とりあえず奥へ行けば何かあるだろうという行き当たりばったりで歩いているのであった。

 

「……」

 

 が、木々に囲まれ周囲が薄暗くなってきた辺りで足を止める。既に森の中心部に近く、何かいるとすれば間違いなくこの付近であるはずだ。だというのに、それらしき気配は全く無い。

 

「やっぱり、村で何かあった、ってことか?」

 

 怪物に見せかけた何かの仕業。そう考えた方がいいのかもしれない。よし、と息を吐くと、才人はとりあえずいっそ向こう側まで突っ切ってみようと足を動かした。最悪全力で元来た道を走れば、自分一人ならば帰ることも出来る。

 そうして再度茂みを掻き分け歩いていた才人は、そこでふと足を止めた。何かが聞こえてくるのだ。得体の知れない怪物の鳴き声、人が食われている音。そういう物騒なものではなく、これは。

 

「歌?」

 

 自分の耳が腐っているのでなければ、これは誰かの歌だ。その方向に当たりをつけ進行方向を変えると、耳に届くその歌声は段々と大きくなる。いきなり飛び出すと警戒されるだろうと考え、途中から静かに移動することにした。

 そうして暫く行くと、ほんの少しだけ開けた空間に、まるでスポットライトに照らされるようなその場所で。切り株に座り地面にギリギリつかないその足をブラブラとさせながら、一人の少女が空を見上げ歌を口ずさんでいた。薄い桃色の髪は彼の主人やその妹とはまた違うが長く美しく、右耳辺りで小さく三つ編みにした髪が一房垂れ、模したのかあるいはそのまま使っているのか鮮やかな花が髪飾りのように左耳より少し上に添えられている。少しフリルの付いたドレスは落ち着いた色合いではあるが華やかで、しかし彼女の美しさを引き立てるのに役立っていた。スタイルも遠目で見る限り整っており、特に胸部の膨らみはとても柔らかそうでふわふわとしたイメージを抱かせる。ぱちりと少し大きめな目はくりくりと可愛らしい、鼻筋もスラリとしており、唇は小さめではあるが瑞々しく。

 

「……おおぅ」

 

 要するに才人の好みであった。暫しその場に佇み、彼は彼女が歌うのをただただ聞いている。立っているのもなんだし、と仕舞いには座り込んでしまった。

 楽しそうに歌っている。最初はそう思っていた才人であったが、しかし聞いている内に何だか違うような気がして視線を彼女の目に向けた。空を見ている少女の目は、そのままを見ているわけではない。空を通して何かを、あるいは誰かを見ているようで。

 寂しいのか。口は出さないが、彼はそんな感想を抱いた。

 歌が止んだ。途中で止めたわけではなく、歌い終わったのだろう。ふう、と息を吐いた少女は、そのままゆっくりと才人に視線を向けた。

 

「だぁれ?」

「え、あー、っと。ごめん、邪魔をするつもりはなかったんだ」

「別に、何も邪魔はしていないわ。邪魔はしなかったでしょ?」

「は? え? ああ、そういうことか。いや、きれいな歌声だったから」

 

 キョトンとした表情で少女は才人の言葉を聞く。ぱちくりと目を瞬かせ、そしてニコリと笑った。褒めてくれたわ、と切り株から立ち上がると、そのまま彼のもとへと駆けてくる。

 ばるんばるんした。

 

「歌、良かったかしら?」

「ああ。よかった」

「えへへ。そっか」

 

 笑いながら少女はくるりと回転する。くるくると回りながら、やったやった、と子供のようにはしゃいでいた。

 そうした後、じゃあ他のことも見て欲しいな、と彼女は才人に述べる。言っている意味がよく分からなかった才人は首を傾げ尋ねると、こっち、と少女は彼の手を取った。

 

「いやだから、何を見て欲しいんだよ」

「他のことよ。歌以外の、わたし」

「意味分かんないんですけど!?」

「分からない? そっか……」

 

 んー、と人差し指を頬に添えて少女は首を傾げる。何て言えばいいんだっけ。そんなことを呟きながら、何かを思い出すように視線を彷徨わせた。

 

「えっと、そう。お料理とか、お洗濯とか、夜の相手とか」

「ああ、そういうことねってちょい待った! 何か最後おかしくなかった!?」

「おかしい? ご飯が美味しいか、服の支度が出来るか、寝る場所はきちんとしているか。あ、そうだ。い、しょく、じゅう」

「……あ、そういうことね」

 

 期待してない、期待なんかしてなかった。小声で歯を食いしばりながらそんなことを呟いた才人は、コホンと咳払いをして少女を見た。どうにも先程から言動が少しおかしい。人とのコミュニケーションに慣れていないというか、人の生活を真似ているだけというか。そんな疑問が頭をもたげたが、しかしニコニコと笑う少女を見ているとどうにもやり辛い。

 これが演技で作戦だったら大成功だな。そう思いつつ、才人は促されるまま少女に引っ張られ森の奥へ入ってく。

 その最中、あ、そうだ、と少女が述べた。そういえば、聞いていなかった、と少女が振り向いた。その顔は笑顔。だが、先程までとは違う、何か別のものに変わってしまったような、そんな雰囲気を纏っていた。

 

「あなたは、人? それとも、餌?」

 

 

 

 

 

 

 思わず腰の刀に手を掛けた。少女はキョトンとした表情で、どうしたのと問い掛けてくる。悪意は感じられず、もしここで己が刀を抜いた場合、悪人なのはどちらかと聞かれれば。

 

「……質問の意味分かんねぇよ」

「え? 何が?」

「何だよ餌って。お前、人を喰うのか?」

 

 才人のその言葉に、少女は何を言っているのと眉を顰めた。唇を尖らせ、心外だとぶうたれる。

 

「人は食べないわ。わたしが食べるのは、餌」

「だからそれの意味が分かんねぇっつってんの!」

「分からない? 餌は餌でしょ。わたしを見て、これをどうにかしてやろうと近寄ってくる奴ら」

 

 これ、と少女は己の体を指差す。その拍子に大きく柔らかそうな膨らみに指が当たり、むにょんと弾力を証明した。

 

「無理矢理犯そうとしたり、お金儲けに使おうとしたり。そういう奴らは人じゃないから、餌」

「極端だなおい」

 

 はぁ、と溜息を吐きつつ、しかしまあそういう連中はある意味仕方ないかと才人も思った。少なくとも今例に挙げたようなことをする輩は、殺す殺さないは別として彼でも普通に斬る。

 が、しかし。今の話を聞く限り、目の前の少女は間違いなく人食いだ。食べる人間を選んでいるとはいえ、人からすれば化物に変わりはない。森の中にいることを踏まえても、彼女が恐らく依頼書にあった村の人間を襲ったという犯人だろう。

 

「……」

「どうしたの? あなたは人でしょ? 人は食べないわ」

 

 心配しないで、と微笑む少女を見ていると、才人の中の決心はえらくあっさり揺らいでしまう。今ここで彼女を斬り殺せば仕事自体は終わりのはずだ。後は首なりなんなりを切り落として証拠として持って帰ればいい。普通の傭兵ならばそうするのが正解だ。

 だが、才人は傭兵ではないのだ。彼は自由騎士、アンリエッタとカトレアから『己の信ずるままに行動する』許可を得ている存在だ。それがたとえ、今受けている依頼に反するとしても。

 

「なあ」

 

 才人は少女に尋ねた。彼女が倒すべき化物なのか、それともそうではないのか。それを確かめようと思ったのだ。

 

「俺は、この森の近くにある村からの依頼で、森に住む正体不明の化物を退治しに来たんだ」

「……そうなの? 大変ね」

「村そのものが襲われてるわけじゃなくてな、森の中に迷い込んだ人が行方不明になっているらしい」

 

 ふーん、と少女は才人の言葉に頷きを返す。それで、とそのまま話の続きを促した。何か聞きたいことがあるのかな、と彼に問い掛けをした。

 

「……村の人間を襲ったのは、お前か?」

「知らない。わたしは村を知らないもの」

「そうか。……じゃあ、質問を変えるぜ」

 

 お前はこの森で何人喰った。静かにそう述べた才人は、思わず唾を飲み込んだ。自分でも思った以上に緊張していたらしい。

 対する少女は、それを聞いて笑みを潜めた。少し考える素振りを見せた後、顔を背け視線を落とした。その一瞬見えた表情は、先程歌っていた姿を見た時に彼が感じたものと同じ。寂しそうで、そして悲しそうで。

 

「人は……ひとりだけ、食べたわ」

「……そうか」

 

 ああもう、と才人は頭を掻いた。本来ならばここで化物の正体はこいつだったのだ、と斬りかかる場面なのだが。

 駄目だ出来ん、と才人は悶える。基本的に彼は美人に弱いが、それ以上にお人好しである。一度決めれば美人だろうが袈裟斬りにする切り替えはあるが、その切っ掛けがなければ動きはとても鈍い。

 早い話が、余程のことがない限りこちらに敵意を向けているか襲ってきていない相手を倒しにいけない性質なのだ。

 

「変な人」

「あ?」

「攻撃してくると思ってた。だって、わたしを殺しにきたのよね?」

「ちげぇよ」

「違うの? 餌ならもっと食べたわよ?」

「分かってるよ。さっきの言い方はそういう感じだった」

 

 才人と会話していく内に調子を取り戻してきたのか、少女の言動からズレが大分消えている。そういう言い方も出来るようになっている。それが分かっているから、才人は尚更迷ったのだ。

 

「……餌、か。あ、ちょっと待て」

「どうしたの?」

 

 ふと気が付いた。先程の少女の言葉を信じるならば、彼女が『餌』と断じた相手は少なくとも善人ではなく、犯罪者かそれに近い人間だ。そして依頼書を鵜呑みにするのならば、森で行方不明になったのは村の住人だ。

 

「お前が食った、その餌? はどんな奴だったんだ?」

 

 ピクリと少女が反応した。今までとは違うあからさまな嫌悪の表情で、そんなことを聞くのかと言わんばかりの表情で。

 それでも才人はそれを聞かなければ納得出来ない。あるいは、答え合わせが出来ない。だから、たとえ少女の機嫌が悪くなろうとも、彼はそれの答えを待つ。

 

「……あいつらは」

 

 そんな彼の思いが伝わったのか、少女は不機嫌な表情のまま、ふんと鼻を鳴らすとそっぽを向いた。そのまま、ぽつりと言葉を零す。

 その声色は、やはりとても寂しそうで、そして無性に悲しそうで。

 

「あいつらは、ニーナを汚した」

「ニーナ?」

「わたしの、友達を! ニーナを! 汚した! 乱暴した! 悲しませた!」

「……」

「だから! 殺した! あんなやつら、全部喰った!」

 

 泣いているように、思えた。

 

 

 

 

 

 

 お花は女の子にあいたくてしかたがありません。

 

 こっそり、見つからないように。お花は森から女の子のいる村に行こうとしました。

 

「そうだわ。」

 

 せっかくなので、お花は女の子にもらったおきにいりのドレスを来ていくことにしました。

 

 女の子と会ったときに、きれいだよとほめてくれると思ったのです。

 

 お花は森をあるきます。

 

 そのとちゅう、お花は女の子が泣いているのを見つけました。

 

「どうしたの? どうして泣いているの?」

 

 女の子はたくさんなみだをながしながら、ごめんなさいとお花に言いました。

 

「もうあえないの。」

 

 そう言って、女の子はわんわんと泣きます。もうすぐここから、ずっと、ずうっとはなれた場所に行かなくてはいけないのです。

 

「どうして? いやだ、いかないで」

 

 お花もなみだをながします。はなれたくない、と女の子をだきしめました。

 

 ごめんなさい、と女の子は言います。泣きながら、たくさんなみだをながしながら、それでもお花におわかれを言います。

 

「そのドレス、とてもすてきだわ。」

 

「うん、あなたがプレゼントしてくれたのだもの」

 

「ありがとう。さいごにそれを見ることができて、よかったわ」

 

 女の子は泣いています。でも、ドレスすがたのお花を見て、うれしそうにそう言いました。




恋バナがないとは言っていない

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