お花はひとりぼっちで歩いていました。ともだちなんかいません、いっしょにいたやつらは、あばれるばっかりでなかよくなんかなれません。
だからお花はひとりで歩きました。どこかになかよくなれるだれかがいないかな。そんなことを思いながら歩きました。
お花はさびしがりやでした。でも、人のいるところにいくとお花はこわがられてしまうので、こっそりと歩きました。
「このあたりならいいかしら。」
お花は森の中にすむことにしました。人もあまりこないので、これならこわがらせることはありません。
でも、人のすむところはちかくにあったので、もしかしてなかよくなれるかもしれない、とわくわくしていました。
ところが、ここでも人はお花をこわがります。ばけものだ、とにげていくのを見て、お花はしょんぼりしてしまいました。
そんなある日、お花がひとりでうたっているところに、女の子がやってきました。
「すてきなうたね。」
そう言って女の子は笑います。
お花は、こわくないの、とききました。じぶんはばけものだから、きっと人はこわがらせてしまうだろうと思ったのです。
女の子は、そんなお花を見てふしぎそうな顔をしてこう言いました。
「どうして? あなたは、とってもかわいいわ。」
「成程」
うーむ、とエルザは屋敷の門を見て一人唸る。才人の情報収集能力はお世辞にも高いとは言えない。普通程度ではあるが、肝心なところで抜けている彼は重要な部分を見逃すことが多いのだ。
それを踏まえ、エルザは少々強硬策を取った。半ば無理矢理情報集を行ったのだ。彼の言っていた村人の隠し事、それを抜け道を使って聞き出したのだ。
その結果が村外れの丘の上の屋敷である。よくよく考えずとも、最初の犠牲者とされる者の住居を調べないという選択肢は普通に考えてありえなかった。
それを失念していたのは、村人が当たり前だとして気にも止めていなかったこと、そして。
「隠し事の中心部、かな」
ゆっくりと扉を開ける。少々渋られたが、依頼を請けてやってきた騎士に逆らうというのがどういうことを意味するのか分かっていた村長は仕方なしに鍵を渡したのだ。
中に足を踏み入れると、薄暗いものの存外埃臭くないことに気が付いた。既に住人がいなくなっているにも拘らずこの状態ということは、つまり。
「んー、と」
一人うろうろと中を見回る。凡そ目ぼしいものは見付からなかった。が、それが逆にエルザの予想を確信に変えさせる。
そう、化物に殺されたとされる家の中身が、碌に無いのだ。処分する人間など誰もいないはずなのに。
「つまり――」
バタン、と扉の閉まる音がした。ん、と視線をそちらに向けると、いつの間にか入り口を施錠され、そしてそこからやってきたガラの悪い男と隠し事をしていたとされる村人達の姿が見える。
どうしたのかしら、とエルザは問い掛けた。こんな小さな女の子と話をするにしては、随分と物騒ではないか。そんなことを思いつつ、軽く口にもしつつ、それで用件はなんだろうと一人に述べる。
決まっているだろう、と男は下卑た笑みを浮かべた。騎士のお伴だか何だか知らないが、一人でこんなことをしていてはこうなっても仕方ない。一歩踏み出し、そしてエルザを押し倒し手と足を拘束する。
「年端もいかない、と思っていたが、何だ案外いい体をしているな」
「……褒め言葉と受け取っていいのかしら?」
「ああ、そうだな。あの冴えない騎士が抱くのも無理はないか」
「抱ぁっ!?」
いや別に今回はそこまでされていないのだけど、そんなことを思ったが、ついその光景を頭に浮かべてエルザは顔を赤くしてしまう。
と、そこで彼女は気付いた。今自分を組み伏せている男は、宿屋で見た顔だ。そういうことか、と冷静になったエルザは、それでどうする気なのかと男に問う。
「そうだな。とりあえず少しこちらで楽しんで、その後はあの騎士を脅す材料にでもするか」
なあ、と周りの連中に同意を求めると、まあそんなところだろうという答えが返ってきた。そういうわけだから、諦めろ。そう言って男は舌なめずりをする。
「もっと成長した女の方がいいんじゃないの?」
「文句を言って機会を逃したら後悔するだろう? 俺ぁあの時学んだんだ」
「あの時?」
「そう、あの時さ。ここの一人娘が、後ろの連中の仲間達に犯されてる時にな」
そういう情報をこれまで隠してきたのだろう。だが、圧倒的優位に立っていると思っている状況では、つい口が軽くなる。男は聞いてもいないのに、ペラペラとその情報を喋りだした。
ここの主人の持っている金を奪うために、村人の一部が盗賊崩れと手を組み一家を惨殺したこと。一人娘が森に逃げ込み、それを追いかけていった男達は少女を捕まえそこで散々に弄び楽しんだこと。実行犯は盗賊崩れ、根回しのために主人に仕える者達を全て抱き込んで殺しやすくしたのがここにいる村にいた連中だということ。
「まあ、俺はあの一人娘が泣き叫ぶのを見て見付かりそうだとつい逃げちまった」
「……だから」
「ん?」
「だから、助かったの?」
主語のないその問い掛けに、男は何となく察しがついた。ああそうだ、と笑いながら答えた。
結局一人娘を乱暴していた連中はそのまま帰ってこなかった。その後、連中がいたであろう場所をこっそりと確認しに行った他の仲間は、血塗れの木々を見て腰を抜かし慌てて逃げ帰ってきたのだ。
「森の化物は噂にはなっていたが、まさか本当にいるとはな」
「ふーん。……それ以外に、森で誰か殺した?」
「あん? まあ怖気付いて自白しようとしていた奴を二・三人連中がそこで殺したって聞いたが、それがどうした?」
「ううん、別に」
成程、とエルザはパズルのピースがはまっていく感覚を得た。あの血の跡はそれほど犯人と関係がない。村での犠牲者もこいつらの関係者で間違いあるまい。まあつまり化物が狙っているのはこの村ではなく、違うもの。
そして、話を聞く限り、その化物と才人が出会った場合。
「……また誑し込んでるのかな」
「何をブツブツ言ってやがる」
「別に? その化物って男なのか女なのかどっちなんだろうって」
「化物に性別なんぞあんのかよ」
「あるわよ」
ふう、とエルザは息を吐く。全身に精霊の力を使い、一時的に膂力を並の人間では太刀打ち出来ないほどまで跳ね上げた。無理矢理立ち上がり男を弾き飛ばすと、念の為、と開けていた外套を被り直した。
足に力を込める。その拍子に床がひび割れるのを見て、目の前の男達はぎょっとして一歩後ずさった。
「だってわたし――化物だもの」
そう言ってエルザが口角を上げる。
その口元には、人間ではありえないほどに鋭く尖った牙が生えていた。
「……なあ」
「なぁに?」
森の中にあった小さな小屋。そこで所在なさげに座っている才人は、目の前の少女をなんとも言えない表情で見詰めていた。
森で一番分かりやすい場所、という才人の要望に応えて少女が案内したのがここである。曰く、彼女と友人の場所なのだとか。
「俺がここに来てよかったのか?」
「人なら、いいわ。餌は駄目」
ふふん、と少しだけ口角を上げた少女は、ところでお腹空いてないかと彼に問う。まあそこそこ、と返すと、それは良かったとばかりに笑みを見せた。
ちょっと待っていてと少女は食料庫に置いてあった野菜を取り出し、手慣れた手付きで調理を始めた。その姿を座って見ながら、才人は何だかこれ恋人同士の一幕みたいだなと見当違いのことを考えてしまう。
暫くして、はいどうぞ、と皿に炒めものが盛り付けられ差し出された。予想外のその一品に、才人は思わず少女の顔をマジマジと見てしまう。
「どうしたの?」
「いや、料理出来るんだって」
「ニーナのために覚えたの。……もう、使う必要もなかったんだけど」
そうか、と才人は深く追求するのを避け、とりあえず野菜炒めを口に入れる。予想外に美味く、思わず目を見開いた。
「美味しい?」
「ああ。びっくりだ」
「そっか。えへへ、よかった」
対面に座っている少女は無邪気に笑う。その顔を見ながら、才人は先程のやり取りを思い出していた。少女が喰ったとされる連中、その中に恐らく村の住人がいたはずだ。だからこそ、今回の依頼が出された。正体の看破、ないしは討伐。
今ここで、料理を振る舞ってくれている少女を、こちらに笑みを向けてくれているこの娘を。先程も迷っていた答えを、彼はどうしても出すことが出来ない。
「もう、聞かないの?」
そんな彼の様子を感じ取ったのか。少女は不思議そうな顔で才人にそう問い掛けた。一旦落ち着くのも兼ねて、ということで提案された彼の要望には応えた。ならば話の続きをするのではないのか。そう彼女は思ったのだが、目の前の少年は何も言わない。
「聞かねぇよ」
だから、彼のその言葉に少女は目を丸くした。どうして、と思わず聞き返す。どうしてもこうしてもねえよ、と才人はぶっきらぼうに返した。
「俺の仲間の調査待ちではあるけど、ちょっと聞いただけでもそいつらクソ野郎じゃねぇか。俺の雇い主のア――あー、この国のお偉いさんならきっと、処分する手間が省けたとか言い出すぜきっと」
クスクスと笑う美女を頭に浮かべ、ホント顔とか体は良くても中身がどうしようもないなあの人、と呆れたように溜息を吐いた。
そうした後、才人はそれに、と少女を見る。
「辛い記憶を、そうほじくり返すのは趣味じゃねぇよ」
断片的ではあるが、少女のあの話を聞いて、何となく察した。どうして彼女があの場所で歌っていたのか、どうして人と餌を区別しているのか。何故寂しそうだと感じたのか。
そして、彼女が唯一食べたという『人』が誰なのか。
「……優しいんだ」
「んなことねぇよ。めんどくさがりなだけだ」
バツの悪そうに顔を逸らす。そんな才人を見て、少女は嬉しそうに笑みを浮かべた。こういう人がいるのならば、ひょっとしたら自分も。そんなことを思い始めた。
ふと、こちらに近付いてくる気配を感じ、少女は立ち上がった。才人も同じように席を立つと、来たか、と呟く。
「来た?」
「ああ。この気配は多分俺の仲間だ」
そう言って笑う才人を見て少女は首を傾げる。自分の感覚を信じるならば、こちらにやってくる気配は三つ。そのうち二つは一つに引きずられるような様子なことから残る一つに捕まえられているのだろうと予測出来る。そしてその残る一つは。
「人じゃないよ?」
「ああ」
「餌だ、って意味でもないよ?」
「知ってる」
小屋を出て、やってくる気配を待ち構える。途中で気配が二つ置き去りにされたのを少女は感じつつ、その気配の来る方向を才人の横に立ち見詰めている。思わず彼の袖を掴んだ。
がさり、と音がする。そしてやってきた気配は、そんな二人を見て呆れたように溜息を吐いた。
「ほら、また誑し込んだ」
「何の話だよ」
あーあ、と才人を見るその気配――エルザは、それでその隣にいるのが今回の討伐対象なのと尋ねた。ビクリと少女が体を強張らせるのを見て、彼女はその顔を苦いものに変える。
「随分と懐かれたね、お兄ちゃん」
「いや、そうか?」
ちらりと横を見る。少女が才人をじっと見詰めた後、その腕にしがみついた。大きく柔らかな二つの膨らみが容赦なく才人の腕を蹂躙する。その至高の感触に、彼の表情はデレデレになった。
「……お兄ちゃん」
「いや俺もそんな懐かれるようなことした記憶ないんだって!」
「どうせまた何か優しい言葉掛けたんでしょ?」
「だから記憶にないっつの。俺はいつも通りにしてただけだ」
その何時も通りが問題なのに。そうは思ったが言っても無駄だろうとエルザは言葉を溜息に変えた。人外は、そんな風に何時も通りの優しさで接してくれる相手などまずいないということに、いつになったら気付くのか。心中で呟きつつ、それで、と少女に向き直る。
「……何?」
「あれ? わたし警戒されてる?」
「当たり前。だってあなた、人じゃないじゃない」
「うん、そうね。それが?」
なんてことないようにそう述べるエルザを見て、少女は目をパチクリとさせた。隣の才人も別段気にしている様子もない。そのことに気付き、ああつまりそういうことなのかと少女は才人からゆっくり離れた。そういえばこれを仲間だと最初に言っていたな、と彼女は思い出した。
「あなたは、もうともだちがいたのね」
「ん? エルザのことか。まあ、そうだな」
「だから、わたしも平気だった」
「んー。そういうことになるのか? 違う気もするが」
正直最初からこんなんだけど、と才人は頬を掻く。出会った当初のことを思い出したのか、エルザも確かにと苦笑していた。
が、少女はそんな二人のやり取りを聞いていない。そっか、とどこか遠くを見詰めてぼんやりと呟く。
「わたしを、見ていてくれたわけじゃ、ないんだ」
「はぁ?」
「その娘がいるから、大丈夫だと思った。それだけ、でしょ。わたしを見て、優しくしてくれたわけじゃない」
「違ぇよ。それははっきりと言ってやる」
即座に否定された。え、と思わず顔を才人に向ける。何言ってんだお前、という表情で彼女を睨んでいた。
「そもそも優しくしたんじゃなくて。俺はただお前が――」
叫び声が聞こえた。何だ、と視線を動かすと、二人の男が這いつくばって逃げようと必死で四肢を動かしている。エルザがしまった、という顔でその二人を見た。
「結構痛めつけたのに、逃げる気力残ってたの!?」
「おいエルザ、あれ何だよ。片方は宿にいたおっさんじゃねぇか」
「今回の事件の犯人。商人の夫婦を殺して金品を着服したどうしようもない連中の一部だよ。証拠として盗賊崩れと村の犯人を一人ずつ持ってきてたんだけど」
まさかあんな全力で逃げるとは。そう言いながら眉を顰め、こうなればもう少し気合い入れてと足に精霊の力を纏う。
が、その前にゾクリと殺気を感じ、エルザは思わず視線を動かした。
「……ニーナを不幸にした奴ら?」
「あ、おい待て」
才人の言葉など耳に入っていない。少女は縄を木の枝を使い解いて逃げようとする男二人を睨み付ける。瞬間、彼女のスカートから植物の蔓のようなものが這い出て来た。ウネウネと動くそれが数本、茎なのか昆虫の節なのか分からないような構造をしている巨大な鎌が、二本。
「死ね」
短いその言葉と共に、蔓と鎌が一斉に男二人に襲い掛かった。まず間違いなく、当たれば肉塊になる。
ひぃぃ、と男達は情けない声を上げた。化物に襲われる恐怖で情けなく涙を流していた。
そんな二人の眼の前に、一人の少年が立つ。迫る鎌と蔓を手にした日本刀で弾き、しかし男達に目を向けることも大丈夫かと声を掛けることもしない。したのは、それを行った少女へ言葉を紡ぐこと。
「待てっつってんだろ」
「……何で? 邪魔したの?」
「こっちもやりたいことがあるんだよ。そのために、今ここでこいつらを殺されるわけにはいかねぇの」
だから落ち着け。そう述べた才人を、少女は冷ややかな目で見た。さっきはこんな奴ら殺されても仕方ないと言っていたはずなのに、どうして。そんな疑問が頭をもたげ、そしてすぐに結論を弾き出した。
何だかんだ言っても、結局人と化物を天秤にかけて、人をとったのだ、と。
「嘘つき」
「は?」
「嘘つき。……嘘つき! わたしの、味方になってくれると思ったのに!」
「おい、待てよ、俺は――」
「ともだちに、なれると思ったのに!」
悲痛なその叫びとともに、少女の体が変貌していく。下半身がメキメキと音を立て、肉感的だった足が裂けるように巨大な球体へと変わっていく。花の蕾、あるいは球根。そんなものを思わせるそれから、まるで昆虫の足のようなものが六本生えていた。その少し上には先程の蔓のようなものがスカートの装飾のように垂れ下がり、そして巨大な鎌が足の前に、カマキリを思わせる前腕が。
ガパリ、と球体の前面が裂けた。否、もともとそこは開くようになっていたのだ。巨大な口が、鋭利な牙を携えたそれが大きく開けられた。そこから声が生まれる。少女の部分ではなく、そこから、泣きそうな声が。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿! 嘘つき嘘つき嘘つき!」
「聞けよ!」
「駄目だよお兄ちゃん。あの状態じゃ、きっと聞こえてない」
逃げようとしていた男達を今度こそ逃げられないよう縛って転がしたエルザは、目の前の怪物と対峙するように拳を握り込んだ。どうやら戦闘を行う気らしい。
ああもう、と才人も同じように刀を構えた。シャカシャカと、ズルズルと。そんな音を立てながら、少女であった化物は二人を叩き潰さんとその鎌を振り上げる。
「死んじゃえ、死んじゃえ! 死ね!」
「死なねぇよ」
鎌を刀で受け止め、弾く。そして一歩踏み出しかち上げた。
「でもって、お前も、死なせねぇ」
「……ほんと、こういうところだよ」
あーあ、とエルザが溜息を吐いた。
お花はまたひとりぼっちになりました。女の子はもういません。
さみしくて、さみしくて、お花はいつまでも泣いていました。
「ともだちが、ほしい。」
女の子はもういません。お花といっしょに笑ってくれるあいてはもういません。
それでも、お花はあきらめませんでした。女の子のことばをおもいだしたからです。
「あなたには、きっとすてきなひとが見つかるわ。」
「ほんとう?」
「ええ。」
お花は、そうだったらいいな、と思いました。女の子は、ぜったいそうよ、と言いました。
「じゃあ、わたし、あたらしいおともだちができたら、あなたにつたえに行くわ。」
「まあ、ほんとう? うれしい。」
お花のことばに、女の子はにこにこと笑っていました。
凄くどうでもいいけど女の子に擬態する化物っていいですよね