まあ最初から間違えていた気もするのでいいや
あれから長い時間がたちました。
お花は今でもひとりぼっちです。
さみしくて、さみしくて、お花は毎日泣いています。
そうしているうちに、お花はだんだんとしおれていきました。
それでもお花は泣いています。さみしい、さみしい、と泣いています。
ついにお花はかれてしまいました。泣きつづけて、かれてしまいました。ひとりぼっちのまま、かれてしまいました。
それからこの森では、だれもいないはずのおくのおくで、ときどきどこからか泣き声が聞こえてくると言われています。
さみしい、さみしい。うそつき、うそつき、と。
めでたし、めで
「だっしゃぁ!?」
振り下ろされる鎌を横っ飛びで躱した才人は、目の前の巨大な口を見ながらどうしたものかとぼやいた。隣では同じように蔓を躱しながら突破口を見出そうとしているエルザがいる。
「てか、なんだこれ。花? 虫? どっちだよ!?」
正体を現した少女の今の姿は先程より更に変貌している。花の蕾のような球根のような胴体に昆虫の尾状突起に近い楕円形のパーツが組み合わさり、そこから羽に似たものが生えている。蔓はその下にあり多脚のごとく自在に襲いかかるようで、胴体部のカマキリを思わせる鎌との波状攻撃で本体に近付くことすらままならない。頭部は恐らく胴体とほぼ一体化しているのだろう、眼前で大きく開いている鋭い牙の生えた大口がそれを証明している。
その頭部と胴体を兼ねている場所の上に、先程の少女の姿をしている上半身が生えていた。動く気配はない。顔は俯いたまま、両手を組み祈るような体勢のままピクリともしない。
「どっちも、じゃないかな。……多分、花と虫の
「ダンプリメの言っていたのがドンピシャかよ」
昆虫型モンスターと植物型モンスターのハイブリッドか。そんなことを考えながら、才人は鎌を受け止め、弾く。そのことを踏まえよく見てみると、成程昆虫の形をしているが、その節は植物の茎にも似ているように思えた。
「何ブツブツ言ってるの? 嘘つきはとっとと食われちゃえ!」
「嘘つきじゃねぇっつの! 少なくとも今は!」
大口から発せられる声にそう返しながら、才人は素早く身を屈める。ひゅん、という風切り音と同時、彼の背後の木が横一文字に切り裂かれた。
ちらりと後ろを見る。身に付けていたマントが四分の一、無くなっていた。
「……どうすりゃいいんだよ」
「一番手っ取り早いのは、燃やすことかな」
エルザの言葉に、才人は思わず彼女を見た。本気で言っているような、敢えてそう言い放ったような。そんな表情をしているのが見えて、彼は苦い顔を浮かべる。その顔のまま、それは何も手っ取り早くない、と返した。
「俺は、あいつを助ける。そうじゃない方法は、意味ねぇよ」
「あの女の子の姿は、本物じゃないよ。今も動いていないでしょ?」
「だから何だよ」
「きっと、獲物をおびき寄せるための疑似餌。お兄ちゃん――サイトさんが接してた少女は、偽物だよ」
「だから、何だよ。それがどうしたってんだ」
さっきまでの少女の姿が疑似餌だからなんだというのか。今目の前でこちらに襲い掛かってきている化物が正体だったらどうだというのか。
エルザを見て、そして目の前の蟲華の合成獣を見る。刀を構え直し、真っ直ぐに相手を見詰めた。
「俺が助けたいのは眼の前のこいつだ。姿形なんぞ関係ねぇ!」
「……だよね。そういう人だもんね」
「不満か?」
「そんなわけないよ。だからこそ、わたしも『地下水』さんもお兄ちゃんの」
「ん?」
「なんでもない。ほら、じゃあしっかり前を見て」
分かってる、と才人は迫りくる鎌を体をずらすことで回避し、同時に振り下ろされた蔓を掴みその反動を利用して飛び上がった。合成獣は体全体をぐるりと動かし、上空にいる才人を視界に捉えるような動きを取る。
迎撃せんと突き出された蔓は、当たれば鉄板すら容易く貫けるような勢いを持っていた。当然才人は鉄板よりも脆い。当たれば間違いなく空中で破裂し血と肉がシャワーのように舞い散る。
「こなくそぉ!」
勿論、当たれば、である。まるで宙に足場があるかのごとく。才人は空中であるにも拘らず、その場で体勢を立て直し刀で蔓の軌道を逸らした。ギャリギャリと蔓とぶつかり合っているとは思えない音が響く中、彼はそのまま合成獣との間合いを詰める。
「な、何で!?」
胴体の大口が驚愕の声を発するが、見ていたエルザは当然だろうと涼しい顔である。さてでは今のうちにアシストの下準備でもしておくかと周囲の精霊との交渉を始めるほどだ。
彼女は知っているのだ。彼はこういう時、馬鹿みたいに強いことを。彼の左手のルーンが輝いている間、普段より勢いがあることを。
彼が誰かを護ると決めた時、ルーンは一際輝くことを。
「ようやく、近付けたぜ」
才人は合成獣の懐に潜り込んだ。そう表現したものの、実際は彼の眼前に大口があるという状況である。このままバクリといかれてもおかしくない状況である。
だが、合成獣はすぐかぶりつける距離に才人がいても、それを実行することはない。それどころか、攻撃を一時止め、信じられないものを見るように少し後ずさる始末である。
「少しは、落ち着いたか?」
「来ないで! 来るなぁ! 嘘つき! 嘘つきぃ!」
「……そう、でもないか。分かった分かった、とりあえずこれ以上は近付かん。だから少し話を聞け」
はぁ、と肩を竦めながらそう述べた才人だったが、対する合成獣はそんなこと知らんとばかりにブンブンと体を左右に揺らす。再度蔓を伸ばし彼を追い払おうとそれを振るった。
「だから話聞けっての!」
「うるさいうるさい! 嘘つきの話なんか聞くもんか!」
「嘘なんかついてねぇっての。俺はあの連中の味方をした覚えなんざない」
「嘘! だって助けた!」
「助けたわけじゃねぇって。今回の証人というか証拠で一応生きてるのを連れてかなきゃいけないからだ。どうせ姫さまのこったから確認終わったらそのまま処刑だよ」
処理は終わったので食べても構いませんよ。笑顔でそうのたまうアンリエッタを想像し、多分合っているだろうと才人は一人げんなりした表情を浮かべる。若干連れていくのが面倒になったが、連れていなかったらいかなかったで更に面倒になるのは間違いない。まあそういうわけだ、と続けながら、才人は一歩踏み出した。
「嘘つき!」
「あん?」
「もう近付かないって言ったのに!」
「あ、悪い」
そこかよ、と思わず才人はツッコミを入れる。そうしながら、少しは話を聞いてくれる気になったのだろうかと安堵の溜息を漏らした。
その瞬間、合成獣の鎌が迫ってくる。完全なる不意打ちのその一撃は、今の才人に避ける術がない。刀で受け止めるにも、余裕が足りない。
その鎌に向かい、合成獣のものとは別の蔓が伸びた。グルグルと鎌に巻き付いたそれは、振り下ろすスピードをガリガリと削いでいく。才人の対処が間に合うほどに。
構えた刀と鎌がぶつかった。威力を減じられていた鎌では、才人の刀受けを突破することが出来ない。どっせい、と鎌を押し返されたことで、合成獣はたたらを踏んだ。
何が起きた、と周囲を見渡す。蔓が伸びてきた位置は少し離れた木の近く。エルザがそこで、一仕事終えたと息を吐いているところであった。ハルケギニアの魔法は大きく分けて二種類、一つは主にメイジが使う属性魔法。そしてもう一つが、エルフや人外の使用する精霊の力である。周囲の精霊と交渉、契約し、その力の一端を発現し行使する。エルザの使ったのもそれだ。木々と交渉し、その精霊の力を使い蔓を絡ませたのだ。
「吸血鬼!?」
「当たり。というか人外なのは分かっていたのに種族分からなかったの?」
「だ、だってだって! 吸血鬼が人と仲良くなんかしてるはずがないじゃない! 最初に、わたしに成った時に『喰った』メイジの知識じゃ、そうなってた!」
「普通は、そうよ? わたしはほんの一握りの特別。サイトさんがいたから、今こうしてるの」
クスクスと笑ったエルザは、そんなことより自分に目を向けていていいのかと合成獣に問い掛ける。え、と視線を元に戻すと、鎌の根本を掴んで立っている才人の姿が映った。
「うし、つかまえた」
「ぴぎゃぁ!?」
才人の目の前の大口からなんとも可愛らしい悲鳴が響く。対する才人はそんなこと気にせんとばかりに更に踏み込むとその大口に顔を近付けた。
その顔は真剣そのもの。ふざけている様子は微塵もない。だからこそ、合成獣も気迫に圧され動きを止めた。奇しくも彼の話を聞く態勢になってしまった。
「落ち着いたんなら、俺の話を聞いてもらうぞ」
「お、落ち着いてなんか……! 嘘つきの話なんか!」
「いいから聞いてくれ。俺は嘘をついてたわけじゃない」
少なくとも今回の犯人連中の味方をしていたつもりは毛頭ない。状況が状況ならば、むしろ一緒になって斬り捨てていたくらいだ。そういいながら視線を少し上げる。どこが目なのかよく分からなかったので、とりあえず少女の体の方を、疑似餌部分を視界に入れた。
「別に優しくしようとしてたわけじゃないし、エルザがいるから大丈夫だと思ってたとかそういうわけでもない。俺はあれが素だ」
彼はここの住人ではない。異なる場所から召喚された身である。だからだろうか、ハルケギニアに住まう人間よりも人外に対する忌避感が少なかった。才人にとっては、ハルケギニアの人間も人外も等しく『ファンタジーの住人』なのだ。
だから別段特別優しいというわけでもない。気に入ったか気に入らないか。好きか嫌いか。そういう単純な判定のみで考えているだけだ。
「だから」
真っ直ぐに見る。巨大な合成獣を。そして、疑似餌だと、偽りの姿だという少女の部分を。
「俺はただ」
「……」
ぴくり、と合成獣が震える。その拍子に、少女の疑似餌の俯いていた顔も動いた気がした。
「お前に、笑顔でいて欲しかっただけだ。寂しがっているよりも、悲しんでいるよりも、笑っていて欲しかっただけなんだ」
「ぴぇ!?」
今なんつったこいつ。先程までとは異なる衝撃で、合成獣が思い切り後ずさろうとする。が、鎌を掴まれているので距離を取ることが出来ず、ジタバタともがくだけに留まった。その勢いで才人がブンブンと振り回されるが、幸い吹き飛ぶこともなく合成獣の眼の前に居続ける。
少し離れた場所では、エルザが完全に呆れた顔で才人を見ていた。
「え、ええええええと、それは、その、どういう意味?」
若干パニック状態になった合成獣は、蔓をゆらゆらブンブンと振り回しながら才人に問い掛ける。それに彼はどういう意味もなにも、と何一つふざけることなく返答した。
そのままの、言葉通りの意味だ、と。
「言葉通り!? 言葉通りってことは、それは、それで、そういうこと?」
「は?」
「だから! わたしに、わたしを、その、そうなの?」
「いや何言ってんのか分かんねぇよ」
分かれよ、と合成獣は大口を開け、蔦を振り回し、鎌をゆらゆらと揺らす。そうは言ったものの、それを口にするのは合成獣としては憚られた。はっきりと聞いて、否定されるのが怖かったのだ。孤独であったために、自ら近付くのを恐れたのだ。
だから才人の言葉を待つ。何か、決定的な一言を言ってくれるのを、合成獣はただ待つ。
が、才人はそういうのに鈍い。察しない、と言い換えてもいい。交渉事に長けていないような人間が、そんな機微など分かるはずもなく。ガリガリと頭を掻きながら、それでも何か言わなければと言葉を探す。
そうして出てきたのは、彼らしいなんとも不器用で的外れな言葉。
「そっちの質問が何かは分かんねぇけどさ。とりあえず、あれだ」
なあ、と才人は呼びかける。的に当たらなかった言葉は、巡り巡って何かに当たる。
「お前がもし良かったら、お前が寂しいって思うなら。――俺と、一緒に行かないか?」
仲間にならないか、友達にならないか。そういう、才人としては極々当たり前の、この戦闘が始まる前であれば少女が望んでいたであろうその言葉。
が、この状況で、合成獣の発した質問の答えかもしれないという含みをもたせた上でのこの発言は、違う。才人の意図とは違うところに着地してしまう。
「……あー、もう」
あっちゃぁ、とエルザは手で顔を覆うと苦い顔を浮かべながら天を仰いだ。駄目だこれは救いようがない、とぼやいた。
合成獣は動かない。固まった状態のまま、才人を見詰めて。そして、そのままじっと彼を見続けて。
「わたし、ばけものだよ?」
「だから何だよ、俺は気にしない」
「他の人は、怖がるよ? 逃げたり、襲ってきたりするよ?」
「そん時は、俺がどうにかするさ。色々手伝ってやる」
「…………その、じゃあ」
「ん?」
やがて、絞り出すように言葉を発した。だってそういうの今まで全く無かったからどうしていいか分からないし。そんなことを頭でグルグルと回しながら、とりあえずとその大口に似つかわしくない小声で言葉を紡いだ。
「こ、これから……よろしくお願いいたしましゅ」
その大口で、とてつもない小声で、絞り出すような声で、しかも噛んだ。それでも才人は気にしない。ぶっちゃけてしまえば合成獣がどういう意味でそう言ったのかも分かっていない。
それでも彼は、笑顔で、よろしくな、と言葉を返した。
「はい」
だから合成獣は笑顔を見せる。その大口で、人からすれば笑顔なのか分からないその姿で。眼の前の彼が分かってくれればそれでいいと笑みを見せる。
何故なら彼は、合成獣の。
「
「…………ん?」
「……ほーら誑し込んだ」
彼女の――アトレシアの、王子様なのだから。
お花が泣いていたある日、森に一人のおうじさまがやってきました。
おうじさまはお花を見ると、なんとかれんなのだろうと笑顔を見せます。
「どうして? わたしはみにくい、ばけものなのに」
そう言ってお花はおうじさまからにげだそうとしました。しかし、おうじさまはそんなお花をだきしめます。
「おまえはとてもうつくしい。ぜひぼくのおよめさんになっておくれ」
おうじさまのそのことばに、お花はぽろぽろとなみだをながしました。
かなしいわけではありません。それでもなみだはあふれてきます。
「ありがとう、おうじさま」
お花は知りました。なみだは、とてもうれしい時でもあふれてくるのだと。
こうしてお花は、おうじさまといっしょに森を出て、新しいともだちもたくさんできて。
しあわせに、くらしましたとさ。
めでたし、めでたし。
少女の疑似餌の姿に戻った合成獣は、才人達と共に森を出た。開けた場所をゆっくりと眺め、もう一度森の奥を見る。あの小屋の裏には、彼女の友人の墓がある。遺体も何もないそこがある場所をもう一度だけ見詰め、ゆっくりと目を閉じた。
「ニーナ……わたし、森を出るよ。あなたとの約束、守るから」
自身の血肉となった友人を想い、少女は小さく呟いた。絶対に、沢山のともだちを作るから。そう続け、視線を二人の『仲間』に向けた。
「行くぞ、アトレ」
「うん、だんなさま」
「……良かったね、お兄ちゃん」
「何で機嫌悪いんだよエルザ」
「知らない」
二人のやり取りを見てクスクスと笑ったアトレシアは、才人とエルザの手を取る。二人の間に入るように、手を繋ぐ。
ここが、自分の新しい居場所だ。そう宣言するかのごとく。
――よかったね、アトレ
「っ!?」
風の音かもしれない。聞き違いかもしれない。それでも彼女は確かに聞いた。大切な、はじめてのともだちの、声を聞いた。
だから彼女は笑顔で返す。心配いらないと笑顔を見せる。寂しい、悲しいよりも、楽しい、嬉しいのために。
彼女に胸を張って、返事をするために。
「うん!」
チョロイン(化物)爆誕した辺りで話はここまで