ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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ギーシュの戦闘スタイルをどちらにしようか少し考え、パターンBを採用することに

どんなのかはここでは語りませんよ?


その2

「ははははっ!」

「笑い事じゃありません!」

 

 今となっては思い出の片隅になってしまった頃の話である。ギーシュはズタボロにされた姿のまま父親の前でふてくされていた。それを見ていた彼の父親は一体どうしたのだと尋ね、そして経緯を聞いた結果大笑いをしたのである。勿論ギーシュは面白くない。

 

「笑い事さ。サンドリオンとカリンの娘にボコボコにされたとか……はははははっ!」

 

 何が面白いのか、彼の父親は自身をこんな目に遭わせた相手の両親のことを呟きながら笑い続ける。いくら昔馴染だからといっても、息子をこんな状態にする相手の親だ、抗議の一つや二つしてもいいはずなのに。そんなことを思いながらギーシュは父親を睨んだ。

 

「ギーシュ。お前は何か勘違いをしている」

「何をですか」

「まず一つ。本来は今回の遊園会で暴れること自体を咎めるのが先だ。それをしないのは、お前が今そうなっているからだ」

「……うっ」

「二つ。そもそもお前が先に向こうに喧嘩をふっかけたのだろう? 真っ向勝負して負けたからと向こうに文句を言いにいくなど、恥以外の何物でもない」

「……」

「三つ。……お前な、好きな相手にはちゃんと好意を示せ。ちょっかいをかけたり意地悪をしたりしても気は引けんぞ」

「なにをおっしゃっているのでせう!?」

 

 見りゃ分かる、と彼の父親、グラモン元帥は笑う。女の口説き方はまだ教えていなかったな、と口角を上げながら、彼はギーシュの頭を撫でた。

 色々と暴露されたギーシュは勿論面白くない。ふてくされた表情のまま、半ば強引に頭を撫でている手を振り払った。

 

「それで? お前はどうする気だ?」

 

 くくく、と笑みを消さずにグラモン元帥はギーシュに問い掛ける。それはリベンジをするためのこれからを問い掛けるものであり、あるいは彼の初恋をどうにかするための問い掛けでもあった。

 ギーシュは暫し口を噤むと、表情は変わらずふてくされたまま返答をする。そんなものは決まっていると口を開く。

 

「僕は、ルイズに参ったと言わせるんだ!」

「そうかそうか。……ならまずは、魔法の特訓からだな」

「え?」

 

 何がどうなってそうなるのか。そんな顔で父親を見詰めたギーシュであったが、ニヤニヤと笑っているのを見て色々と察した。勘違いするなよ、と続けるグラモン元帥を見て答えを間違えたのだと確信した。

 

「あの娘、いやもうカリンそっくりだからな。そのくせサンドリオンの気質も持ってるときた。全体的に鍛えるなり自分なりの一点特化を作るなりしないと、とてもじゃないがついていけないぞ」

「え、いや、ついていくって僕は別にあいつにぎゃふんと言わせられればそれで」

 

 ぽん、とギーシュの肩に手を置かれた。だからだ、と言い切られた。

 

「関わるなら、絶対に巻き込まれるぞ。私はそうだった」

 

 はっはっは、というグラモン元帥の笑いは、ルイズがやらかしたことを謝罪ついでの雑談に来た彼女の両親がうるさいナルシスと小突くまで続いたそうな。

 

 

 

 

 

 

「おかしい」

 

 ギーシュは訝しんだ。この状況は明らかに変だ、と確信した。

 何せ大量の男子生徒が自分を睨み付けてくるのである。まったくもって身に覚えがないのに目の敵にされるのはどうにも居心地が悪い。尚、理由が分かっていればいいのか、という問い掛けをされれば、彼はそうだねと頷く。『暴風雨』のアシスタントをしていれば必然的にそうなるのだ。

 そんなわけで、彼はやれやれと肩を竦めると近くにいる男子生徒三人に声を掛けた。そのうちの一人である小太りの少年は、ギーシュからの質問を聞くとギロリと目を細め鼻を鳴らす。

 

「何を言ってるんだ。この女たらし」

「は? いやまあ僕が女誑しかと言われれば確かにそうだけれども少なくともそんな軽蔑されるほど何かをした覚えはないよ!?」

「白を切るのか!? 昨日からミス・ツェルプストーがお前のことを聞き歩いてるんだぞ」

「は?」

 

 初耳である。そもそも彼女との接点は殆ど無い。唐突に興味を持たれても彼としては困惑しかない。男として美人に興味を持たれるのは悪くはないが、どうにも納得がいかなかった。

 

「なあ、マリコルヌ」

「何だ男の敵」

「彼女はどうして僕に直接アプローチを掛けないんだい?」

「はぁ? そんなの決まっているだろう。彼女はな、奥ゆかしいんだよ」

「奥ゆかしいという言葉と対極にいそうな気がするけど」

 

 適当な男に粉かけて侍らせてなかったっけか彼女。そんなことを思いながらギーシュはマリコルヌに言葉を返したが、彼は聞いちゃいない。確実にお前を手にれるために情報を集めているのだと鼻息荒く言われ、ああそうかいと投げやりに述べる。

 

「よし次。ギムリ」

「何だ男の敵」

「君もか」

 

 駄目だこいつら話にならない。そんなことを思いながら溜息を吐いたギーシュであったが、ギムリは意外にマリコルヌの発言をバッサリと斬り捨てた。

 が、その後に述べた言葉は新しく連れ歩く男の情報集めだろうという彼より酷い答えであった。その表情は愛憎入り交じったなんとも微妙な顔である。

 

「……何かあったのかい?」

「ギムリはね、ついこの間ミス・ツェルプストーに振られたんだよ」

「あ、てめぇレイナール! 余計なこと言うな!」

 

 ギャーギャーと騒ぐギムリを生暖かい目で見ながら、ギーシュは最後の一人に目を向けた。レイナール、と彼の名を呼び、先程と同じ質問をする。そうだね、と少し考え込んだレイナールは、苦笑しながら言葉を紡いだ。

 

「あくまで予想だから、本気にしないでおくれよ」

「少なくともさっきの二人よりマシならなんでもいいさ」

「ははっ。……実はこの間、ミス・ツェルプストーとミス・ヴァリエールが話しているのを見たんだ」

 

 あの二人が、とギーシュは訝しげな顔になる。まあ確かにルイズはツェルプストーに対する嫌悪は持ち合わせていないし、この間のフーケの事件に巻き込ませたこともあって少し興味を持ってもいたようであるが。ふむ、と短く頷き、とりあえず彼はレイナールの話の続きを聞くことにした。

 

「ぼくもはっきりとは聞けなかったけれど。ミス・ヴァリエールが君のことについて彼女に話していたみたいだったんだ」

「ルイズが?」

 

 まあ確かに彼女とは付き合いも長いし、話題に出すのもおかしくはない。そうは思ったが、しかしそこでどうにも嫌な予感が頭を過る。思い出すのは、あの時のラウンジでした会話。自身が負けたことで、馬鹿にされたことで、まるで自分のことのように怒っていたあの顔。

 

「ふむ。それはきっとあれだね。ギーシュに愛想を尽かしたと宣言していたんだろう。だからミス・ツェルプストーはお前を手に入れようと……けっ」

「自分で妄想して勝手に目の敵にするのはやめてくれマリコルヌ」

「そうだぞ。きっと彼女は、ミス・ヴァリエールがお前のことを話しているのでつい欲しくなったとかそういうやつだろう。何だお前、深窓の令嬢と微熱の美女の二人から狙われてるのか? 死ねよ」

「だから自分で勝手に結論付けて僕を憎むのはやめてくれ」

 

 大体自分にはもう好きな人がいるのだから。口には出さずにそう続け溜息を吐いたギーシュは、とりあえず今回のキュルケの行動にはルイズが関わっているらしいということだけがかろうじて判明したのを理解した。ちなみにレイナールの情報のみである。

 

「仕方ない、ルイズに聞いてくるか」

「あ、おいお前何でそう気軽に彼女に話し掛けるとか言い出せるんだよ」

 

 ガシリとギーシュの肩を掴んだギムリが無理矢理自分の方へと体を向かせる。力任せのその動きで軋んだ体の痛みに顔を顰めつつ、何でもなにも、とギーシュは肩を竦めた。

 

「これでも付き合いが長いからね。少なくとも君達よりは気軽に接せられるよ」

「何だ自慢か? 自慢なのか? おしとやかで可愛い深窓の令嬢と仲が良いんです~とか自慢のつもりかぁぁ!」

「何でだよ!? 大体僕と彼女はそんな関係じゃないって何度も言ってるだろう!」

 

 後あいつは絶対おしとやかじゃない。口には出せないので心の中だけで思い切り叫んだギーシュは、猛烈な勢いで迫ってくるマリコルヌを押し退け、そのまま振り向かずに三人の下から去っていった。これ以上こいつらと話していると疲れるからだ。レイナール以外。

 そんなわけで時々突き刺さるような男子生徒の視線を感じつつ、ギーシュはお目当ての人物の姿を探した。ここで件の微熱メイジが一緒にいたのならば出直そうと思っていたのだが、幸いテーブルで紅茶を嗜みながら読書をしているルイズと絡んでいる相手は誰もいない。

 どうでもいいが物凄く似合わないな。そんな感想を持ちながら、ギーシュはやあルイズと彼女に声を掛けた。

 

「あらギーシュ、どうしたの?」

 

 生徒達がいるので現在の彼女は猫かぶりモードである。別段それを気にすることもなく、彼はまあちょっとねと苦笑しながら対面に座った。

 視線を動かし、聞き耳を立てている者がとりあえずいないことを確認。よし、とギーシュは少し声を潜め彼女に述べる。

 

「実は、ミス・ツェルプストーのことなんだけど」

「……何かあったの?」

 

 名前を出した途端彼女の顔が曇った。加えて聞き返した言葉がこれである。間違いなくルイズは何かを知っている。確信を持ったギーシュは、とはいえ自分も何が何だか分からないという前置きと共に現状の説明を行った。

 

「何をやってるのよあいつは……」

「いや本当に何をやっているんだい彼女は?」

「んー。わたしもはっきりとは分からないわ。でも、多分、アンタの実力を知らしめようとしているんだと思う」

「ごめん、何を言っているかよく分からない」

 

 そうよね、とルイズは溜息と共に経緯を語る。それを聞いたギーシュの顔が傍目でも分かるくらいに苦いものになった。頭痛を堪えるように頭を押さえながら、今のこの場にいないもう一人の幼馴染の顔を思い浮かべる。

 これ、モンモランシーが知ったらどうなるんだろう。頭の中でシミュレーションした最悪の結果に頭を抱えると、これは早急にどうにかしないといけないと顔を上げた。

 

「どうにかするって、どうする気?」

「……とりあえず誤解を解こう」

「今のツェルプストーは頭沸いてるから無理だと思うわよ」

「なら、周囲の誤解を」

「どうやって解くのよ。アンタが本気で戦えばとりあえず済むだろうけど」

「だから僕はこないだのも本気だって言っているだろう? 後それは状況によってはミス・ツェルプストーが納得するだけで周囲の男子生徒の誤解は加速するんじゃ」

 

 そうよね、とルイズは溜息を零す。こういう時悪魔的外道を発揮してくれるべき相手は生憎学院に所属していない。そもそもいたらいたで恐らく事態を拗れる方向に持っていくであろうことは想像に難くないので却下である。

 そうは思ったのだが、ギーシュはそれでもアイデアを貰いたいと呟いた。碌な結果にならないわよ、とルイズはそんな彼を見て溜息を吐いた。

 

「まあ、とりあえずモンモンと合流して相談してからにしましょうか」

「そうだね、そうしよう」

 

 よし、と二人揃って席を立つとそのまま二人で移動していく。聞き耳を立てているわけではなかったが様子を窺っていた周囲の生徒達は、そんなルイズとギーシュを見てどう思ったであろうか。

 二人は知る由もないが、この時の姿が噂となって広まり、ギーシュはルイズを誘って遠乗りに出掛けたと話が広がっていく。ギーシュは二股を掛けている、という付加価値もついでに生まれた。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ!」

 

 派手に転がったギーシュは土まみれの顔をゴシゴシと手で拭った。そうしながら、目の前の相手を睨み付ける。まあこんなものか、と不敵に笑っているのは彼の父親であった。

 

「ギーシュ。お前は……いや、まあ、その年ならこんなものか? 後五・六年もすれば学院に入るだろうし、その頃にはもう少し」

「言いたいことははっきり言ってください」

「我が息子ながら弱い。ドットなのはまあいいとして、精神力の使い方や込め方、魔法の唱え方諸々が全くなっちゃいない」

 

 やれやれ、とグラモン元帥は肩を竦める。これはサンドリオンとカリンの娘に負けるわけだと盛大に笑った。

 ボロクソに言われたギーシュは完全にふてくされている。だから特訓なんか嫌だったんだ、とブツブツ文句を言いながら、しかしそれでも逃げ出すことだけはしない。彼も心の底では分かっているのだ。このままでは彼女に追いつくことなど出来ないのだと。

 

「父さん」

「ん?」

「じゃあ、その諸々を教えてください」

 

 真っ直ぐにそう述べたギーシュを見て、グラモン元帥は目を瞬かせた。そうした後、先程よりも更に大きな笑い声を上げる。そうかそうか、とギーシュの頭を少し乱暴に撫でると、彼の隣に立ち杖を構えた。

 

「思えば、お前の兄達にもこうして色々教えたものだ」

「そうなんですか?」

「ああ。……まあ、あいつらは元々優秀だったからな。ここまでやることはなかった」

「落ちこぼれですいませんね!」

「腐るな腐るな。その方がいい。それくらいの方が、昔を思い出して、楽しくなる」

 

 グラモン元帥が思い出すのは若い頃の日々。美少女に仕えるのが夢だとか言い出す馬鹿と、やる気の無い捻くれ者の王国最強のブレイド使いと、見た目は極上だが中身は猪突猛進暴走台風と、元々は敵対していたはずの腹黒外道不老不死。そんな連中と一緒にいれば、嫌でも強くなる。どうやっても特別になる。だからこそ、今の自分がある。

 

「ギーシュ。お前の得意分野は何だ?」

「え? そう言われても、僕はまだ大したことのない魔法しか使えないし」

「そうか、じゃあ質問を変えよう。お前は、何を得意にしたい?」

 

 自身の父親のその言葉に、ギーシュはそれなら決まっていますと答えた。迷うことなく、即答した。自分が一番近くで見てきた、自分が最も偉大だと思っているメイジの得意呪文。どうせ鍛えるのならば、それに決まっている。

 

「ゴーレムを、鍛えたいです」

「…………ふっ、はははははっ! そうかそうか、ゴーレムか」

 

 杖を振る。黄金に輝く貴婦人のゴーレムを生み出したグラモン元帥は、まあとりあえずこのくらいはやれるようにならないとなと口角を上げた。

 え、とギーシュは隣の父親を見る。彼の知る限り、眼の前に出現したこのゴーレムはスクウェアクラスである。未だドットであるギーシュにとって、これが『とりあえず』などと言われれば絶望しか無い。

 そんな彼の心境を覚ったのだろう。何を勘違いしているんだ、とグラモン元帥は笑った。

 

「材質はともかく、ゴーレムの呪文自体はドットでも問題ないスペルだぞ」

「え、でも」

「いいかギーシュ。『ナルシスのゴーレム』は、材質や大きさを重視しない。必要なのは、どれだけ精密に呪文を練られるかだ」

「精密に……?」

 

 ああそうだ、とグラモン元帥は笑う。普段使わないからこれはとっておきだぞ、と先程生み出したゴーレムを下がらせると、彼は再度杖を振り上げた。

 

「よく見ておけギーシュ。これがお前の目指すゴーレムの完成形だ。……久々に登場してもらうぞ、ボクの、『ゴールド・レディ』!」

 

 ギーシュの目の前に現れた『それ』は、まだ幼い彼にとってはとてつもない衝撃であった。これが、自分の目指す場所だと見せ付けられた。すぐそこに立っているゴーレムは、成程間違いなく『とりあえず』だと納得できるものであった。

 そして同時に、それが途方も無い道程なのだということも実感させられた。先程の絶望よりも更に遙か先に目的地があるように感じられた。

 それでも。

 

「どうだギーシュ。お前は、これを目指せるか?」

「……分かりません。でも――」

 

 真っ直ぐにギーシュは前を見る。自身の父親と、そして父親の生み出した『目的地(ゴールド・レディ)』を見る。

 

「やります。やって、みせます!」

 

 良い返事だ。そう言ってグラモン元帥は、軍人でもなく父親でもなく、『ナルシス』としての笑みを浮かべた。




※小さな勇者を読んでいた人向けのメモ
 ギーシュとモンモンは前回のキュルケ達ポジ(予定)

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