ボツ理由:地味。頭脳派は作品上姫様の下位互換になってしまう。何かギーシュっぽくない
そんなわけで物凄くやりたい放題やったギーシュの決闘開始
魔法学院の学院長室、そこで書類仕事をしているマチルダに、学院長であるオスマンは水煙管を吹かしながら声を掛けた。
「考え直しては、くれんか?」
「申し出はありがたいのですが」
最後まで言うことはなかったが、それは断りの返事である。彼女の今の地位、学院長秘書は臨時のものであり、宝物庫騒ぎでドタバタしていたものの、滞りなく任期が過ぎようとしていた。だからこそ、オスマンは任期の延長、ないしは常在秘書となってくれないかどうかと打診していた。
だが、マチルダはそれに首を縦に振ることはない。そもそもここにやってきたのはアンリエッタの謀略の一環である。給金はそれなりにもらえるのであろうが、それでもここで働き続けるといつかはボロが出るし、本業に支障が出てしまう。
「そうか、うむ。まあ、仕方ないのぅ」
孤児院も忙しいだろうからな。そう言って髭を撫でているオスマンの言葉に、マチルダはピクリと反応をした。が、それを表に出すことなく、そして今の言葉に別段触れることなく会話を流す。
「のう、ミス・マチルダ」
「どなたかと勘違いなされているのでは?」
「そうか。いや、すまんかったの」
オスマンもそこで会話を流し、そのまま書類仕事に戻っていく。マチルダは表情こそ変わらないものの、内心は非常に面倒だと舌打ちしていた。場合によってはアンリエッタの力を借りて始末しなければいけないかもしれない。そんなことまで考える始末である。
そんな二人のいる部屋に、一人の教師が慌てて駆け込んできた。一体どうしたとオスマンが尋ねると、ヴェストリの広場で騒ぎが起きていると捲し立てる。
「それで?」
「宝物庫の『眠りの鐘』の使用許可を頂きたいのです」
「事情も分からず許可は出せんよ。何があった?」
「試合が、いえ、決闘騒ぎが起きています」
ほう、とオスマンは髭を撫でる。呆れたような顔をし、どうせただの喧嘩だろうと溜息を吐いた。
「それで、喧嘩をしている馬鹿者はどこのどいつじゃ?」
その言葉に、教師は当事者は複数だと告げた。一方は一年のラインメイジを中心とした男子生徒の集まり、そして対するは。
「一年生の、ギーシュ・ド・グラモン」
「ほう」
ちらり、とオスマンはマチルダを見た。涼しい顔をしているが、一瞬その名前を聞いて反応したのを彼は見逃していない。のう、ミス・ロングビル。そう言って彼女に呼びかけ、一つ質問があると述べた。
「この騒ぎで、怪我をするとしたらどっちじゃ?」
「はて。私は生徒の詳しい事情はとんと知りませんので分かりかねますが」
「そうかそうか。ならば、問題はなかろう」
は、と訝しげな顔を浮かべた教師に向かい、その程度で宝物庫の品を使うことなどないと返した。精々監督役でもやっておけと教師を追い払うと、彼は楽しそうに部屋の片隅に置いてあったマジックアイテム『遠見の鏡』を取り出す。
「よろしいのですか? オールド・オスマン」
「大丈夫じゃろう。ほれ、君も言ったではないか」
「私が?」
「本当に何も知らないのならば、普通は一人の方が怪我をすると考えるじゃろう?」
だというのに、知らん分からんとトボけた理由は。口にせずにそう続け口角を上げたオスマンを見たマチルダは、彼の見えないところで小さく舌打ちをした。
ヴェストリの広場には騒動を聞いていた生徒達で溢れかえっていた。その中でも、中心に近い位置にいる生徒達は立ち位置が二つに分かれている。片方はこの騒ぎに加担したラインメイジの生徒の仲間とそれに賛同した野次馬。調子に乗るな気障野郎、と野次を飛ばしている者もおり、ギーシュからすれば大分貴族らしくない。
もう片方はギムリ、マリコルヌ、レイナールを中心としたどちらかと言えばギーシュ寄りの野次馬連中である。なんかムカつくからあいつらぶっ倒せ、というギムリの野次に、ああこっちの味方も別段貴族らしくなかったとギーシュは溜息を吐いた。
「さて、と」
ギーシュは観客の中心部、広場の真ん中で眼の前にいる相手を睨む。先程直接こちらに絡んできた生徒は五名。その内の一人がラインメイジであるのは分かっているが、残りはどの程度かは分からない。試合をしたことのあるのが一人しかいなかったためだ。
そこまで考えを巡らせ、成程つまりそういうわけかと彼は頷いた。あの時の試合も、今回と似たような理由だったのだ。そう理解し、ああこれはルイズの怒りはもっともだったと苦笑する。
「始める前に、一ついいかな?」
「どうした? あれだけ大口を叩いたんだ、今更怖気づいたとは言わないよな?」
「それは勿論。ただ、これは『試合』か、それとも『決闘』か。どちらだと言えばいいのだろうか、とね」
ギーシュの言葉に男子生徒は笑う。そんな事を気にしている余裕があるのか、と見下した目で彼を眺めた。
「ははははっ、何だ、本当に怖気づいたか。試合と言っておけば怪我が軽く済むとそういう算段かな? 生憎、これは『決闘』だ、多少の酷い怪我は覚悟しないといけない」
勿論するのはお前だ。そういう意味合いを込めたその言葉に、ギーシュはああそうかいと軽く流すことで返答とした。それならば丁度いい、と少しだけ口角を上げた。
「いや、実は僕もそう思っていたところでね。君達を矯正するには、多少酷い目に遭ってもらわなければ無理だろうと」
あからさまなその挑発に、しかし男子生徒は鼻で笑った。ドットが生意気なことを言っている、と馬鹿にしたような目で彼を見た。
それでは始めるか、と男子生徒は一歩前に出る。それを横で見ていた取り巻きは、いやいや君が先に出てはかわいそうだろうと笑った。少しでも勝ちの目を上げさせてやろうじゃないか。そんなことを言いながら、別の男子生徒が前に出た。
「……つまり、ミスタと戦うには君達を倒さなくてはいけない、と」
「何だ、まさかここにいる五人全員と戦って勝つつもりか?」
「そうしなければ納得してくれない人がいるんでね」
傍から見ていれば到底無理でしかないことを言いながら、ギーシュは肩を竦めマントを翻す。普段使っている薔薇の造花を使って作った杖とは違う、騎士が使うような剣杖が腰の後ろに携えられているのを見て、男子生徒達は怪訝な表情を浮かべた。
「さて、じゃあ始めようか」
その剣杖を抜き放つ。普段遣いの杖と同じように薔薇の装飾が施されているそれを掲げ、胸に添えていた薔薇の造花を放り投げた。
呪文を唱え、杖を振る。薔薇の造花、彼の普段遣いの杖はその呪文により一本の巨大な剣となり地面に突き立てられた。身の丈ほどもあるそれが彼の隣にあることで、一種の威圧感が生まれる。
が、それも一瞬。男子生徒達はそれを見て笑い出した。まさかその『錬金』がお前の本気か。大剣を指差しながら、メイジらしくないのはどっちだと馬鹿にするように肩を震わせる。
その笑いが止んだのはそのまた次の瞬間であった。大剣の影に何かがいる、と観衆が声を上げたのだ。ん、とそこに注目すると、剣の柄を握りしめる小さな手が見える。そのままそれを引き抜いたその影は、観客達にその姿を現した。
可憐な少女であった。ゴシックドレスを纏ったその少女は、無表情のまま自身の身の丈程もある剣を掲げ、そしてゆっくりと構えている。
「誰だ?」
観客のその言葉に答える者は誰もいない。先程まで存在すらしていなかったその少女は一体何者なのか。疑問が波及しざわざわと声が上がっていく。
それに動じなかったのは三人。ルイズとモンモランシー、そして『遠目の鏡』で監視していたオスマンの横にいたマチルダである。
「ミスタ・グラモン。一体どういうことかな? 決闘に第三者を、それも可憐な少女を巻き込むとは」
「ふむ、これはお褒め頂き恐悦至極」
「何を言っている!? ぼくらは君のその礼節を教えるとか言いながら少女を戦場に出す貴族らしからぬ行動の非難を――」
そこまで言いかけ、男子生徒は何かがおかしいと言葉を止めた。そもそも彼は呪文を軽く唱えただけだ。それでどこからか少女を呼び出すなどドットでは到底不可能。ならばあれは。
「僕の行動に何か問題があったかな? 決闘だというから、僕は自分の得意呪文を唱えただけだけれど」
何を言っている。そう言いかけた男子生徒は、もう一度少女を見た。何を考えているのか分からないその無表情の美貌は、まるでよく出来た彫像のようで。
まさか、と誰かが呟いた。彼の二つ名、そして得意呪文を知っている者は、嘘だろうと目を見開いた。
「ゴーレム……なのか?」
「それ以外の何に見えるというのだい?」
ねえ、とギーシュは少女に目を向ける。こてん、と首を傾げる少女の姿はとても可愛らしく、とてもではないが呪文で作り上げたゴーレムには見えなかった。
何せ、少女のゴシックドレスのスカートは風ではためき、その背中まで掛かる青緑の髪は同じように風になびいている。頭のリボンもゆらゆらと揺れ、とても金属や土で出来ているようには思えない。
「何をふざけたことを!」
「本気だよ。これが僕のゴーレム『ワルキューレ』。自分の込められる精神力や呪文の精度の練り上げ方を最大限細心の注意を払うことで作り上げた、グラモン秘伝の『クリエイト・ゴーレム』さ」
このドレスも、髪も、装飾の細部に至るまで呪文で練り上げた青銅で出来ている。そう言って少女の頭を軽く撫でると、説明はもういいかなとギーシュは前を見た。
対する男子生徒は思わず後ずさった。ドットだと聞いていたし、あの時の試合も大した呪文を使っていなかった。だというのに、目の前のこれはなんなのだ。得体の知れない恐怖で、これまであった勢いが急速に削がれていくのを感じていた。
が、リーダーのラインメイジは深呼吸を一つすると、騙されるなと仲間に述べる。ゴーレムの生成はドットでも使える呪文だ。材質も青銅であるし、大きさも本来のトライアングル以上のものと比べて小さい。見た目だけに拘った、ただの虚勢だ。そう皆に言い聞かせるように叫ぶと、そうだろうとギーシュを見る。
「まあ、そうだね。確かに僕の呪文で生み出したこの『ワルキューレ』はドットスペルでしかない。トライアングルやスクウェアのそれと比べれば間違いなく違うだろうね」
「そうだろう? まったく、驚かせるんじゃない。……ああ、そうか! 君はその見た目を重視した呪文でこちらに負けを認めさせようとしたのか」
「ん? 負けを認めてくれるのかい?」
「まさか。さっきも言っただろう? これは『決闘』だ。『試合』のように呪文を見せ合うわけじゃない。そんな見た目だけの呪文ではあっさりとバラバラにされるのが落ちさ」
可憐な少女の姿をしていようが、こちらは手心を加えない。そう言って仲間の男子生徒の肩を叩いた。それにより落ち着きを取り戻した彼の仲間は、よし、と再度足を踏み出す。改めて、始めようかと声を張り上げる向こうの男子生徒達を一瞥し、ギーシュは別に構わないと言い放った。
「では、名乗りを上げておこうか。『青銅』のギーシュだ。僕のゴーレム、『ワルキューレ』がお相手しよう」
剣杖を真っ直ぐ前に掲げる。見た目だけを取り繕ったと嘲笑っている男子生徒達は、同じように軽く礼と名乗りを上げるとそのまま呪文を唱え放った。ドットスペルではあるが、火の呪文ならばあの程度のゴーレムは容易く燃やせるだろうと笑みを崩さない。
火球が少女に激突する。そのまま熱で溶解すると思われたそれは、しかし手にした大剣を盾にして防ぐと、何事もなかったかのように歩みを進めた。
「え?」
一歩、二歩。それだけで一気に相手との距離をゼロにした少女は、そのまま大剣を横に振るう。剣の腹でぶっ叩かれた相手は、そのまま吹き飛び観客へと突っ込んでいった。
その衝撃に、誰もが声を発せられない。一体何が起きたんだ、と眼の前の光景が理解出来ない。
「なんだよ。もう終わりかい?」
立ちすくんでいる四人に向い、ギーシュはそう言って笑いかけた。
残りの三人の動きは酷いものであった。ゴーレムが対処出来なければ術者を、とギーシュを狙うも、少女によって防がれ大剣で地に伏せられる。あっという間にリーダーであるラインメイジ一人になってしまい、彼は焦ったように声を上げていた。
「へぇ……成程、ヴァリエールの言う通りね」
そんなギーシュを見て、キュルケは面白そうに笑う。これはひょっとするとひょっとするかも、と自分の新しい恋人候補に名前を書き加えた。
そんなキュルケを見て、ジョゼットは呆れたように溜息を吐いた。この万年発情期め、そう呟くと、それでどうなのかと彼女に問い掛ける。
「何が?」
「あいつ、強いの?」
「そうねぇ……呪文自体はへっぽこね。ドットメイジでしかないわ」
「その割には四人を相手にして平然としてるけれど」
「あれは呪文の使い方が上手いのよ。精神力や己のメイジのレベルに任せた力押しじゃない、効率を突き詰めて呪文を唱えているわねぇ」
「へぇ……」
「ジョゼット。あなたの参考になるんじゃない?」
「かも」
じっと戦いを見詰めるジョゼットを見て口角を上げたキュルケは、さてではここから先はどうなるかと視線を戻す。彼等のリーダーは、ギリギリと音が聞こえてきそうなほどの歯ぎしりをしながら杖を構えていた。
「ドット風情が嘗めるな!」
「嘗めてなどいないよ。僕は真面目だ」
ギーシュとその横に立つ少女はそこで揃って己の得物を前に掲げる。二つの切っ先を見たリーダーは、しかしプライドと怒りで怯えることなく杖を構えた。
唱えた呪文は風。ラインである彼のその呪文は、本来ならばドットであるギーシュ程度は簡単に吹き飛ばせてしまうものである。だが、彼はそれを見て至極冷静に隣の少女に指示を出した。こくりと無表情のまま少女は頷き、先程と同じように剣を前に構えギーシュをかばうように立つ。
その大剣を振るい、空気の流れを素早く変えた。それにより乱された気流は、本来真っ直ぐ飛ぶはずであった風の槌をあらぬ方向に曲げてしまう。ギーシュの横の地面が抉れ、おお怖いと彼は呟いた。
「でもまあ、彼女達の風や水より全然マシだね」
あれは食らうと五回は死ぬ。はぁ、とその時を思い出し溜息を吐きながら、ギーシュは眼の前の『ワルキューレ』に指示を出した。今度はこっちの攻撃だ、と笑みを浮かべた。
少女が足に力を込めると同時、爆発するように前進した。地面にはブーツの跡が残り、わざわざ靴底まで作ってあるのかと凄くどうでもいい部分に感心するキュルケを除いて少女がリーダーメイジに接近するのを目で追っている。
ぐるんと体を回転させ、少女はそのまま蹴りを放った。リーダーメイジの腹に叩き込まれたそれは、向こうの肺の空気を一気に押し出し呼吸を出来なくさせる。わあ凄い下着まで精巧に出来てる、とはしゃぐキュルケをジョゼットはうんざりした目で一瞥した。
「か、は……」
「まだ続けるかい?」
「き、さ……」
よろめく体を支え、リーダーメイジは杖を振ろうと腕を振り上げる。が、それよりも早く少女の蹴り上げで杖が飛ぶ。そのまま回転を利用し、持っていた剣をリーダーメイジへと振り上げた。
地面に転がった状態で、ひぃ、と小さく呻く。目をつぶり体を縮こませていた彼は、何かが突き立てられる音を聞き恐る恐る目を開けた。彼の真横に、大剣は突き刺さっていた。
「さて。……続けるかい?」
心底怯えた表情のまま、リーダーメイジは必死で首を横に振った。
さてでは、とボコボコにされた連中をギーシュは眺める。皆一様に小さく悲鳴を上げたのを見て、まあいいかと肩を竦めた。
「とりあえず、皆の誤解を解いてもらおうか」
彼の言葉に男子生徒達はコクコクと首を縦に振る。散り散りに今回の件の釈明に向かうのを見て、ギーシュは満足そうに笑みを浮かべた。
「凄いじゃないかギーシュ!」
「驚いたな」
「ギーシュ、ちょっとこの娘触ってもいいかい?」
やいのやいのとギムリ達がやってくる。あははと笑みを浮かべたギーシュは、まあ今回は特別だったけれどね、と述べた。これはまだ目的地に辿り着いていない、自慢出来るものではないのだ。だから、こう堂々と見せるのをあまり彼は良しとしない。
それでも、ギーシュはそれを見せた。そんな己のちっぽけなプライドよりも優先するものがあったからだ。
とりあえずスカートを捲ったり胸を揉もうとしていたりするマリコルヌを『ワルキューレ』で一発殴ってから、ギーシュは三人から少し離れた場所で笑っている二人に視線を動かした。彼の視線に気付くと、片方は優しく微笑み、もう片方は親指を立ててウィンクをする。どうやらご期待には応えられたようだ、とギーシュは再度笑みを浮かべた。
「それにしても」
レイナールが彼に問う。どうしてこんな派手な騒ぎを起こしたのか。敢えてこの状況に持っていったのだろうと思っていた彼はそれをギーシュに尋ねたが、そんなもの決まっているとあっさり返されて目を瞬かせた。
「彼等の行動のおかげで、二人のレディの名誉が傷付いた。ならばそれを払拭しなければいけないだろう?」
「それが理由かい?」
「それ以外に何があるのさ」
そう言ってギーシュは楽しそうに笑った。己が命を懸けるのは、いつだってそのためだと笑みを浮かべた。
なにせ、グラモンの家訓は。己の父の信条は。
「『
ギーシュ△したところでとりあえずここまで