ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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今回の姫さまのポジションは悪役令嬢


その2

 ジェームズ一世との挨拶を終えたマリアンヌは、ふうと小さく息を吐いた。一応名目上は義妹である彼女との会話は和やかであったが、しかし現在の国同士の関係を鑑みれば笑い合ってなどいられない。マリアンヌは別段笑い合っても良かったが、向こうはそうはいかないのだ。モード大公の一件はジェームズにとって消し去りたい汚点であり、そしてそれを残し突き付けてくるトリステインとは友好など考えたくもない。現状の彼の腹の中はそういう具合である。

 まあ分かってはいたから問題ない、とマリアンヌはそんなアルビオンの空気を受け流し、少し離れていた場所で待機していた四人のもとへと歩みを進めた。義兄への挨拶は終わったので、今度は甥の婚約を祝いに行きましょうか。そう言って微笑むと、明らかに挑発するかのようにその四人の内の一人の顔を見た。

 普段常に余裕の表情を仮面の下で浮かべているはずのその人物、アンリエッタこと『豪雨』のアンゼリカはそんなマリアンヌの挑発にあからさまに不機嫌のオーラを醸し出し舌打ちをする。太后と護衛のメイジの関係としては明らかに失格であった。

 

「アン、抑えてください」

「……分かっていますわ」

 

 隣のフランドールがそう宥めるが、アンにはあまり効果がない様子である。まあ仕方ないと肩を竦めたフランは、大人しく太后に付き従うよう残りの二人に促した。

 ふう、と息を吐くと調子を取り繕ったアンもそれに続き、マリアンヌと共に件の人物のいる場所へと歩みを進める。この遊園会の主役であるウェールズは、当然のように多数の貴族に囲まれ祝いの言葉を送られていた。

 

「こんにちは、ウェールズ」

「おお、これはマリアンヌ様。お久しぶりです」

「ええ。暫く見ない内に立派になりましたね」

「マリアンヌ様は以前とお変わりなくお美しいままで」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 クスクスと笑ったマリアンヌは、婚約の祝いの言葉を送り、暫しの雑談に興じる。ウェールズも自身の叔母である彼女とは付き合いもそれなりあるため、他の貴族と比べても割く時間は長いようであった。

 あまり長話をしていると他の方にも迷惑が掛かる。ある程度のところでそう述べ会話を打ち切ったマリアンヌは、それではと彼から離れようとする。はい、とウェールズもそれに返し、しかしその前に少しだけ疑問に思っていたことを口にした。近衛の騎士ではなく、護衛を私兵と思われるメイジにさせているのはどうしてなのですか、と。普通はこのような場では、国の代表でもある太后がお忍びにも見えかねない状態になるのは好ましくないはず。それを勿論向こうも承知で行っているとしたら、とそこが彼は引っかかっていたのである。

 対するマリアンヌは、わざとらしく苦笑するとそれは仕方ありませんと彼に述べた。

 

「トリステインの騎士をあまり堂々と連れ回すと、こちらの空気が悪くなるでしょう?」

「……それは」

「ごめんなさい、折角の空気に水を差してしましました。……まあ、お忍びというのもある意味間違いではないもの、気にしないで」

「間違いではない、ですか?」

「ええ。だってほら、わたくし一人だけでしょう? トリステイン太后としてではなく、貴方の叔母としてやってきた。そういうことにして頂戴」

 

 成程、とウェールズは微笑む。そういうことなら仕方ありませんね、と頬を掻いた。ある程度事情を汲んだ彼は、ならば護衛の彼女達にも挨拶をしなくてはと四人に向き直る。

 

「改めて。アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

 彼のその名乗りに、『暴風雨』の面々も姿勢を正し頭を下げる。次いで、名乗り返さねば失礼に当たると口を開いた。

 

「はじめまして皇太子殿下。わたしはフランドールと申します。よろしければ、お見知りおきを」

 

 ピンクブロンドのポニーテールの少女、フランは帽子を取り礼を返す。水晶のバレッタが光できらめき、彼女の溌剌さを引き立てていた。

 

「お初にお目にかかりますわ。わたくし、アンゼリカ、と申します」

 

 その隣には綺麗な栗色の髪をした美しい、しかし顔の上半分を仮面で覆った少女がスカートの裾をつまみ恭しく礼をする。その仮面にウェールズは一瞬目を見開いたが、すぐに表情を元に戻し笑みを浮かべた。

 黒いブラウスとベストを纏っていた二人とは違い、残り二人の服装はバラバラである。その片方、白いブレザーを着ている少女が、おずおずと言った調子で頭を下げ言葉を紡いだ。

 

「……マリーゴールド、と申します。こちらは妹分のカレンデュラ」

 

 軽くウェーブの掛かった髪を編み込み左右に垂らしているその少女は、前髪で目元が隠れているため表情が分かりにくい。が、その隣もそれに輪をかけていた。

 紹介されたので自分では言葉を発さず頭だけを下げたその少女は、可憐ではあったもののどうにも不思議な印象を受けた。布地を減らし動きやすさを優先したらしいゴシックドレスと、前に垂れている髪こそ先端で少し纏めているものの、腰に届かんばかりの長い髪はサラリと流されたまま。そしてその顔は、何を考えているのか分からない無表情ともいえるもので。

 挨拶を済ませ、それではとマリアンヌが去っていった後も、ウェールズはその四人がどうにも印象に残っていた。総じてどこか不思議な少女達だった、と何かが気になった。

 

「……まったく、今この場で、他の女性のことを考え続けるとはね」

 

 いかんいかん、と彼は頭を振り、再度貴族との挨拶回りへと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 挨拶も終わり、遊園会をぶらりと回る状態になったマリアンヌは、近くのテーブルにあるスコーンを一つ摘み口に入れる。そうしながら、ではどうかしらと後ろに控える四人に問うた。

 

「どう、とは?」

 

 それに返したのはアンゼリカ。質問の答となるようなものを片っ端から言えばいいのか。そんな思いを込めたその一言を聞き、マリアンヌはそうね、と微笑んだ。

 

「ウェールズは、幸せそうだったかしら?」

「……」

 

 このクソババア、とアンの仮面に覆われていない口元が歪む。当然口には出さず、しかしそれに答える口など持ち合わせておらんとばかりに彼女は沈黙を貫いた。そんなアンを笑顔で見詰めていたマリアンヌは、では同じ質問を、と残りの三人に目を向ける。

 わざわざこちらにもそれを振る、ということは何かしらの意味がある。それを察したフラン達は、そうですねと暫し考え込む動作を取った。同様に、渋々といった風ではあるもののアンも表情を戻し答えを選ぶ。

 

「幸せそう、ではありましたね」

 

 まあこれ以上気を使っても仕方ないとフランは思ったことをそのまま述べる。まあ確かにそうね、とマリーゴールドも頷いた。こくり、と言葉は発しないがその隣の少女も首を縦に振る。

 だが、それがどうしたのだ。そんなことを思ったフランは、残る一人、アンの出す答えを聞こうと目を向けた。何だか若干やさぐれているのを確認し、これ大丈夫だろうかと眉を顰めた。

 

「……少なくとも、ウェールズ様はある程度この婚約を許容している、ということです」

「いやでも、流石にこの場であからさまに態度に出さないでしょう?」

「マリアンヌ太后の前で、そしてわたくし達の前での姿からそう感じたのですから、取り繕っている表面上を感じたわけではないわ」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらアンはそう続けた。せめて乗り気でなかったのならばもう少し全力で邪魔をするのに。そんなことを呟きながら彼女が肩を落とすのを見て、マリアンヌはクスクスと笑う。同様に、フランも思わず苦笑した。

 

「……幸せそうならば邪魔しないんですね」

「マリー、それはどういう意味でしょう?」

「問答無用で邪魔する雰囲気だったからですよ」

 

 ひ、とその眼力に引き気味になったマリーゴールドに代わり、フランが彼女の言葉を継いだ。ふん、とそっぽを向いたアンは、それよりもと視線を戻さず話を戻す。

 

「暗躍の証拠は、どうやって調査を行いましょうか?」

 

 一番手っ取り早いのは例の婚約者に接触しボロを出すのを待つことだろう。アンは自分でそう述べたものの、その意見にあまり乗り気ではなさそうであった。普段の彼女であれば、あるいは今回の意気込んでいた彼女であれば、そこで迷うことはありえない。にも拘らずその選択肢に消極的である理由は。

 

「ウェールズ殿下に嫌われるかもしれないから、ですか」

「悪い?」

「いや、なんというか。乙女だなぁって……」

 

 ここに来る前に婚約ぶち壊そうと高笑いを上げていた時と同一人物とは思えない。いざ実際にその目で想い人が幸せそうな光景を見てしまえば身を引いてしまう。そんな奥ゆかしさがまさか目の前の人間にあったことを驚きつつ、ではどうするかとフランは腕組みをし首を捻る。

 

「周囲」

「ん?」

 

 そんな彼女の耳に声が届く。なんぞや、と視線を動かすと、相も変わらずぼうっとした何を考えているのか分からない表情のまま、カレンデュラがこちらを見詰めていた。

 

「ワルキ――じゃない、カレン、どうしたの?」

「提案」

「ふみ」

「周囲」

「うん」

「探索」

「……んーっと、周囲、探索……ああ、本人が駄目なら周りを調べろってことね」

「ん」

 

 コクリと頷く。まあ確かに妥当ではあるが、まさか他の誰でもない彼女に言われるとは。そんなことを思いながらまじまじとカレンデュラを見ていたフランは、ちらりと視線をマリーに動かした。いや自分関係ないし、といった様子で首を左右を振るのを見て、どうやら正真正銘彼女が考えた意見だと納得した。

 

「あ、でもギーシュからの連絡とか」

「マスター」

「そうそう」

「無関係」

「……そう。つまり完全にアンタの意見ってわけね。へえ、成長してるじゃない」

 

 ぶい、と無表情のままカレンデュラがピースサインをする。そんな彼女をマリーはよしよしと撫で、他に意見はないかしらと視線を動かした。フランは元より無し、アンもとりあえず取るには妥当だろうと反対意見は出さない。

 ではそれでいこう、と『暴風雨』の最初の行動はそれに決まった。

 

「ではマリアンヌ様、少し席を外させていただきます」

「ええ。好きに動いて頂戴」

 

 マリアンヌは笑みを崩さない。少なくともこの場で突如暗殺されることはないであろうと予想を立てていること、もしそうなった場合トリステイン以外の立場を悪くさせる算段は出来ていることがその理由だ。とはいえ流石に一人だけというのも問題があるだろう、と視線をカレンデュラにちらりと向ける。

 

「連絡?」

「ええ。貴女の創造主(マスター)に、暫く護衛を頼んで欲しいわ」

「了承」

 

 ペコリと頭を下げたカレンデュラは、視線を中空に動かした。その体勢のまま暫し固まっていた彼女は、再度視線を戻しマリアンヌを見て頷く。

 これでよし、と『暴風雨』の四人は彼女から離れていった。まずはガリアの貴族達だ。そんなことを思いながら、該当する人物のいる場所へと歩いていく。

 それと入れ違いに、一人の少年がマリアンヌの下へとやってきた。お待たせしました、と礼をする少年に、いいえ大丈夫ですと彼女は笑みを見せる。

 

「しかし、ミスタ・グラモン」

「は、はい」

「貴方の『ワルキューレ(カレンデュラ)』は、随分と成長していますね」

「……まだ、父には遠く及びません」

「当然でしょう。あれでもナルシスの『ゴールド・レディ』は、今を生きる『伝説』の一つなのですから」

 

 結婚してから使うと浮気を疑われるので頻度がめっきり下がったけれど、と笑うマリアンヌに、ギーシュは苦笑するしかない。

 そのまま暫し昔話に花を咲かせつつ、マリアンヌはギーシュをからかって暇でも潰すかと口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 ううむ、とフランは唸った。隣ではアンがじっと立ったまま動かず、その人物を見詰めている。

 少し薄めの栗毛は背中に当たる程度に伸ばされており、艶もある。パチリと開かれた目は快活さと優しさを感じさせるもので、見るものにとっては癒やしにもなるであろう。スタイルも悪くなく、その立ち姿は少なくとも皇太子と並び立っていても絵になるであろう。

 輝かんばかりの皇太子に付き添う月。言うなれば、そんなところであろうか。

 

「アン」

「何かしら?」

「早いとこ仕事済ませて帰りましょう」

「どういう意味ですか」

 

 ジロリと仮面の少女はフランを睨み付ける。言わなきゃ分かりませんか、とそんなアンに彼女は言葉を返した。

 

「分かりませんよ。ええ分かりませんとも。言っておきますが、わたくしはこの場で婚約をぶち壊すのを一時保留したに過ぎません。そもそも、たとえ彼女がどんな女性であっても婚約者として相応しくはないのです。何故なら、あの方の隣に立つのはただ一人と決まっていますので。そう、ウェールズ皇太子がアンリエッタ姫殿下と結ばれるのは必! 然! ですから」

 

 ビシィ、と音がせんばかりにフランに指を突きつける。本当に何でこの人自分の色恋沙汰になるとここまでポンコツになるんだろうな。溜息と共にそんなことを思いつつ、はいはい分かりましたよと彼女はそれを軽く流した。

 

「勝負」

「ん?」

「決着」

「着いていないと言っているでしょう!」

 

 がぁ、とカレンの言葉にそう返し、もう知らんとアンは踵を返しその場から離れていってしまった。ああもう、とそんな彼女を目で追っていたマリーは咎めるようにカレンへ視線を動かした。相も変わらずの何も考えていなさそうな無表情である。

 

「わざと」

「はい?」

「単独」

 

 なんのこっちゃ、と首を傾げるマリーであったが、フランはまあそうよねと肩を竦めた。要はアンは適当に理由をつけて一人になったのである。どう見ても普通に挑発に乗っていたような気がするけれど、と頬を掻いたマリーに対し、そこは本気だったわねとフランは返した。

 

「さて、じゃあわたし達はどうする?」

「どうするも何も、元々あの婚約者以外から調査をしようって話だったじゃない」

「彼女が黒幕の一味だと仮定して、の場合はね」

「……利用されている、ってこと?」

 

 ちらりと参加している貴族と談笑している少女を見た。あれが演技で、裏で色々と暗躍しているとすれば相当のやり手であろう。フランはその辺りはさっぱりなので、とりあえず見た印象から彼女は違うと判断した。マリーもその意見に異議を唱えられるほどの自信はない。

 

「カレン」

「ん?」

「貴女はどう?」

「不明」

「……そうよね」

 

 こういう時に一番頼れるのはアンなのであるが、先程の状態だとまともな判断はしておるまい。はぁ、と溜息を吐いたマリーは、それでどうするのとフランに問うた。

 

「だからそれを今聞いたのに」

「分かってるわよ。……どうしましょうか」

「突貫」

「……まあ、それしかないか」

 

 ううむ、と迷っている二人に対し、カレンは迷わなかった。搦め手は今頃アンがやっているでしょう、とフランは肩を竦め、だといいけれどとマリーは肩を落とす。

 

「ああもう……わたし本当にいる意味あるの?」

「当然でしょ。頼りにしてるわよ」

 

 フランにそう言って肩を叩かれたマリーゴールド――モンモランシーは、再度盛大に溜息を吐きながら例のウェールズの婚約者へと足を進めた。




キャァァァシャベッタァァァァァ!

ちなみにどうでもいいことですが、姫さまの「分かりませんよ。ええ分かりま~」の下りはめっちゃ早口で言ってそうみたいなイメージで読んでもらえるといい感じだと思います。
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