そしてサブタイトルの割に姫さまが相手を殺さない
「駄目だ」
フランは溜息を吐いた。そして悟った。敗北を、である。隣ではマリーがなんとも言えない表情で視線を地面に落としている。
そんな中、カレンは無表情のままうーむと少しだけ首を傾げた。ちらりと向こう側、先程会話をしたウェールズの婚約者を見て、そしてどこぞに何かをしに行ったのであろうアンリエッタがいるかもしれない方向を見る。
「拮抗」
「いや絶対姫さまの負けだから」
「そこ即答しちゃうんだ……」
敢えて口にしないが、しかしマリーも凡そ似たような意見である。だからこそ、カレンがそんな判定を出したことが不思議ではあった。まだこういう機微は疎いのだろうか、と思わないでもなかったが、彼女の創造主はあのギーシュである。親に似ることも十分考えられるのだから、そう考えるのも早計だろう。
「ねえカレン。貴女はどうしてそう思ったの?」
マリーの質問に、カレンはこてんと首を傾げる。何か変なことを言ったのだろうかと同じように首を傾げたマリーと共に、二人揃って首を傾げたまま、しかし彼女は答えを述べた。
「魅力」
「え? いやどう考えてもあの婚約者の人の方が」
普通に考えて、状況に応じて笑顔で人を拷問に掛けながら金勘定するような姫に魅力は感じられない。その手の倒錯的な趣味がない限りは、である。そしてウェールズにそんな趣味はないはずだ。
そんなフランに向かい、カレンは指を突き付けるとずずいと顔を近付けた。
「身近」
「はい?」
「近過ぎるから正確に判断出来てないってこと?」
「ん」
えへん、と胸を張るカレンを見ながら、これはギーシュ教育間違えたなとフランは思った。マリーは視線を逸らすことで返答とした。
まあその辺はどうでもいいや、と二人は表情を戻す。とりあえず自分達のやることはウェールズと彼女の婚約をぶち壊しアンリエッタとくっつけることではないのだ。彼女とウェールズが結び付くことで起こる何かしらを対処するのが本題である。
「とはいっても」
やはり、というべきか。婚約者の女性からはそれらしき雰囲気が微塵も感じられなかった。ここでアンがいれば隠された何かを暴いてくれたかもしれないが、先程どこかに行ってしまったので分からず、それもあくまで平時の話だ。
「やっぱり、周囲の連中なのかしらね」
フランの呟きに、マリーもそうかもしれないと頷く。そもそも、この場で早々尻尾を出すほど向こうも間抜けではないのではなかろうか。そんなことまで頭をもたげた。
そうなると後々になるまで事態は尾を引くことになるし、そうなる頃には手遅れの可能性もあり得るわけで。出来るだけ早急に証拠を掴み、水際で阻止することが重要になるであろうことは間違いない。何より、時間が掛かればウェールズは婚約から結婚にステップアップしてしまう。その場合、間違いなくアンリエッタがおかしくなる。
普段からおかしいが、別ベクトルで、である。
「でも情報を集めるったって」
「そうよねぇ。この場で噂話の収集なんか出来るかしら」
会場を見渡す。着飾った貴族達が各々社交話をしている光景が目に映るが、ここでその作戦を実行しようとするならば話術と社交術の二つが必要であろう。フランは持ち合わせていない。
「一度、戻りましょうか」
マリーの言葉に、フランはええそうねと頷いた。
「ああ、おかえり」
マリアンヌの護衛をしていたギーシュが三人を見てそう述べる。一人足りないみたいだけれど、と問い掛けたが、フランとマリーが揃って肩を竦めたのでそうかと流した。
「マスター」
「何だい?」
「褒美」
ん、とギーシュに一歩寄る。そんなカレンを見て苦笑した彼は、よく頑張ったと頭を撫でた。無表情のままであるが、発するオーラが輝いているように見えた。そしてそんな光景をマリアンヌは楽しそうに見やる。
「思い出すわ。昔、そうやって『ゴールド・レディ』と仲良くやっていたナルシスを見て、丁度サンドリオンと喧嘩をしていて機嫌を損ねていたカリンが彼に向かって言っていたのよね。この
「いきなりギーシュの父親をダシにして人の母親の恥部暴露するのやめていただけませんか!?」
「後、太后ともあろう方がその言葉を口にするのはどうかと……」
「大丈夫よ。その後ナルシスとカリンの壮絶なる決闘が始まったのだもの。素敵だったわ、カリン……」
「何一つ大丈夫じゃない……」
フランががくりと膝を付き項垂れる中、カレンの耳を塞いでいたギーシュは手を離すと溜息を吐いた。それで、調査はどうなっているんだい、と彼がマリーに尋ねると、ええそうねと彼女は顎に手を当てる。
そうして彼女が語ったのは、少なくとも婚約者本人は暗躍に関わっていないであろうということであった。
「後は、うん……幸せそうだったわ」
「そうか」
マリーの言葉にギーシュは短く返す。そこに込められた意味を感じ取り、ほんの少しだけ躊躇した。だが、それでもやらないわけにはいなかない。自国と自身を犠牲にしてまでよく知りもしない他人を幸せにするほど、自分は聖人君子ではないのだから。
ではこの場でのこれからはどうするのか。そんな彼の言葉にマリーは視線を逸らし頬を掻いた。この場で必要なのは話術と謀略なのだが、生憎そこに長けている人物が今回あまり役に立っていない。
「成程。それは困ったね」
「あら、どうされたのですか?」
うわ、と思わず横に飛び退った。随分な反応ですね、と声を掛けた人物、アンゼリカは口角を上げる。先程までのポンコツぶりは鳴りを潜め、普段通りの彼女であるかのように見えた。
「あら、アン。もう大丈夫なんですか?」
「何が大丈夫かは知らないけれど。わたくしは平気です」
こほん、と咳払いを一つすると、アンはそのまま視線を動かす。途中からしか聞こえなかったので、とフランとマリーに再度婚約者についての情報提供を乞うた。渋る必要もないのでそのままそれを述べ、そして一応と先程ギーシュに言ったように彼女は幸せそうだったと続ける。
ちらり、と彼女を見ると、予想に反して平然と立っていた。
「あ、あれ? アン? どうしたんですか?」
「どうした、とは?」
「いや、さっきまでの状態だと何かこう、奇声を発しながら杖を抜いたりとかしそうだなって」
「フランじゃあるまいし、何故わたくしがそんなことを」
「わたしもしないわそんなこと!」
ギーシュとマリーは無言を貫いた。ここで何かを言ったらとばっちりが来る。そう察したのだ。だから何か言おうとしたカレンの口も塞いだ。
さて、とアンは視線を動かす。マリアンヌは変わらずの笑みで、彼女の行動を眺めている。それを面白く無さそうに一瞥し鼻を鳴らすと、ではこちらの番ですねと視線を戻した。
「彼女はウェールズ様と元々繋がりがあった人物ではありません」
「そうですね。確か本人もそう言ってました」
彼女自体は元々彼に憧れを持っていたので、この婚約話は渡りに船だと喜んだ。そんな話をしていたのを思い出す。物語みたいで素敵よね、という感想を持ったのをマリーは口にせず飲み込んだ。
それがどうしたのだ、というフランの問い掛けに、アンは笑みを返すことで軽い返答とした。そうしながら、では、と指を一本立てる。
「どこからこの婚約話は出てきたのでしょう?」
「へ? そりゃぁ、向こうの国……ガリアからなんじゃ?」
「アルビオンです」
え、と思わず聞き返す。何の繋がりもない状態で、アルビオン側が唐突にそんな話を持ってきたのか。そう尋ねると、アンはコクリと頷いた。
「話自体は、古くから王家に仕えている貴族の打診であったそうですが。ジェームズ陛下としても、信頼ある相手からの話だからと特に疑うことなく進めたそうです」
「……それだけ聞くと、別に問題ない気がしますけど」
「ええ、そうね。ウェールズ様にも、そういう相手がいてしかるべき年齢だもの。話自体はおかしくないわ」
その貴族がガリアと繋がりを持っていて、そこから見出された女性が、偶然ウェールズに憧れていた少女であった。成程絵に描いたような物語である。そうして少女は王子と幸せになり、悪役令嬢たる隣国の姫は物語から姿を消すのだ。
「……やっぱり諦めたんですか?」
「やっぱりとは? 後フラン、貴女今碌でもない想像をしましたね?」
ギロリと仮面の下からでも分かるその眼光を受けたフランはいえいえと首を振る。そこで平然としていられるのは付き合いの長さかなぁとマリーは思いながら、視線の外から話の続きを促した。
ふう、と息を吐く。そうして雰囲気を戻したアンは、問題は一つ、と先程と同じように指を一本立て、そしてクルクルと回した。
「その貴族が、既に死んでいること」
「……は?」
どういう意味だ、と首を傾げる。そうして、つまりは婚約話を持ちかけた後口封じのために始末されたのだという結論に達した。それは益々黒幕の暗躍を探るのが難しくなりそうだ、と眉を顰めた。
そんな一行に、アンはいいえ違いますと口角を上げる。件の貴族は今日もここで談笑をしていますと軽く述べた。
「……は?」
「婚約話を持ちかけたアルビオンの件の貴族は、既に死んでいます。ですが、先程向こうでワインを嗜んでいらっしゃったわ」
「ちょっと何言ってるか分からないんですけど」
頭上に無数のはてなマークが浮いているかのような状態でフランはそう返す。マリーも同じように脳が理解を拒んでいるかのような表情を浮かべていた。ギーシュは何かを考え込むような仕草を取っているが、カレンにみっともない姿を見せられないという意地なだけであろうとそんな状態でも二人は察した。
「何か今の言葉に分からない単語でも混じっていたかしら?」
「いやそういう意味じゃなくて」
「アン。それは、死亡したという噂が流れていた、あるいはそれが真実だとされていたがそうではなかった。という意味では、ないのですか?」
ギーシュの言葉に、フランは思わず目を見開いた。え、さっきのあれポーズじゃなかったの、という顔で彼を見る。アンは笑みを浮かべたまま、その返答が来ないと話が進まなかったという顔で彼を見た。
「ええ、勿論。もっとも、表向きにはそういう風になっているのでしょうけれど」
後は分かるな、と視線をギーシュからフランとマリーに向けた。分かるかボケ、という顔を浮かべたフランを見て、まあ予想通りだとアンは笑みを強くさせる。
「ええっと。では、死亡している貴族と今この場にいる貴族は別人、ということですか? 成り代わり、とか」
「そうですね。少し裏を考えるとそういう結論を出すでしょう」
そういうわけだ、とマリーの意見にそう返しながら再度アンはフランを見た。何言ってるか分からん、という顔のままであるのを見て、うんうんと彼女は満足そうに微笑んだ。
「復活?」
「あら」
カレンの呟き。それを聞いたアンは少し驚いたように彼女を見た。こてん、と首を傾げながら、彼女は今の会話を聞いて自分なりの意見を出したらしく、拙い会話機能を駆使して言葉を紡ぐ。
「死体」
「ええ」
「再生」
「はい」
「魔法?」
「ええ、その通り。カレンデュラ、貴女の思考能力は既にフランを超えているわ」
「ちょっと待て」
いくらなんでもゴーレム以下はないだろう。そうは思ったが、しかし実際彼女だけ何かしら意見も出せなかったので、フランはぐぬぬと唸るだけに留まった。マリアンヌはそんなフランを見てクスクスと笑う。ああいうところは本当にカリンにそっくり、と漏らした。
誤解なきように言っておくが、マリアンヌはフラン――ルイズの母親であるカリンことカリーヌの親友であり、彼女が大好きである。
「それで! ええっと、カレンの言葉を総合すると……既に死んでいるその貴族が、何かしらの魔法で復活した?」
「……フラン」
「しょ、しょうがないじゃない! というか今の会話そういうことでしょ!?」
カレンを見て、そしてアンを見る。コクコクと頷くカレンと、ええその通りと微笑むアンを見て、ふうと彼女は安堵の溜息を吐いた。
が、だからといってそれが理解出来るかと言えば話は別である。普通に考えれば一度死んだ人間が再度動き出すのはまずありえない。魔法というものが存在するここハルケギニアでも、それは同じなのだ。
ただそれは一般の人間の持ちうる反応である。フラン、マリー、そしてギーシュの三名は、その結論を出すことで一つの心当たりを見付けることが出来るのだ。
「アン、一つ、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
「つまり、『そういうこと』なんですか?」
フランの言葉には先程よりも真剣味が加わっていた。それに対し、アンもふざけた様子を控え、しかし笑みを湛えたままゆっくりと首を振る。それは違う、と断言をした。
「ああ、いえ。恐らくもの自体は近しいのでしょう、ですが、少なくとも『
「魔女の仕業ではない、ということですよね?」
「ええ。それはわたくしが断言いたします。そして恐らく」
ちらりと視線をマリアンヌに向けた。変わらず微笑んでいた彼女は、アンの視線を受けて小さく頷く。今の彼女が
「……水の精霊そのものが関係することはない、と見ていいですが。彼の姿を見る限り何かしらの力が関わっているのは間違いないでしょう」
「あ、もう見てきたんですね」
「ええ勿論。まるで生きているかのような、とても生気に溢れた死体だったわ」
矛盾しているその言葉に、しかし何かを言うことなくフランもマリーも顔を歪めた。ギーシュだけは表情を変えることはなかったが、何かを考えるように隣に立っているカレンデュラを眺めている。
「マスター」
「何だい?」
「生命」
「うん」
「曖昧?」
「……そんなことはないよ。僕の友人、彼に言わせればね。彼女がああ言ったのだから、少なくとも今回の相手は『死体』だ」
「確定?」
「ああ、そうだ」
そして、君は。口には出さずに、ギーシュはカレンデュラの頭をそっと撫でた。
愛の語らいは終わりましたか、とアンはギーシュにそう述べる。そういうのではありません、とマリーを横目で見ながらそう返した彼は、それで一体どうするのですかと彼女に問うた。問題点が分かったとして、黒幕暗躍の証拠を掴めなければ結局は向こうの作戦が進んでいくだけなのだ。
「ええ、確かに今の状況では向こうを引きずり出すのは難しいわ」
でも、と彼女は自身の仮面をそっと撫でる。口角を上げながら、何も出来ないというわけではないでしょうと言葉を続けた。
「少なくとも、この婚約話を白紙にすることは可能よ!」
「あ、結局そこなんだ……」
フランの呆れたような呟きは、アンの耳には届かなかった。
ルイズ→フランドール
アンリエッタ→アンゼリカ
モンモランシー→マリーゴールド
ギーシュ→ギーシュ
ワルキューレ→カレンデュラ
ギーシュ「おかしいよね!?」