ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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そこまで長くならないような気がする


自由騎士録/Canary and Monster
その1


 やっぱり慣れないな、と才人は窮屈な襟元を指で広げる。普段の彼の服装はここに喚ばれた時に着ていたパーカーか、それに近い動きやすさを重視した服である。自由騎士の証であるマントさえあれば服装はある程度無視される平時と違い、今回はそちらも重視されるため、彼は正装に身を包んでいた。

 主人に恥をかかせてはならぬ。そう言われてしまえば、彼としても反対することなど出来はしない。

 

「ふう……」

 

 とはいえ、現在彼の出番はない。今回の舞踏会、才人の主人であるカトレアの挨拶回りに付き従っているのは別の人物だからだ。新人の顔見せか何かだっけか、そんなことを思いながら、テーブルに置いてあるワインに口を付けた。

 

「あ、こんなところにいた」

 

 ん、と視線を動かすと、可愛らしいドレスに身を包んだエルザの姿が見える。舞踏会は夕方から夜にかけて、それも屋内で行われるため、今回日除けの外套は身に付けていない。そんな小柄な少女の顔は膨れっ面。どうしたんだと尋ねると、もう挨拶は終わったよと返された。

 マジか、と才人は目を見開く。こうしちゃいられないとワインを置くと、今はどこにいるのかとエルザに問うた。もう、と溜息を吐いたエルザは、こっちだよと彼の手を引っ張る。

 そのまま連れられて足を進めると、そこにはドレスを着た美しい女性が四人。

 

「あらサイトさん。おかえりなさい」

「カトレア様。そこはきちんと叱責してやってください」

 

 あらあら、と頬に手を当てながら才人の主人、カトレアは微笑む。その笑みは慈愛に満ちていて、包容力の塊のようなその姿は見るもの全てを癒してしまうほどだ。病弱のために魔法が使えない、という貴族としてメイジとして致命的な欠陥を抱えているが、それを感じさせない、あるいは補って余りある。

 それに対して、と才人はその隣でこちらを睨んでいる灰髪の少女を見た。こいつは本当に見ても癒やされないな。そんなことを思いながら、とりあえずは謝罪が先だと視線を戻した。

 

「ごめんなさい、カトレアさん」

「気にしないで。わたしも別に何かあったわけでもないから」

「何もなくとも傍にいるのが護衛騎士です。そもそもこいつは貴女の使い魔なのですから、余計にいなければなりません」

「お前は一々口煩いな。カトレアさんがいいっつってんだからいいじゃねぇか」

「開き直るな。その言葉を口にしていいのはカトレア様か第三者です。お前が言ってどうする」

 

 ああ言えばこう言う。顔を突き合わせ睨み合う才人と『地下水』であったが、それを見ていたカトレアは相変わらず仲が良くていいわね、と微笑んだ。

 え、とその言葉に反応したその場にいた残り女性陣の一人、ドレスに身を包んだアトレシアが思わずそちらを見る。その顔は明らかにこいつ何言ってんの、という表情であった。その横ではあははと苦笑している同じくドレス姿の十号も見える。

 

「この二人は、昔からこんな感じよ。もう、二年近くかしら」

 

 二人の表情に気付いたのか、カトレアがアトレシアと十号の方を向きそう述べる。こんな感じなのは普段から見ているので知っている、と頷いた二人は、問題はそこじゃないと頬を掻いた。仲が良い、という判断の話である。

 

「仲良しでしょう? だって、ほら。サイトさんもフェイカさんも、お互いのこと大好きだもの」

『どこが!?』

 

 お互いを指差し、カトレアの方を見て否定の言葉を叫ぶ。それが全く同タイミングで行われるのを見て、ほらやっぱりと彼女は微笑んだ。

 そんな光景を繰り広げた二人は、真似をするな、とこれまた同タイミングで互いを罵倒する。クスクスとカトレアはそれを見て笑った。

 

「二人共息ぴったり。わたしも、そんな風に言い合えるお友達が欲しいわ」

「あ、じゃあわたし、お友達になる!」

「アトレさん!?」

 

 はいはい、と手を上げたアトレシアを、十号は呆気にとられた表情で見やる。カトレアは気にせず、ありがとう、と微笑んだ。

 

「というか、自由騎士団の面々は、皆カトレアさんの友人みたいなものだろ? そんな寂しいこと言わないでくださいよ」

 

 『地下水』との言い争いを止めた才人がそう述べる。それを聞いたカトレアはそうねと嬉しそうに微笑み、そして他の面々も何か文句を言うこともなくしょうがないなと苦笑した。

 

「サイト、だからといってズボラでいいというわけではありませんよ」

「わーってるよ。だからこそ、しっかり守るさ」

 

 彼の言葉に満足そうに口角を上げた『地下水』は、ではこれからどうしますかとカトレアに問うた。挨拶回りも終わっているので、後はダンスの誘いが来るのを待つか、あるいはどこかの社交に混ざるかだ。

 そうね、と彼女は少し考え込む仕草を取る。が、それもほんの僅か。ならここで少しお喋りをしましょうと一行を見渡して柔らかく微笑んだ。

 

「他の貴族との社交は良いのですか?」

「挨拶回りは終わっているもの。こんな病弱で魔法も使えない女を誘う方もいないわ」

「そういう奴らは節穴だよ」

「そうですね。この馬鹿の言う通りです」

 

 エルザも十号もアトレシアも同じようにうんうんと頷いている。それを見て少しだけ下げていた眉を笑みに戻したカトレアは、ともあれそういうわけだからと言葉を紡いだ。

 

「こうしてみんなとゆっくりするもの久しぶりでしょう? せっかくだから、色々聞かせて頂戴」

 

 主人である、ということを差し引いても。彼女のそのお願いに首を横に振る理由は何処にもなかった。

 

 

 

 

 

 

 少しよろしいですかな。そんな声が掛かったのは、丁度この間の騒動の話が終わったタイミングである。偶然なのか、計ったのか。ともあれ、カトレアはそちらに顔を向け、あら、と頬に手を当てた。先程挨拶をした貴族の一人であり、地位は今この場にいる者の中でも頭一つ高い。今回の舞踏会の主催者、クルデンホルフ大公であった。

 

「どうなさいました?」

 

 カトレアの問い掛けに、いや何、と苦笑しながら頭を掻く。随分と楽しそうに話しているので、少し混ぜてもらおうかと。そんなことを言いながら、彼はちらりと皆を見渡した。別段断る理由もなし、何よりカトレアが断らないのならばこちらは何も言うまい。そう判断し、自由騎士団は彼女の答えを待つ。当然ながら、わたし達でよろしければと笑顔で頷いた。

 それで何の話をしていたのですかな、という質問には、カトレアは隠すことなく彼等彼女等の冒険譚だと口にする。流石はフォンティーヌの自由騎士ですな、とクルデンホルフ大公は楽しそうに笑った。

 

「娘もあの一件以来随分と我儘が鳴りを潜めましてな」

 

 そう言うとワインに口を付ける。色々知識を身に付けようと勉強も気合を入れているようで、これから楽しみだと彼は述べる。

 まあ死にかけたんだし当然だろう、と才人は思ったが口にしない。テファは友達が出来たって喜んでいたし良しとしようと自分に言い聞かせ、クルデンホルフ大公の娘の件はなかったことにした。

 他愛もない雑談である。当然ながら話題も色々な方向に飛ぶ。大公の娘の話から、話題は騎士団へと変わっていった。

 クルデンホルフ大公国は、トリステインから名目上とはいえ独立をしている場所である。その資金、軍事力は小国といえども侮れない。特に軍事、自前の竜騎士団は『空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)』と呼ばれ、規模も戦力も群を抜いていた。当然大公もそれを誇りに思っており、自信を持っていた。とある事件が起きるまでは、である。現在の大公は上には上がいるということをきっちりと理解し、堅実さを増したことで戦力そのものは増強されていた。

 とはいえ、一度記憶に刻まれたことはそうそう消すことは出来ない。今でも彼はトリステインには勝てる気がしないと笑うのだ。

 

「新人騎士はその辺りをまだ知らぬので、もしよろしければ今度叩き込んでくれませぬか?」

「そんな。鍛錬でしたら、言ってくださればいつでも――大丈夫かしら?」

 

 ちらりと才人達を見る。全然オッケー、とサムズアップをする才人を見て、カトレアは改めて大公に向き直り自分達でよろしいのならば、と微笑んだ。

 それは良かったと大公も微笑む。大公の護衛で付き添っていた騎士の一人は、それを聞いてお手柔らかにと苦笑した。

 そんな彼女達の会話を聞いていたのだろう。おやおや、と大仰な声と身振りで一人の貴族の男がこちらに向かって歩いてきていた。

 

「おや、貴方は」

 

 大公の眉がピクリと動く。招待客の一人、ゲルマニアの伯爵であるその男性は、ハルケギニアに誇る竜騎士団が随分と情けないことを仰っているのですねと笑った。その口ぶりは明らかに見下しており、相手を馬鹿にする本音が透けて見える。

 仮にも主催者に対して随分な物言いだな、と才人は思ったが、ここで自分が口を出してもしょうがない。そう考えとりあえず傍観を貫く。言い方は悪いが、そこまで入れ込むほどの相手ではないという判断のためだ。

 ゲルマニアの伯爵は、どうやら自前の親衛隊を持っているらしく、今は新たに竜騎士を増設しようかと画策しているとのこと。そのために『空中装甲騎士団』の協力を仰げればと考えたのだが、その様子では必要ないかもしれない。そう言いながら肩を揺らしてはっはっはと笑った。

 これはお恥ずかしい、と大公は笑う。その態度は向こうの挑発染みた言葉に乗る様子も見られず、適当に受け流そうというのがありありと分かった。一昔前ならば貴族のプライドを傷付けられたと機嫌を悪くさせたところだが、今の彼はこの程度では揺らがない。

 そんな大公の腹を知らない伯爵は、これは本当に腑抜けてしまったのかと肩を竦めた。その錆びついた騎士団では、我が親衛隊に手も足も出ないのではないか。そう言って見下した態度を隠さなくなった伯爵は口角を上げる。

 流石にそれは言い過ぎだろう。大公も笑みを消すことなくそのような返しを、なるべく角の立たないように述べたが、伯爵は所詮負け犬の遠吠えだと歯牙にも掛けない。大公を見て、護衛の騎士を見て。

 

「まあ、そのような騎士とも呼べぬような連中を鍛錬相手に選ぶのですから、底が見えるというものですな」

 

 ふん、と鼻で笑うようにカトレアと、そして才人達を見て述べた。冴えない若い男が一人、後は小さな少女と若い女が四人。これで騎士団と名乗れるのだから、トリステインは楽でいい。完全に馬鹿にした態度で、そんな言葉を口にした。

 カトレアを見て、そう言ってのけた。

 

「そう思うんだった――」

「そう思うのでしたら、ご自身で確かめてみては?」

 

 一歩踏見出し、伯爵を睨む。そしてその言葉を口にする、という直前、同じように一歩踏み出していた『地下水』により才人のそれは遮られた。が、彼はそれに文句を言うことなくむしろ嬉しそうに笑っている。だから同じこと考えてるんじゃねぇよ。そんなことを思いつつ、ちらりと横を見た。同じように才人を見て、ふふん、と笑みを浮かべている彼女がそこにいる。

 

「ほら、わたしの言った通り、仲良しでしょう?」

 

 そんな二人を見て、罵倒された張本人であるカトレアは楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 舞踏会の翌日。会場はクルデンホルフ大公国であったために招待客は一泊し、そして各々の時間を過ごす。そんな中、この場に留まり何やら練兵場を使用しようとしている者達がいた。

 片方はゲルマニアの伯爵。舞踏会にて自身の親衛隊を自慢し、クルデンホルフ大公の騎士団とカトレアの自由騎士をこき下ろした貴族である。

 そしてもう片方は、カトレア率いる自由騎士団。才人達御一行であった。売られた喧嘩は買う、とばかりにやる気満々の才人と『地下水』。その二人を筆頭に、何だかんだで割と乗り気の残り三人も続いた。

 まさか本当にあの五人だけで戦うつもりか、と伯爵は呆れたように笑う。向こうの集まりに大公と『空中装甲騎士団』の連中もいるものの、どうやら観客と審判をするに留まるらしい。助っ人として混ざることすらしない。

 所詮は口だけ噂だけの集団だったのだろう、だからこういう場で出てくることすらしない。実力があればのし上がれるゲルマニアと違い、トリステインは伝統と血筋で凝り固まった見栄っ張り。いやはや救いようがないな、と伯爵は同情さえした。

 そんなことを向こうが思っているとは露知らず。カトレア側はではどうやってぶちのめすか、と色々細かいことを投げ捨て戦うことだけを考えていた。怪我をしないでね、というカトレアの言葉に、分かりましたと皆力強く頷く。

 大公はそんな彼等彼女等を見ながら、横にいる騎士団長に声を掛けた。分かっていますと彼は頷き、先日の騒動を聞いて血気盛んになっている新人騎士達に向かい言葉を紡ぐ。お前達のこれからに必ず役に立つであろうから、まずはこの戦いを見ておけ、と。

 聞いてはいるが見てはいない新人騎士達の判断としては向こうの伯爵とそう変わりはない。本当にどうにかなるのかと半信半疑で才人達を見詰めている。

 そんな折、一人の少女が練兵場にやってきた。そこそこに可愛らしいツインテールのその少女は、何でこんな場所に、とここまで連れてきたらしい従者に文句を言っている。

 が、そこに立っている面々を見てその表情を即座に変えた。

 

「ひっ!」

「いや顔見てその反応は正直どうなの?」

 

 ちょっと傷付く、と才人は眉尻を下げる。対する少女は当たり前だと言わんばかりに顔を顰めた。お前らわたしに何やったか覚えてるのかと叫んだ。

 

「トドメさしたのはテファじゃん」

「そう仕向けたのは紛れもなくアンタらでしょ!? ああやめてやめてその斧はオーク鬼を切り刻むもので人を切るものじゃないのっていうか斬ったら原型残らないからやめてやめろやめろこのウシチチぃぃぃ!?」

「あ、トラウマ思い出した」

 

 ああああ、と叫びながら頭を押さえ蹲る少女。大丈夫ですかベアトリス様、と新人騎士は慌てて駆け寄り、もう慣れている騎士は大丈夫ですよベアトリス様と彼女を宥めた。

 ふう、と息を吐いた少女、ベアトリスはゆっくりと立ち上がり、そしてぐるりと周囲を見渡す。他に誰もいないのを確認すると、大きく安堵の溜息を吐いた。

 

「で、何でわたしは呼ばれたの?」

「いや俺達知らねぇし」

 

 お父様、とベアトリスは大公を睨み付ける。大公はその視線を涼しい顔で受け流し、向こうの新人がいたので顔見せが必要だろうと言い放った。だったら昨日言えという彼女の抗議は、お前が近付かなかったから出来なかったのだと肩を竦めながら返された。

 

「曲がりなりにもお前は自由騎士団の准団員だろう?」

「わたしはなった覚えはありません!」

 

 こっちこーい、と手招きしている脳内のアホ面の少女二人を振り払い、彼女はそう言って父親を睨む。分かった分かったと明らかに娘の言葉を聞き入れていない返事をし、大公はともかく見学していけと彼女を自身の横に座らせた。

 

「……まあ、見る分には面白いけれど」

 

 ぶうたれながらベアトリスは才人達を見る。どうせやるなら派手にやりなさいよ、と述べると、拳を握りそれを突き出した。

 はいはい、と才人は笑う。んじゃいっちょ行きますかとカトレアへと顔を向けた。

 

「ではご主人様。ご命令を」

 

 ふふ、とカトレアは笑う。才人を見て、『地下水』を見て、エルザを見て、十号を見て、アトレシアを見る。

 さっきも言ったけれど、怪我はしないようにお願いね。まずはそう告げ、そして向こう側で準備万端のゲルマニアの伯爵が率いる親衛隊を見た。

 

「では、『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』。いってらっしゃい」

『了解!』

 

 彼女の言葉で、檻が開く。解き放たれた、魔獣が、行く。




まあ蹂躙だよ?

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