ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

28 / 66
ピンチが欠片もない!


その2

 親衛隊との距離も大分近くなり、後はいざ接敵、というところまで来かけた辺りで才人はふと足を止めた。隣の『地下水』を眺め、そしてエルザを見やる。ふむ、と頷き残りの二人、十号とアトレシアを見た。

 

「……えー、重大なお知らせがあります」

 

 何ぞや、と四人が才人を見る。ポリポリと頬を掻きながら、やべぇすっかり忘れてたと彼は呟いた。

 

「はい、じゃあ向こうに声がまだ聞こえないこの位置で最終確認。全員種族を述べよ、俺異世界人」

「ナイフですよ。何を今更――あ」

「吸血鬼だよ――あー」

自動人形(オートマータ)です」

「蟲華の合成獣(キメラ)ー」

 

 同じように十号とアトレシアを見た『地下水』とエルザが難しい顔をする。自分達は承知の上だったので完全に失念していた、と才人と同じように首を捻った。

 どうしたの、とアトレシアは首を傾げる。十号も何かあったのでしょうかと不思議そうな顔をする。

 

「大公の『空中装甲騎士団』なら別に問題なかったけど、相手はゲルマニアでこっちのこと何も知らないやつだからなぁ」

「だから、どうしたの?」

「何か問題があったのですか?」

 

 おうあるある、と才人は軽く述べる。さっき気合い入れたところ悪いんだけど、と彼は二人を見て苦笑する。

 

「正体見せるの禁止な」

「はい?」

「……む」

 

 よく分からない、と首を傾げる十号と、言葉の意味を理解したのか顔を顰めるアトレシア。前者はともかく、後者は事情次第では暴れるとその目が述べていた。

 はぁ、と溜息を吐き、頭をガリガリと掻く。とりあえず十号は悪いが後回し、と視線をアトレシアに向けた才人は、一歩踏み出すと彼女の顔に自分の顔を近付けた。

 

「あの時の約束を忘れたわけじゃねぇって」

「……じゃあ、何で?」

「別に見せびらかすもんでもないだろ? ……カトレアさんはさっきの口ぶりからすると全く気にしてないっぽかったけど」

「だったら……ん、違うか。そうね、少しくらい窮屈なのも分かってて、こっちに来たものね」

 

 少し唇を尖らせながら、しかしまあしょうがないなと眉尻を下げ。なるべく頑張ると彼女は笑った。がばりと才人に抱きつくと、頑張るけど、と言葉を続けた。

 

「もしもの時は、助けてね、だんなさま」

「当たり前だろ。それに、俺だけじゃない、みんなもさ」

 

 うん、とはにかむとアトレシアは才人から離れた。よしじゃあ正体隠したままどれだけ頑張れるか勝負だ、と隣の十号に指を突き付けた。なんだか良く分からないけれど分かりました、と彼女は頷く。

 そのまま軽い説明で十号も納得してくれたので、では改めてと一行は足を踏み出した。お待たせしました、と向こうの親衛隊に頭を下げる。

 戦力差は軽く見て十倍。あくまで人数で見た場合である。騎士も地上で杖を構えるものから騎獣を持つものまでバリエーション豊かに並んでいた。

 隊長らしき騎士は、そんな彼等を見て苦笑する。本当にやる気なのかな、とまるで子供をあやすように言葉を紡いだ。

 

「ええ。ご心配なく。こちらも軽く流しますから」

 

 昨日はセリフ取られたから今度は俺の番だ。そう言いたげな表情で才人は隊長にそう言ってのけた。ピクリと彼の眉が上がり、そういうことなら仕方ありませんなと鼻を鳴らす。向こうも騎士としての自信がある。眼の前の若造に馬鹿にされて尚笑っていられるほど寛容ではないのだ。そうなった原因は自分が相手を潜在的に見下していたから、という前提を頭から追い出して、である。

 ではいくぞ、と隊長は部下に声を掛ける。才人も同じように、じゃあいきますか、と軽い調子で四人に声を掛けた。

 審判役である『空中装甲騎士団』の団長と部下二人がぐるりと一団を見渡し、それでは、と持っている旗を掲げる。

 始め、という叫びと同時、親衛隊は一斉に呪文を放った。たかが五人、それも若い男が一人と残りは女。特に何か起きることもなく、これで勝負は決まりだと何も疑わなかった。

 その呪文の雨が、五人に掠りもしなかったことを目にするまでは。

 

「十号! アトレ! 調子は!?」

「は、はい。今ので問題ないのならば、大丈夫なのです」

「窮屈だけど、こういうのにも慣れないといけないのよね?」

 

 才人達の仲間に、自由騎士団になってから基本的に暴れる際は正体を見せても問題なかった。が、これからはきっとこういう場面も増えていくのだろう。そんなことを考えながら、アトレシアはよし頑張るぞと拳を握る。トン、とその横に着地した十号も、そうですねと笑みを浮かべた。

 

「むー。でも『地下す――フェイカはその辺は自由そうでいいなぁ」

「あの人は、戦い方自体は普通のメイジと変わらないですからね」

 

 そんなことを言いながら、アトレシアはテクテクと、十号はポテポテと。そんな擬音でもするような足取りで前へと足を進める。

 嘗めるな、と騎士の一人はそんな二人に呪文を放った。殺傷能力こそ高くないものの、当たれば当然普通の人間ならただでは済まない。十号は体を捻りそれを躱すと更に一歩踏み出した。体に仕込まれている武器を使うことは出来ないので、身体能力だけでどうにかせねばいけないのだが、素の状態では彼女は可愛らしい少女でしかない。どうしよう、と首を捻っているその横では、呪文を思い切り食らって転がるアトレシアの姿があった。

 

「アトレさん!?」

「どうしようか考えてたら当たっちゃった」

 

 失敗失敗、と頭を掻きながら立ち上がる。その姿は別段ダメージを受けている様子は見受けられず、呪文を放ったメイジもそんな彼女を見て思わず動きが止まる。

 あ、今ならばバレないかも。そう思った十号は左手の手首から先を捻った。グルリと回転したそこから展開したそれは、露出を抑えているので遠目で確認するのは難しい。内部骨格を基調としたその異形の拳で、十号はメイジの後頭部をぶん殴った。一瞬にして白目を剥いたメイジは、何かを叫ぶことなく、何が起こったのかも分からないまま倒れ伏し昏倒した。

 

「あ、十号それ反則」

「……駄目でしたか」

 

 ぶうぶう、と文句を言うアトレシアを見て、ごめんなさいと十号は頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 ワイワイとある意味楽しそうな向こうの状況と比べて、こちらは雰囲気がまるで違った。親衛隊のメイジ達は皆一様に驚愕の顔を浮かべ、一部はパニックになりながら呪文をひたすら撃ち続ける。

 それらをことごとく躱しながら、黒髪の剣士は軽い調子で一人一人意識を刈り取っていった。

 

「あー、やっぱヌルいわ」

「『空中装甲騎士団』と比べて、部隊の練度もまるで足りていませんね」

 

 才人のボヤキに同意しつつ、『地下水』は竜騎士を一人撃ち落とした。自分自身であるナイフは太腿のホルダーに仕舞い込み、別の短剣杖で呪文を唱えている。適当な量産品であるそれを使っているという時点で、相手の実力がどの程度なのかを物語っていた。

 

「んー。何がいけないんだろう。一人一人はそこまで悪くないと思うんだけど」

 

 近接戦闘に切り替えた騎士の剣杖を首の動きだけで躱し、その手首を掴んだエルザはぐいと相手の体を引っ張る。小柄な、子供と言っても差し支えないほどの少女に片手で引き寄せられたという驚愕と、次いで至近距離で眺めた少女の可愛らしさに思わず動きが止まり、その騎士は返す拳で顎を撃ち抜かれ失神した。

 

「この人なんか、わたしが相手なのに思い切り倒す気で攻撃してきたよ。相手がどんな見た目でも全力を尽くそうとするって、そうそう出来ないし」

「そうそう。何かちょくちょくいい動きする人いるんだよな」

「その割に、全体で見るとボロボロ。……指揮官が悪いのでしょうか」

 

 ちらり、と練兵場の奥にいるゲルマニアの伯爵を見る。彼を指揮官と考えればまず間違いなくそうであろうと思えるが、しかしあれはあくまで主人でしかない。そもそもその考えでいけば自分達の指揮官はカトレアということになる。

 

「……あ、じゃあ間違ってないのか?」

「こちらは特例でしょうに。だからお前はアホなんですよ」

「うっせぇよ。……んじゃ、あれか」

 

 あれ、と才人が指差したのは後方に下がった隊長である。最初にこちらを見下したあの男は、最初の攻撃を躱されたのを見るやいなや慌てて退避していった。自分を守ることは一級品だよな、と才人はぼやき、それも踏まえて三流ですよと『地下水』が返す。

 

「でも、そうなると。むしろもっと酷いことになりそうな気がするんだけど」

 

 そう呟きながらエルザはこちらに突っ込んでくる騎士三人組を見る。あの隊長の指示ならば、恐らくこの攻撃はしない。自身を守るように部下を固め、絨毯爆撃でもするかのように呪文を撃って距離を取らせるであろうと予想したのだ。

 杖を構える騎士達は、皆こちらを睨み一挙一動を見逃さんという気迫が感じられる。明らかに別の何者かのアドバイスを受けたか、そういう指導をされてきた者達だ。

 

「……いいねぇ。俺、こういう人達好きだぜ」

 

 足に力を込め、才人は一気に距離を詰めた。ぐ、と顔を歪めた騎士の一人は、杖を突きから払いに変え、込めていた呪文を素早く変える。近接用の呪文を、遠距離用の呪文へと敢えて変化させた。才人と騎士の間に生まれた風の刃は、真っ直ぐ切り込む相手にはカウンターとして機能する。当たれば無事では済まない。

 が、才人はそれを地面に体が着くほど姿勢を低くすることで躱しきった。崩れた体勢を片手で支え、独楽のように回転することで騎士の足を払い転ばせる。

 

「ちょっと長さが足りてないな。空も地面もどっちも避けられる状況だと、次の迎撃が遅れるぜ」

 

 あのバカは全力でぶっ殺しに来やがったからこっちも殺す気で攻撃したけど、実際は迎撃可能だっただろうし。いつぞやの鍛錬を思い出しながら次いでそんなことを呟き、才人は騎士に一撃を叩き込み戦闘不能にした。

 その横では『地下水』が手に持っていた短剣杖を相手の『ブレイド』で切り裂かれるところであった。む、と顔を顰めた彼女は、仕方がないと腰に差していた別の短剣を取り出す。

 

「手合わせの最中申し訳ありませんが、この指示を出した人物が誰か教えて頂けますか?」

 

 追撃の突きを短剣の腹で受け流し、『地下水』は目の前の騎士に問い掛けた。ついでに薄く微笑む。目付きこそ悪いものの、彼女のそのボディとしている顔は十分に整っており、体つきも踏まえ絶世の美女とはいかずとも男性を魅了するだけの力は持ち合わせている。

 ぐ、と騎士は少しだけ踏みとどまった。一歩下がると、まあそれくらいなら、と咳払いを一つして後方にいる隊長の横で東奔西走している短髪の騎士を指差した。

 ありがとうございます、と笑顔を見せた『地下水』から顔を逸らす。ちょっと待ってくれ、と手で彼女を制すと、深呼吸をして再び向き直った。

 

「……女性経験なさ過ぎでは?」

 

 ほっといてくれ、と悲痛な叫びを上げた騎士は、しかし動きが鈍ることなく彼女を打倒さんと杖を構え呪文を唱えた。が、それよりも早く『地下水』の呪文により四肢を凍らされ、地面に転がされ喉元に短剣を突き付けられた。降参だ、と言う声にコクリと頷いた『地下水』は、それでどうしますと才人に向き直る。

 

「んー。エルザ、そっちはどうだ?」

「ちょ、っと、待って」

 

 この人思ったより強い。そんなことをぼやきながら、エルザは呪文と近接の波状攻撃を躱しきる。向こうの攻撃の途切れたその隙を突き、するりと相手の背後に回るとその膝裏を蹴り飛ばした。がくりとバランスを崩した騎士の後頭部に肘打ちを叩き込むと、よし、とエルザは息を吐く。『地下水』に凍らされていた騎士の横に相手を寝かせると、じゃあ後はよろしくと彼女はヒラヒラと手を振った。

 

「あの人を狙うの?」

「何だかんだで向こうの数多いしなぁ」

「勝敗を決めるには丁度いいでしょう」

 

 練兵場を駆け巡る。目標が決まった以上、後はひたすらそこに向かうのみだ。呪文を躱し、あるいは弾き、彼等はそこまで真っ直ぐ向かう。

 その途中、十号とアトラシアがこちらへと駆けてきた。どうしたの、というアトレシアの問い掛けに、そろそろ決着付けようと思ったんだと才人は返す。

 

「どうやって?」

「あそこ」

 

 指差した先は隊長、の横にいる騎士。ん? とそれを見たアトレシアは、ふーんと気のない返事をした。

 そうこうしているうちに、五人は隊長のいる場所へと近付いていく。隊長は口泡を飛ばしながら奴らを近付けるなと叫び、横にいた短髪の騎士は分かっていますと言葉を返す。

 周りの騎士をすぐさま下がらせ、短髪の騎士は射線上に味方を消した。

 

「あ、やっぱこの人だな」

 

 おっとっと。そんな言葉を言いながら、才人は飛来してくる火球を躱す。当たれば大怪我は免れないが、それでも敢えて使用したのはそうでもしなければ通用しないという判断からだろう。事実アトレシアは火球が掠り熱がっていた。

 

「熱い熱い! だんなさまぁ! 熱いぃ!」

「んな大げさな……」

「熱いものは熱いの! ほら当たったとこ撫でて!」

「いや待ってそこフトモモってか尻じゃん」

「いいから、撫でて」

 

 ね、と才人に詰め寄るアトレシアを見て、騎士達は殺意の籠もった目を彼に向けた。何だあいつぶっ殺そう。そんな言葉がどこからか聞こえてくるような気さえした。

 

「……曲がりなりにもゲルマニアの、それも伯爵の親衛隊でしょう? 抱くための女など簡単に用意出来る立場でしょうに」

 

 はぁ、と呆れたように『地下水』が溜息を吐く。それを聞いた短髪の騎士は、苦笑しながら頭を押さえた。ちらりと隊長を見たことから、一口に親衛隊と言っても一枚岩ではないらしいことが察せられる。

 

「わたし達が言うことじゃないと思うけど、そこの、多分副隊長さん? と部下の人達、仕える人考えた方がいいと思うな……」

 

 あはは、と頬を掻いたエルザは、まあそれはそれとして、と姿勢を少しだけ低くした。そうだな、と才人も刀を構え直し、『地下水』はそんな才人を短剣で一発どついてからその切っ先を前に向けた。

 

「アトレさん、わたし達はどうします?」

「うう、お尻チリチリする……から、仕返し、する!」

 

 ギロリ、と相手を睨んだアトレシアの下半身がぞわりと震える。あ、いけない、と少し蠢いたスカートの中を押さえ、彼女は改めてと駆け出した。待ってください、と十号もそれに続いて足を踏み出す。

 遠距離を続けていた騎士達は、距離が近付くと各々役割を変更させた。中距離で援護をする者と、近距離で相手を受け止める者。それらの動きは乱れがなく、向こうで為す術なく倒された騎獣の騎士達とは一線を画すほどで。

 

「やっぱ転職考えたほうがいいって」

 

 近距離の相手の担当は三人。才人が受け止め、剣杖を叩き切る。エルザが剣杖を持っている相手の手首を掴み、捻る。アトレシアはとりあえずぶつかって力任せに相手を押し潰した。

 最後の一人は少しだけ幸せそうであった。

 

「というよりは、あちらの隊長が問題なのでは?」

 

 中距離担当は『地下水』と十号。『地下水』は飛来する呪文を氷の盾で防ぐことだけを行い。十号はまあ少しだけなら、という皆の許可のもと、左手がメキメキと内部骨格の動きで中身が露出し伸びていく。鞭のように伸ばされたそれは、騎士の襟首を掴むとそのまま先端の分銅代わりに振り回された。横に薙ぎ倒されていく騎士達は、皆慌ててその場から離脱。待ってましたと才人達によって一人一人始末されていく。

 半数が崩壊した辺りで、エルザの言ったように副隊長であったらしい短髪の騎士は降参した。距離を取っている隊長がそんな彼を罵倒し、慌ててそこから離れていく。残った騎士達、隊長の派閥であろう者達と悪あがきをするらしい。

 

「どうする?」

 

 ちらりと『地下水』を見る。その視線の意図に気付いたらしい彼女はジロリと才人を睨むと、ふんと鼻を鳴らし短剣を腰に仕舞った。スカートを捲り太腿の短剣を取り出すと、貸し一つ、と短く彼に述べる。

 

「はいはい。うし、んじゃ撤収ー。あ、副隊長さん、倒れた人達避難させといてくれ」

 

 何を、と副隊長が尋ねようとした矢先、強烈な冷気が彼の肌を刺した。慌てて視線を向けると、灰髪の少女の構えている短剣から猛烈な吹雪が生み出されているところで。

 

「『アイス・ストーム』」

 

 何とかしろ、と悲鳴のような叫びを上げる隊長へ向かって突き進んだその氷の竜巻は、逃げ遅れた騎士もろとも目標を盛大に打ち上げた。

 これは勝負ありだな。どしゃりと倒れた隊長を見ながら、副隊長は溜息混じりでそう呟いた。首を横に振る部下は、いなかった。




次回、ベアトリス死す!(死なない)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。