カトレアとゲルマニアの伯爵、そしてクルデンホルフ大公を交えた感想戦――約一名は目の前の現実についていけずに若干燃え尽きていたが――も終わり、練兵場の整備と才人達の再準備も終わったことから、次を始めようかという話になった。次、とは勿論昨日に話していた、『空中装甲騎士団』の新人をしばき倒すというものである。
ずらずらと練兵場に向かう新人達は、しかしその顔は一様に暗い。ちらちらと才人と『地下水』を眺め、あれと勝負するのかと顔を引き攣らせている。先程の模擬戦で分かりやすく暴れていたのはその二人である。新人の騎士達はどうしてもそちらに目が行ってしまうのだろう。
それを見ていたカトレアは、少しだけ考え込むような仕草を取った。ねえサイトさん、と彼を呼ぶと、ちょっとお願いがあるのと言葉を続ける。
「何ですか? 俺に出来ることなら極力やりますよ」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、申し訳ないのだけれど」
二人は見学に回ってくれないかしら。そう言って才人と、そして『地下水』を見た。ん? と良く分かっていない顔を浮かべる才人に対し、『地下水』はまあそうでしょうねと肩を竦める。
「まあ、新人同士の対決、ということでいいのでは?」
「あ、じゃあわたしも見学?」
『地下水』の言葉にエルザが口を出す。それでもいいでしょうね、と返すと、彼女は向こう側を見た。『空中装甲騎士団』の団長は難しい顔をしているが、その辺りの判断は自分には出来ないと大公に伺いを立てる。
そうだな、と呟いた大公は、向こうで果実水を飲んでいるベアトリスに声を掛けた。
「お前も出なさい」
「ちょっと何言ってるか分からないんですけど!?」
ぶふ、と飲んでいた果実水を吹き出し、ベアトリスは全力で父親に食って掛かる。対する大公は簡単な話だと口角を上げた。
「丁度いいから、お前の鍛錬の成果を見せてみなさい」
「死ぬ! 死にますよ!? お父様はわたしに死ねと!?」
ベアトリスの悲痛な叫びを聞き、大公ははっはっはと笑う。どう思うかね、と視線を彼女から別の方向に向けるが、そこで彼女と似たような表情をしているのは極一部であった。『空中装甲騎士団』の新人達である。団長以下古株の面々は、皆一様に視線を逸らした。
そしてカトレアは、あらあらと笑顔。才人達は別の意味で難しい顔をして何かを考えている様子である。
「ベアトリス混ぜるのかよ……エルザ、やっぱ出とく?」
「わたしで大丈夫かなぁ……」
「私でもサイトでも大して変わりはしませんよ」
ついていけないのは十号とアトレシアである。あの人何か凄いのだろうか、と二人揃って首を傾げていた。
そうこうしている内に、話は無理矢理纏められたらしい。嫌だ出たくない離せ逃げるんだ、と叫ぶベアトリスを小脇に抱え、困惑する新人騎士は大丈夫です自分達で姫殿下はお守りしますからと精一杯の励ましを述べた。
「……言っておくけれど。あんた達で相手になるものじゃないわ」
観念したのか諦めたのか。はあ、と息を吐いたベアトリスは騎士を振り払うと自分で立った。ちらりとこちらの相手となる三人を見て、あー逃げたい、と小さくぼやく。
新人騎士はそんな彼女を見て、大丈夫ですよと力強く頷いた。あの二人はとんでもなかったが、あっちの二人は先程の模擬戦ではそこまで活躍していない。そう続け、あの程度ならばこちらの勝利は揺るぎないでしょうと口角を上げる。
ベアトリスはそんな新人騎士を眺め、そして『空中装甲騎士団』団長を見た。こくりと頷くのを見て、物凄くげんなりした表情で視線を戻す。
「……ヤバイヤバイヤバイ。エルザは知ってるからまだいいとして、何よあれ。というかどっちも人じゃないじゃないの。何であの騎士団はそういうのばっかり」
お前もその一員だぞ、と笑顔でサムズアップする金髪エルフと金髪着物娘のイメージを振り払い、ベアトリスは死んだ目で周囲を見渡す。駄目だ、逃げられない。そう結論付け、そして先程の一幕を思い出し一縷の望みを掛けた。
「ちょっと」
「ん?」
「そっちの二人……条件は、さっきと同じなのよね?」
「ん?」
何いってんだこいつ、という目で才人はベアトリスを見る。その顔が無性にムカついたので彼女は顔を歪ませ中指をおっ立てた。彼女達と関わるようになってから覚えた罵倒のジェスチャーである。
勿論才人は上流階級でもなんでもないただの異世界人なので、それの意味を知っている。そういうことしちゃうんだ、と目を細めた彼は、ニヤリと口角を上げると十号とアトレシアに向き直った。
「さっきは色々制限あったし、今度はその制限無しで行くか」
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!」
大公の娘、という非常に高貴な身分の少女の非常に汚らしい悲鳴が練兵場に木霊した。
では双方準備はいいかな、と団長が互いを見やる。『空中装甲騎士団』の新人騎士は今回十五人。対する自由騎士はエルザと十号、アトレシアの三名である。
先程のことを考えると決して楽観視出来ない、と新人騎士達は緊張をしているものの、しかしそれでも規格外と思える二人がいないので幾分か楽だと思っていた。
ベアトリスは泣きそうである。
「団長。さっき勝手に決めちゃったけど、良かったんですかね?」
同じように審判役をしている才人が問い掛ける。その質問に、まあいいだろうと団長は苦笑した。むしろそうでなければこちらの鍛錬にならない。そう言って苦笑を笑みに変える。
「心に傷を負っても責任は取りませんよ」
同じく審判の『地下水』が述べる。まあその程度で折れるようではどのみち先はないでしょうけれど、と続け、団長は手厳しいなと頭を掻いた。
改めて、と団長は声を張り上げる。お互いに武器を構えるよう告げ、持っていた旗を頭上に掲げた。
始め、そんな声とともに旗が振り下ろされ、空気が一瞬で張り詰める。切り替えはきちんとしているんだな、と才人は感心したように頷いた。
「あの二人、というかアトレはその辺がなぁ……」
呑気に突っ立っているアトレシアを見ながら才人が溜息を吐く。新人騎士達はそんな彼女を見てやはり評判倒れだと判断した。
大体、あんな少女が騎士団で前線に出てくるというのがいけないのだ。美しく、胸が大きく、天真爛漫。そんな少女は、むしろ騎士の帰りを待つべきなのだ。そんなことをついでに思った。
「……何でこうヤバイ奴は美人で胸がでかくて天真爛漫なのかしら」
ベアトリスがぼやく。が、新人騎士はそれを聞き逃した。あるいは聞いていても意味が分からなかったので流した。とにかくあの少女を組み伏せるなりなんなりして戦闘不能にしなければ、と息巻いていた。
そんな騎士達へと一歩近付く少女が一人。先程の模擬戦を終え、メイド服に着替えた十号である。やっぱりこちらの方がしっくりくると微笑みながら、では参りますと頭を下げた。
これまた美しい少女である。アップにした髪はうなじが強調されどこか幼さの残る顔立ちと色気が混在している。胸は向こうの彼女ほどではなくともボリュームは十分。そして見る限り大人しく礼儀正しい。服装も踏まえ、やはり騎士団などやらずに屋敷のメイドとして働いたほうが絶対にいいだろうと彼等は思った。
が、次の瞬間。バリバリと音を立て少女の左腕が服ごと裂け骨のような異形な腕に変わったことで顔色を変えた。先程の乱戦で十号の最後のそれはよく見えていなかったらしい。突如少女が化物に変わったことで騎士達は悲鳴を上げた。
鞭のように伸びた腕が新人騎士を襲う。必死でそれを避けた彼等は、しかしその腕の先、手の部分が鉤爪のように地面に突き刺さるのを見て目を見開いた。それを起点に、伸縮した腕を使って十号が一気にこちらへと飛び込んでくる。
少女の背中から音を立てて蜘蛛の足のような爪のようなものが六本生えた。次いで右腕も左と同じように伸縮する鉤爪のようなものに変わる。背中と両腕、八本のそれを使い、周囲にいる新人騎士へと襲い掛かった。
勿論阿鼻叫喚である。
「だから言わんこっちゃない! あぁぁぁぁ!? 来るなぁぁぁ!」
情けない悲鳴を上げながらベアトリスはしゃがみ込む。その上を蜘蛛の足骨が通過し、そのまま右にカサカサと逃げた途端先程いた場所に左腕が突き刺さった。新人騎士は三人が戦闘不能となった。尚、残りも戦闘続行可能かと言われると疑問が残る。
ずるり、と伸びた腕を戻した十号は、目をパチクリとさせると後ろに向き直った。どういうことでしょうか、とエルザに尋ねると、まあそういうことだよと返される。
「どうしたの?」
アトレシアが首を傾げる。十号はそんな彼女にあははと苦笑で返すと、とりあえず自分で試せば分かりますよと続けた。
「試す?」
「私は一旦下がるので、次はアトレさんにお任せするのです」
「んー」
はいはい、と十号の代わりに前に出てきたアトレシアは、化物が離れたことでほんの少し落ち着きを取り戻した騎士達に微笑みかける。よろしくね、と小さく手も振った。
可愛らしい少女の腕が異形に変わるのを見ていたにも拘らず、騎士達はそんなアトレシアを見てドキリとしてしまう。先程のイメージがもう一度頭をもたげかけるほどだ。
「じゃ、行くよー」
が、次の瞬間それは崩壊した。少女のスカートの中がもぞもぞと動いたかと思うと、そこからカマキリの鎌のようなものが生えてきたからだ。捲れ上がったスカートの中身を確認している余裕など勿論無い。もっとも、もし見ていたのならば、少女の下半身から鎌と蔓が生えているのを目視して場合によっては発狂していたかもしれない。
ちなみに才人はそれを見てエロいな、と感想を述べた。剛の者である。
カマキリの鎌が地面を切り裂く。伸びた蔓が周囲を薙ぎ払う。あっという間に五人が戦闘不能となった。が、アトレシアは不思議そうに一人の少女を眺めている。
「な、何よ……!? 何でわたし見てるのよ!? やめてよ死ぬわよ死ぬって!」
ひぃい、と悲鳴を上げながらベアトリスは逃げ惑う。鎌は彼女の横の地面を切り裂き、蔓は背後で空を切った。
む、とアトレシアの表情が変わった。あ、ちょっと待て、という才人の声を聞くことなく、ガクリと少女の体から力が抜けスカートの中の下半身がミチミチと裂ける。巨大な球根と昆虫の胴体が合わさったような彼女の本体が姿を現し、人など簡単に噛み砕ける牙を持った大口がガバリと開いた。
咆哮が練兵場に響く。言い方は厳かだが、実際はアトレシアが「がおー」と叫んだだけである。見た目だけで恐怖がうなぎ登りであった。残った新人騎士はガクガクと足を震わせながらへたり込み、泣き叫びながら腰が抜けて動かない足を引きずり逃げ惑う。
「……ごめんなさい」
才人は団長に深々と頭を下げた。いやまさかここまでとは、と冷や汗を流している団長は、まあこれもいい経験だろうと思い直し模擬戦を続行させる。いいのかよ、という才人のツッコミは風に流された。
「よし、じゃあ、行くよ」
「何をよ!?」
てい、と正体を現したことで鋭さ頑丈さ大きさが段違いとなったカマキリの鎌を振り下ろす。間違いなく当たれば死ぬ。当然彼女もそれは分かっているので、自分の予想が間違っているなら、当たるのならば止めようと思っていた。
あひゃぁ、と何だか分からない叫び声を上げてそれを躱すベアトリスを見たアトレシアは、その表情を輝かせた。怪物部分の大口が主なので分かる人にしか分からないが。
「凄い凄い! あ、じゃあこれは?」
「何がぁぁぁ!?」
明らかに少女ではない悲鳴と共にベアトリスは手足をわさわさ動かしゴキブリのような動きで練兵場を這い回る。傍から見ているとどう見てもアトレシアが彼女を嬲っているようにしか見えない状況であるが、楽しそうであったアトレシアの表情が段々と曇っていくのがそうではないことを物語っていた。
「何で当たらないの?」
「知るかぁ!」
ベアトリスは必死である。ただただ自分が助かることだけを考えて動いている。考えているだけである。答えは出していない。
「だんなさまぁ」
「ん?」
「どういうこと?」
本人から納得行く答えが出なかったので、アトレシアは別の誰かに聞くことにしたらしい。十号も同じ疑問を持っていたが、エルザに一応説明されたことでとりあえず理解はした。が、それでも信じられないものを見る目でベアトリスを見詰めていた。
「ん? ああ、そいつ一定以上のダメージを食らう攻撃絶対避けるぞ」
「ちょっと何言ってるか分からない」
軽い口調でそう述べた才人を、アトレシアは怪訝な表情で見やる。いくらだんなさまでも、こういう時は真面目に答えて欲しい。そんなことを言いながら、ズルリズルリと距離を詰めた。残っていた新人騎士は皆降参していた。
「いや、本当の話なんだって。テファには前に会ったことあったよな、ベアトリスはテファと一戦やらかして」
「……え? あれと戦ったの? 人が?」
ズズ、とベアトリスに向き直る。涙目でブンブンと首を振る彼女は、どう見ても強そうには見えなかった。視線を体ごと戻すと、彼女は体ごと首を傾げた。
「人って接木で増えたっけ?」
「いや死んでねぇし木っ端微塵にもなってねぇから。ちゃんと五体満足で帰ってったんだよそいつ」
その時をきっかけに、彼女は何故か大怪我をしなくなった。人は極限まで追い詰められると潜在能力を開花させるという話だが、恐らくベアトリスがその体現者なのだろう。そう続け、才人は話を締めた。
「だから自由騎士団の准団員ということなのですか?」
もう戦闘は終わりだろうとこちらにやってきた十号がそう問う。まあそんなとこ、と才人は返し、同意を求めるようにベアトリスに向き直る。
大公の娘としては完全に駄目な顔をしていた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったまま、ふざけんなと彼女は叫んだ。
「わたしは! 平穏に! 生きたいの!」
「いやテファの友達な時点で無理じゃないかな」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁ!」
頭を抱え膝から崩れ落ちるベアトリスを見て、才人も十号もアトレシアもあははと苦笑するのであった。
「……それでも友達なのは否定しないんだよね」
「だからこそ、こちらの准団員に推されているのでしょう」
あはは、とエルザは笑い、『地下水』は小さく口角を上げた。
十号(Ver.自由騎士)
イメージ参考:ガンダムヴァサーゴ・チェストブレイク