ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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ゼロ魔らしさがゼロ


その3

「それで」

 

 何故わざわざこんな依頼を出したのか。そうルイズに尋ねられたマチルダは、自分に関係しているからだと答えた。酒場での給仕の仕事はいわば副業、彼女の本業は孤児院の経営者である。資金繰りの関係上色々と仕事をしているが、あくまで本来は『マチルダ院長』なのだ。

 そのことを踏まえれば、確かに人攫いがいるという事態を解決したいと思うのは間違いではない。辻褄も合う。

 だが、しかし。

 

「それだけではないのでしょう?」

「うぇ!?」

 

 唐突に横合いから声が掛かった。飛び上がらんばかりに驚いたルイズがそちらに振り向くと、黒いブラウスを着た仮面の少女がクスクスと微笑んでいるのが見える。顔見知りだということを確認したルイズは、いきなり湧かないでくださいと溜息とともにそう告げた。

 

「まるでわたくしが害虫か何かのように聞こえるのですが」

「似たようなものじゃないですか」

「まあ、冗談がお上手ね」

 

 そう言いながら仮面の少女は腰に携えていた剣杖を一本抜き放つ。げ、と顔を顰めたルイズは、しかしやるならやってやると同じように腰の杖に手を添えた。

 

「酒場で暴れるのはやめてもらえるかい?」

「む」

「あら、ごめんあそばせ」

 

 そんな一触即発の空気を、マチルダが霧散させる。仮面の少女は何事もなかったかのように、優雅とも思える仕草でワインに口をつけていた。

 そうしながら、彼女はもう一度先程の言葉を紡ぐ。理由はそれだけではないのだろう、と。

 

「どういう意味ですかアン」

「どういう意味も何も、そのままよフラン」

 

 それが分からないから聞いているのに。そんなことを思いながら頬を膨らませジト目でアンを睨んだルイズは、目の前の彼女が笑顔になるのを見て益々表情を曇らせた。そのまま説明をせずに、ついと彼女は視線をマチルダに向ける。

 

「わざわざフランに依頼をしたのは、早急な解決を望んでいるから、かしら?」

「……ああ、そうだね」

 

 ほぼ口元しか見えないアンが実際にどんな表情をしているのか、ほぼ常に笑みを湛えている口元だけではまるで分からない。ならば『アンゼリカ』でなければ分かるのかと問われれば、王宮の執務室で笑みを湛えたまま謀略を話す姿も見ている以上そう変わらないとしか言えず。

 はぁ、とマチルダは溜息を吐いた。どのみち隠すようなことでもなし、聞かれれば話そうと思っていた程度のことだ。出し惜しみする必要などない。

 

「……実は、シャジャル様が」

「へ?」

 

 その名前に面食らったのはルイズである。どんな理由が、と思っていた矢先、思っても見なかった人物の名前が出たのだ。思わず目を見開き、隣を見る。口元に手を当て、クスクスと笑っている『おともだち』がいた。小さく息を吐くと、とりあえず気にせずに話の続きを聞くことにした。

 マチルダが今述べた人物は、ここトリステインの隣国アルビオンの王族、モード大公の妾であった女性である。とある事情でお家騒動に発展したアルビオンで、あわや処刑される寸前であったシャジャルとその娘を助けたのももう随分と前のことだ。

 とはいえ、命は助かっても地位はどうにもならず。モード大公は今も半ば幽閉状態、大公に仕えていたサウスゴータ家――マチルダの家名はそこで途絶えた。おかげで彼女はアルビオン王家を毛嫌いしている。

 それでも大公家に恩のあった身、今もシャジャルとその娘とは彼女は親交を温めているのだ。ちなみに彼女達は現在ヴァリエール公爵領の住民である。

 

「えっと、何かあったの?」

「いや、最初はこの件を聞いて心配してこちらに来てくださっていたんだけど」

 

 孤児院は問題ない、とマチルダに言われ、子供達と遊びその時は何事もなく公爵領へと帰っていったらしい。

 だが、次に彼女は公爵領まで届いた噂を耳にすると顔を青褪めたのだとか。慌てて手紙を書き、マチルダを心配している旨が実に五枚ほど。そのうち一枚は彼女の娘のものであった。

 

「人さらいの連中に土メイジがいるらしいのさ。それも、腕の立つゴーレム使いが」

「……あー」

「さらに、その土メイジ、女らしい」

「それはそれは」

 

 ご愁傷様、とアンはにこやかにマチルダに述べる。笑い事じゃない、と机を思い切り叩いた彼女は、そういうわけなのですぐさま連中をぶちのめして欲しいと二人に告げた。

 成程、確かに理由は分かった。だが解せない、とルイズは首を傾げる。正直な話、その程度の問題ならば自分でやればいいじゃないか。彼女はそんなことを思ったのである。

 

「ここで私が出張ったらシャジャル様が心労で倒れる。後テファが泣く」

「心配性ね、あの人も」

「これまでのことを考えると、仕方ないでしょう」

 

 ガタリと立ち上がった二人は、マチルダから渡された依頼書を手に取ると、ペンを使いサインを書いた。依頼者の横、依頼を承ったという証拠に。

 視線で問い掛け、それを受けたマチルダはコクリと頷く。酒場の奥へと足を踏み入れ、マチルダの使っている部屋に入ると小さなクローゼットを開いた。

 ぐい、とルイズは口元を拭いルージュを落とす。流していた髪をポニーテールに纏め、水晶のあしらわれたバレッタでパチンと止めた。服装は学院から出てきたのでお忍び用の簡素なものではあるが、これからのことを考えると着替えるべきだろう、と首をコキリと鳴らす。そうしながら、明らかにクローゼットの大きさに見合わない荷物を取り出すと、そこから一本の大剣を引き抜いた。

 

「お、相棒。出番か?」

「ええ。魔法学院生徒のルイズは一旦お休み。今からは――」

 

 アンゼリカと同じ黒いブラウスとベストを纏い、普段のメイジとは少し趣の違う薄緑のマントを羽織る。そして仕上げに、タクト型の杖の代わりに大剣デルフリンガーを背負った。

 

「フランドールの、時間よ」

 

 

 

 

 

 

 ガタゴトと馬車は揺れる。幌で隠されたその荷台の中には、泣きはらした顔の少女が何人も。皆、荷馬車を操っている男達に攫われてきた者であった。

 男達はトリステインの人間ではない。他国で同じようなことを生業に生きてきたならず者だ。顔も割れてきたこともあり、心機一転、別の地で商売を再開しようと思い立ったのだ。どこに向かうか悩んでいた際、トリステインを勧められたのも大きい。

 何でも、ここは現在王が不在。王妃は喪に服し、王女は美しいだけでそれ以外が欠けているのだとか。実際街の小唄で「トリステインの王家には、美貌があっても杖がない」などと揶揄されている始末である。これ幸いと男達はすぐさまトリステインに向かい、早速商売を再開したのだ。

 勿論、この商売を行う際に街の商工会などを通すことなどない。適当に抱き込めそうな木っ端役人を数人掴まえ、鼻薬を嗅がせただけである。町の酒場で情報を集めたり、傭兵や冒険者の依頼を眺めたりなどということも勿論していない。情報提供者の弁があっさりと裏付けられたので、余計な手間を惜しんだのだ。

 ん? と男の一人が空を見上げた。先程まで晴れていた空が、急速に曇りだしている。これはひょっとしたら一雨来るかもしれない。そんなことを思い、どこか雨脚をしのげる場所を探そうと頭目に進言しようとした。

 刹那、風が吹く。猛烈な横風によりバランスを崩した馬車は、横転こそしなかったが道から外れて草むらに落ちていった。暴れる馬を宥めながら、男は突然の自然災害についていないと毒づく。

 そこで、気付いた。こちらに向かってやってくる馬が二頭。今の風によって足止めされてしまった男達は、その追い掛けてくる馬から逃げられない。

 だが、それがどうした。馬が二頭、乗っているのは二人。そもそも自分達に用事かどうかも分からない。そうだとしても、敵対するのだとしても、たった二人で一体何が出来るというのか。

 

「そこの馬車、止まりなさい――って、もう止まってるわね」

 

 馬を止めた二人は男達に向かいそんな声を掛ける。一体何の用だ、と道から外れた馬車をどうやって戻すか考えながらなげやりに声を掛けた彼等は、しかし次の言葉を聞いて身構えた。

 

「決まってるでしょ。そこの、アンタ達がさらった人達を返してもらいに来たの」

 

 瞬時に鋭い目に変わった男達は、各々の武器を取り出す。見たところただの小娘二人、安っぽい正義感とやらに駆られた馬鹿者だろう。そう予想をつけ、怪我しないうちにとっとと帰れと刃物をギラつかせながら脅した。

 そんな男達を見て、少女二人は肩を震わせて笑った。可笑しくてしょうがない、というような笑みを見せた。

 

「ねえ聞いたアン」

「ええ、確かに聞きましたわフラン」

「怪我をしないうちにとっと帰れ、ですって」

「わたくし達が言わなくてはいけない言葉なのに、先に言われてしまいましたね」

 

 そう言って再び笑い始める二人。男達はそんな二人を見て訝しげな顔を浮かべ、次いで怒りで顔を歪ませた。たかが小娘二人が自分達を虚仮にするとは一体どういう了見だ、と。

 男の一人がナイフを構え突っ込んだ。それをちらりと見た少女の片割れ、アンゼリカは素早く腰の剣杖を一本引き抜くと呪文を唱える。杖から生み出された水の鞭がうねるように放たれ、男の胴に巻きついた。手首の動きでそのまま男は自分の意志とは無関係に彼女の眼前に引き寄せられ、そしてもう片方の手に持っていたもう一本の剣杖を喉に叩き込まれる。

 ぐげ、とカエルの引き潰れたような声を上げて、男はそのまま動かなくなった。

 

「アン」

「当然、殺してはいませんわ。フランこそ、きちんと生かすのですよ」

 

 貴女は加減が下手だから、とアンは呆れたように肩を竦める。分かってますよとぶうたれたフランは、今の光景で動きが止まっていたもう一人に向かい疾駆した。風の力を纏った彼女の踏み込みはまさしく神速。そのまま至近距離で風の塊を叩き込まれた男は体を『く』の字に曲げ、吹き飛んでいく。木にぶつかった男は、糸の切れた人形のようにずるずると地面に倒れ伏した。

 次、とフランは周囲を見渡した。この商売を行っている商人達は、メイジとそうでない者が半々。その内二人は今叩きのめしたのだから、残りは。

 

「うひゃぁ!?」

「あら、これは」

 

 糸のようなものが二人へとまとわりつく。彼女等の背後に回ったメイジ二人が呪文を放ったのだ。ゴムのような弾力とネバネバと絡み付く粘着力の両方を備え持つそれは、『蜘蛛の糸』と呼ばれる呪文。相手の動きを拘束するのにはかなり有用である。

 手間かけさせやがって。そんなことを言いながら別の男がナイフを取り出す。手足の腱を斬り、逃げ出せないように仕立て上げた後、運んでいる途中の商品の追加にする。どうやらそういう算段にするよう決まったようであった。大した力もないくせにでしゃばるからだ、と下卑た笑いを浮かべ。

 

「あら、そう。それはごめんなさい」

 

 フランの大剣、彼女の『杖』から生み出された風によって紙くずのように宙を舞った。そのまま錐揉みをし、ぐしゃりと地面に落下する。荷馬車の幌の上だったのが幸いし、命は助かったらしく呻き声を上げている。

 な、と男達は驚愕する。身動きが取れないはずなのに、何故。そんなことを口にしつつ、もはや商品にしようとなど考えなくなったのか取り出したマスケット銃で彼女達に狙いをつけ、引き金を引いた。

 

「何故、も何も。杖を持っているのですから、呪文は唱えられて当然でしょう?」

 

 はぁ、と呆れたような溜息を吐きながらアンが生み出した水の壁は、銃弾を全て受け止め地面に落とした。ついでにそこから飛沫が飛び、銃を濡らして使い物にならなくさせる。

 本人にとってはその程度のつもりであるが、強烈な水飛沫はマスケット銃を穿ち破壊していた。勿論人に当たれば穴が空いていたことであろう。

 

「人に加減がどうとか言っておいて、自分もダメダメじゃないですか」

「サイト殿なら当たっても平気でしょう?」

「あれを基準にしちゃ駄目ですって」

 

 ミノタウロスとか吸血鬼とかインテリジェンスナイフとかと年中ドンパチやっている人間とその辺の連中を一緒にしてはいけない。そんなことを言いながらフランはやれやれと肩を竦めた。ちなみに彼女の大丈夫かそうでないかの基準も今話題に出た彼である。

 ともあれ、メイジではない連中は今の攻撃でほぼ無力化出来たと言ってもいいだろう。そうなると後は先程自分達を拘束したメイジ達と、マチルダの言っていた腕利きの女メイジ。そんなことを思いながら視線をぐるりと見渡すと、杖を構え呪文を唱えようとしているメイジ達の姿が視界に映る。全員が男だ。

 

「いないのかしら」

「いえ、恐らく様子見か、捨て石かのどちらかでしょう」

 

 見る限り貴族崩れの木っ端メイジが数人。普通ならば脅威なのであろうが、生憎フランとアンにはこの程度扱いにしかならない。拘束されているのが丁度いいハンデである。

 

「フラン」

「はい? 『蜘蛛の糸』ならいつでも引き千切る準備は出来てますけど」

「あらそう。では、目の前の相手を倒すまで保留ね」

「……相変わらず性格歪んでますね」

「心外だわ」

 

 拘束されている分、たとえ呪文が使えたとしてもこちらが有利なはず。そう信じているメイジ達に聞こえないようにそんな会話を行ったアンは、地面に腰を下ろしたまま、僅かに動く手首の返しのみで生み出した水の鞭を操った。先程男達がやられたことで多少は分かっていたのか、メイジ達はそんな彼女の呪文を驚きはしたものの食らうことなく避ける。

 その回避地点に叩き込まれた風の槌により一人は真横に吹き飛んだ。

 

「……弱っ」

 

 まさかこんな簡単に当たるとは、とフランもげんなりした表情で吹き飛んでいった方向を見やる。部下がこれでは件の女メイジも噂が独り歩きしているだけなのではないか。そんなこともついでに考えた。

 フランの溜息と、別のメイジが声を張り上げるのが同時。こいつらがどうなってもいいのか、と馬車の荷台で震える少女達に杖を突きつけている男が勝ち誇った顔で二人を見下ろしていた。

 

「何? 人質のつもり?」

 

 フランの問い掛けにメイジは鼻を鳴らすことで返答とする。ちっぽけな正義感でやってきたような貴族など、こうしてしまえば簡単に突き崩せる。そんなことを思い、抵抗をしないよう呼びかけると、まだ動ける仲間の男達に指示を出した。散々手間を掛けさせられたが、これで終わりだ。

 彼が思考出来たのはそこまでである。勝ち誇った笑みを浮かべたまま、あっさりと体は風に吹き飛ばされ意識も飛ばした。二人に近付き始めていた男達も真横で仲間がボロ雑巾と化したのを見て再度動きが止まる。

 

「人質が有効に働くのは、そこに交渉相手が介入出来ないという前提があって初めて成立するもの。目の前であんな隙だらけなことをされても、何の役にも立たないのですが」

「だから聞いたのに。人質のつもり、って」

 

 やれやれと溜息を吐きながら二人は立ち上がる。え、と男達が呆気に取られている中、『蜘蛛の糸』を破壊したフランとアンは己の得物を構えながら動けない男達を見渡した。それで、まだやるつもりか。そう問い掛けると、完全に逃げ腰になったのか情けない悲鳴を上げて後ずさる。

 その最中、男の一人が何かに気付き更なる悲鳴を上げた。まさかそんな。言葉にならない呟きをしながら、フランの姿とアンの姿を交互に見やる。

 ピンクブロンドに水晶のバレッタ。顔の上半分を覆う仮面。黒い服と、薄緑のマント。聞いたことのある特徴を思い出し、男はカタカタと震え始める。

 風の噂だ。何かの作り話のような、しかし実在する脅威とともに語られるその二人組。桁外れの実力を持っているとされる、風のメイジと水のメイジ。

 何故あんな目立つ特徴に気付かなかったのか。荒唐無稽な話だと決め付けて記憶の片隅においていたからか。どちらにせよ、もう遅い。敵対するなと、逃げろと教えられたそれに、向かっていってしまったのだ。

 

「フラン」

「どうしました?」

「どうやらあちらの方はわたくし達を知っているようですわ」

「あら、そう。じゃあ、改めて自己紹介しましょうか」

 

 一歩、踏み出す。気付いた男は悲鳴を上げて後ろに下がった。何だどうした、と他の仲間がそんな逃げる男に視線を向け、そして次いで目の前の少女達から発せられる言葉に顔を青くさせた。

 ピンクブロンドの少女が大剣をくるりと回し地面に突き刺す。仮面の少女が剣杖を二本、左右に持ってくるりと弄ぶ。

 

「万屋メイジ、フランドール。二つ名は『暴風』」

「万屋メイジ、アンゼリカ。二つ名は『豪雨』」

 

 出会ったら、逃げろ。裏の世界でまことしやかに囁かれているその噂のメイジの名前は。

 

「我ら二人で――」

 

 

 

 誰が呼んだか、『暴風雨』。

 

 




よしよし原作沿いだな

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