ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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今回登場キャラの名前が名前なだけにもう一人の新キャラの口調が若干引っ張られた


自由騎士録/Lady for Vendetta
その1


 どさり、と音を立て倒れた男は、そこで二度と動かなくなった。それを行った相手はそんな男を一瞥し、ふんと鼻を鳴らす。その顔には死体となったその男に何の興味も示していなかった。

 邪魔をしなければ少しは生きていたのにな。もう聞こえていない相手にそう呟くと、その人影は歩みを進めていく。背後には、死体。

 

「ちょっとアニエース、一人で行くんじゃなーい」

「あ?」

 

 アニエス、と呼ばれたその女性の人影は足を止め振り向く。フードを被った二人組が彼女の下へと駆けてくるところであった。アニエスはそんな二人を見ると、何の用だとそっけなく述べた。

 

「いや何の用も何も。一応これ三人の仕事だから」

 

 黒いフードを被った人物がそう述べる。顔は良く見えないが、声からすれば女性、それも少女と言っても差し支えない年齢であろうと予想された。

 アニエスはそんな少女の言葉を聞き鼻で笑った。知るか、と言い放った。

 

「元々わたしはこいつらを殺すためだけにここにいる。用事がない時だけ協力をする、という契約だったはずだ」

「それはそれ。今回の相手はこっちの仕事も兼ねているのだから、ワタシ達が協力するのも必然デショ? ほらほらー、成功率上がるよー」

 

 先程彼女を呼び止めた赤いフードのもう一人、こちらも女性らしいその人物はそうやってニシシと笑った。アニエスはそれを聞き、面白くなさそうにそっぽを向く。それがどうした、と言いつつも、二人の視線を受け小さく舌打ちをした。

 

「邪魔はするな」

「協力するって言ってるじゃない」

「ホント、人の話を聞かない人だネー」

 

 黒いフードの少女はやれやれと頭を振り、赤いフードの女性はケラケラと笑う。そうしながら、騒ぎを聞きつけたらしい衛兵がこちらにやってくるのを見た。

 今彼女達が騒いでいる場所はとある貴族の屋敷の中庭である。先程の死体は当然屋敷の衛兵であり、そして今こちらを捕縛ないしは討伐しようとしている屋敷の衛兵も当然。

 

「ハルナ」

「はいはい」

 

 す、と黒いフードの少女は懐から何かを取り出す。それを衛兵達に向かって投げ付けると、軽く指をぱちんと鳴らした。

 瞬間、衛兵達の周囲が爆発する。悲鳴は爆発音に掻き消され、煙が晴れた頃にはすでに人は見当たらない。地面に倒れている人の形をしたものは、ほぼ例外なく事切れていた。

 

「たーまやー」

「何か爆発微妙じゃなかった?」

「暗殺用よ。試作小型毒ガス爆弾」

 

 まだ今の一点物だけだが、すぐに効果も消える辺りがいい感じに暗殺用なのだ。そう自慢げに述べる少女を見て、赤いフードの女性はやれやれと肩を竦めた。随分と染まってしまったことで、そう呟くと、少女は当たり前でしょうと口角を上げる。

 

「こちとらここに迷い込んでもう二年よ。いい加減日本人の感覚も薄れてくるわよ」

「その代りに手に入れたのがそれとか、救えないネー」

「うるさいわね。手に入れたくて入れたわけじゃないわよ。慣れちゃったのよ、人が死ぬのに。思っちゃったのよ、こんな世界じゃ当たり前だって」

「……あ、そ」

 

 笑みを消して短くそう述べた赤いフードの女性は、しかしすぐに笑顔を戻すとまあそれならしょうがないと彼女の肩を叩いた。じゃあ精々壊れきらないようにしないと、と言葉を続けた。

 

「ああなっちゃうと、取り返しつかないからネー」

「……そうね」

 

 衛兵が少女によって殲滅されたことで道が出来たと目標まで駆け抜けていったアニエスを見ながら、二人はそんなことを呟いた。時々悲鳴が聞こえてくるのは、彼女が進行の邪魔になった人間を殺している音だろう。老若男女、その悲鳴に区別はない。

 

「で、私達はどうするんだったっけ」

「ハルナー、忘れたの? 資源の回収よ、カイシュー」

「ああ、そうだったわね。で、ベル。どうやって回収するの?」

 

 これこれ、と背後に置いてある箱を指差す。ここに投げ込めば向こうに届くから、と言う説明に、ハルナは流石ファンタジーと溜息を吐いた。

 

「それで、どのくらい回収すればいいのよ」

「ンー。とりあえず、アニエスがぶち殺したのは全回収しとく?」

「どんだけよそれ……」

 

 うげぇ、とフードの下で顔を顰めるハルナに、ベルはまあまあとその肩を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 エレオノールは心中で顔を顰め、可能な限りの罵倒を繰り返した。勿論顔には出さず、態度にも表さない。護衛と称して何故か同行させられたワルドはそんな彼女の心中を的確に見抜いたので、同意するようにそっと目を伏せた。

 彼女達の対面には、話があると呼び出してきたとある貴族の男がいる。名をリッシュモン。トリステインの高等法院の長にして、現王家を快く思わない人物の一人だ。とはいえ国を思ってということでは決してなく、自身の懐を暖める邪魔であるという点のみである。当然ながらアンリエッタも彼をそのうち始末しようと画策していた。

 

「しかし、あのアンリエッタ姫殿下が、あそこまでご立派になられるとは」

 

 ははは、とリッシュモンは嬉しそうに笑う。エレオノールはそれに同意しながら、どの口がほざいてやがると腹の中で舌打ちをした。いや姫殿下も同じようなものだろう、というワルドの視線は見なかったことにした。

 そんなとりとめのない――あくまで表面上はそうである――話をしつつ、いい加減本題に入らねばとリッシュモンは咳払いをひとつした。表情を真剣なものに変えると、知っていますかな、と言葉を紡ぐ。

 

「ここのところ、貴族の屋敷を狙った賊が横行しているらしいのですが」

「……賊、ですか。姫殿下の政策でその手の輩はまとめて排斥されていたはずですが」

「ええ。ですが討ち漏らしでもあったのでしょう。まあ、姫殿下のこれからを考えれば、その程度で済んで行幸といったところでしょうか」

「高等法院長がこうして見守っていてくださるからでしょう」

「はははは。次期アカデミー評議会長と噂されるだけのことはありますな、老人を持ち上げるのがお上手だ」

 

 そうしてひとしきり笑ったリッシュモンは、その賊についての情報を話し始めた。何でも、貴族の屋敷に住んでいたものは皆殺し、仕えていたものも八割以上が殺されているのだとか。

 

「とはいっても、憶測でしかありませんがな」

「それは、どういう?」

「死体が残っているのが珍しいのです。そこに住んでいた人物はほぼ全て死体も残さず消えてしまった、という件もあります」

 

 惨殺されている主人ないしはそれに連なる者の死体が数体残っていることもあったが、それだけである。エレオノールの表情が変わるのを見たリッシュモンは、少々女性には刺激が強かったかもしれませんなと苦笑した。

 

「いえ、そういうわけではありません。それで、そういう件もある、ということは」

「ふむ、流石察しが良いですな。……屋敷がまるごと爆破された、という話もあります」

 

 そこに屋敷があったことも分からないほど盛大に吹き飛んだらしい。当然ながらそこに死体の確認など出来るはずもない。

 そんなわけで、この事件は死体が殆ど無いまま事態が掴めず動いているのだ、とリッシュモンは語った。

 

「このことを、姫殿下は」

「まだお若い姫殿下には衝撃が大きいでしょうからな。こちらで内密に済ませたいと思っているのですよ」

 

 物は言いようだな、とエレオノールは思う。まあつまりこの事件はこちらで解決させて向こうの立場を崩す手に使おうとでも考えているのだ。まあいかにも考えそうなことだと内心溜息を吐きつつ、それでわたしは何をしたら良いのでしょうかと問い掛ける。

 リッシュモンはそれを聞き口角を上げた。大したことではないのですがな、と前置きし、一枚の書類を取り出した。

 

「ヴァリエールの子飼いの騎士団を、少しこちらの協力者に出来ないか、と」

 

 

 

 

 

 

「で、俺達か」

 

 アカデミーの一室、エレオノールの専用研究所である。そこに集められた、『少し向こうの協力者に回すヴァリエールの子飼いの騎士団』の面々は話を聞いて肩を竦めた。

 

「融通が利いて、いざとなったら向こうを殲滅出来るとなれば、あなた達が一番的役でしょう?」

「ええ。それはエレオノール様の言う通りです」

 

 同意を求めるように灰髪の少女は隣の猫耳を模したフード付きの外套を纏った少女を見る。そうだね、と頷き、最初にぼやいた黒髪の少年を見た。

 

「いやそりゃそうだけど。まあ、ヴァリエールの騎士団動かしたらそれはそれで厄介だしなぁ」

 

 はぁ、と少年は溜息を吐く。こちとら自由騎士、名は体を表すというが、その名の通り自由が売り。こういう厄介事は真っ先にお鉢が回ってくる。

 

「というか、エレオノールさん。何でそんな話を受けたんですか?」

 

 少年の言葉にエレオノールはジロリと目を向けた。わたしだって受けたくはなかった、と肩を落とした。

 

「でもね、使い魔サイト。あの話し合いの場が何故作られたかを考えれば、自ずと答えは出てくるでしょう?」

「……あ、はい。すいませんでした」

 

 つまりはそういうことなのだ。脳内で高笑いを上げるトリステインの姫殿下を横に置きつつ、これはもう受けるしか無いなと頬を掻く。

 そもそも向こうとしてもグリフォン隊隊長が傍に付いている時点で察する事柄である。が、彼はそれよりもヴァリエールの婚約者というレッテルが大きく宣伝されていたことでリッシュモンは見誤った。

 元々ヴァリエール公爵はトリステインの政治に関わろうとしない。傍から見れば中立を貫いている、あるいは現王家に反発しているようにも見える。リッシュモンもそこを踏まえ、ワルドは王家の派閥でないと判断した。そして、だからこそ、彼はヴァリエールの騎士団を自らの協力者に求めたのである。

 ちなみに実態は、何で唯一の良心が消え去ったあの伏魔殿に進んで足を踏み入れねばいかんのだ、という諦めと投げやりの精神である。尚公爵夫人であるカリーヌは、政治とか知らんから太后と姫殿下と後クソムカつくあいつに任せておけば安心だろう、という丸投げの信頼を持っていた。揃ってマザリーニには同情していた。

 

「心配しなくても、きちんとカトレアの許可は取ってあるわ」

「いや、そこの心配はしていませんよ」

 

 ヴァリエールの良心、と一部で称されるこの人が妹に許可も取らずにやるわけがない。そんな絶対的な信頼を才人は持っていた。隣にいる『地下水』もエルザも同様である。

 それで、その『事件』はどういうものなのか。話がまとまったところで改めてそう尋ねると、エレオノールは溜息と共に書類の束を机に置いた。

 

「これは?」

「調査書よ」

「さっきの話を聞く限り、実態は掴めていないみたいなことを言ってなかったっけ?」

 

 ペラペラと書類を捲りながらアトレシアが首を傾げる。それを聞き、エレオノールは再度溜息を吐き、ええそうね、と述べた。

 

「リッシュモン高等法院側は、そう言っていたわ」

「…………」

 

 アトレシアはそっと書類を机に戻した。この国ひょっとしてヤバイんじゃないの、と言う目で才人を見た。ああそうだな、と才人は同意するように頷く。

 

「……ご主人様は、無事なのでしょうか……」

「あなたの製作者なら、最近は自動騎獣を作るように言われていたわよ。活き活きしていたから、多分大丈夫でしょう」

 

 十号の呟きにエレオノールはそう答える。まあ国が滅ぶことはないでしょうから気にしない方がいい、と話を締め、話題を元に戻すように書類を数枚手に取った。

 犠牲者のプロフィールの記されているそれを眺め、ほれ、と才人達に手渡す。どれどれとそれらを回し読みした一行は、何かを考え込むように視線を動かした。

 

「これ、何か共通点あったりするんじゃ」

「あら、察しが良いわねエルザ。これよ」

 

 プロフィールの数枚の次、犠牲者の裏の顔とでも呼ぶようなそれをヒラヒラとさせたエレオノールは、まあ十中八九これでしょうねと肩を竦める。

 アカデミー実験小隊。かつて実験と称して様々なことに手を染めていた連中と、それらを手引きしていた貴族達。もうここに存在しない、技術を確かなものにするために結成された汚れ仕事の専門家。

 

「色々とやっていたみたいだから、恨みも買っていたのでしょう」

「……エレオノールさん」

「そんな目で見ないの。大丈夫、今のアカデミーには関係ないわ」

 

 子供のくせに一丁前に心配するな、と才人の頭をくしゃりと撫でたエレオノールは、表情を元に戻すと更に別の書類を捲った。手引きをしていた貴族共はいい、メイジといえど所詮碌な実戦経験もない連中だ。問題は、小隊の隊員であった者だ。多少衰えたとはいえ、『そういう仕事』をしていたメイジが為す術もなく殺されるとは考えにくい。まず間違いなく抵抗をしたはずだ。

 

「縁を切った、といっても、風の噂で古い仲間が殺されたと知ることもあるでしょうし」

「事実、この高等法院の依頼で向かう場所がそういう準備を行っている貴族ですからね」

 

 エレオノールの言葉に『地下水』が続ける。以前も同じように傭兵や騎士を雇い、襲撃者を迎撃しようとしたはずだ。

 それが、全員、襲撃されれば例外なく殺されている。

 

「あなた達なら」

 

 エレオノールが呟く。今回のような場合、それは可能か。そう問い掛けた彼女を見て、才人は少しだけ考え込む仕草を取った。

 

「いやまあ、出来るか出来ないかっつったら、出来るかもしれないけど」

「けれど?」

「皆殺しは、無理です。俺はこれでも、出来るだけ人殺したくないんで」

 

 エレオノールはそんな才人を見て目を瞬かせる。ふ、と小さく笑うと、変わらないなこのクソガキは、と彼の額を軽く小突いた。

 視線を動かすと、『地下水』もエルザも、そして十号もアトレシアも。才人のその言葉を聞いて、笑みを浮かべ同意するように頷いていた。

 

「そこの馬鹿がそう言うからには、私も仕方なく、ですね」

「元々そういう生活していたけど、うん、お兄ちゃんが言うからには、余計にね」

「サイトさんがそうだからこそ、私は今ここにいるのですから」

「人は食べないし、だんなさまに嫌われたくないから、出来るだけ殺さないもの」

 

 はいはい、とエレオノールは笑う。こいつは本当に、と才人を軽く睨むと、表情を元に戻し書類を戻した。

 

「……現状、あなた達と似通った連中が相手の可能性がある、ということになるわね」

 

 書類の最後の一枚にも、万全を期すならば『暴風雨』で、という記述があった。お前らが暴れたいだけだろう、と最初は思っていたが、しかし冷静に考えるとあながち間違いでもない気がしてくるのだ。

 となればエレオノールが取れる選択肢は一つしか無い。『暴風雨』をヴァリエールの騎士団と偽るのは無理である以上、派遣する連中はこいつらしかいない。

 

「では、アカデミー主席エレオノールが依頼します」

 

 真っ直ぐに彼ら彼女らを見る。才人を、『地下水』を、エルザを、十号を、アトレシアを。

 五人共に任せろ、という顔をしているのを見て、エレオノールは微笑んだ。その笑みは、どこか才人の主人であるカトレアに通じるものがあって。

 

「襲撃者の撃退と――そして何より、無事で戻ってくることを」

 

 カトレアもルイズも悲しむから。そう言ってそっぽを向いたエレオノールに向かい、才人達は力強く返事をした。




原作で味方だったキャラを敵にするのは大丈夫なのかとちょっと心配

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