ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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キャラの名前の命名がおもっくそ被ってた時の絶望感


その2

 血塗られた剣を一振りしたアニエスは、そこでようやく視線に気付いた。正確には、視線を気にすることにした。ふん、と鼻を鳴らした彼女は振り向き、今しがた屍にした男の血に塗れたそれを突き付ける。

 

「随分と好戦的ね」

 

 そうして目にした相手を見たアニエスは思わず動きを止めた。怪訝な表情で、そこに立っている五人の中心人物を見やる。

 明らかにこんな血なまぐさい場所にいるはずのない姿であった。動きやすく誂えられているものの、纏っているドレスはそういう知識のないアニエスから見ても最高級品だと分かるほどで。そして着ているものと同じくらい、纏っている雰囲気が木っ端貴族ではありえない。

 何より、その髪の色。余程世情に疎いものでなければ知っている、青みがかったその髪色は。ガリアの青、と呼ばれる、その髪は。

 

「……何の用だ?」

 

 それでもアニエスは態度を崩さなかった。相手がガリアの王族だから何だというのだ。自分には何の関係もないことだ。必要なのは、復讐を遂げること。そのための知識、情報、実力。それ以外は、不要なのだ。

 そんなアニエスを見て、相手は困ったように笑みを浮かべた。そう言われても、と頬を掻くと、助言を求めるように左右に立っている人物に視線を動かす。小柄で眼鏡を掛けた少女は少し考え込むように顎に手を当てたが、首をゆっくり横に振り、ブルネットの長髪で片目を隠した女性はこちらに聞くなと言わんばかりの涙目で返す。まあそうか、と溜息を吐いた相手は、仕方ないとアニエスに視線を戻した。

 

「まずは自己紹介からいきましょうか。わたしはイザベラ。ガリアの王、ジョゼフ一世の娘よ」

 

 確信が確定に変わっただけだ、とアニエスは思う。それで、その王女殿下が何用だ。態度を変えることなく、彼女はもう一度そう問うた。

 

「……そうね、じゃあ率直に言いましょう。わたしに協力しなさい」

「断る」

 

 即答。ガリアの姫に仕えるというのは名誉なのであろうが、アニエスにとってそんなものは何の意味もない。復讐の邪魔になる、とまで考えた。

 イザベラはそれを聞いてまあそうでしょうねと肩を落とす。予想していたのか、彼女は別段機嫌を損ねるでもなく、しかしならば帰るということもなかった。では、交渉と行きましょう。そんなことを言って一歩彼女に踏み出す。

 

「断ると言ったはずだが?」

「ええ。でも、わたしも出来ればここで逃したくはないの。……父上の戯言ではあったけれど、それを感謝するくらいには」

 

 真っ直ぐにイザベラはアニエスを見る。今ここで剣を振れば簡単に首を刎ねてしまえるような小娘に、彼女はほんの少しだけ気圧された。

 

「貴女の目的は、復讐よね?」

「それが? そちらには何の関係もないだろう」

「ええ、そうね。だからこその交渉よ」

 

 復讐の手助けをしてあげる。そう言ってイザベラは微笑んだ。ぴくりとアニエスの眉が動いたのを確認し、彼女はそのまま言葉を続けた。今回のその相手が何人目かは知らないが、しかしまだそう多くはないであろう。このまま同じような行動を続けていれば、時間も掛かるし成功率も落ちる。

 

「復讐相手が何人いるかも分からない今の状況よりも、明確に情報を手に入れた方がいいでしょう?」

「……どこまで知っている」

 

 下げていた剣を突き付けた。それを見て思わずのけぞった彼女は、しかしこほんと咳払いをすると自分も教えられた情報しか持っていないと返す。アニエスが『ダングルテールの虐殺』の生き残りで、その実行犯と命令を下した者に復讐をすることを生き甲斐としている。そうとしか知らないと述べた。

 

「大体は知っているというんだ、それは」

 

 舌打ちをすると、アニエスは剣を振るった。殺しはしない、だが、交渉など出来ない体にはしてやる。そう思いながら繰り出した一撃であった。

 が、それは横合いから伸びてきた杖と短刀により弾かれた。一瞬動きを止めたアニエスは、一歩下がるとイザベラへの攻撃を防いだ二人を睨み付ける。片方は先程イザベラが助けを求めていた小柄な眼鏡の少女。そしてもう一人は、赤いフードを被った女性。

 

「させない」

「いきなり斬りかかるなんて、随分と好戦的ネー」

 

 アニエスの眼光を受けても微動だにしないその二人を見て、彼女は鼻を鳴らし剣を下ろした。二人の背後では先程イザベラが助けを求めていたもう一人と、黒いフードを被った少女も何かしら行動を起こそうとしているのが分かる。無意味に暴れても不利になるだけだと判断し、彼女は仕方なく話の続きを促した。

 

「続き、といっても。こちらの条件は先程提示した通りよ。貴女の復讐の手助けをしてあげる代わりに、こちらの協力もして欲しい。それだけよ」

 

 どうかしら、とイザベラはアニエスに問い掛ける。殺しで高ぶっていた感情が少し落ち着いてきたのか、彼女は息を吐くと暫し目を閉じた。どうするべきか、とほんの少しだけ逡巡する。

 彼女の奥から、受けておいた方が損はないな、という声が聞こえた。それに同意しつつ、アニエスはだがそれだけでは駄目だと彼女の奥に反論をした。

 

「条件がある」

「あら、先程のものだけでは足りないの?」

「復讐を優先させろ。そうでない時は、協力してやる」

 

 なんとも身勝手な条件ではあるが、しかしイザベラはそれを聞いて笑顔を浮かべた。ええ、ではそれでお願いするわ。そう言って彼女に手を差し出した。

 アニエスはそれをゆっくりと握り返す。いつまでいるかは知らんが、馴れ合うつもりもない。そんな余計な言葉も続けた。

 

「ええ、今はそれで十分よ。――じゃあ、改めて自己紹介といきましょう」

 

 イザベラはそう述べ、彼女の周囲に立っていた四人に視線を移す。ふう、と息を吐いた小柄な眼鏡の少女は、その体に見合わない杖をくるりと回すとアニエスを見た。

 

「タバサ」

 

 短く簡潔な一言。あはは、とそんなタバサを見て頬を掻いた前髪で片目の隠れた女性は、この人は口数少ないだけなのでとフォローをした。

 

「あ、私はシェフィールド、と呼んでくれればいいですよ」

 

 あはは、と苦笑し、視線を動かす。じゃあ次か、と黒いフードの少女は肩を竦めた。

 

「高凪春奈。多分こっちだと色々不都合あるし、春奈でいいわ」

 

 ハルナ・タカナギとかの方がいいのかなやっぱり、などと呟きつつ、ほれ次、と赤いフードの女性の肩を叩く。

 

「ラスト。ワタシは、ヴェルメーリヨデース。気軽にベルって呼んでネー」

 

 そう言ってケラケラと笑うと、彼女はイザベラより一歩下がる。残りの四人も同じようにし、改めてイザベラを中心に据えた。

 

「よろしく、アニエス。そして、ようこそ『北花壇騎士団(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)』へ」

 

 

 

 

 

 

 才人達がやってきた時、既に屋敷は厳重な警備がされていた。何人たりとも通さんとばかりのその光景に、彼等は凡そ状況を察する。

 

「次に狙われるのは自分だ、って分かってる感じか?」

「どうでしょうか。ただ単に不安になっているだけなのでは?」

 

 才人の言葉に『地下水』が返す。どちらの言い分も特に根拠があるわけでもなかったので、そこで会話は止まった。話題は変わり、ここの貴族はどちらだったのかと才人が述べる。

 どちらか、というのは、実行者か命令者か、である。どちらにせよ狙われたら殺されている以上大して変わりはないが、知っていれば対処の方法も少しは変わる。

 

「隊員ではないようですね」

「となると、完全な足手まといだな」

 

 相手の実力は未知数だが、少なくとも手練であることは確か。そういう相手に対し、逃げ方を知っているかどうかは重要である。どっしり構えて倒せ倒せと命令するだけであった場合、最悪即殺される可能性もあるからだ。

 

「ま、とりあえずは会ってからだな」

 

 才人の言葉に同意した一行は屋敷の中へ向かう。そして主人と面通しを終えた後、割り当てられた部屋に入り。

 

「駄目じゃないかな?」

 

 エルザのその言葉に首を横に振る者はいなかった。護衛対象となる貴族は才人達を見て、噂のヴァリエールの騎士団も所詮尾ひれの付いた戯言だったのか、と落胆していたからである。話が違う、と苛立ち混じりで誰かに手紙を書いていたのが印象深い。

 

「こんな連中とか言ってたね。やな感じ」

「……いや、まあ。知らない人からすれば仕方ない気もするのです」

 

 アトレシアと十号の言葉に双方同意をしつつ、まあでも、と才人は頬を掻いた。確かに平民の若造と女子供の集団にしか見えないし、知らない貴族は見下すのもしょうがない。

 

「でもさ、こう言っちゃなんだけど。『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』の噂を知ってて、でもあの態度だろ?」

「どこまで噂を知っているかにもよりますが」

「何か聞いたことある、程度なら姫さまから遠いか情報収集能力がないってことだし」

「内容をしっかり知っていてあれだと……まあ、でも生きるか死ぬかの状態だし、悲観的になっているのかも」

 

 ううむ、と才人も『地下水』もエルザも考え込む。が、そうしていても仕方がないととりあえず行動を起こすことにした。どちらにせよ、敵を倒せば解決である。非常にシンプルで分かりやすく、頭の悪い解法であった。

 ではさっそく、と自分達の担当を尋ねに向かう。警備の中心となっている子飼いの騎士に話を聞きに行くと、お前達はここだと屋敷の見取り図を広げ指差した。

 裏でもなく表でもなく。かといって警備が手薄な場所でもない。有象無象が担当する、ないしは本命の騎士達に適当に紛れる。そんな場所であった。

 

「駄目じゃないかな?」

 

 担当の場所へ向かい、そして風に揺れる木々を見ながらエルザが再度そう述べた。やはり否定するものはいなかった。今度は誰もフォローをしない。

 

「まあ、つっても思いがけない場所から来るって可能性もあるし。気を抜いていいってわけじゃないけどな」

 

 それは分かっていると皆頷く。とりあえず真面目に警備をしよう、と一行は担当区域の見回りを始めた。

 

 

 

 

 

 

 初日は何もなし。二日目も、襲撃とは無縁の一日であった。そして三日、四日経ち、本当にここに来るのだろうかと才人達も思い始めた頃。

 聞いたか、と同じ場所を担当していたメイジが才人に声を掛けた。

 

「何かあったのか?」

 

 ああ、とメイジは頷く。三日前に別の屋敷が襲撃され、一部を除いて死体も残さず消されたらしい。そう述べると、いよいよ次はここかもしれないなと顔を青褪めさせた。

 メイジの話によると、向こうもここと同じように警備を厳重にしていたらしいが結果はその惨状なのだとか。それはいよいよヤバイな、と才人は呟き、自由騎士団の面々に顔を向けた。皆怯えている様子はない。気合を入れ直している、という状態が近いだろう。

 

「一応言っとくが、忘れんなよ。エレオノールさんの依頼は撃退より何より」

「無事で帰ってくること、でしょ」

 

 エルザの言葉にああそうだと頷く。そんなことは先刻承知だと残りの面々も頷き、だからこそ気合を入れ直したのだと笑みを浮かべる。

 そうだな、と笑みを返した才人は、よしならば来るなら来い、と頬を張った。

 そうして更に二日経った。ひょっとして別の場所が襲撃されているのだろうか。そんなことを思い、ほんの少しだけ気が緩み始めた頃である。

 

「だんなさま」

「ん?」

 

 最初に反応したのはアトレシアだった。くんくんと匂いを嗅ぐような仕草を取ると、おもむろにスカートを捲り上げる。

 太腿を顕にした彼女は、そこから伸ばした根を地面に走らせた。

 

「何か変なのが向かって――何見てるの?」

「いや、だって。男なら見るじゃん……」

 

 姿勢を低くさせている才人を見て、ああうんそうだね、と別段嫌な顔をすることなく頷いたアトレシアは、視線を同じにして才人を抱き締めた。彼の顔を胸で圧迫しつつ、クスクスと楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「でも、今から何か来そうだから……それが終わったら、ね」

「お、おう。……ってちょっと待てそれは駄目だ。いや別の意味で、死亡フラグっぽいから!」

「また頭の悪いことを言ってますねこの馬鹿は……」

 

 はぁ、と溜息を吐いた『地下水』は、アトレシアの言葉を反芻し周囲の気配に気を配る。ちらりと隣のエルザを見ると、アトレシアと同じように『何か』を感じ取り顔を顰めていた。

 

「エルザ。何か分かりましたか?」

「アトレさんほどじゃないけど。……何かが、来る」

 

 ざ、と十号が臨戦態勢を取る。才人達のその様子を見ていた同じ担当場所のメイジは、高まる緊張に思わずゴクリと唾を飲み込む。ひょっとしたら、今から死ぬかもしれない。そんなことが頭をもたげた。

 悲鳴が聞こえた。次いで、爆発音が響いた。何だ、と視線を動かすと、屋敷の反対側から煙が上がっているのが見える。悲鳴と爆発音が更に響いているのを聞く限り、襲撃者が現れたことは明白であった。

 

「あっちか!?」

 

 ち、と才人が駆け出そうとする。だが、『地下水』はそんな才人の肩を掴むと視線を無理矢理戻させた。自分達の担当はここだ、勝手に動くな。そんなことを言いながら、彼女は腰の短剣を抜き放つ。

 

「今そんなこと言ってる場合じゃ――」

「ええ、言っている場合じゃないんですよ」

 

 振り向いた才人は言葉を止めた。気付くとメイジが数人、倒れている。彼等の近くにいたメイジは、二日前に襲撃のことを教えてくれたメイジは幸いにして無事であったが、あまり関わっていなかった者達であったその数人は、既に助からない状態になっていた。

 

「ン? 何か普段とは違うのがいるネー」

 

 赤いフードを被ったその女性は、軽い足取りでこちらへとやってきている。ケラケラと笑いながら、爪のように構えた短刀を素早く投擲した。気付いた時には、既にその爪は喉元へと突き刺さっている。それほどの一撃。

 

「っぶねぇ!?」

 

 それを才人は寸でのところで躱した。おお、と楽しげな声を上げるその女性を横目で見つつ、他の面々が無事かどうか声を張り上げる。

 大丈夫だ、と四人全員からの声が聞こえた。だが、それは決して言葉通りではないことも声色で分かった。

 

「急所は外しましたが……危険ですね」

 

 ち、と『地下水』は苦々しい顔を浮かべる。彼女の周囲には胸を短刀で切り裂かれたメイジの姿が。赤いフードの女性の一撃を避けきれなかった者達であった。出来る限りカバーをしたものの、全員無事とまではいかなかったのだ。

 

「サイト」

「分かってる! 十号、お前も治療に回ってくれ」

「は、はい!」

 

 『地下水』の言葉にそう返し、才人は一気に距離を詰めた。これ以上やらせるか。そんなことを叫びつつ、彼は刀を振りかぶる。

 

「助けるのはいいケド。他の場所も似たような状態ヨ?」

「んなこた分かってんだよ! 俺達が出来るのは目に見える場所を助けることくらいなんだ」

「……真っ直ぐネ。羨ましいくらい」

 

 目を瞬かせた女性は、笑みを浮かべると才人を殴り飛ばす。女とは思えないその威力で吹き飛ばされた才人は、しかし素早く受け身を取ると再度突っ込んだ。

 待った待った、とそれに追随するようにエルザとアトレシアも飛び出していく。

 

「ぱぱっと倒せば、他も助けられるよね、だんなさま」

「一人よりも、三人。一気に行くよ、お兄ちゃん」

「うげ。それはちょっとないんじゃナイカナー」

 

 おっとっと、とその場を離脱した女性は、しかし逃げることなく構えを取った。まあどのみちターゲットを始末するのはアニエスの役目だ。厄介な奴が向かわないようにここで足止め出来るのならば丁度いい。そんなことを考えつつ、じゃあ行きますかと指の間に爪のように短刀を挟み、姿勢を低くする。

 

「さて、じゃあ……『赤頭巾(レッドキャップ)』、行きますヨー」

 

 ついでに、ニヤリと大きく口を開けた。鋭い牙の見える、その口を。




ライバル軍団初お目見え

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