ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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犬耳とか猫耳はどこら辺に付けるとしっくりくるのか……


その3

 周囲に人がいなくなったのを確認すると、春奈はふうと息を吐いた。手にしていた爆弾を仕舞い込み、手を振り上げ伸びをする。

 

「何か拍子抜け。やっぱりそろそろ知られてきたのかな」

 

 あれだけ派手に殺して回っているのだ、そうでない方がおかしい。そうだよなぁ、と呑気に呟くと、彼女は暫し考え込むように視線を巡らせた。これからどうしようか、そんなことを考えた。

 

「アニエスはまあ、このままターゲットをぶっ殺して帰ってくるだろうし」

 

 彼女の方に行ってもしょうがない。春奈はそう結論付け、ならば選択肢は一つだと頭を掻いた。

 

「ベルのとこ行こう。あっちも終わってるだろうし、どっか適当な場所でアニエス待とうかな」

 

 ぶらぶらと春奈は歩き出す。道中、邪魔だと瓦礫と死体を蹴り飛ばしながら。そんなものはあって当たり前だと顔色一つ変えずに。

 ヴェルメーリヨがいるのは春奈のほぼ反対側。歩いていくのは面倒だな、とぼやきつつ彼女は足を動かしていたが、ある程度の場所まで来ると逃げていない衛兵達の姿を目にするようになった。

 

「あー、流石にこの辺はまだいるかぁ」

 

 どうしよう、と春奈は少しだけ考えたが、隠れるのも逃げるのも面倒だとそのまま歩みを止めずに進んだ。当然黒いフードにブレザーの学生服という怪しい出で立ちの彼女は衛兵の目に留まる。貴様が例の賊か、と各々武器を構え突き付けた。

 

「私は別にそっちからしかけなきゃ何もしないわよ、今は。向こう行くだけだから、気にしないでちょうだい」

 

 手をひらひらさせながらそう言って衛兵の目の前を通り過ぎようとする。ふざけるな、と当然のことながら衛兵達は春奈を捕縛せんと武器を振り上げた。向こう側の騒ぎも当然耳にしている。ここで取り逃がすわけにはいかない、と叫んだ。

 

「そ。じゃあしょうがないわね」

 

 一歩踏み出した衛兵の一人が爆発した。地面ごと吹き飛んだ男は破片を撒き散らし、同じように春奈へと攻撃をしようとしていた衛兵に降りかかる。眼の前の光景を理解するのに時間がかかったのか、そのまま彼等は動きを止めてしまった。

 

「そうそう。そうやって動かないでくれれば私も無駄に起爆させないのよ。安心して、ここからいなくなったらモーションセンサーを解除してあげるから」

 

 じゃあね、と再度手をひらひらさせ、春奈はその場から去っていく。先程の光景も、言っている意味も、何一つ理解出来なかった衛兵達は、しかし動いたら死ぬという一点はこれ以上なく理解出来た。

 彼等はそのまま、震える体を必死で抑えながら彼女が見えなくなるのをひたすら待った。そしてそのまま精神をすり減らし、二度とこの仕事には就けなかった。

 

 

 

 

 

 

「っだぁ!」

 

 金属同士がぶつかる音が継続的に響く。才人の刀とヴェルメーリヨの短刀、それらがどちらも決定打を与えることの出来ない証拠の音であった。く、と才人はバックステップで距離を取り、同じく一歩下がって息を吐いたヴェルメーリヨを睨む。

 

「何だあんた!? 賊にしちゃ強過ぎねぇか!?」

「それは、こっちのセリフだヨ。何キミ? ただの貴族じゃないよネー」

 

 ぶらぶらと短刀をさせながら、それにそっちの二人も、と彼女はエルザとアトレシアを見る。所々切り傷が出来ているエルザが、不満げにヴェルメーリヨを睨んでいた。アトレシアはボロボロである。切り刻まれたことで服ははだけ下着が丸見えであった。

 

「……そもそも、そっちの二人。本気じゃないデショ? なーんかワケアリ?」

「まあ、少し」

「後ろの治療が終わったら! 終わったら吠え面かかせてやるから!」

 

 あはは、と頬を掻くエルザに対し、アトレシアは物凄く悔しそうだ。現状のままではほとんど彼女らしいことが何も出来ていないのが原因であろう。

 別に今すぐ見せてくれてもいいんだけれど、とヴェルメーリヨは笑う。ぴきり、とアトレシアの頬がひくつき、こいつぶっ殺すとほぼ丸見えの下半身からカマキリの鎌が生まれた。

 その異常な光景に目を見開いたのはヴェルメーリヨである。なんじゃありゃ、と驚愕の叫びを上げながらカマキリの鎌の振り下ろしを跳んで避けた。

 

「明らかに人間の使える攻撃じゃないヨネ!? え、何!? ひょっとして彼女と同じなの?」

「同じ?」

 

 まあ反応としてはもう慣れたもの、と思っていたアトレシアは、彼女のその言葉に引っ掛かりを覚え攻撃を止める。どういうことだと叫んだが、向こうは向こうでわざわざ敵に教えることはないと突っぱねた。

 

「いや、最初に言い出したのそっちじゃねぇか」

「うぐぅ」

 

 才人の追撃。いやまあそうなんだけど、とヴェルメーリヨは頬を掻いた。わざとらしく視線を逸らし、こほんと咳払いを一つ。

 さて、では行きますかと表情を真面目なものに変え、これまでの発言をなかったことにした。

 

「あんた意外とポンコツだな」

「ガーン!?」

「サイト、お前が言えた義理ですか?」

「お前はどっちの味方だよ!」

「……楽しそうな仲間だネー」

「その目やめろ、心に来る」

 

 はぁ、と肩を落とした才人であったが、しかしその視線は眼の前の彼女を真っ直ぐに見ている。どうやら自分相手では油断してくれないようだ、と判断したヴェルメーリヨは、誤魔化すためではなく本気で気持ちを切り替え相手を睨んだ。

 

「お兄ちゃん」

「だんなさま」

「ああ、分かってる」

 

 才人の目の前で姿勢を低くした彼女は、地面を蹴る音と共に姿が掻き消えた。な、と目を見開いたアトレシアは、次の瞬間自分の左腕が千切れ飛んでいるのを確認し慌てて振り向く。

 

「とりあえず、キミが要注意だってのは分かったからネ。さっさと始末するヨー」

 

 くるくると舞い上がっている左腕、それを目で追うことはせず。しかし眼前で短刀ではなく、鋭利な爪を振りかぶっているヴェルメーリヨを視界に入れ。

 横一線。彼女の手の動きの後、アトレシアの首がずるりとズレた。

 

 

 

 

 

 

 ごとり、とアトレシアの首が地面に落ちる。残った体は膝から崩れ落ち、どさりと地面に倒れ伏した。そのまま動く気配はない。首を切断されたのだ、()()()生きている方がおかしい。

 

「まずは、一人」

 

 ふう、と息を吐き次の獲物に視線を動かす。その一瞬の間に、別の影がヴェルメーリヨに接近していた。彼女と同じように鋭い爪を身に付けたその影は、相手を八つ裂きにせんと振り下ろす。

 ち、と彼女の左腕と相手の爪がぶつかりあった。ヴェルメーリヨのそれとは違い、目の前の相手、エルザの爪は腕に石を纏い爪へと変化させたものだ。単純な耐久度はやはり向こうが勝る。

 

「精霊の力……成程、吸血鬼」

「当たり」

 

 す、とぶつかりあっていた腕を引いた。拮抗が崩れたことでたたらを踏んだヴェルメーリヨの腹に、エルザは回し蹴りを叩き込む。小柄な少女から繰り出されたとは思えないその重い一撃は、彼女を後方へと盛大に吹き飛ばした。ゴロゴロと転がり、背後にあった木に激突する。キャン、と甲高い悲鳴が響いた。

 

「……そういう貴女は」

 

 痛い、と体についた砂を払いながら立ち上がったヴェルメーリヨは、エルザの表情を見てしまったと頭に手をやる。被っていた赤いフードは吹き飛ばされた拍子に外れ、彼女の顔を顕にさせていた。

 少し癖のある茶髪のロングヘアー、喋りの割には鋭い目、猛獣を思わせる牙。そして、人間の耳のある場所よりも少し上にピンと立っている、狼の耳。

 

「あー……っちゃぁ。バレちゃったカー」

 

 じゃあもういいや、と彼女はロングスカートを翻す。その拍子に、隠されていたらしい太い狼の尻尾が現れた。同時に、先程振るっていた左腕が人寄りから獣寄りに変わっていく。

 

「え? 何? 人狼? ハルケギニア(ここ)ってそんなんいたの?」

「うん。でも、わたしもあの手の獣人を見るのは初めてかな」

 

 翼人のように集落を作っているわけでもない獣人は、そもそもとして人と関わることがない。あったとしても極一部、こうして巡り合うのは奇跡に近いだろう。

 

「まあ、ワタシとしてもここまで人と関わる気は無かったんだケド。ま、これも星々の巡り合わせよネー。気取った連中の言い方からすれば、大いなる意思がどうとかいうやつ?」

 

 そう言ってケラケラと笑ったヴェルメーリヨは、じゃあこれからは遠慮なくいかせてもらうと舌なめずりをした。狼の牙がギラリと光り、左腕の爪は獲物を引き裂く時を今か今かと待ち構えている。

 

「……遠慮なく、か」

「ん? ああ、ごめんネ。キミの恋人? 危険な香りがしたからすぐ殺しちゃったケド」

 

 ぽつりと呟き刀を構えた才人を見て、彼女はそう判断した。だからそんな言葉だけの謝罪を行い、それはそれとしてと彼を睨む。当然ながら挑発も兼ねている。これで相手が冷静さを欠いてくれれば儲けものだ。

 ふう、と息を吐いた。それが挑発なのは分かっている。分かっているが、それで乗らないというのも才人の中では負けた気がして嫌だった。何より、仲間を傷付けられたのだ、怒らないほうがおかしい。

 

「サイト」

「わーってるよ!」

 

 『地下水』の言葉にそれだけを返し、才人は一気に距離を詰めた。狙いは獣人らしさをこれ以上なく体現した左腕。先程エルザの石の爪とぶつかり合っている以上、強度もそれなりにあると思っていいはずだ。そんなことを思いつつ彼は刀を振るう。

 予想通り、明らかに肉体とぶつかったとは思えない音が響いた。ギリギリと刃は止まり、切り裂けない。が、対する向こうも才人の刀とぶつかりあったことで目を見開いていた。

 

「な、硬い!? なにそれ!? 普通の剣ジャナイ!?」

「……まあな。父さんがこっち来る時に渡してくれた、平賀家自慢の業物だ。そう簡単に、ぶつかり負けるかよぉ!」

 

 裂帛の気合とともに力を込めた才人のその一撃は、切り裂くことこそ出来なかったが、ヴェルメーリヨの左腕を弾き飛ばし体勢を崩すことには成功していた。もういっちょう、と振り抜いた勢いをそのまま次の斬撃に変えた才人は、バランスを崩している彼女の胴へとそれを叩き込む。斬、と切り裂かれたヴェルメーリヨは、後方へと吹き飛びバウンドした。

 二度目のそれで受け身を取った彼女は二本の足でしっかりと地面を踏みしめる。痛い、と切り裂かれた胸をさすり、ちらりとその手の平を見た。

 

「ナンジャコリャー!?」

「余裕だなおい」

 

 割と本気でぶった斬ったのに。内心で冷や汗をかきながら才人は目の前の彼女を見る。ざっくりと切り裂かれたのはほぼ服のみで、肌自体には軽い切り傷しかついていない。それでも多少血は流れたので、ヴェルメーリヨの手には赤い液体が付着している。

 ついでに、正体を隠すためにゆったりとした服を着ていたおかげで分からなかったが、顕になったそれはぷるんと揺れていた。

 

「うゥゥ。痛いしおっぱい出ちゃうし、もう嫌になるヨー」

「いやお前達から攻めてきたんだろうが」

 

 ジト目で彼女を見やる。まあそうなんだけど、と頬を掻いた彼女は、だからこそそう簡単に退却も出来ないと再度構え直した。左腕は獣の爪、右腕は短刀を。今度は二人同時かな、と両手に石の爪を装備したエルザを牽制するのも忘れない。

 

「じゃあ、リクエストにお答えして」

 

 才人が一足飛びで駆ける。それを追い越すように、エルザが跳躍しヴェルメーリヨの頭上を取った。そのどちらも、防がないという選択は出来ない一撃。片方さえ止めればもう片方は敢えて受けても構わない、そんな行動は出来ない一撃。

 ぎり、と歯を噛み締めたヴェルメーリヨは、遠吠えをすると左腕を振り上げた。エルザの石の爪をそれで掴むと、着地位置をずらし、前に踏み込む。才人の刀が目前に迫る中、右腕の短刀で切っ先を逸らそうと目論んだ。

 ギャリギャリと音を立てるが、彼女の短刀が押し負け砕けた。斬撃は逸らせていない、勢いも殺しきれていない。ならば取る方法は一つ。

 

「げ」

 

 刃に噛み付いた。少し切り裂かれた口内から血が流れるが、完全なダメージにはなっていない。口を開け刃を離すと同時、才人の腹に肘打ちを叩き込んだ。吹き飛ぶことこそしなかったが、一瞬たたらを踏み動きが止まる。

 その時にはエルザが二撃目を放とうとしているところであった。が、ヴェルメーリヨにとってそれは先程よりは驚異ではない。左腕をガードに回し、当たる直前に自ら跳ぶことでダメージを軽減する。再度距離を取ることになったが、それでも向こうの攻撃を捌き切る成果としては十分である。

 

「は、っはー。痛い。凄く痛い」

 

 それでもダメージは少なくない。戦闘不能ではないが、このまま戦いたくもない。対する向こうはダメージの蓄積は似たようなものでも、戦闘に対するモチベーションが違う。

 

「これは、ちょっとマズい、カナー」

 

 まあそろそろアニエスがターゲットを始末する頃だ。それさえ終われば全力で逃げて仕事は終了。後少し頑張るか、と息を吐いたヴェルメーリヨは別の短刀を取り出し右手に構えた。

 それを合図にするように、才人は姿勢を低くしたまま滑るように駆けてくる。あれを迎撃するには振り下ろすしかない、と右手を動かした彼女は、そこにエルザが待ち構えているのを見て目を見開いた。

 

「集中、ちょっと途切れたね」

「し、ま――」

 

 がしり、と右腕を掴んだエルザは、そのままぐるりと彼女を投げる。空中で一回転した状態に体勢を崩されたヴェルメーリヨでは、才人の斬撃を避けるすべがない。

 

「終わりだぜ、美人の人狼さんよぉ!」

 

 居合の構えを取っていた才人の刀が煌めく。当たれば間違いなく、彼女の胴は切り裂かれる。

 そのタイミングで、才人の刀とヴェルメーリヨの胴の間に円筒形の物体が割り込んだ。

 

「ふェ!?」

「なっ!? スタングレネード!? 何でこんな――」

 

 ガツン、と刃と円筒がぶつかる。瞬間、炸裂音と閃光、そして舞い散る細かな粉塵により彼の斬撃は目標を見失った。向こうは空中で回っているのだからこのまま振り切れば、とやってみたものの、斬撃は虚しく空を切るのみ。

 どういうことだ、と光の収まった視界で見渡すと、網に絡められたヴェルメーリヨが新たな人影の足元に転がされていた。まったく、と呆れたようにその人物は溜息を吐く。

 

「仕方ないジャナイ。あっちの二人が予想以上に強かったんだヨー」

「はいはい。……あっちの二人、ね」

 

 黒いフードを被ったその人物は才人の方へと振り向く。スカートを履いていることから女性だと分かった才人は、しかしその服装を見てどこか引っ掛かりを覚えた。

 

「さて、どうするの? こちらとしては見逃してくれれば助かるけど」

 

 いやそれはどうなの、とヴェルメーリヨが抗議を述べるが、少女は聞く耳を持たない。アニエスならもうぶっ殺している頃でしょ、と足元に転がっている彼女に告げると、そういうわけよと再度視線を才人達に向けた。

 

「そっちの仕事はここの主人の護衛でしょ? もう失敗したんだから、私達と戦う理由もないはずよ」

「そこではいそうですかと言えるほど俺は物分りがよくねぇんだよ!」

 

 こっちはこっちで仲間傷付けられたんだ、と刀を構え直して才人は叫ぶ。まあそうなるか、と溜息を吐いた春奈は、仕方ないと両手に小さな炸裂爆弾を数個握り込んだ。

 

「ここの転がってる馬鹿と違って、私は適当なところで逃げるから」

「逃さねぇっつってんだろうが!」

「まったく……ケチね、平賀くん」

 

 よ、と春奈は左手の爆弾を投げ付ける。連続で爆発したそれは、才人の視界を塞ぎ、そして細かいダメージを刻んでいく。こなくそ、と構わず突っ込んだ彼は、しかしその場に既に相手がいないことを確認し目を見開いた。

 

「ぼーっと突っ立ってるわけないじゃない。――って、あぶなっ」

 

 やれやれ、と肩を竦めた春奈の目前には、既に二撃目を放つ才人の姿があった。慌てて回避した春奈は、肩で息をしながら網から開放したヴェルメーリヨを睨む。

 

「ちょっと、向こう無茶苦茶強いじゃないの」

「ワタシがこうなってる時点で気付けヨ!」

 

 そう簡単には逃げられないか、と春奈は溜息を吐く。そう簡単に逃がすかよ、と才人は息を吐く。

 お互い、既に目的は関係なくなっていることを感じつつ、それでもまだ、止まらない。




アトレの首ってどこよ?

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