主君を疑ったことを謝罪したワルドをアンリエッタは快く許した。傍から見ているとそういう風に見えているので、実際がどうであっても特に問題はあるまい。そんな予定調和を過ごした後、マリアンヌの言っていた予定の日付となった。
太后によって派遣されるアンリエッタがアルビオンに向かうための馬車であるはずのそれは、本当に貴族の、それも王族が乗っているようなものとは思えない。従者は最低限、護衛は数えるほど。加えるならば、正式な魔法衛士隊はグリフォン隊から派遣された二人のみである。
「隊長、あの、これは大丈夫なのですか?」
「ん? ああ、大丈夫だ、問題ない」
その派遣された二人、その内の一人が派遣されたもう一人であり隊長であるワルドに問い掛ける。が、彼はそんな彼女の言葉になんてことないような返事をした。不安を覚えているのならば、そんな軽い言葉で納得など出来るはずもない。
「そうですか。隊長が大丈夫というのならば、わたしはそれを信じるまでです!」
「……いや、少しは疑え」
「嘘なのですか!?」
「いや、大丈夫だというのは本当だが……」
「ならば問題ないではないですか。流石は隊長です」
何が流石なんだよ。そう叫びたい気持ちをぐっと堪え、ワルドは溜息と共に返事をし、改めて挨拶に向かおうと彼女を伴い足を踏み出した。自身で用意した『護衛のメイジ』と打ち合わせをしていたアンリエッタは、そんな二人を見て振り返る。
「よろしくお願いしますね、グリフォン隊のお二方」
アンリエッタのその言葉に、ワルドは会釈で、新人騎士は気合を込めた言葉で返す。元気がいいのね、と微笑んだアンリエッタは、彼女の名前を聞いていないことを思い出し尋ねた。
「これは失礼致しました! ノエル・モルゲン・ル・マレーと申します!」
ズビシィ、という騎士の礼と共にそう述べた新人騎士――ノエルを見たアンリエッタは、楽しそうに笑みを浮かべ、立派な騎士が部下になったのですねとワルドを見た。無表情のまま、ワルドはおっしゃる通りですと返した。
ここで話していても時間が過ぎるだけだ、ということで、挨拶は適度に済ませ各々馬車へと乗り込んでいく。アンリエッタの馬車には護衛を二人乗せ、従者はその後ろの馬車へ乗り込む。ワルドとノエル、そして護衛の残りは馬で馬車を囲むように追従していくこととなった。
馬車自体がそれほど大きいものではなく、馬が左右についていても邪魔になるほどでもない。それが護衛をしやすい利点と見るべきか、王女が乗るものではないと否定するべきか。ワルドは一瞬だけ迷ったが、どちらも該当しないとその思考を投げ捨てた。
「お疲れのようね」
ポニーテールのメイジがそんなワルドに声を掛ける。ああ、と溜息混じりにそう返したワルドは、君が外なのかと彼女に尋ねた。質問の意味をよく理解している彼女は、先程の彼と同じように溜息を吐き別にいいじゃないと零す。
「馬車にはマリーとカレンがいるわ。もしあの二人が護衛の役目を果たせずにぶっ倒される事態になったら、まず間違いなく伝説級の何かが相手よ」
それに、と彼女は、フランドールはワルドを見る。貴方もいることだし、問題ないでしょ。そう言ってウィンクをした彼女は、少し速度を緩めて後方にいる青年の隣へと移動していった。
やれやれ、とワルドは肩を竦める。顔は苦笑気味であったが、ほんの少しだけ肩の荷が下りた気分であった。
「隊長、あの方はお知り合いですか?」
そんなやり取りを見ていたノエルが不思議そうに首を傾げていた。隊長の会話に口を挟んではいけない、と横で待機していたのだが、どうやらもう話は終わったようだと判断したらしい。
「ん? ああ、そうだな。……古い知り合いだ」
「隊長の知己ということは、彼女も立派なメイジなのですね」
「……どういう判断基準だ。だが、まあ、そうだな」
ふむ、と暫し考える。評判は間違いなく悪い。『暴風雨』筆頭、『暴風』のフランドールの名は彼女の正体を知らないトリステインの貴族の間では悪名でしかないのだ。もちろんそれが誤解であることをワルドはよく知っている。噂ではなく、実際に悪人であり、碌でもない連中なのだ。主に、今ここにいないことになっている『豪雨』のアンゼリカが、だが。
「……実力は、確かだ」
「隊長がそう言うとなると、彼女達はやはりトライアングルですか」
「いや、彼女はスク――ああ、そうだな、風のトライアングルだ」
成程、と頷いているノエルを横目で見ながら、ワルドは危うく口を滑らしかけたことで内心冷や汗をかいていた。隣の彼女、そして後方の彼女達。この連中といるとどうも自分のペースが崩されてしまう。そんなことを思い、彼はもう一度溜息を吐いた。
アルビオンへと向かうフネの停泊する港町ラ・ロシェールへは馬で二日は掛かる。当然ながら馬車で向かうのならば同じだけの時間が必要だ。道中の町の宿屋で一泊することになったアンリエッタ一行は、しかしなるべく大事にしないよう住人に言い聞かせていた。あくまでお忍びの事情があるのだ。ということになっているからだ。
それでもある程度の従者と護衛がいる貴族という扱いにはなってしまう。宿を一軒ほぼ貸し切り状態にし、そこに全員を押し込むことでなんとか事なきを得た。
アンリエッタの計らいにより夕食後の一時が自由時間となった一行は、思い思いのことをして過ごす。従者の中でも夕食や軽く酒を飲んでいる者もいる。
そして護衛一行は、大きなテーブル一つを囲んでダラダラとしていた。
「こういう時はきちんと姫殿下なのね、あの人は」
今頃自室にいるであろうアンリエッタを思いながらそう呟くマリーゴールド。それに対し、まあそうじゃなきゃあんなのにはならないわよ、とフランドールは軽く返した。
「しかし、なんというか」
はぁ、と髪をオールバックにした眼鏡の青年は溜息を零す。普段、彼がギーシュとして生活している時とは違い、装飾の少ない、それでいて地味でもないコートを纏っているその姿は、『静穏』のラウルらしい装いといえた。本人とは見なされなくとも、その代理人としてラウルを名乗っても遜色はない。
「マスター。疲労?」
「まあね。……姫殿下の護衛となると、どうも」
正直護衛の必要あるのか、と思ってしまう。が、そんな言葉は飲み込んだ。この場にいる皆の共通認識だからである。何せ、『豪雨』のアンゼリカは。
「やあ、ここ、いいかな?」
そんな四人へと声が掛かった。視線を向けると、着替えたワルドとノエルがカップを持って立っている。席は空いているのでどうぞ、と皆はスペースを空け二人を歓迎した。
今日は疲れたかい、と彼は開口一番皆に問う。まあそりゃそうだ、と言わんばかりの反応をした四人を見て苦笑したワルドは、持っていたエールを煽り息を吐いた。
「やはり隊長のお知り合いのメイジと言っても、姫殿下の護衛は疲労するものなのですか?」
横合いから声。ふむ、と何かを考え込むような仕草をしていたノエルが、皆にそんなことを問い掛けていた。まあね、と返したフランドールは、そういえばあまり話せていなかったわねと彼女へ続ける。
「いえ、わたしはまだ若輩者ですので。任務中にそこまで余裕は持てないです」
あはは、と頭を掻きながら苦笑した。その姿は飾らない真っ直ぐさで、思わず皆が口角を上げるほどだ。
「いい部下じゃない」
「……否定はしない」
他の最近ちょっと隊長嘗めてんじゃないだろうかと思う連中よりはずっといい。ただし、グイグイ来るのを除けば、である。その時の光景を見て、それだけ見目麗しい女性が迫ってくるのだから羨ましい限りですね隊長、とか抜かしやがった副隊長はやっぱり帰ったらしばこうとワルドは心に誓った。
「あ、そうだ。ミス・マレー、気になっていたのだけれど」
「はい、どうされましたミス・マリーゴールド」
「ル・マレーって確か、水の精霊の」
「はい。現在の水の精霊との交渉役を務めさせて頂いております」
よくご存知ですね、とノエルは笑顔でマリーゴールドへと詰め寄る。近い、と少し彼女を押し戻しながら、じゃあ少し頼みがあると言葉を続けた。
「水の精霊石を用立てて欲しいの」
「水の精霊石、というと、精霊の涙ですか。それはまた何故?」
「ポーションの材料に必要なのよ。この間ウェールズ殿下の婚約者様の治療で手持ち使っちゃって、『
はぁ、と溜息混じりにそう述べたマリーゴールドを見たノエルは目を見開く。今彼女は何と言ったのだ。ウェールズ皇太子の婚約者の治療、そして『美女と野獣』。どちらも聞いたことがない、などというトリステインの貴族はまずいない。
「み、ミス・マリーゴールドはそんなご立派な方だったのですか!?」
「へ?」
「アルビオンの王族の治療、そしてかの有名なラ・ヴァリエールの自由騎士への物資補給! 流石は隊長のお知り合いなだけはあります!」
「あ、うん。そんな御大層なものじゃないわよ? 後声大きい」
ずずいと迫られるマリーゴールドを横目で見ながら、ああ成程とフランドールは肩を竦めた。これを毎日やられてたら確かに疲れる。ちらりとワルドを見ると、分かってくれたかと視線で返された。
「まあ今のはマリーが喋り過ぎたのが原因だろうね」
「自爆」
「いや助けてあげなさいよ。恋人でしょうが」
そうは言っても、別に何か危害が加えられているわけでもないし、とラウルは頬を掻く。隣ではカレンデュラがうんうんと頷いていた。
「それに僕はまだ彼女から返事もらえていないからね」
「保留中」
そういうとこだぞ、とフランドールは思った。ワルドは無言で視線を逸らした。
二日目。この調子ならば夜にはラ・ロシェールに辿り着けるであろうと各々が考えていた時である。街もうっすらと見えてきて、後はこの峡谷沿いの道を行くだけだと馬車を操る従者はほんの少しだけ気を抜いていた。
「ん?」
風が変わる気配を感じたワルドは視線を上げる。そこにはこちらに投げ入れらた松明が視界一杯に映っていた。それを見て舌打ちをしたワルドはすぐさま剣杖を引き抜き迎撃しようとする。が、その時には同じように視線を向けていたフランドールが背中から大剣を引き抜きルーンを唱えていた。
「ざっけんなこの野郎!」
叫びと共に生まれた風は松明を纏めて弾き飛ばし、崖の上にいるのであろう襲撃者へと逆に降り掛かった。姿は見えないが悲鳴は聞こえる、そんな状態で一旦馬車を止めた一行は、とっとと片付けると述べ馬から降りて崖を駆け上っていった。
目を見開いたのは襲撃者達である。呪文のブーストにより猛スピードで跳んできたポニーテールの少女が、手にした大剣から竜巻を生み出し数人纏めて薙ぎ払ったからだ。聞いてないぞ、と叫ぶ襲撃者の一人の言葉を聞きフランドールは怪訝な表情を浮かべたが、まあ倒してからでいいだろうと頭を切り替える。
「単純」
「うっさい」
そのタイミングで己の力で崖を駆け上がってきたカレンデュラの呟きが届いた。ブレイブフォームの彼女は、大剣を盾代わりに相手の矢を弾き飛ばすと、そのまま切っ先を地面に突き立て独楽のように回転し回し蹴りで吹き飛ばす。何とは言わないが、ピンクであった。
「ふむ、これはこちらの出番はないかな?」
「流石は隊長のお知り合いです」
遅れて『フライ』でやってきたワルドがそう述べ、ノエルが頷く。では倒れた連中を捕縛しましょうと彼女は適当な縄を呪文で作り縛り始めた。その間でもフランドールとカレンデュラが襲撃者達を襲撃していく。もはやどちらが襲い掛かってきたのか分からない有様となっていた。
程なくして全滅した襲撃者は、皆一様に縛られ転がされた。意識のないものは一箇所に集められ、話が出来そうな連中はアンリエッタの前に引きずり出される。ズタボロになったその連中を見たアンリエッタは、なんて痛ましい姿なのでしょうと俯いた。
見えないその状態で、彼女は思い切り笑っていた。ノエル以外は知っていた。
「さて、ではお聞きします」
再度顔を上げたアンリエッタは、笑みを浮かべることなく襲撃者へと問い掛ける。一体お前達は何者だ、と。その質問に、連中はただの物取りである、と答えた。
「そうですか」
ここでアンリエッタは笑顔を見せた。それならば仕方ありませんね、と縛られている連中へと告げた。
くるりと踵を返した。では行きましょうかと彼女は告げた。
「え? あの、姫殿下、差し出がましいとは思いますが、よろしいでしょうか?」
「あら、ミス・マレー。どうしました?」
「放っておくのですか? 物取りだというのならば、この先のラ・ロシェールの衛兵へ突き出すべきかと」
姿勢を正し、騎士の礼をズビシィと取りながら。しかし臆することなく意見を述べるノエルを見て、アンリエッタは嬉しそうに笑みを浮かべた。貴女のような騎士がまだトリステインにいるのですね、と微笑んだ。
「汚れのない、真っ直ぐな瞳。眩しいくらい」
「姫さまが浄化されそうですね」
「何か言ったかしらミス・フランドール」
「いいえ、何も」
まあ、あの毒沼が腐ったような性格が治るとは思えないけれど。そんなことを心の中で続けつつ、それでどうしますかとフランドールはアンリエッタに問う。ノエルの意見を聞いて尚、自分の意見を押し通すのか。そう彼女に問い掛ける。
「ええ、勿論」
「ですよね」
はぁ、とフランドールは溜息を吐いた。ちらりと視線を動かし、ラウルと目が合ったのでならもうこいつでいいやと彼の肩を引っ掴む。む、とマリーゴールドの眉が顰められるのは見逃した。
では行きましょうかとアンリエッタは改めて告げた。従者達は何も言わずにそれに従う。マリーゴールドとカレンデュラはひらひらと二人に手を振りアンリエッタに付き従い馬車へと乗り込んだ。
何かを言いたげなノエルであったが、ワルドが行くぞ、と言ったので素直にそれに従った。そうだ、隊長が何も言わないということは、きっと何か考えがあるのだ。彼女はそう判断したのだ。
そのまま馬車はラ・ロシェールへと向かう。特に何も問題はなく、街の入り口へと辿り着いた。
そしてそこでノエルは気付いた。あれ、馬が二頭いない、と。
「隊長!」
「どうした?」
「ミス・フランドールとミスタ・ラウルがいないようですが」
「……大丈夫だ、問題ない」
どう考えても問題あるだろう、とワルドは思った。思ったにも拘らず、そう述べた。流石にこれは彼女も何かしら言うだろう。そう思いながら言葉を紡いだ。
「分かりました。隊長がそう仰るならば、大丈夫ですね!」
何でだよ! 思い切り叫びたかったが、彼は必死で飲み込んだ。
心なしか、胃が痛みを訴えた気がした。
名有りオリキャラも多くなってきた