ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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どっかで見た展開


その3

 縛られ放置されていた襲撃者は、近付いてくる気配を感じて身構えた。視線を動かし、一体何が来たのかとその気配の主を見ると、別行動を取っていた仲間の姿が見え胸を撫で下ろす。大丈夫か、という言葉に頷くと、とりあえず縄をほどいてくれと頼み込んだ。

 物取りである、という自分達の言葉をあのトリステインの王女は信じたらしく、しかも衛兵に突き出すことすらせずにこのまま放置していった。聞きしに勝るほどのお花畑だ、と襲撃者の一人は思う。宰相が一人上に立ち国を回しているという噂に違わぬ無能ぶりに、男は安堵の溜息を吐いた。

 

「本当に、嫌になるわよね」

 

 ぶつり、と一人の縄を切ったあたりでそんな声を掛けられた。何だ、と視線を動かすと、放置して去っていったはずの王女の護衛のうち二人がそこに立っているのが見える。ポニーテールの少女とオールバックの少年。そのどちらもが、面倒くさいという雰囲気を隠すことなく醸し出していた。

 何故ここに、と男は目を見開く。対して二人は、何故も何も、と肩を竦めた。

 

「だってアンタら囮だもの。生かして放置しておけば、仲間がいるなら救出に来るでしょう?」

 

 だから敢えてそのままなのだ、と少女は、フランドールは述べる。このまま来ないで放置されていればどのみち野垂れ死ぬし、まあどちらでも良かったんでしょうけれど。そんな物騒な言葉をさらりと続けた。

 

「さて、と。じゃあ改めて聞きましょうか。貴方達は本当に、ただの物取り?」

 

 大剣を抜き放ち、フランドールは口角を上げた。そんなだから二人まとめて悪名高いなんて言われるんだ、とラウルは呆れたように溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 アルビオンに到着し、首都ロンディニウムに向かったアンリエッタ一行は、そこですぐに宮殿に向かわず、市井の情報収集を優先した。従者はそれに驚きもせず、淡々と彼女の世話を続けている。ワルドも諦めたようにアンリエッタの護衛に徹した。ノエルはワルドがそうである限り文句も言わず指示に従っている。

 そうして簡単ではあるが集まった噂を聞いたアンリエッタは天を仰いだ。いや知ってたけど、でもショックなのだと嘆いた。

 

「仲が……よろしいのね」

「いやそりゃそうでしょ」

 

 がくりと項垂れるアンリエッタをフランドールは冷めた目で見る。大体あの時の光景見てれば嫌でも分かるだろう、と思わないでもなかったがそれを承知で言っているのだろうからと一応追い打ちは自重した。

 

「……助けなければ、良かったんじゃないですか?」

「それは駄目よ。ウェールズ様が悲しんだに決まっているもの」

「いやどうしても手に入れたいならそこを突きましょうよ」

「時々わたくしより物騒よね、フラン」

「姫さまには負けます」

 

 はぁ、と途中からノエルに聞こえないような会話を始めた二人は、しかしそこで言葉を止めるとこっそりとサイレントを掛けた。二人だけにしか声が届かない状態にした後、アンリエッタはルイズに向かってならば質問、と指を立てた。

 

「貴女だったら、同じ状況なら、見捨てた?」

「助けるに決まってるじゃないですか」

「そういうことよ、ルイズ」

 

 ね、と微笑んだアンリエッタは、そこでサイレントを解き息を吐いた。まあ再確認をしたので、覚悟を決めて宮殿に向かおう。そう述べ、従者達に指示を出す。

 そうして馬車はハヴィランド宮殿へと辿り着く。門番にアンリエッタが顔を見せ一言二言会話をし、そして問題なく中へと案内されていった。

 ジェームズ一世とアンリエッタは謁見を行う。本来の目的はそれではないが、しかし立場上、そして伯父と姪という関係上、全く出会わないということはありえないわけで。勿論ジェームズ一世はあまり良い顔をしなかった。マリアンヌ相手の時もそうだったのだ、アンリエッタ相手ならば変わるとかといえば答えは否。とはいえ、この間の一件のおかげか、あからさまに邪険にされることはなかった。彼女の護衛も、そのまま宮殿の一室を使わせてもらえるらしい。

 そんな謁見も終わり、アンリエッタは本来の目的であるウェールズの下へと向かう。従者は彼女に用意された部屋の準備で別行動、現在は騎士二人と護衛四人が付き従うのみだ。

 ノックをし、返事の後扉を開ける。ウェールズのいるその部屋に入ると、彼は笑みを浮かべ久しぶりだねとアンリエッタに述べた。

 

「ええ。お久しぶりです、ウェールズ様」

 

 普段の胡散臭いそれとは違う、実に少女らしい笑みを浮かべたアンリエッタがウェールズへと一歩踏み出す。そのまま抱きつこうとした彼女は、しかしウェールズがやんわりと拒否したことで頬を膨らませた。

 

「もうあの時とは違うだろう。……それに」

 

 ちらり、とウェールズは視線を動かす。彼の少し後ろでじっとその姿を見詰めていた少女が、その視線に気付き口角を上げた。

 アンリエッタはウェールズから彼女に視線を向ける。失礼、とウェールズから離れ、少女へと一歩踏み出した。

 

「貴女がウェールズ様の婚約者ですか。()()()()()()、アンリエッタ・ド・トリステインと申しますわ」

 

 気品を溢れさせながら礼をしたアンリエッタを見て、少女はほんの少しだけ眉を顰め頬をひくつかせた。が、そこで踏みとどまり、息を吐くと別段何もなかったかのように笑みを浮かべる。

 

「ええ、()()()()()()。アルシェ・ヴィルヘルミナ・ローゼンブラドです」

 

 よろしく、と左手を差し出す。それを見てほんの少しだけ目を細めたアンリエッタは、にこやかに微笑み左手で握り返した。傍から見る限り、なんてことのない光景である。

 そんな挨拶を終えたアンリエッタは、ところで少し気になる噂を聞いたのですがとウェールズに向き直った。気になる噂、という部分に思い当たる節が合ったのか、彼は少しだけ顔を曇らせる。

 

「お二人の婚約が、上手く行っていない、というのは?」

「……根も葉もない噂だ。と、言いたいところだが」

 

 やはり君は知っていたか、とウェールズは溜息を吐く。今回こちらに来たのはそれ絡みなのかい、と苦笑しながら彼女に尋ねた。

 アンリエッタは首を横に振る。今回の発案者はマリアンヌ太后、向こうが何か思惑を持っていたとしても、こちらには聞かされていない以上ここに来た用事はそれではない。そう言い放った。

 

「ですが、ウェールズ様が困っているというのならば」

 

 当然、力になります。そう言って彼女は微笑んだ。その顔は恋する乙女のそれで、アルシェは勿論そこに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

「それで。起きている問題というのは、そちらのミス・ローゼンブラドが原因ということで間違いないでしょうか」

「彼女自体に非はない。向こうの貴族が問題なんだ」

 

 椅子に座り、紅茶を飲みながらウェールズは溜息を零す。そうしながら、多分君のことだから知っているとは思うが、と続けた。

 

「アルシェの家名は、以前と異なっている」

「ええ。母さまに、太后から聞いた名前とは異なっていたので少し驚きました」

 

 嘘つけ、とフランドールとマリーゴールドとラウルとワルド、そしてアルシェは思ったが口にはしない。前者は大人しくアンリエッタの傍らに控え、後者は大人しく紅茶を飲みながら二人の話を聞いている。

 

「今の彼女は、アルビオンの最も信頼出来る忠臣の義娘ということになっている。元来のガリアの家とは縁を切った」

「それは、何故?」

「君も知っているとは思うが、この間起きた屍兵の事件、それをアルシェが原因であると言ってきたのさ」

 

 そんなことあるはずがない、とウェールズは語気を強める。なにせ彼女は自身の命をかけてこの身を救ってくれたのだから。そんなことを思いつつ、そこで彼は何かに気付き顔を上げた。

 

「ミス・マリーゴールド!?」

「え?」

 

 急に話を振られたマリーゴールドは素っ頓狂な声を上げる。何だ何だ、と落ち着く前に、ウェールズが立ち上がると彼女の手を取り深く頭を下げた。勿論彼女はパニックである。

 

「君のおかげで、アルシェは助かった。気付くのが遅れて申し訳ない。そして、ありがとう、いくら感謝しても足りないくらいだ」

「え? あ、いや、その。頭を上げてください。わたしはそんな、ただ、やれることをやっただけですので」

 

 彼女は実際本気で言っている。だが、ウェールズはそれを謙遜と取った。ありがとうともう一度深く頭を下げ、君達のようなメイジがいるからトリステインは素晴らしいのだと笑みを見せた。

 

「……いや、しかし、そうすると。また再び君達に頼ってしまうことになるのか」

 

 ううむと難しい顔をし始めたウェールズの手にアンリエッタはそっと手を重ねる。お気になさらないでくださいと微笑む。

 

「もし、それでも気に病むのでしたら、わたくしだけでもウェールズ様のお力になります」

「アンリエッタ……」

 

 ありがとう、と彼は微笑んだ。いつもいつも君に頼りっぱなしだと苦笑した。

 それでは、と言葉を続けようとしたウェールズを、アルシェがやんわり押し止める。そもそもの問題は自分だ、だから頼むのならば自分からでなければいけない。そう言って彼に微笑みかけた。

 

「ですから、ウェールズ様はウェールズ様のやれることをなさってください」

「アルシェ……」

 

 目を閉じ、俯く。自分の周りには、こんなに素晴らしい人達がいる。それがたまらなく幸せだ、と彼は実感したのだ。思わず流れそうになった涙をぐっと堪え、分かった、と彼は席を立つ。

 

「こちらはこちらで事態の解決を進めているんだ。アンリエッタ、僕を助けてくれ」

「ええ勿論」

 

 差し当たっては彼女から話を聞いて動けばいいのでしょうか、とアンリエッタは彼に問う。申し訳ないがそうしてくれと頷いたウェールズは、アルシェが言ったように別行動をすると席を離れた。こちらの報告はまた後でする。真剣な表情でそう述べたウェールズを見て、アンリエッタはうっとりしていた。

 パタン、と扉が閉まる。名残惜しそうにそこを見ていたアンリエッタは、小さく息を吐くと話を続けましょうとアルシェを見た。

 

「……ええ」

「不満そうですね」

「出来ることなら、貴女に頼りたくなかったもの」

「それはそれは」

 

 順調にアルビオンに染まっているようですね、とアンリエッタは笑う。それが皮肉だと理解したアルシェは顔を顰め、絶対こいつとは仲良くなれないと心中で思った。

 

「どのみち、世界に絶対は存在しません。どうしてもなってしまう、ということだってあるものよ?」

「……何の話?」

「さて、何でしょうね」

 

 クスクスとアンリエッタは笑う。アルシェは益々顔を曇らせたが、息を吐くと気持ちを整えた。話を続けましょう。アンリエッタが先程述べた言葉を自身でも紡ぎ、真っ直ぐに彼女を見た。

 

「貴女とウェールズ様の婚約は、本来ガリアとの関係強化も含んでいたはず」

「……ええ。だから今の私は、ガリアにとってもアルビオンの一部にとっても邪魔な存在なの」

「アルビオンとガリア、互いに繋がりが欲しい者達には確かに邪魔でしょうね。それこそ、始末したいくらいには」

 

 そうならないようにウェールズが色々と策を練っているらしいが、あの様子では芳しくはないのだろう。そんなことを思いながら、アンリエッタはちらりと後方を見た。待機している彼女の護衛の面々を眺め、まあどうとでもなるかと一人頷いた。

 

「それで、ミス・ローゼンブラド」

「何ですか」

「ウェールズ様は、どういう大義名分を用意するつもりなのかしら」

「……アルビオンの忠臣の義娘という立場にすることで、とりあえずアルビオン側からの危害は防いだみたい。勿論それだけでは婚約者という立場を続けるには弱いのは承知の上でしょうけれど」

 

 妾ならともかく、正妻となると厳しいのは間違いないだろう。加えてモード大公の一件が尾を引いている可能性もある。最悪妾にすらなれないかもしれない。

 そのために、転げ落ちないために現状必要なのは、何はともあれ肩書きである。

 

「領主になればひとまずは、とウェールズ様は仰っていたけれど」

「難しいでしょうね。いきなり小娘が領主になったところで、はいそうですかと納得する貴族はあまりいないでしょう。最悪、日和見であった者達が王家に反発、レコン・キスタの一員に、という可能性もあります」

 

 さらりとそんなことを言ってのけたアンリエッタを、アルシェは難しい顔で眺める。やはりあんな仮面を被って色々やらかしているだけはある。ふう、と息を吐いた彼女は、アンリエッタを真っ直ぐに見た。

 

「どうすれば、私はウェールズ様の婚約者でいられるの?」

「……それを、わたくしに聞くのね」

「ええ。アンリエッタ王女だからこそ、聞くの」

 

 アンリエッタの吸い込まれるような瞳から、アルシェは目を逸らさない。決して引かない、という思いを込めて、彼女はそう言い切った。自分から愛しい人を奪おうとしている相手に、助けを求めた。

 ふう、とアンリエッタは溜息を吐いた。彼女の方から目を逸らし、仕方ないとばかりに頭を振る。ただその前に、とアンリエッタはもう一度後ろへ振り向いた。

 

「今から少し無茶をしますが、ついてきてくれますか?」

 

 命令ではない。あくまで彼女のほんの少しのわがままなお願いだ。恐らくここで首を横に振っても普段とは違い別段何もしないであろう。それが分かってしまうほどの、飾りのない言葉であった。

 そうなると答えは一つしかない。はぁ、と盛大に溜息を吐いたフランドールは、ガリガリと頭を掻いて控えていた位置から一歩踏み出す。

 

「今更です。ついていかない理由はないんですよ」

「ありがとう、フラン」

 

 そう言ってアンリエッタが微笑んだのを合図にするように、しょうがないとマリーゴールドとラウルが一歩を踏み出す。カレンデュラは元々ついていかないという選択を取る気がなかったのでそのままボーッと突っ立っていた。

 これでいつもの面々の確認は済んだから、とアンリエッタは再度アルシェに向き直る。その背中に、お待ち下さい姫殿下、という声が掛かり彼女は動きを止めた。

 

「ここまで来て、まさか私は待機ということもありますまい」

「……ワルド子爵、いいのですか?」

「ルイ――ミス・フランドールも言っていたでしょう。今更です、姫殿下」

「隊長が行くのならば、このノエル、どこまでも同行する覚悟です!」

 

 ワルドが肩を竦め、その隣でノエルがズビシィと騎士の礼をする。そんな二人を見て顔を綻ばせたアンリエッタは、ならば問題なくいけるわ、と改めてアルシェへと向き直った。

 

「ミス・ローゼンブラド」

「何ですか?」

「わたくしに助けを求めるということは、トリステインと繋がるということよ。それでも貴女は」

「ええ。あの人の隣にいるためならば、私は悪魔とだって契約するわ」

 

 よろしい、とアンリエッタは微笑んだ。悪魔、と称されたことなどまるで気にしないようで、ゆっくりと立ち上がり彼女に手を差し出した。

 アルシェは立ち上がりそれを握り返す。では行きましょう、というアンリエッタの言葉に、こくりと頷いた。

 

「それで、一体何をするの?」

「ふふっ。何、簡単なことですわ」

 

 そう言ってアンリエッタは傍らにいる彼女の騎士達に混ざり込んだ。アルシェに見せつけるように、これが一時お前の武器となるのだと大きく手を広げ。

 

「貴女には今から、英雄になっていただきます」

「……は?」

「さあ、行きましょう『アルシェ』」

 

 実に楽しそうに、アンリエッタは笑った。




負け狐のお約束:メイン回だっつったのにそのキャラの出番が少ない

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