ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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あ、これもう姫さまとウェールズ王子くっつかねぇや。


その4

「おや、今日は随分落ち着いておられるのですな」

 

 すれ違ったウェールズを見た一人の司教はそんなことを述べる。それに対し、彼はええまあと苦笑した。

 

「そのご様子ですと、問題は解決に向かっている、と?」

「……それは、分かりません。が、まあ」

 

 彼女が宣言したのだから、それを信じるまでだ。そう続け、ウェールズは頬を掻く。ふむ、と頷いた司教は、もしよろしければと視線を横に向けた。紅茶でも飲みながらその辺りのお話を聞かせていただきたい。そうウェールズに提案した。

 構わないと二人はメイドに紅茶を頼み、談話室で会話に花を咲かせる。といってもウェールズの話に司教が相槌を打つだけであったが、それでもお互いの空気は和やかなものであった。

 

「それでは、ウェールズ殿下はアンリエッタ姫殿下が何をするかは定かではないのですか」

「事が済むまで秘密らしいのでね。もっとも、今朝早くアルシェと共にどこかへ出掛けたから、そう遠くないうちには分かるはずですよ」

「信頼なさっているのですね」

 

 勿論、とウェールズは頷く。そうしながら、もっとも父上はトリステインをあまり良く思ってはいないがね、と苦笑した。

 

「あの事件を鑑みれば、ジェームズ陛下のお気持ちはもっともかと」

「そうかもしれない。だが、私は……っと、これ以上は軽々しく口には出来ないな」

「ははは。ならばいっそ殿下が早めに王位については如何ですかな?」

「冗談はよしてくれクロムウェル司教。第一まだ私は自身の婚約者も守れていない若輩者だよ」

「しかしこれからは守れるのでしょう?」

「……アンリエッタがいてこそさ」

 

 ほんの少しの悔しさを滲ませながら、ウェールズはそこで言葉を止めて紅茶を飲んだ。そんな彼を見て、クロムウェルは何かを考え込むように口元に手をやった。そのまま暫し時は過ぎ、失礼ですがというクロムウェルの言葉で再度会話が始まる。

 

「殿下は、アンリエッタ姫殿下のことをどうお考えですか?」

「どう、とは?」

「……ご気分を害されたのならば申し訳ない。いえ、殿下が姫殿下のことを語るその時のお顔は、まるで」

「恋人を、自慢するようだった……か?」

 

 ジロリとウェールズはクロムウェルを見た。そこまでではありませんが、と眉尻を下げたクロムウェルは、出過ぎた話をして申し訳ありませんでしたと頭を下げた。

 いや、とウェールズはそんな彼の謝罪を手で制す。謝るのはこちらの方だと逆に頭を下げた。

 

「司教がそう思うのも無理はない。……以前、彼女に想いを打ち明けられたこともある」

「ほう」

 

 眼の前にいるのは司教。ある意味これも懺悔かもしれない。そんなことを思いながら、彼はゆっくりと口を開く。自分は、その時彼女の想いに応えなかった、と。

 

「彼女は私を一人の男性として見ていたんだ。だが、僕は……彼女に憧れていた。揺るぎない『自分』を持っている彼女の姿に、憧れたんだ。英雄を、幻視した」

 

 だから、とウェールズは言葉を紡ぐ。彼女が自分を同じ立場で、男女の関係で有りたいという告白に、応えることが出来なかった。自分は『自分』を持っていない。そんな人間が、彼女の隣に立つなどおこがましい。そう思ってしまったのだ。

 

「結局その後も僕は『自分』を持てなかった。皇太子の立場がそれをさせなかった、と言えば聞こえがいいけれど、彼女は王女でありながらそれをやってのけていたんだ。敵わない、と思ったね」

 

 でも、と彼は続ける。今は違う、違ってみせる。そう言いながら、視線を再度クロムウェルに向けた。

 

「きっかけは違った。立場の上で、言われるがままに婚約者を貰った。……そして、言われるがままに婚約を破棄するはずだった。……違う、と思わず叫んでいたよ。私は、自分で選ぶんだ、彼女を、アルシェを妻にするんだ。そう言って父上に啖呵を切ったんだ」

「直接は見られませんでしたが、その時は中々に痛快な現場であった、と聞いています」

「ははは、からかわないでくれ。……まあ、結局はこうして力及ばず彼女の助力を仰いでいるのが現状だがね」

「いやいや。己の意志を持って踏み出した結果ではないですか。誇りこそすれ、嘆くことなど何もないでしょう」

 

 ありがとう、とウェールズは笑った。クロムウェルも笑い返し、残っている紅茶に口を付けた。

 そうして空になったカップにお代わりを貰い、ついでに会話を少し切り替える。これ以上は誰かに聞かれ続けると少々まずいかもしれない、とお互いに顔を見合わせたのだ。

 

「実は、今少し盤上遊戯を嗜んでおりましてな」

「ほう、私も少しアンリエッタとやったことがあるな。結果は惨敗だったがね」

「姫殿下は相当の腕のようですな、うらやましい。私はこれがさっぱりで、今回もまずは牽制と動かした駒を見事に相手に見切られ、そのまま自陣に入り込まれる始末でして」

「ははは。いやしかし、それは相手が強かった、ということでは?」

「そうかもしれませんな。恐らくあの指し手は私の知り合いである強力な指し手とも対等にやりあえるかもしれませんし」

 

 とりあえずはもう一回戦ってみてからですかね。そう言って笑ったクロムウェルを見て、ウェールズはほどほどにな、と苦笑した。

 

 

 

 

 

 

「さて、では」

「待って」

 

 がしりとアンリエッタの肩を掴む。どうしました、と振り返った彼女を、アルシェは全力で睨みつけた。

 

「何をする気よ!?」

「貴女を英雄にします。言ったでしょう?」

「言ったわね、聞いたわ。じゃあその過程は!?」

「とりあえずこの街をレコン・キスタから解放しましょう」

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 にこやかに返されたことでアルシェはがくりと崩れ落ちる。自分が悪いのだろうか、そんなことを思いながら、一縷の望みを掛けて周りにいる者達へと視線を向けた。

 皆一様にうちの姫様がすいませんという顔をしていたので、ああよかったおかしいのはあれだけなのだと胸を撫で下ろした。

 

「分かりませんでしたか? 貴女に必要なのは実績。賊軍に奪われた街を取り返したという箔が付けば、少なくともアルビオンの連中を表立って黙らせる札になるでしょう?」

「……そうかもしれないけれど」

「勿論裏で何をされるかは分かりませんから、その後も継続的に色々と行動を起こす必要はありますが」

 

 そこまで聞いて、アルシェは合点がいった。つまりこいつは、自分を傀儡にするつもりなのだ、と。アルビオンで思い通りに動かすための駒を作る、そういう意図があるのだ。そう彼女は理解したのだ。

 

「勘違いしてもらっては困ります。わたくしがそんなことを考えているとでも?」

 

 が、返ってきた言葉は否定。次いで、別にそんなことをせずともその気になればアルビオンなどレコン・キスタよりも先に落とせる、と言い切った。

 

「だったらどうして? 戦場で婚約者の私が死ねば空いたそこに自分が入り込めるとかそういうこと?」

「それこそまさか。わたくしはウェールズ様に頼まれたのです。どうして期待を裏切らなければいけないの?」

 

 やれやれ、とアンリエッタは肩を竦める。それが気に障ったアルシェは、ならばどういう意味なのだと彼女に詰め寄った。そんなアルシェを見て、アンリエッタは最初から言っているでしょうと口角を上げる。

 

「貴女を英雄にして、ウェールズ様の婚約者として相応しいよう仕立て上げにきたのよ」

「……意味分かんない」

「それならそれで結構よ」

 

 さて、とアンリエッタは視線を動かす。少数精鋭、といえば聞こえがいいが、要は彼女が連れてきた連中がそのままそこにいるだけだ。まあ仕方ない、と腹を括ってはいるものの、やる気満々なのは一人しかいない。

 

「隊長! お似合いです」

「……ああ、そうか」

 

 キラキラとした目で仮面の男を見るノエル。対するその仮面の男、ワルドは明らかにげんなりした口調で短く返した。ぶっちゃけ嬉しくない。が、それを彼女に直接言うのは駄目だろうというなけなしの良心が押し留めた。

 ちなみに理由は、トリステインで仮面のメイジといえば『豪雨』だからである。アレと同視されるのは勘弁願いたかった。

 そんな二人とはまた別。アンゼリカを除いた『暴風雨』はとっとと済ませようとアンリエッタに提案していた。もうやることやって早く帰ろうぜ、である。決してやる気があるわけではない。

 

「アルシェが中々納得してくれなかったのだもの、しょうがないじゃない」

「普通は納得しないんですよ、普通は」

 

 いきなり腕引っ掴んで賊軍に占領された街にやってきてここ取り返そうぜ、と笑顔で言われて分かったと返せる者はそういない。溜息混じりでアンリエッタに返したフランドールでも、該当する人物はパッと思いついても六人しかいないのだ。

 

「それで、どうします?」

 

 ラウルのその言葉に、アンリエッタはそうねと考える仕草を取った。アルシェに視線を向け、ここの総指揮は貴女だからと手を差し出す。

 勿論ふざけんな、と返された。

 

「わたくしは大真面目よ」

「尚悪い! ……けど、そうしなければウェールズ様の隣にいられないのなら、やってやるわよ」

「覚悟を決めたのね」

「ええ。アンリエッタ王女、私にその英雄とやらを叩き込んで」

 

 アンリエッタは笑顔で返答とする。ではまず、と簡単に現状の説明を行うと、どうすればよいのかを彼女に告げた。

 ここはかつてモード大公が治めていた地の一部。例の騒動から統治者がいなくなり、そこの隙を突いてレコン・キスタが占領を始めたのだ。

 

「それはつまり、トリステインがこの状況の引き金を引いたってこと?」

「人聞きの悪い。騒動自体はこちらが何もせずとも起きていました。わたくし達がシャジャル様とテファを救出しなければ、二人共殺され、サウスゴータ家もモード大公も処刑されていたでしょう」

 

 死んでいるのと生きているのでは住民の心象もまるで違う。レコン・キスタから取り戻しても歓迎されないということはあるまい。そうアンリエッタは述べ、心配することはないのだと続けた。

 

「欲を言えばシティ・オブ・サウスゴータを取り戻したかったのだけれど。何はともあれ地道な一歩が大切ですからね」

「はいはい。それでアンリエッタ王女、私は何を」

「基本は状況判断と、適切な指示。まあ、最初ですから、わたくしが色々教えます」

 

 幸いここにいる面々は指示を一つ二つ間違えたところで死にはしない。安心して間違えなさいとアンリエッタは微笑んだ。

 では行きましょう、とレコン・キスタが駐屯している街の入り口へと目を向ける。了解、とフランドール達は頷いた。

 

「ああ、そうそう」

「どうしたのよ」

「王女、とか姫殿下、とか。そういう呼び方をすれば向こうに正体が看破されてしまいますから、呼び捨てで呼んで頂戴」

「……分かったわ、アンリエッタ」

「ええ、行きましょうアルシェ」

 

 嬉しそうだな、とフランドールは彼女の横顔を見てぼんやりと思った。

 

 

 

 

 

 

 内容を一々語るのも馬鹿らしい、とワルドが後々振り返るほど圧倒的な戦果であった。当然だろう、アンゼリカを除いた『暴風雨』とグリフォン隊隊長、そして若くして花形の魔法衛士隊のそれもグリフォン隊に入隊出来た才女だ。反王家という旗を掲げただけの有象無象と傭兵崩れが相手取れるような存在ではない。

 事実、最初の数合でああこれは全員不殺の縛りを入れてもどうにかなるなと判断したほどだ。振り返りアンリエッタに述べると、最初からそのつもりでしたよと笑顔で返されたのも彼の記憶に残っている。

 ともあれ、アルシェはそんな所謂チュートリアルな戦場で目に入ってくる情報を処理しきれずパンクしていた。

 

「アルシェ、この程度で音を上げては」

「分かってるわよ! アンリエッタ、ミス・フランドールと交戦した相手は?」

「向こうに積んであります」

「じゃあミス・マレーの場所へ」

「ええ。フラン、聞いての通りよ」

 

 はいはい、とフランドールは駆ける。この場で実戦経験が乏しいのは間違いなく彼女だ。アンリエッタからの手ほどきを受けているとはいえ、それをきちんと処理しているのは成程中々見る目があるかもしれない。そんなことを思いつつ、いや待て向こうにはワルドいるんじゃないのかと足を止めた。

 

「ワルド子しゃ――ミスタ・ワルドならミスタ・ラウルとコンビを組んでもらっているわよ!」

「あ、そうなの? 了解」

 

 もう既にフランを超えたのね、というアンリエッタの呟きを意図的に無視しながら、フランドールはノエルの隣に立った。大丈夫、という問い掛けに、はいと勢いよく返される。

 

「ですが……ちょっとその、これらは」

「ん?」

 

 気絶させた兵士達の後方。そこにはレコン・キスタの秘密兵器と言わんばかりにオーク鬼とトロール鬼の小隊が武器を構えていた。視線を動かすと、どうやら既に他の場所では決着がつき始めているらしくドサドサと兵士の山が出来ているところであった。

 

「つまりこいつらを倒せば勝負有り、ってことね」

「行けるのですか!?」

「ん? まあこの程度なら」

 

 そもそもこいつら故郷に住んでいるハーフエルフにとってはただの食料だし。革命級の胸を揺らしながら今日の晩御飯だと鼻歌交じりにオーク鬼を狩る少女を思い出し、どうしてあんなんになっちゃったんだろうとフランドールは肩を落とした。

 

「ま、まあ気を取り直して。行くわよミス・マレー」

「は、はい!」

 

 フランドールが駆ける。まずは掃除、と気絶している兵士を呪文で持ち上げると、向こうで山を積んでいるマリーゴールドとカレンデュラに向かって投擲した。兵士の一体がカレンデュラに当たり、まとめて吹っ飛んだ。

 

「あ」

「ちょっとフラン!」

「ごめん、カレン大丈夫?」

「理不尽」

 

 無表情のまま不満げに呟いたカレンデュラは、覆い被さっている兵士を持ち上げると山に投げ入れた。そうした後、振り向き両手でバツ印を作る。駄目だったらしい。後で埋め合わせするから、とフランドールは頭を下げた。

 そうこうしている間に接敵である。オーク鬼が棍棒を振り上げているのを視界に入れると、フランドールは素早く呪文を作り上げ横に跳んだ。

 

「ステーキの材料にしてやるわ!」

 

 真空の刃がオーク鬼を両断する。彼女の宣言通り料理に適したサイズまで切り刻まれたそれは、地面にボトボトと落ちながら絶命した。

 勿論アンリエッタは文句を述べた。不殺だと言ったではないか、と。

 

「え? こいつらも!?」

「当然でしょう? これだからフランは」

「でもこいつらイノシシとか野鳥とかその辺と同じ扱いでしょう!?」

「テファの基準で物事を考えないで」

 

 これだからヴァリエールの人間は。アンリエッタは呆れたようにフランドールを見やると、アルシェにやっぱりあいつ後方待機でと提案した。

 言われた方はよく分からないがとりあえずそうなると代わりのフォローがいるだろうと視線を動かし、仮面の男を視界に入れる。隊長と隊員、丁度いい。そう判断しワルドを視線に向かわせた。

 

「隊長が共に戦ってくださるのですね! ならばこのノエル、オーク鬼であろうとトロール鬼であろうと、見事打倒してみせましょう!」

「……不殺、だからな」

 

 内容を語るのも馬鹿らしい。ワルドはこの戦闘の話題になるたびにまずはそう前置きするのだ。

 

 

 

 

 

 

「まあ、無理でしょうね」

 

 あっはっは、とクロムウェルは笑う。笑い事じゃない、と彼の対面に置かれている盤上遊戯の駒の一つから怒号が飛んだ。

 そうは言っても仕方がない。そう言って彼は帽子の上から頭を掻く。そもそも最初の襲撃をいなされた時点で勝負は決まっていたようなものだ。物取りだと嘘をついた襲撃者をわざわざ放置し増援をおびき寄せ、纏めて撃退し雇い主を吐かせる。ここでもう向こうは今回のシナリオを組み立てていたに違いない。

 

「まあ、婚約者様の肩身も少しはマシになるでしょう」

『そこを喜んでどうする!?』

 

 まあまあ、とクロムウェルは駒から届く声の主を宥める。でも心配だったでしょう、という彼の言葉に、声の主はぐぬぬと黙った。

 

「どのみち、レコン・キスタはあの方の盤上遊戯の駒の一つに過ぎませんからな。楽しげな指し手を見付けることが出来たのだから機嫌を損ねることもありますまい」

『……それは、そうかもしれないけれど』

 

 それはそれでジョゼフ様から理不尽な指令が届くから面倒くさい。溜息混じりにそう述べた声の主へ、クロムウェルはお疲れ様ですシェフィールドさんと返した。

 

『いや本当にお疲れなのよ!? そっちはそっちでこの現状だし、こっちはこっちでベルがボロボロで帰ってくるし』

「ん? 彼女が倒されたのですか?」

『この間のアニエスが襲撃した屋敷に『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』がいたらしいわ。ふざけんなあの化物、って喚いてる』

「文句を言えるのならば大丈夫ですな」

 

 色々とやかましい獣人の女性を思い出し、はははとクロムウェルは笑う。まあそれは確かにね、と返したシェフィールドは、色々とどうでもよくなったらしく再度溜息を吐いた。

 

『ああもう全部投げ出して逃げたい』

「逃げればいいのでは?」

『イザベラ様が倒れるじゃない。ジョゼフ様とシャルル様はどうでもいいけど、あの方だけは』

「難儀な性格ですな」

 

 やかましい、と叫ぶシェフィールドを宥めつつ、クロムウェルは楽しそうに笑った。まあ、こちらも少しは助けになれるよう頑張りますよ、と駒の向こうの彼女に述べた。




クロムウェルが死にそうにないと確信した辺りで今回はここまで

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