ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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どこかの次元では『ほっそりとした体格と柔らかく上品な顔立ちを持った優雅な立ち振舞のエルフの癒し手』が素手でちょっとしたドラゴンとかワームとかに殴り勝てるんだから問題ないよね?


ワンダリング・テンペスト/ヴァリエールのエルフ
その1


 ヴァリエール公爵領。広大な土地を有しているそこは、人の立ち入らない場所も当然存在する。街もなく自然の広がるそこには、豊富な資源が蓄えられていた。植物然り、動物然り。

 当然それを狙い、人でないものも闊歩する。人里に被害があるのならば当然討伐されるが、そうでなければ野放しであった。弱肉強食の自然界は、ある意味公爵領と重なる部分もあったからだ。

 だからであろう。そんな自然へ食材を取りに向かう者も当然のごとく現れる。鼻歌交じりに山菜や果物を籠に入れながら、今日の夕飯はどうしようかなとその人物はご機嫌に歩いていた。

 年の頃は十代中盤。美しい金髪と華奢でほっそりとした体、可愛らしくそれでいて上品さも兼ね備えているその顔立ち。何よりその体躯に見合わない豊満な胸。その全てが彼女の魅力であり、万人を魅了せんばかりであった。こんな場所で山菜採りに興じている姿は一見不釣り合いで、しかし森の妖精と称してしまえば納得してしまいそうな神秘性も持ち合わせている。

 

「こんなところかしら」

 

 少女は呟く。籠いっぱいに入っているそれらを見て、満足そうに頷いた。欲を言えば何かお肉も欲しかったけれど。そんなことを考えつつ、彼女は籠を背負い森から出ようとする。

 がさり、と音がした。振り向くと、何やら大きなものがこちらに向かってくるのが見える。何だろうとそれを眺めていると、周囲の木々を薙ぎ倒し棍棒を持ったオーク鬼が姿を現した。その見た目は二足歩行となった豚であり、その体長は目の前の彼女を遥かに超える。そして見た目に違わず凶暴で、人間を食料にすることもあるくらいだ。

 オーク鬼は少女を見付けると、その豚の鼻を鳴らし笑った。珍しい餌にありつけた。そんな意味合いをもっているかのような笑いだった。棍棒を振り上げ、叩き潰し、柔らかくしてから食ってやろう。そう言わんばかりに、鳴いた。

 

「あら」

 

 棍棒が振り下ろされる。ガツン、と何かにぶつかった音が森に響き、オーク鬼は獲物を仕留めたのだと笑った。

 が、それも一瞬。その先を視界に入れたオーク鬼は驚愕の鳴き声を上げた。振り下ろしたその先で、微動だにせずこちらを見詰めている少女の姿があったからだ。

 

「丁度いいわ。お肉が足らないと思っていたところだったの」

 

 ぽん、と彼女は手を叩く。棍棒は確かに少女に命中していたが、しかしそれだけ。押し潰すことも吹き飛ばすことも出来ずに、ただ当たっただけであった。まるで邪魔な小枝をどかすかのように、彼女が頭に当たっている棍棒を手で払うと、それだけでオーク鬼の腕が弾かれた。

 思わずたたらを踏んだオーク鬼は、自身のプライドを傷付けられたようで唸り声を上げながら少女へと襲いかかる。潰すのはやめだ、このまま食らってやる。そんなことを思いつつ、オーク鬼は突進し。

 

「よ、っと」

 

 少女の細腕一本で受け止められ、押し戻された。ごろり、と転がったオーク鬼は、何が起こったのか分からず、しかし虚仮にされていると立ち上がり再度襲いかかろうと前を見る。

 少女が足元に落ちているそれを片足で蹴り上げ宙に飛ばした。オーク鬼の持っている棍棒の優に二倍の質量はあるかと思われる巨大な斧を、彼女はまるで小石を蹴り上げるように跳ね上げさせたのだ。

 クルクルと回るそれを片手で掴んだ少女は、今度は自身の腕でクルクルと弄びながらオーク鬼を見る。その目が何であるか、オーク鬼はよく知っている。自分自身がいつもしている目であるから、よく分かっている。

 

「シチューがいいかしら。それとも豪快に、ステーキかな」

 

 何を言っているかオーク鬼には分からない。だが、恐らくその材料が自分自身であることだけは、本能的に理解した。

 森の中で、豚を〆たような声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 マザリーニは死にそうであった。『鳥の骨』と揶揄されたが、実際まだ骨には至っていなかったのだなと現実逃避をした。

 

「それで、ミスタ・ビダーシャル」

「何かな?」

「本当にそちらがシャジャルを――我が友人を害さぬというのであれば、貴方の頼みに従うのも吝かではないのですが」

「無論だ。こちらに争いの意志はない。今回こちらに訪れたのも、それ以外の他意はない」

 

 それならばよいのです、とマリアンヌは微笑む。その笑みを見たビダーシャルは、何かを見透かされているような気分になり思わず眉を顰めた。彼の種族は大多数がこちらの人間を蛮人と見下しているが、これは修正が必要やもしれぬと心中で呟く。

 元々彼がこちらに来たのは自身の故郷のとある場所を不干渉にさせるための交渉役としてであった。まず一番近いガリアを見て回り保留、ロマリアは論外だと離れ、アルビオンとゲルマニアには現状その役目は担えないと却下。そうして訪れた最後の国が、トリステイン。市井の噂を聞く限り、王不在で太后と王女は座を継がず宰相に任せきりというどうしようもないものであったが、しかし。

 ここはガリアに負けず劣らず、王族が狂っている。彼の抱いた感想がそれであった。そして同時に、向こうと違い交渉の余地はある程度残っていると判断した。では交渉を、と考えていた矢先、彼の耳に飛び込んできたのは驚愕の話。

 トリステインにはエルフが暮らしている。その真偽を確かめるまでは、交渉などしていられない。もし本当で、そしてきちんと融和が出来ているのならば。交渉などせずとも、手を取り合うことも。

 

「ミスタ・ビダーシャル」

「……何かな?」

 

 横合いから声が掛かる。太后マリアンヌの一人娘だという王女アンリエッタ。その瞳が彼を真っ直ぐに見詰めていた。

 

「もしシャジャル様に会いに行くのならば、案内役が必要ではありませんか?」

「不要だ、と言いたいところではあるが、確かに。しかし私の案内をするような物好きの蛮人がいるのか?」

「ええ、勿論。とっておきの人物に心当たりがありますの」

 

 ねえ母さま、とアンリエッタはマリアンヌを見る。その視線の意味をとうに気付いていた彼女は、ええそうですねと微笑んだ。マザリーニは遠い目をしていた。

 

「『暴風雨』と、『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』。そのどちらもが、貴方達エルフを恐れず、何の含みもなく接してくれるはずですわ」

「……ほう」

 

 ビダーシャルは目を細める。彼の種族、エルフはハルケギニアの人間にとって恐怖の対象だ。普通であればまず近付こうとも思わない。だが、件の連中はその事をまるで気にしないという。

 これでも彼は各国を回ってきた身である。大小様々な噂や情報もその際に集めていた。その中に、それらの名前を聞いたこともある。聞く限り、彼女の言ったような相手であることは間違いなさそうではあるが。

 暫し考えたビダーシャルは、他に選択肢もないだろうとその提案を飲むことにした。それはよかった、とアンリエッタが嬉しそうに笑い、マリアンヌも微笑みを崩さない。

 マザリーニが崩れ落ちたことに誰も気にしないのを見て、ビダーシャルは一人だけ怪訝な顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「おい」

「どうされました?」

 

 ビダーシャルは頭を抱えた。案内役に最適だとマリアンヌとアンリエッタの二人に紹介された『暴風雨』と『美女と野獣』。後者はヴァリエール領の自由騎士であるため現地で合流するということでまずは『暴風雨』と顔合わせをしたのだが。

 

「何をしているのだ、アンリエッタ王女」

「あら、流石はエルフの実力者。この仮面の能力は効きませんか」

 

 クスクスと笑うアンリエッタ――『豪雨』のアンゼリカを眺め、ビダーシャルは溜息を吐く。その横では本当にすいませんとピンクブロンドの少女が頭を下げていた。

 ふう、と息を吐いたビダーシャルは切り替える。『暴風雨』はこちらを恐れない、その意味が目の前の彼女で図らずとも証明された形になった。内心はどうであろうとも、などと考えていたが、この様子では表面上だけでもないのだろう。

 

「しかし」

 

 視線を巡らせる。彼にとって蛮人、古くはマギ族と呼ばれた者達の顔を一人一人眺め、実力を計るように目を細め。

 

「アンリエッタ王女」

「アンゼリカです。お間違えの無きよう」

「……アンゼリカ。ここにいる者達は蛮人の平均値なのだろうか?」

「ええ」

 

 んなわけねぇだろとラウルとマリーゴールドがアンゼリカを見た。自分達はともかく、お前らは規格外だろうが。そんな思いを視線に乗せた。

 ビダーシャルもその辺りは理解したらしい。成程と言いつつも、全く信じる様子もなく更に視線を動かす。

 

「ん?」

「……」

「凝視?」

「……」

「疑問?」

 

 こてん、と首を傾げる可憐な少女。の姿をしたゴーレム、呪文名ワルキューレ個体名カレンデュラを見て、頭痛を堪えるように頭を押さえた。

 ここのところサハラとこちらとの交流が滞っており、情報もあまり仕入れなかった。とはいえ蛮人の国がそう変わることもないだろうと彼等の大半は高を括っていたのだが。

 

「彼女の魔法技術と同じものは少なくとも二十年以上前には既に確立していましたわ」

「……そうか」

 

 アンゼリカの追い打ち。盛大に溜息を吐いたビダーシャルは、自身の上司であるテュリュークに出来るだけ穏便に事を進めるよう進言することを心に誓った。

 面通しも終わったので出発しましょう、というアンゼリカの言葉に皆頷き、一行はヴァリエール領に向けて馬を走らせる。出来るだけ取り回しのいい方が良い、ということで、馬車は小さいものが一つのみであった。ビダーシャルが常駐、状況に応じて残りの面々が逐次交代、という仕組みだ。

 

「一つ、いいだろうか」

「どうしました?」

 

 その道中、現在の馬車組はフランドールとマリーゴールド。外で護衛をするアンゼリカをちらりと見たビダーシャルは、二人に向かって問い掛けた。あれは、いいのか、と。

 

「何か問題がありましたか?」

「……彼女はこの国の王女ではなかったのか?」

「今は『豪雨』のアンゼリカですので」

 

 さらりと言ってのけたフランドールを見て、ビダーシャルは目を瞬かせた。こちらの国を回った中で手に入れた知識は、王族は敬われるものであり、臣民はそれのために尽くすものだということだ。『貴族』と『平民』の差、そして『王族』。それらは覆せないものだと理解していたのだが。

 

「こんな関係なのはトリステインのごく一部ですから。というかフラン達くらいですから」

「なによ。マリーだってアンの扱いは似たようなものでしょ」

「だってもうあれだけ無茶されればどうでもよくなるじゃない」

 

 同じなのだな、とビダーシャルは一人頷いた。変わり者の集団、悪く言ってしまえば狂人の集まり。そういうものなのだと彼は納得した。

 しかしそうなると、と彼の中に疑問が浮かぶ。『暴風雨』がこの有様であれば、『美女と野獣』は一体どのような連中なのか、と。いやしかし流石にこの連中よりも不可思議な集まりではないだろうと思い直し、彼は尋ねるのを留まった。

 代わりに、ヴァリエール公爵領というのは一体どんな場所なのかと二人に問い掛ける。それを聞いた二人は顔を見合わせ、とりあえず王都から大体二日程度の距離であると述べた。その地を治めているヴァリエール公爵は身分だけ種族だけで判断をするような人物ではなく、そこで暮らす者はその精神を常に忘れぬよう生きている。

 

「成程。だからこそ、エルフもそこで暮らしていけるのだな」

「……はい、それは間違いありません」

 

 たしかにそれは間違いない。間違いないが、それだけではあの公爵領の説明の半分である。語っていいのかどうなのか迷うもう半分が残っている。

 そもそもトリステインの生きる『英雄』が夫婦で治めている地である。あのアンリエッタが頭おかしいと称する連中の集まる地である。

 

「フラン、そろそろ交代しましょう」

「あ、はい」

 

 アンゼリカが馬車へと声を掛ける。それに返事をしたフランドールは、よ、と飛び降りると彼女の乗っていた馬上で入れ替わった。同じようにラウルと交代したマリーゴールドは、じゃあフォローよろしくと彼の肩をポンと叩く。

 馬車から離れた二人は、そこで顔を見合わせ息を吐いた。

 

「ねえマリー」

「どうしたのよフラン」

「ミスタ・ビダーシャル、勘違いしてるわよね」

「してるでしょうね」

 

 彼が言うには、サハラでもエウメネスというこちらの人間と交流をしている場所はあるらしい。が、それはその街が元々流刑地であったから、あくまで生きるために仕方なく行っていたものであり、件のヴァリエール公爵領のようなものとはまた違う。

 どこか嬉しそうに口角を上げてそう語っていたビダーシャルの顔を思い浮かべ、二人はげんなりした表情になった。

 

「いやまあ、間違ってはいないと思うのよ」

「そうね」

「生きるために仕方なく、とか、屈辱に耐えて、とか。そういうのはなしで交流はしているから、騙したわけではないのよ」

「そうね」

 

 そこでフランドールは言葉を止めた。確かにそうなのだが、だがしかし。

 エルフとマギ族が暮らしている。それだけではあの場所を語るには不十分である。

 

「……ねえ、マリー」

「何?」

「公爵領に着いたら、ラルカス診療所に行くの?」

「ええ。ミス・マレーから精霊の涙も貰ったし、ポーション生成に最適だから」

 

 どうせ向こうに行ったら『美女と野獣』も合流するのだ、一人二人いなくなったところで問題あるまい。そんなことを思いながらフランドールに述べたマリーゴールドは、それがどうしたのよと彼女に尋ねた。

 

「……ミスタ・ビダーシャルがついてきたらどうする?」

「困るわね」

「というか! そもそも『美女と野獣』に会わせたらマズいでしょうが! あの集団なんて説明すればいいのよ!?」

「いや、でも……ある意味公爵領を体現しているのだから、丁度いいじゃない」

「他人事だと思いやがってぇぇぇ!」

 

 今現在はフランドールとして行動しているが、公爵領に着いた時点で彼女はルイズに戻る手筈になっている。ヴァリエール側の代表者として、ヤバいやつ二人(カリンとノワール)を抑える役目を任されたのだ。

 

「エレオノールさんに頼まれたってことは、それだけ貴女がしっかりしてきた証拠でしょ? 胸を張りなさいよ」

「あれ絶対もうどうにでもなれって顔だったわ……」

 

 せめてちい姉さまだけでも守らなくては。そんな決意を胸に抱き、フランドールは前を向いた。空は突き抜けるほどの青さであった。

 そして彼女達は忘れていた。公爵領の人間がどうとかいうよりも、当の本人であるエルフの母娘が大問題な状態になっていることを。




巨大な斧を使う超パワー系おっぱいはとてもいいと思うのです

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