ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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サブタイトルから溢れ出る真面目感


暴風雨警報/お前がママになるんだよ!
その1


「成程、それは災難だったね」

「災難だったね、じゃねぇよ!」

 

 トリステイン王立図書館秘密書庫。そこでダンプリメが呑気に感想を述べたことで、才人はざっけんなと叫びをあげた。

 一方のダンプリメは涼しい顔である。一体何をそんなに怒っているのだと彼に問い掛ける。それに対する才人の返答は机を思い切りぶっ叩くことであった。

 

「乱暴に扱わないでおくれよ」

「やかましい! 誰のせいでこうなったと思ってんだ!?」

「ヴァリエールの三女が原因だろう? それとも、アンリエッタ姫殿下かな?」

「お前だよ! テメェがカトレアさんを本に閉じ込めて特別な力を奪い取るとかやらかしてなきゃルイズもあんな過剰反応しなかったんだよ!」

「どちらにせよ彼女の短気が原因じゃないか。僕は悪くない」

「この野郎……」

 

 確かにルイズの短気が原因なのは間違いない。ビダーシャルの態度を見ればカトレアに危害を加えるか否かは判断出来たはずだからだ。それは才人も分かっている。

 が、それはそれとしてこいつの態度は気に入らない。彼の出した結論はこれであった。

 

「では、この手紙は要らないのだね?」

「いるに決まってんだろ」

 

 才人の両親からの手紙をヒラヒラとさせたダンプリメを見て歯ぎしりをした才人は、ひったくるようにそれを奪うと封を切った。向こうも変わらず元気でいるようだ、ということを確認すると、それを絶筆書籍の糧にすべく箱に仕舞い込む。そうした後、親指を立てた拳を天から地にひっくり返した。

 

「地獄に落ちろ」

「とっくに落ちているよ。それで、今回の手紙は?」

「ん? ああ、これだ」

 

 よろしく、とポストに投函すると、才人はそのまま椅子の背もたれに体を預けた。今日は珍しく長居するのかとダンプリメが首を傾げていたが、彼は気にせんとばかりにそこでだらける。

 

「サボりかな?」

「休みだよ」

 

 ほう、とダンプリメが声を上げた。それは珍しいと頬杖をついたままずずいと才人に顔を寄せる。それを手で押し戻し、才人は小さく溜息を吐いた。

 

「エルザと十号が今戦えないから、暫く自由騎士は休業なんだよ」

「ルイズ嬢に殺されかけたんだったかな?」

「そこまでじゃねぇよ。まあエルザはラルカスのおっさんとこで療養中だし、十号は今全身メンテ中だから、間違ってるとも言い切れないけど」

 

 才人が王都にいる理由もこれである。十号のオーバーホールは製作者の技術が必須のため、彼のいるアカデミーを訪ねてきていたのだ。そして才人本人は別段やることもないので手紙を出すついでにここにいるのである。

 

「向こうにいればいいじゃないか」

「俺あそこにいる女の子前に全員一回ぶっ殺してるんで気まずい」

 

 はぁ、とダンプリメが呆れたような溜息を吐いた。うっせぇ、と才人がそんな彼に文句を述べた。

 そのまま暫し無言で時が過ぎる。ダンプリメは絶筆書籍の完成のための執筆を続けているし、才人は秘密書庫の本を適当に取り出しペラペラと捲っている。

 そうしながら、ところで、とダンプリメが彼の方を見ずに言葉を紡いだ。

 

「自由騎士の依頼はどうしているんだい?」

「ん?」

「休み、で済まない仕事もあるだろう? それらの対処は?」

「あー……それなら」

 

 パタン、と本を閉じた才人は、少し遠くを見た。ここではないどこかを見ながら、小さく溜息を吐いた。

 

「代理が、多分、ちゃんと、やってくれてる、と、いいなぁ……」

「成程ね」

 

 

 

 

 

 

 トリステインの北西に位置する港町、そこにやってきた二人の少女は、手にした依頼書を眺めながら溜息を吐いていた。正確にはその片割れ、ピンクブロンドをポニーテールにした帽子の少女が、である。

 

「ここね……。そんなに大きな場所じゃないみたいだけど」

「ええ。この港町は移動に使う船は殆ど出ていませんから。漁師の使う小規模の帆船が大半でしょう」

 

 ポニーテールの少女の言葉に、仮面をつけた少女が返す。そうなんですねと相槌を打ったポニーテールの少女は、ところでアン、とその仮面の少女へと向き直った。

 

「わたしの罰みたいなものですし、わざわざ来なくてもよかったんですよ?」

「いいえフラン。わたくしも、あの一件は根回しを怠っていました。罰を受けるというのならば、こちらも同様です」

 

 そう言ってアンゼリカは薄く微笑む。そういうことなら、とそれ以上突っ込むことを止めたフランドールは、改めて依頼書を見た。今回の依頼は『暴風雨』に来たものではない、フォンティーヌ自由騎士団向けの依頼である。

 言い換えれば、暴力馬鹿と腹黒馬鹿には少々荷が重いかもしれない一件なのである。

 

「……『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』が担当するってことは、原因をぶっ倒して終了、ってわけにはいかないかもしれない依頼ってことですよね?」

「ええ。わたくしもざっと目を通しましたが、原因の排除、という達成条件は難しいでしょう」

 

 町の空き家に何かがいる。言ってしまえばただそれだけの話である。が、小さな港町ではそれを確かめに行く余裕などなく、かといって被害があるわけでもない状態で貴族が率先して動くこともない。町の住民が近くの領主に嘆願書を出しに行くこともない。

 そうなると頼れるのは何でも屋である。が、出された依頼は大して金になるものでもなかった。当然受ける傭兵メイジはおらず、どうしたものかと王国騎士に話が持ち掛けられ。

 マリアンヌとアンリエッタがそれを見て、これは自由騎士向きだと依頼をヴァリエール領へと流したのであった。

 

「まさか自分自身でやることになるとは思ってもみませんでしたが」

「その言い方だと、アンでは解決が難しいってことですか?」

「そういうわけではありませんが、まあ、あちらよりは恐らく面倒になるでしょう」

 

 はぁ、と珍しく溜息を吐いたアンを見て、フランドールの表情が曇る。これはひょっとして時間が掛るのでは。そんなこともついでに思った。

 何はともあれ、とりあえず依頼を出した相手の場所へと向かわねば。二人は町の代表者のいる場所まで歩みを進め、依頼書と説明を照らし合わせる。凡そ変わることもなく、町外れの空き家に何かがいるというとてつもなく曖昧な情報のみを持たされ代表者の家を後にすることとなった。

 

「もう直接見に行きません?」

「この様子だと他に情報も集まらなさそうではありますね」

 

 フランドールの提案にアンゼリカもそう返す。が、それはそれとして話は聞くぞと彼女は足を動かした。ここで自分は別行動、とするほどフランドールも考えなしではない。今回は特に、自身の暴走で周りに迷惑をかけた反省も踏まえた状態である。『暴風』の二つ名にあるまじき大人しさであった。

 ともあれ、そんなこんなで町の住人に話を聞いて回った結果、新たな情報がちらほらと手に入った。何か、と言われているが、その片方はどうやら人であるということ。何か、と言われているが、その片方はどうやら人語を介するということ。

 そして。

 

「子守唄……?」

「空き家で、子守唄ですか。順当に考えれば、何者かがこっそりと住んでいる、ということになりますが」

 

 そんな簡単な結論ではないだろう、とアンゼリカは半ば確信を持っていた。自身が見た際の情報もそうであるし、何よりあのマリアンヌが衛士隊でもなく『暴風雨』でもなく『美女と野獣』へ持っていったのだ。

 

「フラン」

「はい?」

「子守唄を歌う『何か』に心当たりは?」

「ざっくり過ぎです」

 

 大体そういう質問をする時、目の前の彼女は答えをもう持っている。それが分かっているから、フランドールとしてもわざわざ考えて何かを言いたくないのだ。それはそれで駄目だろうとここにはいない縦ロールの少女の幻影が溜息を吐いているが、生憎今回は彼女も同じようなことを言う彼もいない。

 

「で、何がいるんです?」

「さあ?」

「アン」

「本当のことです。何がいるかは、わたくしも分かりません」

 

 その言葉に嘘はない。それが分かったのでフランドールとしても文句を言うことはなかった。あくまでその件に関しては、である。

 それ以外で何か分かっていることがあるだろう。そんな目で彼女はアンゼリカを睨んだ。当然のごとく通じず、ともかく現場に向かいましょうと流されるのみである。

 

「あ、でも子守唄ってことは、夜なんじゃ」

「昼にはいない、とフランは考えるわけですね」

「そうじゃなきゃ、とっくに確認されてません?」

 

 フランドールの言葉にアンゼリカは答えない。口元に笑みを浮かべたまま、目的地へと歩みを進めるのみである。

 そうして歩くこと三十分。件の場所に辿り着いたフランドールは、アンゼリカの意図に気付いて肩を落とした。

 

「空き家っていうから、普通の平民が暮らす建物を想像してたわ……」

「でしょうね」

「知ってたんですね」

「勿論」

 

 所々朽ちてはいるが、二人の目の前にあったのは家というよりも屋敷であった。恐らく住人は既にいなくなって久しいであろうそこに『何か』がいるとするならば、町の住人ならばまず間違いなく近付かない。夜だろうと、昼だろうと。

 

「貴族の屋敷、ですかね」

「以前ここに一人のメイジが住んでいた、という記録はありました」

「……一人?」

 

 屋敷を見る。使用人を含めればそれなりの人数にはなるであろうことを考えても、一人で住むには少し広い気がした。家族か、あるいは別の何かと共に暮らすことを想定している作りなのだ。

 

「さて、ではどうします?」

「いや、行くしかないと思うんですけど……」

 

 確認は済んだので夜になってから行こう。それもまた一つの手であろうが、得体の知れない何かがいるかもしれない場所にそれはいささか無謀過ぎる。いや別にルイズなら平気だろうとここにはいないフリルシャツの青年の幻影が呆れていたが、先程も言ったように彼はおらず似たようなことを言ってくれる彼女もいない。

 

「この屋敷を御覧なさい」

「はえ?」

 

 そんなフランドールの言葉と全く関係がないような言葉をアンゼリカが零す。間抜けな相槌を打ったフランドールを見て微笑んだ彼女は、よく見ろと言わんばかりに屋敷の朽ちている部分を指差した。黒く、煤けているその部分を。

 

「……あれっ、て。燃えた跡?」

「火事で、ここの館は無人の空き家になったそうよ」

「……」

 

 それはつまりそういうことか。言葉にはせずに、フランドールはガリガリと自身の頭を掻く。全焼しなかっただけマシであろうと思うべきか、主を失ったのに形が残ってしまったのかと嘆くべきか。そのどちらも、今口にするのは相応しくないように思えた。

 

「そして、原因は不明」

「……は?」

「調査をする者もいませんでしたから。この館で何があったのか知る術はありません」

 

 そこまで言って微笑んだアンゼリカは、頬に右手を当てると左手でその肘を支える。結果として胸が強調される腕組みのようなポーズを取りつつ、その仮面の下の視線をフランドールへと向けた。

 そうして、再度彼女に問うた。

 

「さて、ではどうします?」

「……行くしかないでしょうが!」

「意見は変わらなかったようで、大変喜ばしいことです」

 

 こんちくしょう、とフランドールはアンゼリカを睨む。場合によっては人が殺せそうなその視線を受け流し、アンゼリカは一歩前に踏み出した。その提案を採用しましょう、とばかりに歩き始めた。

 一拍遅れてフランドールもそれに続く。並んで屋敷の入り口まで進み、そしてまだ外と中を隔てているその扉にゆっくりと手を掛けた。

 静かな町外れに、きしんだ扉の擦れる音が響く。思った以上のその音に思わずビクリとなったフランドールは、それを誤魔化すように咳払いをすると屋敷の中に頭を突っ込んだ。

 

「何も、ない、ですね」

「ええ、そのようですね」

 

 埃っぽい、というのが第一印象であった。手入れをしていないのがよく分かる。火事で所々朽ちているおかげか湿気でカビが生えていることこそ無かったが、エントランスの床はひび割れ歩くごとにジャリジャリと音が鳴る。正面の階段も手すりはボロボロ、二階部分は穴だらけだ。

 

「確か、片方は人、でしたっけ?」

「そもそもその『何か』が複数、というのが本当かどうかでしょう?」

「アンが疑っていないということは、本当ですよね」

「あら、信頼してくれているのね」

「そういう部分は」

 

 そんなやりとりを行いながら、人がいるならば生活感のある場所を探ることが出来ると一階の奥へと足を踏み入れる。部屋もガラスが割れていたり、カーテンの残骸が落ちていたりと放置されている状態が殆どであった。

 

「ということは、二階……?」

「ええ、その可能性も――」

 

 アンゼリカが途中で言葉を止めた。どうしました、と尋ねようとしたフランドールも、彼女が動きを止めた原因を察知して言葉を飲み込む。

 何かが聞こえてくる。人の声のような、違うような。ささやくような、叫ぶような。そんな何かが、耳に届く。

 どこだ、と視線を動かした。横方向に一致するような気配はない。ならばやはり縦方向、と首を動かすと、それらしき音の方向に反応出来る。

 

「二階」

「ですね」

 

 エントランスに戻り、ボロボロの階段を上がる。穴の空いた床を進もうかと足を踏み出し、いや違うと踵を返した。こちらには移動した跡がない。

 反対側の廊下を見た。向こうと比べ、明らかに何かが移動した痕跡がある。顔を見合わせ、コクリと頷くと、二人はその方向へと歩いていく。

 聞こえてくるそれは段々と大きくなる。一体何だったのかが明確になってくる。集めた噂の通りだ、と思わず喉が鳴る。

 

「子守、唄……?」

「聞いたことのない子守唄ですね。ガリアのものでもゲルマニアのものでもない……ロマリア? いえ、それも違う」

 

 アンゼリカが顎に手を当て思考を巡らせる。だが、彼女の知識に聞こえてくるそれと合致するものはない。伝わっているものではないのだ。歌っている者が考えたものなのか、それとも、その家特有の子守唄なのか。

 どちらにせよ、確認すれば分かる。ゆっくりとそこへ向かった二人は、外れかけた扉の先、部屋の一角に明かりがあるのを見付けた。『サイレント』の呪文を強めに掛けると、二人はその場所へと足を踏み出す。

 

「――っ!?」

「……これは」

 

 そこにいたのは、確かに片方は人であった。どうやら子守唄を歌われている方で、こちらからは顔がよく見えないがまだ年端もいかない年齢であることが分かる。

 そしてもう片方。子守唄を歌っている方は。髪の長い女性の形をしたそれは、その口から子供をあやすように歌を紡ぎ続ける。安らかな寝息を立てるまで、優しく、ゆっくりと歌を奏で続けている。一部分だけを見れば、それは何の変哲もない、優しい女性が子供を寝かしつけている光景であった。

 その光景をおかしくさせているのは二つ。一つはここが火事で朽ちかけた屋敷であること。そしてもう一つは。

 

「スキュア……」

 

 その女性の下半身が、タコを思わせる異形であったことだ。




アニメにスキュア出てきてたっけ?

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