ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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もうちょい円満に解決する予定だった(過去形)


その3

 今日いきなりは流石に無理があろう。ということで、治療云々は後日ということになった。フランドール達は夜を明かす場所を探そうと踵を返したが、コレットがそれならばここに泊まっていってくださいと二人に述べる。

 

「いきなり泊まるわけにもいかないわよ。気持ちだけありがたく頂いておくわ」

「ええ。……それに、わたくし達はまだ少しやることがあるので」

 

 彼女の提案にそう返すと、二人は朽ちた屋敷を出る。とっさの言い訳としては及第点ですねと告げたアンゼリカの横で、フランドールは不思議そうな顔をした。

 

「本気で言っていましたか」

「高級な宿屋でもないと泊まれない、なんて言うほど贅沢な身分でもないですし」

 

 フランドール――ルイズは公爵令嬢である。紛うことなき贅沢な身分である。そしてまあそうですけどね、と軽く述べているアンゼリカは正体がアンリエッタ、王女であり更に贅沢な身分である。

 が、そこを指摘する面々は生憎不在であった。会話として軽く流され、二人はそのまま町へと戻っていく。

 

「あ、じゃあまだやることがあるってのは方便だったんですか?」

「いいえ? 確認作業をしようと思っています」

 

 何を確認するんだ、とフランドールは首を傾げた。そんな彼女を見て、アンゼリカは分かっていましたとばかりに笑みを浮かべる。

 

「あの娘、あの屋敷がボロボロであることを承知で先程の言葉を言ったのかしら?」

「へ? ……んー、人が住めないことはないって思ってるんじゃ」

 

 フランドールの言葉に成程とだけ述べたアンゼリカは、ではもう一つと指を立てる。笑みは変わらず、彼女はそのまま言葉を紡いだ。

 食事はどうしているのか、と。

 

「……え?」

「あの屋敷の状態で、どうやってまともに食事をしているの?」

「そりゃ、あの、スキュアが、食事を?」

「自分で言いながら不安になるのはやめなさいな」

 

 はぁ、と溜息を吐いたアンゼリカは、しかしまあそうでしょうと彼女に返した。食事の用意を盲目のコレットが出来ないのならば、『母』であるスキュアがやるしかない。あの状況を思い浮かべればまず出てくるのはそれであろう。

 

「町での噂が『怪しい何かがいる』でしかない以上、材料は手ずから調達でもしているのでしょう」

「無駄に生活能力高くないですか……?」

「ええ、そうね。()()()()()()()、無茶な話ね」

 

 立てていた指をクルクルと回しながら、アンゼリカはそう告げた。思い浮かぶ選択肢は、実現可能かどうかを抜きにしなければ妥当ではない。そう言いながらも、彼女はそれを荒唐無稽と切って捨てずに留めている。

 

「アン。絶対何か隠してるでしょう」

「人聞きが悪いわね。わたくしは、市井に知られている情報は貴女に教えたわ」

「知られてない情報は?」

「わたくしの胸の中」

「ぶっ飛ばずぞ」

 

 ギリリと拳を握ったフランドールを見て、ああ怖いと微笑んだ彼女はほんの少しだけ前に出る。では、何を聞きたいのかしら。そう言いながら、促すようにフランドールに手を差し出した。

 

「…………へ?」

「貴女の知りたい情報は何? わたくしの知っていることならば、教えましょう」

「え、えっと、じ、事件の真相……?」

「事件とはどの事件を指しているのかしら」

「どの事件!? どの事件って、何がどれ!?」

 

 やれやれとアンゼリカは肩を竦めた。ほらこれだから話していないのだと言わんばかりの態度であった。勿論フランドールとしては文句を言いたい。言いたいが、自分自身で証明してしまった以上何も言えずぐぬぬと唸るのみである。

 ニコリと口角を上げたアンゼリカは、では行きましょうと足を踏み出した。文句を言いたくても言えないフランドールは、それに不満げな表情のまま付き従う。

 

「でも」

「はい?」

「分かっているなら、きちんと解決出来るんですよね?」

「……それは、どうでしょうか」

 

 からかいはなかった。ぽつりと零したその言葉は、ふざけている様子もなく、飾り気のない言葉。そんなアンゼリカの言葉を聞いたからだろうか、フランドールは彼女の肩を思わず掴む。

 

「真相を伝えればそれでいいものと、分かっていたところで解決出来ないものがあるわ。今回は、後者」

「何で? どういうことですか?」

 

 ふぅ、とアンゼリカは息を吐く。そうしながら、ねえフラン、と隣の彼女に声を掛けた。

 

「貴女は虎の巣穴に子猫を投げ入れた経験はあるかしら?」

「あったら頭おかしいでしょう!?」

「あらそう。では、それをした場合、子猫はどうなるかご存知?」

「どうなるかって、そりゃ……殺されるんじゃ」

 

 縄張りに侵入した異物だ。狩られてしまうのが残当であろう。そんなことを思いつつ、若干眉尻を下げながらフランドールはそう返した。

 が、アンゼリカは首を横に振る。勿論そうなることもあるでしょうけれど、と前置きをし、少しだけ空を見上げながら言葉を紡いだ。

 

「虎は、子猫を育てるそうよ」

「……へぇ。たとえ猛獣でも、やっぱり子供は可愛いものなんですかね」

「そうかもしれないわ。――例え憎い男の娘でも、自分を好き勝手にした相手の子供でも。『母』と呼んで慕ってきたのならば、情が湧いてくる」

 

 フランドールの動きが止まった。今こいつは何と言った。そんなことを考えながら、暫し目を瞬かせる。彼女とて基本的には凡愚ではない。アンゼリカの言葉の意味が何なのか、何を指しているのか分からないわけではない。

 

「……アン」

「はい」

「あの屋敷、何で燃えたんですか?」

「原因は不明、と言ったはずですが」

「調査する人がいないから分からない、でしたよね。じゃあ、調査すれば」

「その必要はないわ。調査をする者がいない、というのが既に調査結果も同様だもの」

 

 へ、とフランドールは首を傾げる。そんな彼女を見ることなく、アンゼリカは考えてもご覧なさいと手の平を天に向けた。

 

「貴族の屋敷が燃えたのよ。誰にも知られていなかったのならばともかく、周知されていたのに調査がされないなどということがあるはずがないわ」

「でも、実際にされてないんじゃ」

「ええ。されなかったのでしょう。真相を明らかにしてはいけなかったのでしょう」

 

 それは、貴族の名誉に関わる。ことトリステインはそのような体面には特に敏感だ。貴族の不祥事をわざわざ表に出すことは誰も得をしない。だから、そのような場合は往々にして原因不明で片付ける。

 

「……自分で、屋敷を?」

「気が触れてしまった貴族、などという不名誉な称号は無かったことにするに限りますから」

 

 やれやれ、と肩を竦めたアンゼリカを見て、フランドールは眉を顰める。屋敷には男性のメイジが一人で住んでいた。最初に伝えられたその情報がまるで意味をなさないものになった気がしたからだ。

 

「使用人は最初はいたのでしょう。厳密には完全に一人ではなかったのでしょうね」

「それは別にまあいいんですけど」

「いつからか、それとも最初からか。屋敷の主人はおかしくなった。使い魔を喚んでは使い潰し、娘はいないものとされた」

「何度目かの使い魔か分からないっていうのは」

 

 適当ぶっこいていたんじゃなかったのか。そんなことを考えつつ、フランドールは溜息と共に拳を一発アンゼリカに叩き込んだ。ごん、と小気味いい音がして少女は可愛らしい悲鳴をあげる。

 

「今日のやり取りの半分以上が無駄じゃないですか」

「そうでもないわ。これらは今日、あの娘とスキュアに会ったからこそ繋がった事柄よ」

「使い魔を使い潰してたとか、娘が放置されてたとかが、ですか?」

「ええ。気が触れたメイジがやっていたことなど、調査の書類にならないもの」

 

 それもそうか、とフランドールは頷く。まあだとしても引っ叩いたことは間違っていないと彼女は流した。

 

「で、あのスキュアがあんな姿まで成長しているのも」

「何をやっていたのかは、既に闇の中。どのみち知ったところで、母さまが笑いながら握り潰して終わりよ」

 

 あるいは、もうとっくに『魔女』の既知であるのかもしれない。どちらにせよそこに踏み込む意味はない。

 何より、本来ここにいるべき者は『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』。彼等がそれをするわけがない。

 

「さてフラン。わたくしの言った言葉の意味、分かってもらえたかしら?」

「……あー、成程。背景分かったけどだから何だってなりますね」

 

 あの二人をどうにかするのに、屋敷の真相は役に立たない。恐らく火事の影響でその辺りの記憶が飛んでいるコレットを説得する材料にならない。そして何より、スキュアにとってはそれを告げるだけで彼女の逆鱗に触れかねない。

 

「ん? だったらあの娘の目の治療しても解決にならないんじゃ」

「ええ。とりあえずこの屋敷から移動させる、という一時凌ぎです」

 

 フォンティーヌ領に住まわせればそのうち染まっていくだろう。彼女らしからぬ割と投げっぱなしの結論を聞き、フランドールは駄目じゃんと溜息を吐いた。

 尚、ならば貴女はどうなのと問われた彼女が出した結論も同じであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、アンゼリカの言っていた確認作業を終えた後、二人は再度朽ちた屋敷へと向かっていた。やることは昨日と変わりない。とりあえずコレットとスキュアをここから引っ越しさせるのだ。

 

「ん?」

 

 その道中、フランドールが数人のメイジの集まりを見付けた。こんな場所に何で、と首を傾げながら、とりあえず自分達とは関わりないだろうと足を進める。

 が、そのメイジの集団も彼女達と同じ方向へと向かっていた。

 

「失礼。そちらはこの先にどんな御用でしょうか?」

 

 そうなるとフランドールが口を出すのは時間の問題。そう判断したアンゼリカは、先んじて声を掛けることにした。メイジ達は仮面の少女を見て一瞬怪訝な表情を浮かべたが、まあいいと彼女の質問に答える。

 曰く、この先にある屋敷の廃墟に巣食っているらしい魔獣退治だ、と。

 

「ちょっと待った。あの屋敷にいる何かの調査はこっちで既に依頼されてるわ」

 

 ずずいとフランドールが口を出す。結局出したわね、と肩を竦めたアンゼリカのことなど気にせず、彼女は王宮からの依頼であることを書類を交えながら説明し、こちらでもう対処は済んでいるので問題ないと締めた。

 

「では何故今から現場へ?」

 

 メイジの一人がそう問う。しつこいな、と思いながらそれに答えようとしたフランドールであったが、ぐい、と襟を引っ張られたことで鶏を絞めたような声を上げた。

 

「何すんですか」

「フランでは余計なことを言いそうだったから」

 

 しれっとそう述べ、アンゼリカが前に出る。フランドールが述べたように、この依頼は王宮管轄であり、ヴァリエール公爵の騎士団代理である自分達が既に対処済み。何より屋敷にいたのは魔獣などではなく人であったのだ。そこまで伝えると、彼女はニコリと笑みを浮かべる。

 

「わたくし達が今から向かうのは、その人物をヴァリエール公爵領へと引っ越しさせるためです。昨日は交渉で遅くなってしまったので、日を改めてということになりました」

 

 ふむ、とメイジは頷く。そういうことならば仕方ないかと呟くと、残りの面々にも意見を聞こうと振り返った。ヴァリエール公爵の名前は効果的であったようで、同じように引き下がろうという意見があげられていた。

 が、納得していない者も当然いる。こちらで確認せねばいけない、と二人についていくことを提案していた。

 

「それは構いませんが、何故そこまで?」

 

 アンゼリカの言葉に、不満を述べたメイジは当たり前だろうと返した。領主から命じられたのだから、はいそうですかと帰れない。そう続けた。

 

「へ? 何で今領主が?」

「確か、そちらにはこの話は嘆願されていないということでしたが」

 

 二人の疑問に、メイジ達は顔を見合わせた。あまり言いたくはないが、と小声になると二人に顔を近付ける。

 

「実は領主の息子が今回の件を小耳に挟んだらしくてな。ちょっとした箔をつけるとかなんとかで無理矢理依頼にしたんだ」

 

 不満を述べていたのは領主の息子の子飼いのメイジで、帰ろうとしていたのはそれ以外。成程分かりやすいと苦笑したフランドールは、そうなると面倒だなと顎に手を当てる。

 

「とはいえ、王宮の依頼を掠め取るのはあまり賢いやり口とは思えませんが」

「その辺りの情報収集を怠っていたんだろう。言っちゃ悪いがあまり有能でないからな」

 

 やれやれ、とメイジは肩を竦めた。そのくせ出しゃばりだから、と続けるのと同時、彼の後方から怒号が飛ぶ。

 

「貴様、誰のことを言っているのだ?」

「いえ、この間の傭兵が随分と無能で使えなかった、という話をしていたのです」

 

 あれがその無能な息子か。そんなことを思いながらメイジを罵倒し自身の取り巻きへと戻っていく男を見る。先程見当たらなかったのはたまたま別行動でもしていたらしい。ああやって無駄に動き回るから始末が悪いとぼやくメイジに、貴方も大変なのねとフランドールは述べた。

 

「ははは。まあこの間よりはマシだがな。件の貴族殺しの討伐に駆り出された時は死にかけた」

 

 あいつらがいなければ実際死んでいたからな、とメイジは笑う。そうしながら、そう言えば、と何かを思い出したように二人を見た。

 

「君達はヴァリエール公爵の手の者だと言っていたな。なら、フォンティーヌ自由騎士団は知っているかい? 随分と不思議な面々なんだが」

「へ? ええ、よく知ってるけれど」

「そうか。では今度会ったなら命を助けてくれて感謝していると伝えてくれ」

 

 彼等のおかげで色々と世界も変わった、とメイジは笑う。そんな彼の言葉を聞きながら、フランドールは本当に色々やらかしてるわねアイツ等と心中でぼやいた。

 隣ではこちらも似たようなものよ、と読心したアンゼリカが彼女を生暖かい目で見詰めていた。

 そうこうしているうちに屋敷に辿り着く。では、と扉に向かおうとしたアンゼリカとフランドールを制した領主の息子は、先に行くのはこちらだと息巻いた。

 

「話は既に付けてある、と先程申し上げたはずですが」

「ふん、貴様達のような得体の知れないメイジの言葉など信用なるか。私が自分の目で確かめる」

 

 行くぞ、と取り巻きを連れて扉を開ける。ボロボロの室内を見て顔を顰めた領主の息子は、一歩足を踏み入れると声を張り上げた。自身の名前を名乗り、ここにやってきた理由を叫んだ。

 

「出てこい、魔獣よ! この私が退治してくれる!」

「いやだから話済んでるって言ってんじゃないですか。そもそも魔獣じゃないし」

 

 フランドールの言葉は勿論聞いちゃいない。臆病者め、と鼻を鳴らすと、取り巻きと共に屋敷に突入、一階の家探しを始めた。その行動はどう見ても荒らし回っているとしか思えず、ここに住んでいる者からすれば見過ごせるはずもない。

 

「……とんでもないクソ野郎ですね」

「アンが言っちゃうんだ」

「何か?」

「いえ、珍しく率直に罵倒したな、と」

 

 皮肉を言う時間も惜しい。そう吐き捨てるように述べたアンゼリカは、フランドールに行くぞと告げる。主語も何も無いその言葉に、彼女は分かっていますとばかりに力強く頷いた。

 幸いにしてバカ息子は一階を探索中だ。今からならば間に合う。そう判断し二人は階段を駆け上がった。

 

「おい君達!」

「向こうが激高する前に、こちらで宥めてきます!」

「……あー。分かった、よろしく」

 

 才人達に助けられたというメイジにそうとだけ伝え、二人は急いで部屋へと向かう。コレットはともかく、スキュアが暴れる前に。

 

「……オ前、ラァ!」

「……遅かった、かぁ。って、違う! 事情があるんだから聞いて!?」

「コレット、ガ、怖ガッテイル!」

「でしょうね……。全面的に謝罪します」

 

 溜息と共にアンゼリカが頭を下げる。が、うるさいとばかりにスキュアは触手を伸ばし襲いかかった。それを躱し、しかし先へは行かせんとばかりに二人はその場に立ち塞がる。

 今の状態で向こうに見付かっては、最悪の事態になりかねない。

 

「とりあえず」

「少し冷静になってもらわねば、いけませんね」

 

 こっちで怒らせてこっちで鎮める。なんだかとてつもなく悪いことをしている気がして、フランドールは大きく溜息を吐いた。

 




まあ結果的に話が少し軽くなったからいっか

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