ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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単行本巻末おまけマンガみたいなやつパート2


台風の目

「どうかね?」

「はい! まだ少しぼやけますが、牛先生のお顔も見えます!」

「牛先生はやめてくれ」

 

 はぁ、と診療所の主ラルカスはため息を吐く。ちなみに牛先生というのは彼の雰囲気がそう見えるとか顔が似ているとかそういうところから来たあだ名、というわけではない。

 ミノタウロスである。どこからどう見ても牛である。そのままである。

 

「まあ、眼球自体はそれほど傷付いていなかったからな。恐らく何かしらの衝撃を受けたことが一因だろう」

「衝撃、ですか?」

「まあ君は知らなくともいいことだ」

 

 そう述べたラルカスに、少女はいいえと首を横に振った。大丈夫ですと彼を真っ直ぐに見た。

 

「火事のこと、父親のこと……お母さんの、正体。わたし、知ってます。思い出しました」

「……そうか」

 

 ラルカスはそうとだけ言うと、机のメモを手に取った。ならばこれはもう必要ないな。そう言いながら手でくしゃくしゃに丸めると近くのゴミ箱へと投げ入れる。

 

「それは?」

「コレット、君の記憶を段階的に甦らせるための手順を記したものさ。記憶が戻って尚正気を保ったままならば、もう必要ないだろう?」

「しょ、正気?」

「この身体で言っても説得力はないがね。普通は、義理とはいえ自身の母がスキュアであったと知ったのならば、それなりに取り乱すものなのだ」

 

 はぁ、とよく分かっていないらしいコレットは首を傾げる。まあそういうことだ、と苦笑したラルカスは、ちらりとこちらの様子を伺っている入院患者の顔を見た。

 まあ周囲に人がいないのだから、仕方がないか。そう結論付け、彼は彼女の頭をポンと叩くと病室へ戻るように告げた。次が待っているから、と述べ、こちらを見ていた少女を手招きする。

 

「……子供扱いされている気がする」

「これでも私はそれなりに長い年月を生きている。君よりも年上だよ」

 

 ぶうたれる少女を見ながらラルカスは笑う。それはそうかもしれないけれど、と少女は唇を尖らせながら彼の対面の椅子に座った。

 少女の姿をしているものの、彼女は吸血鬼、人外である。とはいえ、その年齢は見た目にそぐわないというほどでもない。具体的に言うならば、フォンティーヌ自由騎士団長よりも少し上、程度だ。人間のままだったのならば初老に差し掛かっているラルカスからすれば、そう扱われてもおかしくはない。

 

「さてエルザ、調子はどうかね?」

「もう、平気、かな? 内蔵も大分修復されたし」

 

 ルイズに抉られた腹を擦る。抉られた、とはいっても実際にそうなったわけではなく、見た目は原型を保っていた。単純にしこたまダメージを食らったので暫し調子が悪かったのである。おかげで最近のエルザは碌に血が飲めていない。

 

「まあ、そのおかげで別の食物による栄養補給を試せたので良かったではないかな?」

「良くない」

 

 確かに結果を見るだけならばいいだろう。きっかけが大問題である。これのためにあの状態をもう一度と言われたならば、言った相手が誰であれとりあえず殴りにかかるだろう。それほどのものであった。

 

「ははは。しかしルイズ嬢も随分とやらかしたな」

「それはどっちの意味で?」

「両方さ」

 

 エルザを病院送り、十号をオーバーホールに陥らせたこと。スキュラのオリヴィアと人間で盲目の少女コレットの母娘をヴァリエール公爵領に連れてきたやり取り。そのどちらも、ラルカスの感想としては一緒であった。

 そうしながら、笑いながら、エルザを見て顎に手を当てる。

 

「もっとも、君達があの依頼を受けてもそう変わらん結果になっただろうがね」

「いや、まあ、うん」

 

 フォンティーヌ自由騎士団長である才人の顔を思い浮かべる。今頃オリヴィアを見て余計なこと言ってるのだろうな、とエルザは溜息を吐いた。ラルカスは笑みを消さず、そうだなと同意する。

 

「それで。どうするかね?」

「へ?」

「体調は大分改善している。向こうに戻ってももう問題はないだろう」

「あ、そっか」

 

 ぽん、と手を叩いたエルザは、じゃあ帰る支度をしないとと椅子から立ち上がった。せっかちだな、と苦笑するラルカスを見ながら、彼女は微笑み指を振る。だってしょうがないじゃない、と笑う。

 

「わたし、『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』の一員だもの」

 

 

 

 

 

 

「あれ? 入れ違い?」

「ん?」

 

 自由騎士詰め所に戻ってきたエルザは、一通りぐるりと館の中を一周してそんなことを呟いた。どうしたんだと才人が尋ねると、頬を掻きながら大したことじゃないんだけどと苦笑する。

 

「オリヴィアさん、いないんだ、って」

「コレットちゃんの様子見に行くって言ってたぞ」

 

 彼女の言った通り入れ違いである。とはいえ、診療所と詰め所は共にフォンティーヌ領内。加えて言うならば療養中にコレットに付き添っていたオリヴィアとは顔も合わせている。はじめましてを言うような状況でもなく、いないのならばまあ仕方ないで済ませられる程度の話だ。

 

「んー。まあ戻ってきたら改めて挨拶しようかな」

「そうしとけ」

 

 笑いながら才人はエルザの頭を撫でる。もうすっかり元気になったな、という彼の言葉に、彼女はぼちぼちだよと言葉を返した。

 

「ま、無理はすんなよ」

「分かってるよ」

 

 これでもそっちより長生きしてるんですからね、と胸を張る。はいはいとそれを軽く流した才人は、そのまま出かける支度をして詰め所を出ようと足を踏み出した。

 それを見たエルザは、どうしたのかと声を掛ける。振り向いた彼は、笑いながら同じタイミングだったんだよと答えた。

 

「十号のメンテも終わるらしいから、迎えに行くんだ」

「あ、そうなんだ。お兄ちゃん一人?」

「『地下水』は書類仕事、アトレはオリヴィアさんの代わりに掃除するって何か気合い入れてた」

「ふーん」

 

 出来るのか、という心配はしていない。彼女の女子力は案外高いのである。合成獣(キメラ)なのに。

 ともあれ、それを聞いたエルザは少し悩む素振りを見せた。どうせならついていってもいいかもしれない、そんなことを考えた。が。

 

「いってらっしゃい」

「ん? いいのか?」

 

 何かついてきたそうだったけど。そう言って首を傾げた才人を見て、エルザは思わず破顔する。自身の顔をペタペタと触りながらそんなに分かりやすかっただろうかと呟いた。

 

「まあそれは置いておいて。帰ってきたばかりだもの、久しぶりに自室で休もうかなって」

「そっか」

「そうそう。後は、そうだね」

 

 クスクスと含み笑い。怪訝な表情を浮かべた才人を見つつ、秘密、と彼女は人差し指を自身の唇に近付けた。

 何かを言いたそうな才人の背中を押して、時間はいいのかと急かさせる。どうやら聞こうとしても無駄だと理解した彼は、そのままされるがままに押し出される。

 

「分かった分かった。んじゃいってきます」

「うん、いってらっしゃい」

 

 ひらひらと手を振るエルザに手を振り返し、才人はそのまま呼んでおいた竜籠に乗り込む。トリスタニアまでと行き先を告げると、急ぎの足となる竜は一気に飛び上がり空を駆けた。

 

「つってもそこそこ時間かかるよなぁ」

 

 大体三時間くらいか、と呟く。その間何かやることがあるかといえば勿論無い。そうなると彼の行動は自ずと決まってくる。

 着いたら起こしてくれ、と竜籠の御者に伝えると、才人はそのまま椅子の背もたれに体を預け目を閉じた。騎士団長としてそれでいいのか、と灰髪の少女が文句を言っている姿が浮かんだが、お前も寝るじゃんとその想像に反論をしながら彼はまどろみに落ちていく。

 

 

 

 

 そうしてどのくらい時間が経ったのだろうか。そんなことを思いながら、体を揺さぶられたような気がして伏せていた顔を上げた。

 

「あ、もう。やっと起きた」

「は?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡す。自分が寝ていたのは一人用の机、そして周囲には同じような机が並んでいる部屋。自身の服装は、パーカーとジーンズにマントという自由騎士の格好ではなく、どこか懐かしいブレザー姿。

 窓からは夕日が差し込み、今の時刻が放課後であることを察せさせる。黒板の右上にある時計も、既に五時になろうとしていた。

 

「え? ここ、学校の教室?」

「当たり前でしょ? 何言ってるのよ平賀くん」

 

 独り言のような呟きに、彼の横に立っていた少女が呆れたような言葉を返す。へ、とそちらを向くと、同じように学校の制服を着た少女の姿が目に入った。長い黒髪は腰に届くほど、前髪を切り揃えているその少女は、少しつり気味のその目を更に鋭くさせながら才人を睨んでいた。

 そんな少女を暫し見詰めた才人は、そこでようやくパズルがはまるような音がする。自分の記憶が急激に湧いて出てくる感覚を味わう。

 

「委員長……」

「何よその顔、ものすっごい久々に見た、みたいな顔して」

 

 委員長、と才人が呼んだ少女は怪訝な表情を浮かべながら彼の額にデコピンを叩き込む。あいたぁ、と叫ぶのを見て満足そうに笑った彼女は、じゃあ行きましょうかと近くの机に置いてあったカバンを手に取った。

 

「へ?」

「今日買い物に付き合ってくれるって言ったのはどこの誰なんですかね?」

「どこの誰なんですかね?」

「お前だぁ!」

 

 引っ掴んだカバンを振り回した。見事に才人にクリーンヒットしたそれは、思わず手を離してしまったことで彼と一緒に吹き飛んでいく。見事にひっくり返った才人は、カバンの下敷きにされながら引き潰れたカエルのようなうめき声をあげた。

 

「あ、ごめんなさい。やり過ぎた」

「……おう、やる前に気付いて欲しかったなぁ」

 

 いつつ、と立ち上がった才人はカバンがどうもなってないことを確認すると彼女に手渡す。中身が壊れないようにしろよ、と彼が言うと、反省したように委員長は項垂れた。

 こきりと首を鳴らしつつ、彼も机に掛けてあったカバンを手に取る。それじゃあ行こうか、と委員長に告げると、一瞬呆けたような表情をした後彼女は頷いた。

 

「自分でやっといてなんだけど」

「ん?」

「平賀くん、無駄に丈夫ね」

「無駄にとかいらなくない?」

 

 ひでぇ、と大袈裟なリアクションを取りながら、才人はしかし笑顔で返す。それはもう鍛えてるから、と自慢げに隣を歩く彼女に述べる。

 

「鍛えてる? 平賀くんって部活とかやってたっけ?」

「いや、そういうんじゃなくて。こう――」

 

 年中色々なのと戦ってたり騒いだりしてるから。そう言いかけ、才人はもう一度今の自分の姿を見た。最後に着たのは二年前な高校の制服。もう二年は見ていない自分の住んでいた町の通学路。

 

「こう、何?」

「いや、俺んち昔侍だったらしくて、日本刀とかあるんだ。それを素振りしたりとか地味に修業してんだよ」

「へー」

 

 隣を歩くのは委員長。一年の時からのクラスメイトで、勿論委員長というのは本名ではなく、正しい名前は。

 

「なあ、高凪さん」

「うぇ!? いきなりどうしたのよ平賀くん!?」

「何そのリアクション」

「いやだって、基本委員長呼びじゃない。だから驚くわよ」

 

 それで何、と彼女は問い掛ける。いや、大したことじゃないんだけど、と才人は笑いながら言葉を続けた。

 

「高凪春奈、でよかったよな?」

「うわ何かゾクッときた」

「酷くね!?」

「いきなりフルネームとか……」

「え? じゃあ、春奈?」

「遠回しに告白されてる?」

「何でだよ!?」

 

 委員長呼びからいきなり名前はそう思っても不思議ではない。そんなことを言いながら春奈は才人の肩を叩く。一応候補には入れておいてあげよう。何故だか無駄に上から目線でそう続けた。

 

「あー、はいはい。ありがとうございます」

「リアクション薄くない? 脈アリなの、とか驚きなさいよー」

「いや、そんなこと言われても。俺はどうせ」

 

 再び言葉を止めた。どうせ、これは夢だから。どうせ日本にはもういないから。そんなことを口にしかけて、彼は飲み込む。今この瞬間、そんなことを言って世界を壊す必要はない。

 

「――どうせ、モテないしフラれるの分かりきってるし」

「そう?」

 

 だから誤魔化すようにそう述べた言葉に疑問を返されたことで、才人は思わず春奈を見ていた。

 

「平賀くん、案外モテると思うのよね。まあ、普通の人にはモテないかもしれないけど」

「普通じゃないのって何だよ」

「言葉通り」

 

 そう言って春奈は笑う。少しだけ前に出て、くるりと回転し才人を見詰め、そしてニンマリと口角を上げる。

 

「ぶっちゃけちゃえば、妖怪とかモンスターとか?」

「いねぇよ現代日本にそんな存在!」

「じゃあ、異世界に行けばモテモテね」

「どんな理屈だ!」

 

 ビシ、と思わずツッコミのポーズを取ってしまう。そんな才人を見て笑みを強くさせた春奈は、まあまあと彼を宥めながら一歩近付いた。二人の距離が近くなり、そして才人は彼女の甘い匂いが鼻孔をくすぐり思わず動きが止まる。

 同時に、彼はふと妙な感じがした。なんだかつい最近、こんな香りを嗅いだような。

 

「その理屈で言えば、私も異世界に飛んだら普通じゃなくなって平賀くんに惚れちゃうかも」

「それはないな」

「バッサリいくのね」

「いやなんつーか。委員長はもし俺と同じ異世界に来たら。こう、敵というかライバルというか、そういうポジションになってそうなんだよなぁ」

「ぷっ、何それ」

「先に話振ったのそっちだよね!?」

 

 腹を抱えて笑いだした春奈を見て、才人は疲れたように肩を落とした。歩きながらそんなくだらない会話をしていたからなのか、目的地はいつの間にかすぐそこにある。

 よし、と春奈が才人を見た。何だよ、と眉を顰める彼に向かい、彼女はビシリと指を突き付ける。

 

「変なこと言った罰として。平賀くん、アイス奢って」

「嫌だよ!」

「まったく……ケチね、平賀くん」

 

 え、と才人は思わず春奈を見た。その言葉、聞き覚えがある。日本ではなく、異世界で、ハルケギニアで。

 そして、それを言っていた相手は、彼の記憶が確かならば。

 

 

 

 

「――委員長!?」

 

 がばり、と跳ね起きたその場所は竜籠の中。着きましたよ、という御者の言葉を聞いて、才人は先程までの光景が夢であったことを再確認した。椅子に座ったまま寝ていたことで固くなった体をほぐしながら、着地した竜籠から外に出る。

 夢は所詮夢。そうこうしている内に、最後に何か重要なことに気が付いたような気がしていたことも溶けるように消えていってしまった。

 

「……まあ、思い出せないならしょうがねぇな」

 

 そんなことを気にするより、直った十号を迎えに行く方が大事だ。そう思い直し、彼はそのまま街を歩いていく。

 その途中、ふと、何となしにこの間ルイズから聞いたことを思い出した。オリヴィアとコレットの騒動の際、この間助けたメイジがいたらしいということを。助けられて感謝しているらしいということを。

 

「そういや、あの時の敵」

 

 あの連中は、敵ではあったがどこか憎めない相手であった。そんなことを思い返した。とはいえ、剣士はよく分からない。分かるのはあの二人、美人で胸がでかくどこかポンコツ臭のする人狼の女性と。

 

「あのフードの……どっかで、見た気がするんだよなぁ……」

 

 結局十号のいる場所に辿り着く直前まで、彼は妙に引っかかるそれに悩み続けていた。




そろそろOPとEDの主題歌が変わるタイミング的な

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