ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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もうこれゼロ魔じゃない

あ、いつものことか


自由騎士録/Orpheus’s orgel
その1


「承知の上で、言っておられるのですかな?」

 

 クロムウェルの言葉に、男はコクリと頷いた。今更そのようなことを言われたところで、自分の意志など曲げる気はない。そう目が語っていた。

 はぁ、とクロムウェルは溜息を吐く。そういうことならば仕方ないと肩を竦め、机から指輪を一つ、取り出した。

 

「これが、『虚無』の力の一端を封じた指輪です」

 

 手で男に受け取るよう促す。それをゆっくりと受け取った男は、藍色の宝玉がはめられたそれを見て目を細めた。これさえあれば、と小さく呟くのがクロムウェルの耳に届く。

 

「勘違いをしてはいけません。『虚無』といえども、肉体も失った者を完全に蘇らせるには何かしらの対価が、あるいは多大なる労力が必要です」

 

 そんなものは承知の上だと男は返す。彼女を取り戻すためならば、たとえアルビオンの王家を皆殺しにしても構わない。そう続ける男を見て、クロムウェルは再度溜息を吐いた。

 そんなやり取りも終わり、男は部屋を出ていく。パタンと扉の閉まる音を聞いた後、クロムェルはゆっくりと頭を振った。そうしながら、手元の書類を眺め、ペンでそこにバツ印をつける。

 

「駄目ですね」

 

 誰に言うでもなく、呟く。そのはずの一言は、彼の机の右側の壁に掛けてある姿見から聞こえてくる呆れたような声に返答をされた。

 クロムウェルが横を見ると、鏡に映っているのは自分の顔ではなく一人の女性の姿。片目を前髪で隠しているその女性は、じゃあ何であれを渡したと不機嫌そうな顔で彼を睨んでいた。

 

「……私はこれでも聖職者ですからね。彼の思いに心を打たれました」

「嘘つけ」

「酷いですねぇ。本心ですよ」

 

 ははは、と笑うクロムウェルを女性は胡散臭げに見やる。その視線を受けていた彼は、やがて降参とばかりに両手を上げた。

 

「余っていましたし」

「余ってない! アレは私が苦労して作ったアンドヴァリの指輪のレプリカなの! 『レコン・キスタ』の総司令官の証として、『虚無』だって嘘を付くための魔道具でしょうが!」

「ええ、ですから、本命は彼には渡していません」

 

 笑みを崩さず、クロムウェルはそう述べる。分かっとるわ、と叫びを返した女性は、そこで気持ちを落ち着けたのか盛大な溜息を一つ吐いた。

 男に渡した『アンドヴァリの指輪』のレプリカはオリジナルと比べるとその性能を十全に発揮出来ない。水の精霊の力を余すことなく使うための機能に欠けているのだ。それでも並の魔道具と比べれば途方もない力を発揮することは可能だが、そのためには彼が男に言っていたように何かしらの対価か膨大なる労力を必要とする。

 

「案外、本当にやってしまうかもしれませんよ」

「……無理でしょう。出来ても精々、『それっぽいもの』が完成するだけよ」

 

 どこか悲しそうにそう呟いた女性を見て、相変わらずシェフィールドさんはお優しいと彼は笑う。からかうなと即座に表情を怒りに変えたシェフィールドは、もう一度先程と同じ質問をしながら彼を睨み付けた。

 何故渡した。その問いに、クロムウェルは笑みを潜める。

 

「彼は、純粋過ぎましてな」

「……で?」

「『レコン・キスタ(こんなところ)』で腐った欲のまま死ぬような人間になってはいけませんよ」

「総司令官の看板になるような人物じゃなかった、か」

「ええ。ですから、駄目です」

 

 ここを率いる証を持つには、もっと救いようのない人間でなければいけないのだ。今の所、該当するのが自分しかいないのが悩みどころではあるのだが。そんなことを思いながら、クロムウェルはやれやれと肩を竦めた。

 

「だとしても。あの男はきっと酷い騒ぎを起こすわ」

「なぁに、心配いりませんよ」

 

 シェフィールドの言葉に、クロムウェルは口角を上げた。そちらも分かっているだろうと笑みを浮かべた。

 どうせ、どこかの誰かが何とかするだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 アルシェは対面に座っている人物を実に嫌そうな顔で見ていた。それとは対照的に、そこに座っている人物――アンリエッタは気持ちいいほどの笑顔である。そんなに自分が困っているのが嬉しいのか、と奥歯を噛み締めたが、彼女はそれを口にしなかった。

 

「勿論」

「勿論どっちよ」

「とても、嬉しい」

「……」

 

 ぶっ殺そうかな、とアルシェは思わず腰の杖に手を掛ける。あの一件以来、自分でもある程度戦えないといけないと護身術を習ってはいるものの、所詮付け焼き刃。眼の前の王女相手では一秒も持たないであろうことは想像に難くない。それでも彼女は実行しそうになるほど、それほどに頭に血が上っていた。

 そういうところ、ルイズに似ている。アンリエッタはアンリエッタで目の前の短気な少女を見てそんな感想を抱いていた。ちなみに彼女相手だからである。アルシェの普通はここまで手が先に出るような性格ではない。

 

「言葉が足りなかったようなので、訂正を」

「は?」

「貴女がわたくしを頼ってくれるのが、とても嬉しいの」

「頼りたくて頼ってるわけじゃないわ」

「そう」

 

 アンリエッタは笑みを崩さない。それを見てふんと鼻を鳴らしたアルシェは、傍らに置いていた資料を彼女へぞんざいに突き付けた。資料を受け取り、ぱらりぱらりとそれを捲ったアンリエッタは、成程と呟くと顎に手を当て暫し考え込む。

 

「それで」

「何?」

「わたくしは何をすればいいのかしら?」

「不本意だけれど、非常に不本意だけれど! 私の伝手で一番役に立つのは、貴女よ」

「ふふっ、ありがとう。……つまりは、貴女の手足となればいいのね?」

 

 不満か、とアルシェはアンリエッタを睨む。彼女は光栄だ、と笑みで返した。

 アンリエッタがアルシェから渡された資料によると、『レコン・キスタ』の何者かが占領した土地で良からぬことをやっているらしい。そんな仔細のあまりないものを再度読みながら、どの程度まで話は進んでいるのかとアンリエッタは彼女に問う。ここで殆ど進んでいない、もしくは一歩も踏み出していないと述べるようであれば、アンリエッタはアルシェに失望していたであろう。

 そしてアルシェも、眼前で微笑んでいる相手にそう答えるのがどれほどの屈辱か知っていたので、意地でも言ってやるものかと動いていた。それでも納得のいくような進捗には至らず、ほんの少しだけ視線を逸らし口を開く。

 

「幸い、被害はまだ少ないわね。敢えてそうしているのかは知らないけれど、体力のない老人辺りが主な犠牲者よ」

「資料にもそう書いてありますね」

「ええ。そして、その犠牲者の分だけ、その土地に得体の知れない『何か』が蔓延るようになった」

自動人形(オートマータ)に近いもの、とのことですが」

「人の姿をしていなかったそうよ。ゴーレムに近いのでしょうね」

 

 そこまで述べたアルシェは、一度息を吐いた。これは資料にも記してあることの再確認であり、アンリエッタの質問の答足り得ない。向こうもそれは分かっているだろう、こちらが続きを述べるのを待っているのだろう。そんなことを考え、逸らしていた目を再度アンリエッタへと向けた。

 

「この調査をしていた貴族は私だけじゃなかった。そして、その貴族は兵を率いて『レコン・キスタ』を打倒してやると息巻いて件の地へ向かったわ」

「それで?」

「材料になったみたいね。生き残りは無し。……まあ、こちらを蹴落とそうとしていた輩だしある意味ちょうどよかったわ」

「染まってきましたね」

「誰の所為よ。ともかく、こちらは偵察に徹していたおかげで、向こうがどんなものかを知ることが出来たというわけよ」

 

 尊い犠牲に感謝しないといけませんね。そんなことを言いながら微笑んだアンリエッタは、そのまま手で話の続きを促した。

 こくりとアルシェは頷く。相手がどのようなものかを多少なりとも分析した結果、普通程度の兵では太刀打ち出来ないと彼女は結論付けた。必要なのは、臨機応変に動くことの出来る一騎当千の戦力だ。

 

「勿論私も行くわ。だから、アンリエッタ」

「先程も言ったでしょう? わたくしは貴女の手足になるわ」

 

 当てにしてもらって構わない。そう言いながらアンリエッタは背後で二人の会話を聞いていた五人に目を向けた。アルシェも本題に入る前に尋ねるのも失礼だろうと聞いていなかった、その五人を改めて見やる。

 

「この間の人達とは違うのね」

「ええ。少し都合が悪くて、今回は彼等に協力を仰いだの」

 

 ふうん、とアルシェは頷く。黒髪の青年の格好は不思議だし、メイドはいるし、フードを被った少女は十代前半程度にしか見えない。灰髪ツーサイドアップの少女と花飾りを付けた薄桃色の髪の少女は一見すれば普通だが、今回のことを考えれば普通はむしろ不安材料だ。

 

「……大丈夫なの?」

「勿論。前回の面々に勝るとも劣らないわ」

 

 嘘をついているようには見えない。からかっているようにも感じられる。どうにも納得出来ないという顔をしたままのアルシェを見たアンリエッタは、では改めて紹介しておきましょうかと五人へ手を伸ばした。

 

「彼等は、ヴァリエール公爵領の戦力が一つ、フォンティーヌ自由騎士団です」

「え? ……え!?」

 

 フォンティーヌ自由騎士団。その名前を聞いたアルシェは思わず立ち上がった。先程とは別の意味で嘘をついているのではないかとアンリエッタを見、そして偽りの無いことを確認すると再度五人に目を向ける。

 

「……噂は、知っているわ。トリステインのヴァリエール公爵が誇るフォンティーヌ自由騎士団、俗称――」

「『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』。そして彼がその騎士団長、サイト殿よ」

 

 あ、ども、となんとも締まりのない挨拶をした青年を、隣の灰髪の少女がどついた。フードの少女はやれやれと頭を振り、メイド少女は苦笑し、花飾りの少女はケラケラと笑う。

 そうした後、こほんと咳払いをした一行は、空気を変えるようにアルシェを真っ直ぐに見た。

 

「では、改めて。フォンティーヌ自由騎士団、俗称『美女と野獣』団長、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガと申します」

「同じく団員、フェイカ・M・ライアと申します」

「エルザです。よろしくお願いします」

「十号とお呼びください」

「アトレシア、よろしく!」

「え、ええ。よろしく、アルシェ・ヴィルヘルミナ・ローゼンブラドです」

 

 いくつもの厄介事を解決しているという噂の騎士団。一度会ってみたいと思っていたその騎士達。その実態を目の当たりにし、彼女はほんの少しだけ幻想にヒビが入った気がした。

 

 

 

 

 

 

 トリステインで良くも悪くも様々な評判を生み出しているのは『暴風雨』と『美女と野獣』の二組。前者が悪評、後者が好評である。

 だから、先に『暴風雨』と出会い、その中の一人の正体まで知ってしまったアルシェにとって、『美女と野獣』は噂に違わぬ騎士らしい騎士を期待していたのだ。数々の武勇伝を持つ、自分が今まで関わってきた汚い貴族とは違う高潔な人物を夢想していたのだ。

 

「失望させてしまったようで、申し訳ありません、ミス・ローゼンブラド」

「あ、いえ、いいのよ。そんな、私が勝手に思っていただけだから」

 

 頭を下げるフェイカ――『地下水』を見てぶんぶんと手を振ったアルシェは、しかしその思った以上にきちんとした人物を見て評価を改めた。そういえばなんだかんだで挨拶はきちんとしていたような。一人を除いて。

 

「いや、でも『暴風雨』も別に態度がならず者というわけでもなかったし」

「どうしましたアルシェ」

「……別に、噂は当てにならないって思っただけよ」

 

 アンリエッタにそう返し、アルシェは馬車の窓から外を見る。彼女が名目上治めている地であるローゼンブラド領から目的地までは少々距離があるが、ただ闇雲に早く向かえばいいというわけでもない。早く辿り着くからといって竜籠など使ってしまえば、向こうに攻めに行きますと伝えるようなものだからだ。かといってのんびりとするわけにも当然いかず、アンリエッタの提案により小さな馬車と追従する馬という出来るだけ小回りを利かせる形を取っていた。

 御者代わりに十号と『地下水』が手綱を握り、馬車にはアルシェとアンリエッタ、追従する馬にはサイトが一人、エルザとアトレシアの二人乗り。そのまま半日掛け目的地である場所の最寄りの町へと辿り着いた一行は、一度ここで休息と情報収集をしようということとなった。

 

「……成程」

「どうしました?」

「やっぱり噂に違わないな、って思っただけ」

 

 手慣れた様子で動く『美女の野獣』の面々を見ていると、アルビオンの兵士達との差を実感する。平時では、あるいは多少の戦程度ならば問題はないであろう練度は、ことこのような想定外の規模の動乱となると途端に頼りなくなる。

 

「心配しなくとも、トリステインも大半は極々普通の練度の貴族が殆どよ」

「何がよ」

「彼等は特別。そして、自慢するわけではないけれど、『暴風雨』も特別です」

「それを自慢っていうのよ」

 

 はぁ、と肩を落としたアルシェは、そのまま宿屋へと歩みを進めた。自分がウロウロしても足手まといにしかならない、という判断である。そんな彼女の後に続いたアンリエッタは、笑顔で隣に並んだ。

 

「何よ」

「そういう仕事は部下がするもの、とふんぞり返ればいいではないですか」

「嫌よ。そういう連中に私は散々やられてきたもの」

 

 自分の嫌いな連中と同じになってなどやるものか。そんな意志を感じたアンリエッタは笑みを強くさせた。そうしながら、自分はそういう連中の筆頭だと思うのだがと彼女へ問い掛ける。

 

「貴女のそれは違うわ。……もっと、こう、どす黒い、邪悪な何か、みたいな」

「中々言ってくれますね」

 

 それでもアンリエッタは笑みを崩さない。ルイズにもよく言われるから、と一人呟きながら、そこで足を止め手を伸ばしアルシェの歩みを制した。ぐるりと辺りを見渡すと、夕方の酒場だというのに客が一人もいない。アルシェの名を呼び、気付きましたかと顔を見ずに尋ねた。

 

「……被害が広がっているのかしら」

「そういうわけでもないでしょう。情報収集は出来ていたようですから」

 

 そこまで言うと、アンリエッタはアルシェを見る。動揺している様子は見られず、出会った当初と比べると随分と肝が座ったことを感じさせた。

 そうでなくてはウェールズの妻など務まるはずもなし。クスリと笑うと、アンリエッタは彼女に椅子に座るよう促した。手近なテーブル席に着き、手招きをする。

 

「さてアルシェ」

「何?」

「わたくしがいかにふんぞり返って部下を顎で使うかをお見せしましょう」

「それは自慢にならないわね」

 

 はぁ、とアルシェが溜息を吐くのと、宿屋の二階から得体の知れない何かが降りてくるのが同時であった。骨と木材や石材を組み合わせたようなそれは、ガシャリガシャリと音を立てながらゆっくりとこちらに向かってくる。

 急に降って湧いた化物にアルシェは思わず目を見開く。が、報告で聞いていたこともあり、悲鳴をあげることはしなかった。代わりに、後悔することが分かっていてアンリエッタを見た。どうするのかと、どうにかしろと、彼女を見た。

 

「先程言いましたでしょう?」

「……は?」

 

 得体の知れない何かは腕を振り上げる。武器は何も持っていないが、石材や木材を筋肉代わりにしているそれを叩き付けられればアルシェ程度簡単に死ぬだろう。それでも彼女は動かない。理由はアンリエッタの言葉に一瞬動きを止めてしまったことが一つ。

 

「部下を、顎で使います、と」

「はいはい顎で使われるぜ!」

 

 宿屋に飛び込んできた黒髪の剣士が、その得体の知れないものを蹴り飛ばしたのでその必要がなくなったのが、もう一つだ。




※ルイズ達の都合が悪かった理由=出席日数不足による補習

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