ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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大丈夫じゃなさそう


その2

「何だこいつら」

「そういう疑問は倒す前に言いなさい」

 

 ガラン、と転がる頭蓋骨を一瞥しながら呟く才人を『地下水』は冷ややかな目で見やる。それに対し、彼は彼でいや違うと首を横に振った。今の疑問は別にこの存在について述べたわけではない、と続けた。

 

「こういうモンスターの正体とかはどうでもいい。けどさ、なんつーか」

「ふむ」

 

 上手くは言えないが、と頭を掻く才人を見て、『地下水』もバラバラになった得体の知れないものを眺める。正体不明の何かであることは間違いない。そしてそこを問題にしないというのならば。

 

「こいつら、同じじゃね?」

「……同じ、ですか」

 

 周囲には才人が始末したものが二体、遅れてやってきた『地下水』が片付けたものが二体。その四体を彼は『同じ』だと称した。普通に考えれば種族、あるいは姿が同じであるという意味と捉えそれはそうだろうと返すものではあるが、しかし。

 

「姫殿下」

「どうしました?」

「このアホの言葉、貴女はどうお考えになりますか?」

「アホて」

 

 異議ありと顔を顰める才人を他所に、『地下水』はアンリエッタの言葉を待つ。対する彼女は、隣のアルシェを一瞥した後にゆっくりと首を横に振った。

 

「それを答える前に、まずは貴女の答えを聞きたいわ」

「……道具も、生物も。『同じ』ものはありえません。『同じ』であっても『違う』。ただ、道具であればその許容範囲が大きく、生物は小さい、それだけです」

「成程。……では、それを踏まえたわたくしの答えは、『同じ』ですわ」

「理由を聞いても?」

「勿論。道具は見た目が『同じ』であれば『違う』とされにくい。生物は、中身が『同じ』ならば『違わない』。ここまでで質問は?」

 

 はい、全然分かりません。そう言って才人が手を挙げたが、『地下水』もアンリエッタも流した。アルシェはそれを見て、ああそういうポジションの人なのだこの騎士団長はと納得していた。

 

「そもそもサイト殿。貴方が最初に言い出したのではないですか」

「いや、そうなんだけど。理屈で説明されても分かんないって」

「では、貴方が説明するのならばどう述べます?」

 

 あからさまに挑発的な笑みを浮かべながらアンリエッタはそう言った。才人は才人でそれを聞き、だったら言ってやろうと奮起をする。などという、そんな性格ではない。素っ頓狂な声を上げて、それでも一応答えを出そうとこめかみに指を当てながら必死で思考を巡らせた。

 

「ええっと。ミス・ローゼンブラド」

「はい?」

「確か、別の貴族が出した討伐隊は全滅して、何かの材料になったんだったよな?」

「ええ。状況から考えて、こいつらがそうなんでしょうけど」

「ここに転がってるの。多分同一人物だ」

「は?」

 

 今度はアルシェが間抜けな声を上げる番であった。何を言っているのだ、そんなことを考えつつ、しかし先程までの会話、やり取りを思い出してどうにかこうにか繋げようとする。勿論才人には出来ない。

 一応言っておくと、ルイズは出来る。やらないだけである。

 

「『同じ』人間を材料に、これらが作られているっていうの?」

「恐らくは」

 

 アルシェに同意するように頷いたアンリエッタは、席から立ち上がると残骸を手に取った。既に動く気配が何もないそれを眺め、そしてちらりとアルシェを見る。小さく溜息を吐くと、才人達へと向き直った。

 

「それで、情報収集はどのように?」

「細かいのはエルザと十号とアトレ待ちだけど。とりあえず最近ここら辺はこいつらがうろつくようになってるらしい」

「とはいえ、町の住人に積極的に危害を加えることはなく、同じようなことを延々と繰り返すだけなのだとか」

 

 ただそれだけ、とはいうものの被害は十分にある。現に宿屋の店主はここで宿泊と酒盛りらしき動きを繰り返し続けるようになったこれらのせいで客足も途絶え休業に追い込まれていたらしい。

 他にも宿屋酒場があるこの町でそれを引き当ててしまったのはアルシェの不運か、あるいはアンリエッタの手腕か。どちらにせよ、宿屋の主人にとっては僥倖であろう。

 

「でも、何でいきなり襲ってきたんだろうな。話と違うぞ」

「中身の兵士、あるいは騎士でしょうか。どちらにせよ、アルシェを快く思っていない貴族の部下だったのならば、印象が同じでも不思議ではありません」

「所詮材料にしただけ。細かな感情は本人とは程遠い、ということですか」

「……つまり、私が気に入らないから襲ってきた、と」

 

 身も蓋もないことを言われたアルシェは肩を落とす。そして同時に、それはこれから目的地に向かう間あの連中はこちらへと襲い掛かってくるのだということも表していた。

 

「私がいなければ、か」

「……どうするの?」

「行くわ。さっきも言ったでしょう。私は後ろでふんぞり返っているのが嫌いなの」

「早死するわよ」

「もう二回死んでるわ」

 

 そう、とアンリエッタは返した。そうよ、とアルシェは鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

「ならば二回も三回も同じね」

「自分で言うのはいいわ。貴女に言われると腹が立つ!」

 

 そうは言いつつ、アルシェは自ら囮役を買って出た。とりあえずは、と町で見かけた『奴ら』の視界に入るように行動する。眼球も何もないそれがジロリと彼女を見詰め、そしてカタカタと顎を鳴らしながら襲い掛かってきた。

 アルシェは逃げない。真っ直ぐに眼の前の化物を見る。お前らなぞ怖くもないと睨み付ける。

 

「いや、一応避ける素振りは見せてください!」

 

 振り下ろされた腕を掴んだエルザが叫んだ。そのまま飛び上がり、絡め取った腕をへし折りながら顔面を蹴り飛ばす。砕け散った頭蓋骨の破片が飛ぶ中、残った体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。ねじ切った腕を別の一体に投げ付けながら、不満げに彼女はアルシェを見た。

 

「そうね。……ごめんなさい、意地を張ったわ」

「あ、いえ。こちらこそ怒鳴ってすいません」

 

 見た目が十二歳程度の少女にそんなことを言われたら、普通の貴族は怒り出す。こちらが『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』だということを踏まえても、基本的にエルザはその姿で見下されることが多い。

 だというのに、アルシェは素直に謝罪した。それがエルザには意外で、しかし成程と頷いた。アンリエッタが友人として接している理由の一端を垣間見た気がした。

 

「ミス・エルザ」

「エルザでいいです。何でしょう」

「どのくらいが、邪魔にならない範囲かしら」

「……向こうが気付いたらちょっとだけ下がってくれれば、それで大丈夫です」

 

 そう言ってエルザは笑みを見せた。分かったわ、とアルシェも微笑んだ。

 

「アルシェも本当に染まってきたわね」

「……姫殿下。貴女は今回は」

「トリステインの王女が、杖を持って暴れるわけにはいかないでしょう?」

「では、指示は全てお任せします」

「ええ」

 

 必要ないでしょうけれど、と口角を上げたアンリエッタの視線の先では、十号と才人が同じように襲い掛かってきている連中を破壊しているところであった。中身に何を使っていようとも、所詮人を少し超えた程度。正真正銘の規格外を日々相手にしている彼らにとっては軽い。

 

「まあ、それはわたくしも、ですけれど」

 

 口ではああ言ったものの、やはり謀略だけでは物足りなくなる。そんなことをほんの少しだけ考え、いかんいかんとアンリエッタは首を振った。これではまるでルイズではないか。

 同時刻、補習中のヴァリエール公爵三女がクシャミをして、隣のギーシュがビクリと震えた。

 

「町のモンスターはこれで全部か?」

 

 コキリと首を鳴らしながら才人が呟く。バラバラになったそれらの残骸を見下ろし、なんまいだぶと手を合わせた。それを見たアトレシアが不思議そうに首を傾げ、次いでポンと手を叩くと冥福を祈るように手を組み目を閉じた。

 

「でも、だんなさま」

「ん?」

「普段はやらないよね?」

「死んだ後にいいように使わされてる、にしても限度あんだろ」

 

 大量にコピーされてばらまかれるというのは流石にどうなのか。そんなことを思った才人は思わずやったらしい。ふーん、と頷いたアトレシアはいまいち分かっていないようであった。

 

「とりあえず索敵(センサー)には反応は無いのです」

「こっちも魔法の痕跡は見当たらなかったよ」

 

 十号とエルザの言葉に了解と返し、才人は指示を仰ぐためアンリエッタを見やる。彼女はアルシェを一瞥すると、では行きましょうかと肩を叩いた。

 小さく息を吐き、アルシェは分かったと言葉を返す。待機させておいた馬車と馬まで戻ると、目的地へとそれを走らせた。

 当然、道中は襲撃がなければ暇である。先程までの相手の考察もある程度話し終え、続きは新手次第という結論も出した。

 

「ねえ、アンリエッタ」

「どうしました?」

 

 そうなると、アルシェの興味は別の場所へと移る。目的地に辿り着いたら出来ない会話をしたくなる。

 こういうことを聞いていいのか分からないけれど。そう前置きをすると、彼女はちらりと馬車を操っている『地下水』と十号を見、そして外の才人達を見た。

 

「彼等は本当に人間?」

「何か疑問に思う要素がありましたか?」

「……いや、まあ。確かに、貴女が人間なら疑問に思うのもおかしいと思うけれど」

 

 さりげなくアンリエッタを人間扱いしていないと暴露し、しかしとアルシェは首を傾げた。確かに自身の知っている基準を踏まえれば人間の範疇だ。だが、その基準とは別の部分でそれを否定したくなるような。

 

「十号」

「はい?」

「少し蜘蛛の足骨を展開してくださらないかしら」

「はぇ!? は、はい、かしこまりました」

 

 そんなアルシェを見たアンリエッタはやれやれと肩を竦め、御者の席に座っている十号へと声を掛けた。勿論アルシェには言っている意味が分からず、何のことやらと怪訝な表情を浮かべるのみ。

 そんな彼女の眼の前で、メイドの背中から蜘蛛の足のような異形が生えた。

 

「……っ!?」

「驚いてくれたようですね」

「アンタの功績は何一つないけれどね! ……人じゃないの?」

「ええ。彼女は自動人形(オートマータ)、名前は製作者の性格で型番がそのまま使われているそうです」

「通りで変な名前だと思ったわ……」

 

 はぁ、と溜息を吐き、そしてアルシェはアンリエッタを一瞥。その後再度才人達を見た。

 成程、そういうことか。どこか納得したように、自由騎士団が『特別』だと言われたことを噛み締める。

 

「アルシェなら」

「ん?」

「貴女ならば、受け入れてくれると信じていました」

「はいはい。……私も、ある意味似たような存在だもの」

 

 死者に成り代わりさせられ、そして切り捨てられ、何者でもなくなった。墓から掘り起こされた挙げ句放置された死体、それが自分だ。本来ならば、とっくに死んで腐って土に還っているべき人間だ。

 そうしていないのは、ひとえに彼女が生きる理由を持っているからだ。ウェールズが、愛する人が、いるからだ。

 

「ねえ、ミス・十号」

「もっと気軽に十号とお呼びください」

「エルザと同じなのね。じゃあ十号、貴女は――」

 

 好きな人が、いるかしら。何気なくそう述べた言葉、あまりにも不意打ちなその問いかけ。そして、先程アンリエッタに言われたまま、未だ出しっぱなしであった蜘蛛の足骨。

 

「い、いきなり何を言い出すのです!?」

「十号!? 危ない! 蜘蛛の足骨! 仕舞って! から! 動揺しなさい!」

 

 結果、突如縦横無尽に動き出したそれが周囲を巻き込み、『地下水』が弾き飛ばされるのであるが、アンリエッタにとっては些細なことである。

 

「危なっ! 何やってんだよお前」

「私に言うな! いいからとっとと離しなさい!」

「ってぇ! 暴れんなよ!」

 

 丁度いい具合に『地下水』を抱き止めた才人をとてもいい笑顔で眺めていたので、些細なことなのである。

 

 

 

 

 

 

 こつこつと足音が響く。それに反応することもなく、男は目の前の実験装置から目を離さない。

 

「どうですか?」

 

 足音の主のその言葉を聞き、男はようやく振り向いた。長いブルネットの髪をした女性を見た。体に張り付くような衣服をまとい、目元には目を鋭く見せる傷のような化粧の施されているその女性は、そのまま男の隣に立つと実験装置を眺める。

 

「調子は、悪くないようですね」

 

 ああ、と男は頷く。ここのところの実験で生み出したやつらは問題なく魂をコピーしていたはずだ。そんな言葉を続けながら、男はその実験装置の横にある大きな立方体を仰ぎ見た。

 いよいよ、本番だ。目を細め、男はその箱の中にあるそれを見る。もうすぐ目覚める、もうすぐ戻ってくる。口に出さず、自身の思いを呟き、一歩、前へと踏み出した。

 

「魂は、用意してあるのですか?」

 

 女性のその言葉に、男は勿論だと頷く。箱に手を添えながら、この中に満たされているはずだと口にする。

 

「既に失われているものを、どうやって用意したの?」

「……失われてなどいない。私とあいつは、常に共にあった」

 

 ぐ、と胸の前で拳を握る。そうだ、あいつは死んでなどいない。ほんの少し、器が崩れただけなのだ。肉体を一時的に失っただけなのだ。だから、再び器を用意してやれば、新しい肉体があれば。

 男は箱を見る。箱の中を見る。愛おしい者を見るように、その中身を見る。

 

「……それが、貴方の」

「私の、何より大事な、妹だ」

 

 どこか自慢げに男は述べた。美しいだろう、と女性に問うた。

 女性は箱の中身を見る。暫くその中でたゆたうそれを眺めていたが、小さく溜息を吐くとええそうねと返した。

 踵を返す。この男の補佐として派遣されては来ているが、このまま彼と話していては気が滅入ってしまうだろう。そんなことを思い頭を振った。

 

「いや、違うか。……私も、とっくに」

 

 あーやだやだ、と彼女はぼやく。大体この格好で人前に出る時点でもう色々とおしまいだろう。そんなことをついでに思った。

 似合っていますよシェフィールドさん、と笑っていたクロムウェルをもう一発どついておけば良かった。溜息と共にそう零した。

 

「しかし……本当に、どうにかなるのかしらね」

 

 部屋を出る直前にもう一度見た箱の中身を思い出す。水槽のようになっているそこで、男の『妹』がゆらゆらと揺れているのを思い出す。彼の言うように、確かに美しい顔立ちをしていたのを思い出す。

 そして、その首から下、服から覗く部分が肉のない骨であったのを、思い出す。

 

「乗り込んでくるのは『美女と野獣』、か……。あの、連中、か」

 

 あーやだやだ、とシェフィールドはもう一度ぼやいた。ぶんぶんと頭を振り、やってらんねぇとばかりに顔を顰める。

 本当にどうにかしてしまいそうだ。そんな期待を持ってしまったことで、彼女は心底げんなりした。




原作のシェフィールドは何であんな格好だったんだろう

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