A:ああ!
その1
ガタゴトと揺れる荷馬車の背に揺られながら、黒髪の少年はのんびりと空を見上げていた。そろそろ目的地かなぁなどと呑気なことを呟きながら、ゆっくりと流れていく雲を見る。
そんな少年に、荷馬車を操っていた男が声を掛ける。もうすぐ件の町に着くぞ。その言葉を聞いて体を起こした少年は、ありがとうと男に述べた。
「しっかし助かったぜ。まさか町に向かう手段がないとは思わなかった」
この荷馬車は商人が荷物を運ぶものであり、本来人を乗せるものではない。ちょうど少年の目的地を通るからということで頼み込んで同行させてもらっていたのだ。
「ん? いいじゃねぇかよこれくらい」
誰かに文句を言われたように少年は返す。が、男は何も言っておらず、少年も腰に差している短剣に目を落としているだけで誰もいない。何か思い出したのだろうかと男は考え、別段気にしないことにした。
「はいはい、分かったっつの。なあおっちゃん、何であの町、今こんなに避けられてんだ?」
少年の言葉に男は知らないのかと返す。そうは言ったが最初の頼み方からして知らないはずはないだろうと判断し、聞き込みか何かかと結論付け苦笑した。別に大した情報は出せないぞ、そう言うと、あ、やっぱバレたと呑気な声が返される。
ははは、と笑った男は、咳払いを一つするとまあ知っていることはこのくらいだと語り始めた。
事の始まりは一ヶ月ほど前、町に一人の貴族がやってきたことが発端となる。町の住人に何かするということもなく、隠居してきたと笑うその貴族に別段悪い印象は持たなかった。連れているメイド達が美しかったのも町の男達には大きかった。
だが、そんな折に事件が起こる。貴族のメイドが一人、殺された。まるで巨大な獣か何かに襲われたような凄惨な死体であった。美しかったそのメイドがただの挽肉に変わったことを人々は悲しみ、嘆き、そしてその犯人に恐怖した。
事件は終わらなかった。それから暫くして、町の住人が行方不明になった。そして三日後、やはり何かに襲われてズタズタになった状態で見付かった。犯人は見付からず、新たな事件が起こるのではないかと懸念された。
予想通り、次いで町の住人が肉片に変えられ、犠牲者はそろそろ十名になろうかとしている。噂が広まるのは早いもので、外からそこにやってくる者はいなくなり、商人も長居せず逃げるように去っていく。次の犠牲者が出る前に、町が干上がってしまう。そんな心配までされるほどだ。
「で、事件を解決してくれないかという依頼が届けられた、と」
回り回ってそれが自分のところにきたわけか。まあ大体聞いていた話と変わらないそれを聞いて、確認作業のようなことをしていた少年がよし、と頷く。後は出たとこ勝負だな。そう言ってバチンと拳を掌に打ち付けた。
「んだよ。それ以外に方法ないだろ? 文句あんならお前が動けよ」
またもや独り言。まるで誰かと会話しているようなそれに、男は怪訝な表情を浮かべた。が、まあいいと頭を振る。藪をつついて蛇を出してはたまらない。
そうこうしているうちに町の入口が見えてきた。あれか、と少年は呟き、減速した荷馬車からひらりと飛び降りる。向き直ると、ありがとうと改めてお礼を述べ頭を下げた。
気にするな、と男は笑う。笑いながら、しかし若いのに冒険者とは大変だなと少年に述べた。
「あー、まあね。つっても、俺こう見えて結構やんごとなき人に仕えてるんだぜ」
へえ、と男は目を見開く。それは誰だか聞いてもいいのか、と野次馬根性を出して思わず尋ねた。先程、藪をつついて蛇を出すのはまずいと思ったのに、聞いてしまった。
対する少年、別にいいぜと笑みを見せた。じゃあ改めて、と持っていた荷物をあさるとそれを取り出した。
「フォンティーヌ領主カトレア様に仕える自由騎士、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガと申します。以後、よろしく」
紛うことなきヴァリエール公爵領とフォンティーヌ領双方の紋が入ったマントを纏った少年を見た男は、驚きのまま暫し固まったままであったという。
「何か悪いことしちゃったかな、あのおっちゃんには」
申し訳ない騎士様、と頭を下げられたのを宥めるだけで結構な時間が掛かった。才人としてはただ正体をカッコよく明かしただけだったのだが、あまりこういうジョークは受け入れられないようだ。やれやれ、と彼は肩を竦め溜息を吐く。
「あん? いや俺は悪くねぇって。シュヴァリエの称号だってぶっちゃけ活動の手助けに必要だとか言って姫さまに無理矢理押し付けられたんだぜ? ちょっとくらい遊んだって」
そこまで言って、しかし途中で言葉を止めた才人ははいはい俺が悪うございましたとぶっきらぼうに謝罪をした。何勝ち誇ってんだよ、と小声で文句を言うのも忘れない。
ちなみに彼の横にも目の前にも人はいない。傍から見れば虚空に向かって文句と謝罪をする危ない人間である。
周囲を見渡す。幸いにしてそれを見て逃げる人物はいないようであったので安堵の溜息を漏らし、よしじゃあ行くかと足を進めた。町の入口まで行くと、どうやら警備らしい二人の男に呼び止められる。事件があった以上何かしら警戒をしているのだろう。はいはいと素直にそれに応じた才人は、そのまま男達の言葉に素直に従った。何か怪しいものを持っていないか確認させていただきたい、というわけである。彼がマントを付けていることから貴族なのだと判断したが、それでも無条件で通すわけにはいかないということらしい。
「まあそりゃそうだよな。あ、俺一応フォンティーヌ様からの命でここの調査に派遣されたものだけど」
王都に出した依頼をフォンティーヌの若き領主が承ったという話は聞いている。ならば貴方が例の人物なのか。そんなことを尋ねると、例の人物かどうかは知らんがと前置きし、来たからには全力を尽くすと真っ直ぐ言い放った。その力強さに男は一瞬気圧され、そして笑顔でお願いしますと頭を下げる。
「任せろ、ってね。んで、荷物はいいかな?」
そうですね、ともう一人の男が頷く。一応これだけが気になりますと持ち上げたそれは、人形。何やら紙が貼ってあるシンプルなそれは、才人のような少年が持つのはいささか奇妙であった。
「あー、それな。一応、俺の、ってか仲間の商売道具みたいなもん、かな」
はぁ、と男は首を傾げる。とりあえず口振りからすると何かしらのマジックアイテムだということは分かった。危険なものではないのならば、とりあえずそのままでいいだろう。そんな判断をし、人形を仕舞うと荷物を返す。
よし、と才人は荷物を受け取り足を踏み出す。その拍子に腰につけていた刀と短剣がかしゃりと音を立てた。
「あ? あー、確かにそうだな」
ふと足を止めた。短剣に目をやると、才人は納得したように頷き、呟く。男達に向き直ると、現場を調べたいから詳しい場所を教えてほしいと述べた。
はい、と男達はそれぞれの事件現場の位置を地図に記す。一見するだけでは法則性の見当たらないそれは、その実何かしらの意図があるのか、それとも。
「新しい場所から順番に行ってみるか。いや、どうせ貴族の人に話聞くなら最初の犠牲者の現場検証と一緒のタイミングだろ?」
何かを尋ねられそれに答えたかのようなその呟きに、男達は首を傾げる。彼は一体誰と喋っているのだろうか、と。彼の視線の先には何もいない。というよりも、自身の腰、短剣辺りを見詰めているようにも見える。
「はいはい、分かってるっつの。んじゃ、調査を開始しますね。なるはやで済ませますから」
ひらひらと手を振りながら町に入っていく才人を見ながら、男達はやはりヴァリエール公爵領の住人だけあってどこか変わっているなと失礼なことを考えていた。
ついでになるはやって何だろうと首を傾げた。
順に事件現場を辿る。やはり法則性は見られず、気まぐれに、目についた丁度いい獲物を襲い、引き千切ったというのが妥当な様子であった。
「んー。だとしても、何だコレ?」
荷物から取り出した書類、事件についての資料を眺め現場と照らし合わせながら才人は首を傾げる。犯人――これが人だと仮定すると明らかに常軌を逸しているのだ。
かといって、では人でないのならば。獣にしては損壊が激し過ぎる。魔物ならばもう少し証拠が残る。オーク鬼などの野蛮な亜人ならばそもそも定期的に襲われる程度では済まない。
「吸血鬼……でもないな。これは食事とは少し違う」
中途半端に残すくらいならば全部飲み干す。自分の知っている吸血鬼ならばそう豪語することに代表するように糧とするのは血である。情報を見る限り血を吸い取られている気配は殆ど無い。
「わっかんねぇなぁ。やっぱ貴族の屋敷で聞くしかないか」
ガリガリと頭を掻いた才人は現場から踵を返す。町を少し外れた場所に立っている館を目指し歩みを進めると、一人のメイドが庭の掃除をしているのを見付けた。町で情報収集した時に聞いた話に違わぬ、美しい少女である。その中の一人が最初の犠牲者、成程住人が貴族を容疑者から外すのも無理ないなと彼はぼんやりと思う。
どちらさまでしょうか、と少女はこちらを見て首を傾げた。そんな可愛らしい仕草に笑みを浮かべながら、才人は依頼書を取り出し少女に見せる。それを見た少女は成程と頷くと、別の場所にいたメイドの少女に声を掛けた。
主人の下へ案内しますとその少女は頭を下げ、ではこちらにと踵を返す。その拍子にふわりとスカートが翻り、ちらりと薄紅色の下着が見えた。思わず才人が目を見開き、今の光景を忘れてなるものかと気合を入れる。
「……あー、はいはい。分かってるっつの。いややめろそういうの、心に来るから」
誰も何も言っていないが、才人はそう言って視線を斜め下に落としながら顔を顰めた。メイドの少女は気にせず、そのまま彼の案内を続ける。
そんな後ろ姿を見ながら、才人は少し鼻の下を伸ばした。すれ違うメイド達はどれも美少女と言って差し支えない。なんたるうらやまけしからん場所だ。そんなことを思いながら、彼はふりふりとスカートの下で揺れるお尻に視線を向ける。
「っつ! おいこら、お前な」
太ももに痛みが走った。どうやら軽い凍傷に掛かっているらしく、手で擦ると微妙に染みる。どうしましたか、と振り返るメイドの少女に何でもないと返しながら、才人は凍傷になった辺り、腰の短剣をジロリと睨んだ。
そういえば、あの娘胸もでかいな。柔らかそうな二つの果実がこちらを振り向いた際に上下に揺れていたのをしっかりと見ていた才人は、うんうんと何を満足したのか一人で頷いていた。
「ったぁ!? だからやめろ! はぁ? いやお前の胸もそりゃでかいっちゃでかいけど、何だよ、見て欲しいのか?」
虚空に向かって謎のセクハラ発言をかます才人は、本日三度目の太ももの凍傷を食らいついにうずくまってしまった。突然のそれに周囲のメイドが何事かと近寄ってくる。屈んで心配してくれる美しい、あるいは可愛らしい少女達の姿は才人にとって癒やしであった。
ついでにちらりちらりと見える下着が眼福であった。
そんな彼にとっての痛みを伴う至福の時間を過ごした後、主の部屋へと辿り着く。失礼します、とそこに入ると、彼の想像とは違い随分若い男が一人、こちらに笑みを浮かべていた。
「お初にお目にかかります。フォンティーヌ領主カトレア様の命により此度の事件の解決に派遣された自由騎士、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガと申します」
才人の挨拶に貴族の青年はおお貴方があの噂の、と顔を輝かせた。今回は貴方一人なのですか、という問い掛けに、彼はいやぁと頬を掻いた。
「今日のところは、といった感じですね。仲間も何かあったらすぐに駆けつけてくれるでしょうから」
そう言いながら、よくご存知ですねと苦笑する。才人のその言葉に、青年は有名ですからねと微笑んだ。
「有名、ですか」
ちらりと視線を落とす。ふう、と小さく息を吐くと、そうなると余り迂闊なことは出来ませんねとおどけてみせた。ちょっとした火遊びも出来やしない。そう続けて、貴族の青年に向かいニヤリと笑う。
その発言の意味に気付いたのか、青年は楽しそうに笑った。成程、確かに貴方は噂通りの人物のようだ。そんなことを言いながら、まずは事件の話をしましょうと姿勢を正す。
「ええ。気の抜けた話はその後、ということで」
笑みを浮かべたまま才人はそう述べ、では改めてと聞き取りを開始した。
青年曰く、事件のあった日は殺されたメイドともう一人で庭掃除をしており、その時は何か変わったことは何もなかったらしい。精々風が強かったくらいだろうか、と少し考え込むようにそう呟いた。
「それで、その、もう一人のメイドというのは?」
それはそこにいる彼女です。そう言って青年が指差したのは先程才人を案内した少女である。少し薄めの金髪は肩辺りまで伸ばされ、さらりと流されている。胸は先程彼が確認したように大きく形も良い。目鼻立ちも整っており、貴族の令嬢と言われても頷いてしまうようで。ハリのあるヒップとそれを覆う薄紅色の下着の印象も強い。
まあつまり、才人にとって割りと好みであった。
「ミスタ。よろしければ、彼女から話を聞いても……?」
才人の申し出に、構いませんと青年は頷く。そうしながら、そっと彼に耳打ちするように顔を近付けた。
もしよろしければ、後で火遊びをしても構いません。思わず鼻の穴を広げてしまった才人を見て、そう述べた青年は少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべた。
「いやでも、彼女はその、発見者なのですよね?」
おずおずとそう尋ねると、青年はだからこそですと返す。彼女を癒やしてやって欲しい。そう言って彼は頭を下げた。
癒す方法がそれでいいんだろうか、と才人は思わないでもなかったが、しかし据え膳喰わぬは男の恥とも言うしなと思い直す。何よりあの体を好きに出来るチャンスを逃すのは流石に思春期真っ只中の少年としてありえない。
「分かりました。俺で出来ることは、やってみましょう」
ありがとうございます、と青年は右手を差し出す。それを握り返し、では少し彼女をお借りしますねと才人は立ち上がった。よろしくお願いします、と青年は再度頭を下げる。
「じゃあ、その、ちょっと、イイカナ?」
事件の聞き込みをするとは思えない何だか色々と誤魔化したような口調で、才人はメイドの少女の手を取る。少しだけビクリと反応した少女は、しかし照れたように俯くと分かりましたと呟いた。
では、こちらに。そう言って案内されたのは来客用の部屋である。どうやら事件の調査の間ここを使っていいらしい。至れり尽くせりだな、と机の傍らに荷物を置くと、じゃあ早速とメイドの少女を見た。
はい、と少女はエプロンに手を掛ける。
「いや待った! 早い! 色々段階すっ飛ばしてる!? 俺がまずやらなきゃいけないのは、調査だから」
服を脱ごうとする少女を慌てて押し留め、才人は一息でそう述べると肩を落とした。俺ってそんなにがっついてるように見えるかな。そんなことを呟き、そして同意が返ってきたように溜息を吐いた。
「とにかく。まずは事件を進展させなきゃいけない。じゃないと……君も安心出来ないだろう?」
才人の言葉に少女は目をパチクリとさせ、薄く微笑むとありがとうございますと頭を下げた。気にするな、とそんな少女に手をヒラヒラとさせ、じゃあ早速と先程と同じ言葉を述べる。
「色々教えてくれよ、助手さん」
はい、と少女は力強く返事を返した。
いやぁ、原作沿いだと話分かっちゃいますよねぇ