ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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いつになく学園モノ


その3

「マスター。駄目……」

「何がだい? 君は僕の護衛だろう? だったらきちんと言うことを聞かなければ駄目じゃないか」

「……違う。こんなの……」

「違わないさ。僕の望みを満たさなければ、君の仕事は果たされない」

 

 ぐい、とギーシュは少女の足を掴む。無理矢理その足を広げ、彼女がひた隠しにしていたその部分を顕にした。羞恥で顔を赤くし、彼から視線を逸らしたが、ギーシュはそんな彼女を無理やり向き直らせる。

 

「いやっ……やだっ……」

「いけない娘だ。僕の顔をしっかりと見るんだ。君の大事な部分をこうして弄っている、僕の顔をね」

 

 淫靡な水音が部屋に響く。ゆらりとランプの火が揺らめいたが、それを気にする者は誰もいない。

 

「ふう。そろそろいいかな」

「……マスター……やめて……おねがい……」

「今更何を言っているんだい? これが初めてでもないだろう?」

 

 ギーシュは少女に体を密着させる。涙を流しながら抵抗しようとするが、そうして拒絶した結果どうなるかを彼に何度も吹き込まれているため、その勢いは次第に弱まっていった。

 ぎしり、とベッドの軋む音がする。それはその上にいる二人が激しく動いているからなのか、それとも。

 

 

 

 

 

 

「そういうわけだろう!? この鬼畜が!」

 

 びしり、と指を突き付けてマリコルヌが叫ぶ。カレンデュラをギーシュが無理矢理犯しているという想像を彼から聞かされた一行は、何とも言えない顔で視線を彷徨わせていた。各々の心情は個々で違う。

 その中で一人だけ同意するように頷いていたのはギムリであった。こいつはやはり始末せねば、と決意を持ってギーシュを睨みつけている。

 

「とりあえずこの場合怒るのは根も葉もない卑猥な想像の対象にされたカレンだと思うけど」

「後は、ギーシュ、貴方もね」

 

 ギーシュの言葉に呆れたようにルイズが付け加える。モンモランシーはもう何も言うことはないとばかりに机に突っ伏していた。

 

「平気?」

「……貴女の方が多分問題よ」

「平気」

 

 カレンデュラの励ましなのかなんなのか分からない言葉にそう返し顔を上げたモンモランシーは、別段表情の変わっていない彼女を見て溜息を吐いた。まだそういう部分は疎いのかな、とそんなことを思った。

 

「理解」

「ん?」

「理解。認識」

「分かってるのに、平気なの?」

「……マスター。相手。無抵抗」

 

 ガタン、と思わず立ち上がった。今こいつなんつった。そんなことを思いながらカレンデュラを見詰めたが、彼女は変わらず無表情である。動揺している素振りも見せていないので、モンモランシーとしてはその真意が分からない。

 とりあえずギーシュの一部とも言える存在であるのだから、その辺りの葛藤はないのだろうと無理矢理に結論付け、それよりもと視線を向こうの馬鹿共に戻した。ルイズがお前はお前で何やってんだという目で見ていたのは無視をした。

 

「で、君は僕をどうする気だい?」

「はぁ!? 決まってるだろう? というかさっき言ったぞ、ぶちのめす、とね」

「そうか」

 

 マリコルヌの言葉を聞き、ギーシュは迷うことなく杖を抜き放った。もう面倒だからとっとと始末しよう。そんな表情であった。

 その動きに身構えたのはギムリだ。マリコルヌは完全に頭が沸いているのであの状況でも突っ込んでいくだろうが、自分はそうではない。そんな認識を持っていた彼は、このままではあれと一緒にまとめて屍にされると冷や汗を垂らした。この間の一件で、彼が普通のドットメイジの枠には当てはまらないことを分かっているからだ。

 

「ギーシュ……あのゴーレムをおれ達に使う気か?」

「へ? ……いや、カレンがいるのに使えるわけないじゃないか」

 

 既に顕現している以上、ギーシュは『ワルキューレ』を喚び出せない。そういう意味合いで彼は述べたが、勿論そんな真意を事情を知らない他の面々が知るわけもなく。

 え、とレイナールは怪訝な顔を浮かべた。カレンデュラを見て、そしてギーシュを見る。キュルケも同じ結論に達したのか、若干引き気味にギーシュを見た。

 

「無許可なのかよ……」

「流石のぼくもそれはちょっと……」

 

 ギムリとマリコルヌも同じ答えを導き出したのか、先程とは違うベクトルの目で彼を見始めた。嫉妬の視線ではなくなったが、その代りに何だか危ない者を見る目に変わっている。

 

「……違うわよ? ちゃんと知ってるから、ただ彼女の前で出さないっていう条件付きなだけだから」

「ん」

 

 何でわざわざこんなフォローを自分がせねばならんのだ。そんなことを思いながらルイズは四人にそう告げた。深窓の令嬢の言葉ならば説得力も増し、なによりカレンデュラが頷いたのでなんだそういうことかとキュルケとレイナールは胸を撫で下ろす。危うく知り合いが変態になるところだったのだ、その反応は間違いではあるまい。

 そうなると残るは馬鹿二人である。なんだそれなら問題ないな、と再度ギーシュを睨み付けると、奥の手が使えないやつなど怖くないとばかりに態度を大きくし詰め寄り始めた。

 

「ギーシュ。こっちは二人、お前は一人。どうなるかは分かり切っているな」

「そうだぞギーシュ。大人しくぼくに跪き謝罪をするがいい!」

「……」

 

 どうして自分はこいつらと友人をやっているのだろう。そんなことをギーシュが思い始めたその時である。

 パンパン、と手を叩く音がした。その方向に目を向けると、モンモランシーが呆れたような顔でギーシュ達を眺めている。その隣では、カレンデュラがいつの間にか大剣を取り出し構えていた。

 

「カレン。もうちょっと待ってなさい」

「ん」

 

 モンモランシーの言葉にカレンデュラは構えを解く。が、武器は持ったままなので状況次第では再び臨戦態勢を取るのだろうということはこの場にいる誰もが理解した。そして、その場合攻撃されるのが誰なのかということも。

 

「ギーシュ、お前卑怯じゃないか!」

「いや、彼女は護衛としてギーシュの傍にいるんだから極々当たり前だと思うよ」

 

 後ずさったマリコルヌにレイナールが冷静なツッコミを入れる。そうしながら、モンモランシーに声を掛けた。一体何を言おうとしていたのか、と。

 それを聞いた彼女は肩を竦める。このままでは埒が明かないから、と溜息を吐く。視線を机の上に置いてある教本に向けると、モンモランシーはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「明日の補習で、勝負したらどう?」

 

 

 

 

 

 

 補習の担当教諭を代わってくれ、と急に頼まれたコルベールは困惑していた。補習を受けるのだからある程度の問題児なのは承知の上であるにも拘わらずその態度が解せなかったのだ。何より、今回の補習を受ける生徒の中にはあのヴァリエール公爵令嬢もいる。アンリエッタ姫殿下との謁見や自身の病弱のために少しだけ出席日数が足りないという理由ではあるが、少なくとも彼女がいる中で問題を起こす生徒がいるとも思えない。

 ともあれ、仕方ないと教室の扉を開けた彼は、その中の空気を感じ取り眉を顰めた。

 

「……都合により、次の補習は私が担当します」

 

 成程、これは仕方がない。そんなことを内心で思ったコルベールは、しかし取り乱すことなく授業を開始した。学院にいる厄介事を避けて通る大多数の教師とは違い、彼は出来るだけ誠実であろうと努める人物であったからだ。

 何より、この空気に近いものを知っていたからだ。

 

「――と、いうわけですが。ここまでで質問は?」

 

 教室を見渡す。大半の生徒はただ流す程度に話を聞いているようで修了試験が若干心配ではあったが、それはそれだ。駄目ならば二回目三回目と続けて学ばせるしかない。他の教諭がやりたがらないのであれば自分が担当するのも吝かではないのだ。

 それはそれとして、問題は。そんな生徒ですら距離をとっているあの一角である。なにやら鬼気迫る表情で授業を聞いているあの面々だ。

 

「ミスタ・コルベール」

「はい、なんですか?」

「先程の部分ですが、少し――」

 

 生徒の質問に、彼はふむふむと頷きながら答えていく。ここまで熱心に聞いてくれるのは教師冥利に尽きるのだが、しかし纏う空気はどうもおかしい。まるで戦場の兵士ではないか。そんなことを思い、考えすぎかと頭を振った。

 何せ、そこにいるのは深窓の令嬢だ。あのミス・ヴァリエールが何故そんな状況の中にいなければならないのか。

 

「では、再開します」

 

 ちらりと視線を動かす。何事もなく授業を聞いているルイズの後ろにいる男子生徒が原因だろうと当たりをつけたが、何故そうなったかまでは分からない。ただ、ルイズの隣にいるモンモランシーのそのまた隣の男子生徒がげんなりした表情をしていることから、彼はそれなりに状況を推測した。

 補習を勝負の場にするというのは、何とも学生らしい。生徒達に見えないよう苦笑したコルベールは、ではしっかりと授業をせねばと教本を持つ手に力を込めた。

 そうして彼の授業が終わりを告げる。この後補習の修了試験を行い、それに合格したものは晴れて補習完了となる。これで勝ち負けを決めるのだろうと予想していたコルベールは、件の彼等に試験用紙を渡す際思わず笑みを浮かべてしまった。

 

「どうされました? ミスタ・コルベール」

「ああ、申し訳ないミス・ヴァリエール。いや、何、非常に真剣に取り込んでくれているな、とね」

 

 コルベールの言葉にルイズは横にいるギーシュを見て、そして後ろで鬼気迫る表情でペンを持つギムリとマリコルヌを見る。やっぱり分かってしまいますか、と苦笑した彼女に、彼は同じく苦笑することで返答とした。

 

「あまりこういう言い方はしたくはないが……彼等は、あまり真面目に勉学をする生徒ではないからね」

「でも、きちんと勉強をすればちゃんと理解をする人ですよ」

「ああ、分かっているとも」

 

 そう言いながら、自分と同じように彼等を見ているのだと理解したコルベールは嬉しくなって笑みを浮かべた。流石は公爵令嬢だ、と彼女の評価を上げた。

 ではわたしも試験問題を解きます。そう言って会話を打ち切ったルイズは、問題文を見て迷うことなくペンを走らせる。ほどなくして解答欄を全て埋めた彼女は、問題の見直しを済ませると息を吐いた。素の彼女ならば頬杖をつくなり居眠りをするなり出来るのだが、学院のこの場では不可能。どうしようかと暫し悩んだ結果、もうコルベールに試験用紙を渡してしまうことにした。勿論流石はミス・ヴァリエールと称賛される。いい加減慣れたが面倒くさい、とルイズは心の中で盛大に溜息を吐いた。

 

「さて、と」

 

 これで教室を出ても問題はない。が、彼女は先程まで座っていた席に戻ると件の三人を見守るように視線を動かした。あれ楽しんでるな、とモンモランシーは肩を竦め、自分も終わったのでとコルベールに試験用紙を提出する。

 

「ねえ、モンモランシー」

「何よ」

 

 そうした後同じように席に戻った彼女に向かい、ルイズが小声で問い掛けた。結局どっちが勝つと思うのか、と。

 はぁ、と溜息を吐いたモンモランシーは、決まっているとばかりの視線をルイズに向ける。出席日数不足で補習になったのはルイズの他に二名。自身と、そしてギーシュだ。

 

「普通に考えればそうだけど」

「何かあるの?」

 

 ちらりとマリコルヌとギムリを見る。鬼気迫る表情で問題を解いていくその姿は、死に場所を見付けた騎士にも親しい感覚がした。気のせいである。

 

「やっぱり普通にギーシュが勝つかしら」

「当たり前よ」

 

 いや聞こえてるんだけど、とギーシュは何とも言えない表情で回答の見直しを行っていた。幸いにして問題を解いて彼に勝つことしか頭にない後ろの席の二人には聞こえていないようだが、そこまで集中していないギーシュには丸聞こえである。美少女二人に信頼されているのは男として喜ぶべき状況なのだろうが、いかんせん相手が相手だ。惚れている相手にそんなことを言われると彼も照れるし、あの見た目だけは極上の悪友にこうして認めている発言をされるとこそばゆい。

 いかんいかん、と頭を振った。ここで油断してミスをした結果あの二人に負けるようなことがあってはモンモランシーとルイズを失望させることに繋がるし、グラモンの家名に傷も付きかねない。何よりあの馬鹿二人に負けるのは流石にプライドが許さない。

 時間だ、というコルベールの声に顔を上げたギーシュは、席を立ち試験用紙を教壇に持っていく。彼からそれを受け取ったコルベールは、うむと頷くと他の補習の生徒とは違う場所に置いた。

 

「……ミスタ・コルベール」

「どうしたのかね?」

「いえ、何故そこに?」

「勝負の結果はすぐに分かった方がいいだろう?」

 

 そう言って笑った彼を見て、ギーシュは思わず吹き出した。何だこの先生、思っていたよりお茶目じゃないか。そんなことを考えながら、ではお願いしますと頭を下げた。

 同様に提出に来たギムリとマリコルヌの答案も脇に置き、では今日の補習はここまでだと宣言する。疲れたと口々に言いながら教室を出ていく他の生徒達を横目で見ながら、コルベールは即座に分けておいた答案の採点にかかった。

 出ていく生徒達と入れ替わりに別の誰かが教室に入っていくる。一人はコルベールもよく知る生徒、レイナール。そしてもう一人は彼のあまり見覚えの無い少女であった。年齢こそ生徒と同じくらいではあるが、服装も学院の制服ではなくゴシックドレスである。

 一瞬怪訝な表情を浮かべたが、その二人がギーシュ達へと近付くとそういうことかと納得したように頷いた。そういえばグラモンの護衛の少女が学院にいるという話をオールド・オスマンから聞いたような、と記憶を探った。

 そうこうしているうちに採点は終了である。ついでにルイズとモンモランシーの採点も済ませ、残りの生徒は後日渡すので後回しと箱に仕舞い。

 

「では、発表をしよう」

 

 そんな言葉を述べたことで件の面々がこちらへとやってきた。鼻息の荒いマリコルヌとギムリを押し留めながら、まずは、と女性陣二人の答案を返却する。

 

「ミス・ヴァリエールは流石といったところですかね」

 

 文句のつけようのない満点だ、とコルベールは微笑む。ありがとうございますと頭を下げたルイズは、答案を受け取るとちらりとモンモランシーを見た。

 ほんの少しだけケアレスミスのあったモンモランシーの答案を眺め、彼女はほんの少しだけ勝ち誇った顔をする。こんにゃろう、とモンモランシーは頬をひくつかせた。

 

「っと、まあそれはいいわ。問題はこれからよ」

 

 コルベールと男子三人に視線を向ける。こほんと咳払いをしたコルベールは、ほんの少しだけ迷う素振りを見せた後、同時に返却しようと杖を振った。手渡しするより手っ取り早いと考えたらしい。

 ふわりとギーシュ、マリコルヌ、ギムリの眼前に試験用紙が飛んでくる。それを受け取った三人は、そこに書いてある数字を眺め、そして他の二人を見た。

 

「じゃあ、行くぞ」

「ああ」

「どんと来い」

 

 ギムリの合図の後、三人は回答を皆に見えるように広げる。丸の数、バツの数。それらを見比べ、そしてその結果である点数を確認し。

 

「……何、だと」

「そ、そんな……」

「ふぅ……」

 

 ガクリと膝をつく二人の男子生徒と、安堵の溜息を漏らす一人の少年という図が出来上がった。

 まあ結局普段の勉強の差だよね。そう言って追い打ちをかけたレイナールに、敗北者は打ちのめされたとか何とか。

 

「マスター」

「ん?」

「勝利。歓喜。ぶい」

 

 無表情ではあるが、どこか嬉しそうにVサインをするカレンデュラを見て、ギーシュは思わずその頭を撫でる。

 その顔は何とも愛おしいものを見るようで。モンモランシーがむくれたのはここだけの話である。




あれ? 平和じゃね?

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