ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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女子会かと思った?
残念! 姫さまでした!

……思ってるわけないな


その2

「では、これで商談成立ということで」

 

 そう言って前髪で片目を隠した女性は立ち上がる。その横で同じように座っていた眼鏡の少女も続いて立ち上がり頭を下げた。そんな二人に商談相手である男はいやいやと手を振る。こちらこそ良いものを頂いたと笑う。

 

「しかし、よろしいのですかな?」

「ええ。その『持ち主』も貴方様でしたら是非、と仰っていましたから」

 

 男のその言葉に女性はそう返し、出口へと向かうために踵を返した。彼はそんな彼女の背中を見ながら、今の言葉の意味を反芻し、成程と頷く。

 

「失礼ながら、『博物館(ミューズ)』殿。それはつまり、この私が好きに使う許可を与えられたと見ても?」

「――ええ。貴方が、新たな総司令官となってもいい。そういうことですわ」

 

 これまでと同じように運用しても良し、今までとは違う使い方をしても良し。全ては自分の好きなように。そう言って女性は微笑んだ。

 男はそれを聞いて笑みを強くさせた。ならばこちらの好きなように使わせていただく。そう述べると、屋敷の主であるにも拘わらず二人を入り口まで見送るために同行した。自分なりの誠意であるらしい。

 扉を開け、二人は改めて男に頭を下げる。ではごきげんようリッシュモン様、と女性は言葉を紡ぐ。

 そうしてリッシュモンとその使用人達に見送られながら、二人は彼の屋敷を後にした。トリステインの大通りに続く道を歩きながら、大貴族が住む高級住宅街を眺める。この中のどれだけが汚い金で出来ているのだろうか、そんなことをふと思った。

 

「……ふぁぁぁ。もう嫌」

「頑張って」

「これ以上頑張れと!?」

「そういう意味じゃない、落ち着け」

 

 そろそろリッシュモンの目も無くなっただろう、その辺りで女性は力を抜いた。先程までの怪しげな雰囲気は霧散し、ただただ情けない空気を纏った残念な女性がそこに一人。そんな女性を見ながら眼鏡の少女はやれやれと溜息を吐いた。まあ仕方ないだろうけど、とついでに思った。

 

「それで、シェフィールド」

「はいはい何ですかタバサ様」

「……あいつで大丈夫なの?」

 

 あいつ、とは先程指輪を渡したリッシュモンのことである。かつてアカデミー実験小隊を束ねていた胴元にして、国に対する忠誠心など微塵も持ち合わせていない金と権力の亡者。かつてクロムウェルが語っていた『レコン・キスタ』を率いるに相応しい性根の腐った人物であることは間違いないが、しかし。

 

「ああ、アニエスの件ですか」

「一応本人は納得しているといえばしているけど」

 

 ううむ、とタバサは難しい顔をする。どうせ使い潰す前提の軍勢のお山の大将に据えたところでどうにかなるものではないが、それでも復讐相手をみすみす生かすというのは。

 そんなあまり表情の変化がないようでその実割とコロコロ変わる少女を眺めていたシェフィールドは、苦笑すると大丈夫ですよと彼女に返した。ひらひらと手を振りながら、どこか楽しそうに言葉を続ける。

 

「これで軍勢ごと打倒されればプライドと命が両方すり潰されるから問題なし、惨めに逃げたらそこをじわじわと嬲り殺すからまた一興。こないだそんなこと言ってました」

「そんなもの?」

「勝手に死ぬのは気に入らないけど、自分達の手の平で踊って死ぬのは有りってことなんじゃないですかね」

 

 ふぅん、とタバサは彼女に返す。リッシュモン自体は自分達にとっては路傍の石程度にどうでも良い人物である。だからアニエスの、仲間の糧となるのならばその道を選ぼうと思っていたのだが。

 これ以上考えても仕方ない、と彼女は思考を切り替えた。仕事自体はこれで終わった。後は素直に戻るか、寄り道するか。

 

「……シェフィールド」

「あー……はい、私も今気付きました」

 

 ぴくり、とタバサは反応し杖を構えた。シェフィールドも腰に付けている小箱の蓋を開け、いつでも取り出せるように準備をしている。

 そんな二人の目の前に、一組の男女が歩いてきた。男の方は何とも不思議な格好をした剣士。自分達の仲間である春奈の服装と通じるものがあるその少年を眺め、そして隣に目をやり動きを止める。多少普段遣いとして動きやすいものを選んでいるとはいえ、その生地や作りで最高級品であることが一目で分かるほどのそれを纏い、そしてこれ見よがしに光るティアラが自己主張をする。

 

「……アンリエッタ姫殿下」

 

 タバサが呟いた。彼女の言葉でやっぱりそうだと確信を持ったシェフィールドは思わず小さく悲鳴を上げる。現在自分の格好はこの間遭遇した時とは違い悪役の女幹部ルックではなく落ち着いた色のスカートとベストで、悪役化粧も施してなければ髪型だって前髪片目隠しのサイドポニー。共通点はまるで見当たらないのだから、ある程度誤魔化しは効かないでもないような気がする。

 そんなことを思いつつ、しかしタバサの後ろに隠れた。どうでもいいがシェフィールドの方が背が高いので丸見えである。

 

「ごきげんよう。あまり見掛けない顔ですが、こちらに住む貴族の誰かにご用事が?」

「そんなところです」

 

 アンリエッタの言葉にタバサは簡潔に返し、ではとそのまま去ろうとした。何もやましいことなどしていない、と言わんばかりに、堂々と通り過ぎようとした。

 そうして二人とすれ違い、互いに背中合わせになったところで、アンリエッタはクスリと笑う。その用事というのは、『レコン・キスタ』に関係するものなのですかと二人の背中に問い掛ける。

 

「さて、なんのことやら」

「あら、それはごめんあそばせ」

 

 タバサの惚けたような言葉に、アンリエッタは軽い謝罪をしながらクスクスと笑う。何がそんなにおかしいのか、と怪訝な表情を浮かべたタバサは、しかしここで乗せられれば向こうの思う壺だろうと振り向くことなく足を動かした。

 

「いえ、そちらのお連れ様がこの間『レコン・キスタ』所属であると仰っていたもので、てっきり」

 

 ビクリと肩を震わせた。そんなシェフィールドをこの馬鹿と心の中で罵倒しながら、人違いでしょうとタバサは尚も惚けた。風と水のメイジである彼女は、空気の流れで相手の挙動を感じ取れる。言葉こそ挑発しているが向こうは今の所こちらを害する気配はない。ならば自分達の取るべき行動はこれだ。そう言わんばかりに、彼女はアンリエッタの言葉を受け流しながら歩みを進めた。シェフィールドもビクビクしながらそれに付き従い、段々と距離は離れていく。

 

「死ぬかと思った……」

「大げさ」

「大げさじゃないですって。姫殿下に気が向いてたけれど、あっちの男自由騎士団の団長でしたよ!?」

「……あれが?」

 

 ヴェルメーリヨと春奈が戦ったという例の騎士団。人らしい人のいないという化物の集まり。そして、どうやら春奈の知り合いらしいという団長の少年。

 

「あまり強そうに見えなかった」

「そうですよね。でもあれで何だか分からないけど強いんですよ! 私あいつに二回作戦潰されてますから!」

「ベルもやられたんだったっけ……」

 

 今度会ったら絶対ぶっ倒す。拳を握りながら力説するヴェルメーリヨを思い出し、先程の少年の顔を思い出した。

 

「分からない……」

「見た目は絶対アレですもの」

 

 

 

 

 

 

 振り向くことなく去っていく二人を気配だけで確認していたアンリエッタと才人は、それが薄れていくのを確認した後息を吐いた。アンリエッタは軽く、才人は疲れたと言わんばかりに、である。

 

「てか姫さま、見逃してよかったのかよ」

「ええ。今の所、()()()は何かをしていたわけではありませんから」

「さいですか……」

 

 それはつまり別の誰かは何かをしているということなのだろうが、彼はそれを追求しなかった。恐らくそれはアンリエッタが気持ちよく動けるようにするためなのであろうということも何となく察しが付いたからだ。

 

「それに、あの二人。かなりの手練でした」

「あー……ちっさい方はともかく、もう片方のとは一回やりあってるからその辺は分かりますよ」

 

 アンリエッタが言わなければ自分は気付かなかったが、どうやらこの間のアルビオンの一件で戦った悪役女幹部みたいな格好をしていた女性のことを改めて思い出し眉尻を下げる。十号がフォローしてくれなかったら大ダメージを負っていたかもしれないあの時を思い出す。

 

「あ、でも姫さまいるし」

「向こうも、もう一人いたでしょう?」

「……何か、ヤバそうだったな」

 

 アンリエッタに言われて改めて思い浮かべる。今は立ち振舞のみでしか判断出来ないが、それだけでも只者ではないことを感じさせた。彼の中の評価では、あれはまるで。

 

「わたくしやルイズに近しいものを感じました」

「いや、流石にそこまでぶっ飛んでは――」

「本人の目の前でなかなか言いますね」

 

 クスクスとアンリエッタは笑う。すんませんでしたと頭を下げる才人を見て笑みを強くさせた彼女は、ともかく現状は不干渉だと再度結論を述べた。

 しかしそうなると解せないことがある。首を傾げながら、しかし何となく予想が付きながら、それでも才人は彼女に尋ねた。だったら何でここに来たんですかと問い掛けた。

 

「この目で確かめてみたかったのです」

「ですよねー」

 

 物言いはしない。実際会って、そして先程の会話をして。彼女の理由は彼もよく理解出来たからだ。

 ともあれ、目的を達成した以上ここに留まる理由もなし。じゃあ帰りますかと才人はアンリエッタに述べた。高級住宅街のとある方向を――リッシュモンの屋敷のある方を眺めていたアンリエッタは、彼のその言葉にそうですねと頷いた。

 

「今のサイト殿の立場は王女の護衛騎士。きちんとエスコート、よろしくお願いしますね」

「分かってますって。その辺『地下水』に口酸っぱく言われてますから」

 

 王宮に向かうまで、そんなやり取りをしながら二人は歩く。そうして目的地に辿り着き、王宮内を揃って歩き、もうこの辺でいいかなという才人の言葉にアンリエッタがそうですねと頷き。

 

「あら、随分と早かったのね」

 

 現れた相手に二人は動きを止めた。才人は思わず顔が引きつり、何でここにいるんだよという態度を隠そうともしない。対してアンリエッタは弾けるような笑みを浮かべ、待っていたのだと言わんばかりにそちらに駆け寄る。

 

師匠(せんせい)! もう来てらしたのですね」

「ええ。可愛い生徒の頼みだもの」

 

 アンリエッタ言葉にその相手は、修道服で露出が抑えられているにも拘わらず得も言われぬ色気を漂わせた金髪の修道女は柔らかく微笑む。駆け寄ってきた彼女の頭を軽く撫でると、視線を少し離れた場所にいる才人に向けた。

 

「随分な顔ね」

「いや、それは……俺、ノワールさん苦手なんですよ」

 

 誤魔化してもしょうがない、というか意味がない。そう判断した才人は素直にぶっちゃけた。当然向こうも知っていることなのだが、という前提のその言葉を聞いた彼女は、ええそうねと笑みを浮かべたまま軽く流す。

 そうしながら、アンリエッタの傍から才人の方へと移動した。

 

「私は、サイト君嫌いじゃないわ」

「いや別に俺も嫌いってわけじゃなくて」

「そうよね。今も……ここに手が伸びかけているもの」

 

 す、と才人の手を自身の豊かな胸部へ誘導させる。むにゅり、とノワールの乳房に手を押し付ける形になった彼は目を見開き思い切り後ずさった。ついでに叫んだ。

 

「今めっちゃそっちで押し付けましたよね!?」

「あら、サイト君はこういうの嫌い?」

「大好きです! でもそうじゃなくて!」

 

 クスクスとノワールは笑う。本当に面白いわね、と口元に手を当て上品に笑った彼女は、視線を再度アンリエッタに向けた。面白そうに眺めていた彼女へと向けた。

 話を変えましょうか。そんなことを言いながら、ノワールは再度アンリエッタの方へと一歩詰め寄った。

 

「今回、私を呼んだ理由は?」

「ミスタ・ビダーシャルとカトレアさん、エレオノールさんとの会談に出席をお願いいたします」

 

 既に分かっていることなのは間違いない。が、それでも敢えて聞いたということは、つまりこの答えだけでは不十分だということに他ならない。それを分かってはいるが、アンリエッタはあえてそれだけを述べた。勿論ノワールもそれを承知で、そうだったわね、とどこか惚けた様子で頷いている。

 

「それにしても。私のような得体の知れない修道女(シスター)を呼んで、エルフと会談するだなんて。さぞ反対の声が大きかったのでしょうね」

「ええ。ですから、それを周囲に伝えることはしていません」

「あらそう。じゃあ、内緒なのね」

「人の口に門戸は立てられませんが」

 

 そう言ってお互いクスクスと笑う。ではそういうわけなのね、というノワールにええそうですと返したアンリエッタは、そこで止めていた足を動かした。改めて目的地まで向かおうと二人に述べた。

 

「……やっべぇ。何言ってるか全然分かんねぇ」

 

 今の会話に一体何の意味があったのか。それを才人は理解出来ない。とりあえずこれからの話し合いは王宮の皆が知っているわけではないということだけは何とか分かった。

 そうして会談の場となっている会議室の一つへと足を踏み入れる。扉を開けると、既にそこにいた面々がちらりとこちらを見た。才人にとっては見慣れた面々と既に知っている人物しかいないので問題はない。部屋にいる面々も大凡が同じである。ノワールを見た時の反応が若干違うくらいであろうか。

 

「……この国は、いや、もう考えるのはやめよう」

 

 そして彼女を知らなかった唯一人であるビダーシャルは、ノワールを見て、そしてその存在を確認し、どこか諦めたように溜息を吐いた。一番人間から縁遠い者の割合が濃いトリステインであるからこそ、こうしてエルフの自分が気兼ねなくここにやってこられる。そう思うことにした。

 

「はじめまして、エルフの紳士様。わたくし、ここトリステインに住まうしがない修道女で、名をカリーヌと申します」

「あ、ああ。ビダーシャルだ。……カリーヌ?」

 

 どこかで聞いたぞ、と記憶を探る。すぐに答えが弾き出され、彼は思わずカトレアとエレオノールを見た。前者は笑顔で、後者は溜息混じりで頷いたので、ああそういうことかと彼は納得した。

 

「あの場所の……ヴァリエール公爵領の者だな?」

「ええ。流石は聡明でいらっしゃるわ」

 

 クスクスと笑うノワールを見て、ビダーシャルはとある二人を連想した。片方は前回も今回も最初に謁見した人物で今ここにはいない女性。もう一人は前回も今回もこれから色々と自身を巻き込むであろうここにいる少女。

 

「では、わたくしの所用も終わりましたし、師匠もいらっしゃったので」

 

 お待たせして申し訳ありませんが、始めましょうか。そう言いながら席に着くアンリエッタをビダーシャルは見やる。今彼女はあの女性を何と呼んだのかを反芻する。そうして、ああやはりかと納得した。

 

「色々と巻き込んでしまい、申し訳ありませんミスタ」

「いや、こちらも以前そちらに迷惑を掛けてしまったからな」

 

 エレオノールが深々と頭を下げるのを見て、ビダーシャルは思わず恐縮してしまった。これまで出会ってきたトリステインの面々と比べて、そのとてつもない普通さに面食らってしまった。ああ、彼女のような人物がいるからこそ、この国はバランスを保っているのだな。そんなこともついでに思った。

 彼は失念している。エルフを微塵も嫌悪せず、同じように接し頭を下げることの出来るような『普通』を有している人間は、ハルケギニアでは決して普通ではないことを。




野生のラスボスがあらわれた!

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