ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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最初はそうならないように、と気を付けていたつもりだったけれど
いつの間にか前作と同じくらいパワーインフレしてきた気がする


その4

「ん?」

「あ」

 

 応急の廊下で壁にもたれかかりぼんやりとしている男をワルドが見付けたのは、アンリエッタが会議を始めてから暫く経った頃である。彼はそのことを知っていたわけではないが、その人物を見て大体のことを察した。

 

「何だ、追い出されたか?」

「うるせー。追い出されたんじゃない、逃げたんだよ」

「威張って言うことか」

 

 やれやれ、と肩を竦めたワルドは、それでと話を促すように言葉を紡ぎつつ彼の隣へと移動した。同じように壁にもたれかかると、ふぅと短く息を吐く。

 

「仕事はいいのかよグリフォン隊の隊長」

「その言葉はお前にそっくりそのまま返すぞ自由騎士団の団長」

 

 沈黙。お互い天井を見上げると、耐えきれなくなったのか吹き出した。顔を合わせることはなく、しかし同じように笑っていた二人は、息を整えると前を見る。やはりお互いの顔は見なかった。

 

「なあワルド」

「何だ? サイト」

「今回の会談、どういう意味があったんだ?」

「知らされてないのか?」

「これっぽっちも。何か姫さまとノワールさんが意味深な会話をしてるのは聞いたけど」

「意味深な会話、か」

 

 どんなのだ、というワルドの問いに、覚えてたら苦労しないと才人は返す。そうは言いつつ、そこまで時間の経っていない出来事ではあったので何とか大雑把に記憶を掘り起こした。

 それを聞いたワルドは、小さく笑う。まあそうだろうな、と肩を竦める。

 

「どういうことだよ」

「今回の会談は、事前に王宮には知らされていない」

「は?」

「が、箝口令が敷かれているわけでもない」

「それってちょっと調べりゃすぐ分かるじゃねぇか」

「それが狙いだ」

「は?」

 

 曰く、アンリエッタ達は言いはしないが聞かれたら答える程度の秘密具合であったらしい。それをするほど彼女等に近しいものはそこである程度の意図を察し、そうせずに調べるものは王女の暴走を聞き不満を募らせる。そして後者の中には、これを機に良からぬことを実行に移そうとする輩も出てくる。

 

「わざと怒らせて襲ってきたら嬉々として返り討ちにして毟り取るって……」

「そういう方だ、諦めろ」

「いやまあ知ってたけど」

 

 つまり今この瞬間にもそういうことを企んでいる輩がどこかにいるかもしれないのだ。溜息を吐き、肩を落としながら才人はほんの少しだけ周囲に気を張り巡らせた。

 今の所、何かをしでかすほどの敵意はない。アンリエッタの暴挙を良く思わない貴族達の不満の視線と、異民族の平民上がりの騎士である自分に対する侮蔑の視線程度だろうか。

 

「……ん?」

「どうした?」

「いや、何か変な視線というか気配が」

 

 才人の言葉を遮るように、一人の少女がずんずんとこちらに歩みを進めてくる、マントを見る限り魔法衛士隊の、グリフォン隊所属であることは間違いなさそうであったが、しかし。

 

「隊長! ここにいらしていたのですか」

「……ああ。どうしたノエル」

「いえ、隊長が執務室におられなかったので、何かあったのかと」

「休憩も兼ねて、王宮を見回っていただけだ。そう気にすることでも」

「成程、流石は隊長です。常に騎士としての職務を忘れぬその姿勢、私も見習わなくては」

 

 ズビシィ、と騎士の礼を取ったノエルを見て、ワルドはあからさまにげんなりとした表情で視線を逸らした。その顔は、お前から離れたかったんだよ、というのがありありと見て取れる。

 そんな彼の顔はノエルに見えないように工夫されていたため、彼女自身は気付くことなくワルドから才人へと視線を動かす。こちらの方は、と首を傾げていたので、苦笑しながら彼は自身の名前と所属を名乗った。

 

「ら、ら、『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』の団長様!? 出会えて光栄です!」

「え? あ、うん。ど、どうも……」

 

 物凄い食い付きように、才人も思わず引く。そうしながら、自分はメイジでもない異国の平民上がりだけどな、と頬を掻きながらそう続けた。

 何故か更に目をキラキラとされた。

 

「そのような身分から、ヴァリエール公爵も認める騎士に……! 隊長の御友人はやはりそれだけの実力を持っておられるのですね!」

「待て、いつ誰がこいつの友人になった」

「ち、違ったのですか? こんな場所でお二人で話をしてらしたので、てっきり……」

 

 しゅん、と項垂れるノエルを見て、ワルドは何とも言えない表情を浮かべた。才人を見ると、俺に振るなという顔で首を横に振られる。はぁ、と溜息を吐くと、ガリガリと頭を掻いた。

 

「……友人、というのは間違いでもない。こいつはカトレアの側仕えだからな」

「公爵様の次女、カトレア様の? ……ああ、そういえば『美女と野獣』は正式にはフォンティーヌ自由騎士団でしたっけ」

 

 顔を上げたノエルがポンと手を叩くのを見て、そういうわけだと話を締める。分かりましたと力強く頷く彼女を見て、今ので一体何が分かったんだろうと才人は首を傾げた。

 壁にもたれるのを止めたワルドは、ではそろそろ行くかとノエルの頭を軽く叩く。はい、と全力で返事をする彼女を見て苦笑した彼は、ひらひらと才人に手を振った。

 

「そうだサイト」

「ん?」

「王宮でなくとも、城下町で姫殿下に関係するものを襲撃する、という可能性もある。気を付けておけよ」

「あいよ」

 

 尚、既に手遅れだということを、彼等は知らない。

 

 

 

 

 

 

 杖から生み出される水の呪文は、アトレシアの蔦による壁でほぼ全て阻まれた。それに不満げな表情を浮かべたジャネットは、こうなれば仕方ないかと髪を指でくるくると弄ぶ。

 

「ん? 観念した?」

「まさか。貴女相手には、少し真面目に行こうと思ったのよ」

 

 パチン、と杖を折り畳むと、それを腰のポーチに仕舞う。そうした後、ゆっくりと息を吸い、そして吐いた。

 一足飛びで距離を詰めたジャネットは、そのままの勢いを殺さずに回し蹴りを放つ。スカートがふわりと翻ったが、今のこの場にそれを見て騒ぐ男性陣は兄しかいない。

 

「ん、なっ……」

 

 腹にねじ込まれたブーツの衝撃で目を見開く。たたらを踏んだアトレシアは、攻撃を食らった位置に手をやり、そして更に顔を歪ませた。

 

「穴開いてる……ただの蹴りにしては痛いと思ったら」

「呑気ね」

「呑気じゃないもん! うー、だんなさまに見られたらまた何か言われちゃうよぉ……。あ、でもひょっとしたらこれに興奮してくれるかも?」

「……呑気ね」

 

 ブーツから伸びていた仕込み刃を足の動きで再度仕舞い込んだジャネットは、お前の新しい仲間どうなってんだと視線をエルザに向けた。そういうやつなんです、と彼女の目が訴えていたので、そういうことにした。

 視線を戻す。再度距離をとったアトレシアは、服ごとぽっかりと穴の空いた腹部をさすりながら、スカートから伸びるカマキリの鎌を構え直した。今度はこっちの番だと言わんばかりに、それを振りかぶり突き立てる。

 それをステップで躱しながら、ジャネットはくるりと踊るように宙を舞った。ならばこれならどうだ。そんな表情で繰り出された踵落としは、咄嗟に後ろへと逃れたアトレシアの脳天から胸部に狙いが逸れる。

 

「おっぱい取れたー!?」

「取れてない取れてない」

 

 穴が開いただけである。勿論普通ならば致命傷で、眼の前の少女のように騒ぐことなど不可能だ。一体全体こいつなんなんだと怪訝な表情を浮かべたジャネットは、しかしこの調子ならば何の問題もなく倒せるはずだとほくそ笑む。

 

「エルザ、どうやらわたしの方が強いみたい」

「まあ、経験の差があるし」

 

 クスクスと笑ったジャネットに、エルザは短くそう返す。今回はこちら側なので、ここで敢えて水を指すような言葉は言うまいと思ったからだ。普段であれば、ここでもう少し反論をする。アトレシアの真価は、まだあるぞ、と。

 そこまで考えて、エルザは何だか可笑しくなった。昔馴染みと出会っても、今の仲間の肩を持つ自分が、少しだけ楽しくなった。新しく、強固な絆を実感して、ちょっとだけ誇らしくなった。

 

「よし、わたしもちょっと気合い入れて後輩の指導をしようかな」

 

 ぐ、と拳に力を込めた。精霊の力を発動させ、身体能力を跳ね上げさせると、蜘蛛の足骨を展開させていた十号へと突っ込む。フレキシブルに動く六本のそれを躱し、弾きながら彼女に肉薄すると、その鳩尾に肘をねじ込んだ。

 人間ではない彼女は呼吸行動そのものはポーズでしかなく、その攻撃によって肺の空気を抜かれて息が出来なくなるということはない。ダメージに顔を顰め、しかし右手を異形に展開させるとお返しだと横に薙ぐ。

 

「こういう時に有効だから、わたしはこの戦い方をしているの」

「ふぇ!?」

 

 それを掴んで捻ることで十号の体勢が崩れる。膝を付いた格好になった彼女に背を向けるように体を捻り、そのまま背負うような状態で投げ飛ばした。飛んでいく先は加勢に行こうと構えていたカレンデュラの立っている場所。

 思わず横に避け、十号は地面を転がっていった。

 

「……謝罪」

「気持ちは分かるのです……」

 

 頭に星が飛んでいるような状態の十号は、申し訳無さそうな雰囲気を出しているカレンデュラへ地面に倒れた状態のままそう述べた。多分自分も避けるだろう、と思っていた十号は彼女に何か思うところはないらしい。

 

「だ、大丈夫なのね!?」

 

 驚き役となっていたイルククゥも流石に駆け寄る。あはは、と上半身だけを起こした十号は、心配掛けてごめんなさいと彼女に謝罪した。

 

「いやそれは別にいいけど。……ホントに大丈夫なのね?」

「はい。この程度では壊れませんから」

「……わたしが言うのも何だけど、お前ら大分おかしいのね」

 

 はぁ、と溜息を吐いたイルククゥを見ていたエルザはクスクスと笑う。確かにそうだね、とどこか楽しそうに微笑んだ。

 

「でもね、この変な状態が、案外楽しいし、面白いんだよ」

「理解出来ないのね……」

「そのうち出来るようになるよ。だって貴女、皆と友達になったんでしょ?」

「へ? カレンとは友達だけど、他のも?」

 

 首を傾げ、そして視線を十号に向けた。私はそのつもりでしたよ、と微笑み、向こうを見ろともう一人の方を指差す。

 胸と腹に風穴を開けた少女が、物凄く不満げな表情でイルククゥを睨んでいた。

 

「友達! わたしとイルククゥは、友達だもん!」

「お、おう。そこまで力強く断言されると、否定出来ないのね。いや、するつもりもないけど」

 

 そういうわけだ、というエルザの言葉で視線を戻したイルククゥは、もう一度理解出来ないと溜息を吐いた。破天荒さもそうだが、ちょっと出会った程度の自分をここまで友達だと言い切る性格も、である。

 

「お姉さまももう少しこいつらみたいだったらなぁ……」

「ん?」

「何でもない。というかそれはそれで困るのね」

 

 カレンデュラにそう返し、十号を抱きかかえ少し離れる。とりあえず見学しようと彼女に述べ、視線を再度向こうに動かした。

 壁際に追い詰められたアトレシアが、今まさに止めを刺されようとしている場面であった。

 

「アトレ!? 危ない!」

 

 思わず叫ぶ。その叫びに顔を向けたアトレシアは、ジャネットが突っ込んでくる場面を見逃した。このままでは迎撃が叶わない。

 ここまでの戦闘を見る限り、どうやら多少無茶をしたところで眼の前の少女は死なない。そう判断していたジャネットは、もう一度ブーツの仕込み刃を起動させるとそれを振りかぶる。とりあえず顔面に穴でも開けてみよう。そんな事を考えながら、右足を浮かせ、左足で地面を蹴る。

 

「――へ?」

 

 ずぼ、とその左足がめり込んだ。体勢が崩れ、跳躍しようとしていた体がゆっくりと沈んでいく。眼の前の少女が、引っ掛かったとばかりに笑みを浮かべているのを見て、彼女は思わず目を見開いた。

 地面だと思っていたそれは、先程彼女が張り巡らせた蔦。カモフラージュされていたそれがその正体を表し、彼女を飲み込むべく大口を開けていた。足元は漆黒、その先に何があるか、一見しただけでは分からない。

 

「落とし、穴……っ!?」

「そーゆーこと。一名様ごあんなーい」

「ちょ、っと待――」

 

 彼女の言葉はここで途切れた。ひゅー、と間抜けな音を立てているかのような勢いで風切り音が鳴り、ジャネットは深い穴へと落下していく。暫し後、きゃん、とどこか可愛らしい悲鳴が響いた。

 

「これ、大丈夫なの?」

「深い」

 

 いつの間にか見学半分で適当に戦っていたエルザとカレンデュラも思わず動きを止めて聞いてしまうほどの見事な落ちっぷりである。アトレシアはそんな二人に、大丈夫大丈夫と手をひらひらさせた。

 

「わたしの蔦でネット敷いてあるから、死なないわよ。まあ、なくても死ななそうだったけど」

 

 純粋な人間じゃないよね、とアトレシアがエルザを見る。まあね、と苦笑で返した彼女は、穴に近付くと底に向かって声を掛けた。

 

「ジャネットー。自分の方が強い、って言っておいて罠に引っ掛かるのはどんな気持ち?」

「何でこのタイミングで煽るの!?」

「ふふふふふ。エルザー、後で一発殴るわねー!」

 

 イルククゥのツッコミの通り、穴の底から響いてくるジャネットの声は、それはそれは怒りに満ちていたそうな。

 屋根の上では、一人の青年が腹を抱えて笑っている。今度機会があったら自分も絶対に混ざろう。そんなことを彼が思ったかどうかは、定かではない。




蟲惑魔大好きです

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