ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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Cパート感半端ない


その5

 引っ張り上げられたジャネットが引っ張り上げたエルザを落とし穴に叩き落とし、這い上がってきたエルザと取っ組み合いを行ったその後。

 

「いい加減こんな場所から離れるのね……」

 

 イルククゥの呆れたような声のその提案に一同乗っかり、見学していたドゥドゥーも終わったのならば混ざろうかなと腰を上げた、そのタイミングで。

 じゃり、と新たな足音が二つ、した。

 

「……っ!?」

 

 真っ先に反応したのはジャネット。表情を真剣なものに変え、何でこんな場所に、と思わず呟く。十号、アトレシア、エルザ、そしてカレンデュラも、そんな彼女の言葉にやってきた人物から目を離さない。

 が、イルククゥだけは違った。その二人を見ると、顔を輝かせ何の警戒もなくダッシュで近寄っていく。

 

「イルククゥ!? 危な――」

「お姉さま!」

「――い?」

 

 おいちょっと待て、と目を見開き叫んだエルザの眼の前で、イルククゥはその二人の片割れ、眼鏡の小柄な少女に抱きついた。当然ながら体格の差で少女は吹っ飛ぶ。あちゃぁ、ともう片割れが額を押さえているのが印象的であった。

 

「重い」

「ほったらかしていた罰なのね! いやそもそも重くないし」

「いいから、どいて」

 

 手に持っていた自身の身長ほどもある杖を振り回し、イルククゥを殴り飛ばす。あいたー、と間抜けな声を上げながら転がった彼女は、しかし剣呑な空気を纏わせることもない。

 そんな光景を見て、アトレシアと十号は少しだけ警戒を解いた。どうやらイルククゥの知り合いらしいと判断し、ならば大丈夫かと思ったのだ。

 それに異議を唱えるように睨むのはエルザとジャネットである。友人の知り合いは安全かといえば、勿論そんなことはない。そもそも先程までの戦いがそういう関係で起きたからだ。

 

「ねえ、ジャネット」

「なぁに?」

「知ってる人?」

「……ほんのちょっとだけ。あの眼鏡の娘の方だけど」

「そっか。……わたしは向こうの前髪で片目を隠している女の人の方なら、ちょっとだけ」

 

 こくりと二人で頷く。イルククゥが楽しそうに今日の出来事を語っている間に、十号とアトレシア、カレンデュラも交え距離を取った。

 

「……敵?」

「どうだろう……。出来れば、このまま解散がいいけれど」

「楽観的だと駄目だった時に倍悲しいわよ」

 

 カレンデュラの言葉にエルザとジャネットがそう返す。そんなに危険な人物なのだろうかと首を傾げているアトレシアに対し、それらの反応を見て十号が何かに気付いたように目を見開いた。

 

「……レコン・キスタの」

「うぇ!? バレた!?」

 

 十号の呟きに、イルククゥの話を聞いていた前髪で片目を隠していた女性が盛大な反応を行う。そのあまりにもな間抜けさに、言った方も聞いていた方も思わず動きを止めてしまった。

 

「……」

「ま、待ってくださいタバサ様! 今のは不可抗力で」

 

 無言で杖が振り下ろされる。ごつん、と盛大な音が響き、女性は頭を押さえて悶えた。本当にこいつは、という目で彼女を見下ろしたタバサは、溜息を吐くとゆっくり一行に向き直る。

 

「お姉さま?」

「本当は、このまま帰るつもりだったけれど」

「お、お姉さま? 何をする気なのね?」

「口を封じなければ、いけない」

「お姉さま!?」

 

 瞬間、吹雪が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

「無事!?」

 

 ジャネットの言葉に、一行は手を振ることで返答とする。見た目は派手であったが、どうやら威力はそれほどではなかったらしい。この面々ならば多少のダメージを受けることこそあれど死ぬようなことはない。

 勿論向こうがそのことを知らないはずもないだろう。口封じ、という言葉の後に放たれた呪文がこれというのは、いささか奇妙ではある。そんなことを思いながら吹雪を生み出した主へと目を向けた。

 

「この馬鹿おちび! あいつらはわたしの友達なのね! なんてことするのよ!」

「シルフィード、落ち着いて」

「落ち着いていられるかぁ! あいつら良い奴なのよ! 何か凄くあっさりと受け入れてくれたの! まあちょっとおかしいとこはあるけど。いや大分おかしいか。そもそも人間じゃない?」

「褒めるのか貶すのかどちらかにした方がいい」

「どっちでもいいのね! お姉さまが皆殺しにしちゃったんだもの!」

「友達の扱い酷い」

「酷いのはそっちなのね!」

 

 がっくんがっくん揺らされている少女がそこにいた。物凄い勢いで頭が揺さぶられているおかげで、若干彼女の顔色が悪くなっている。あれは止めた方がいいんじゃないだろうか、と視線を向こう側の女性に向けたが、どうしたものかと途方に暮れている状態で動けなさそうであった。

 とりあえず死んでないことを伝えようと前に出る。真っ先に反応した女性は、ビクリと肩を震わせるとタバサをがくがく揺する側に回った。ピンピンしてるじゃないですか、と。

 

「あの、その辺にしておかないとその人がそろそろまずいのでは……」

 

 十号の言葉に、二人は我に返る。手を離すと、タバサがそのままどさりと地面に倒れた。暫しの沈黙の後、ゆっくりと立ち上がった彼女は、小さく息を吐くと二人をどつく。当たり前である。

 

「いやお姉さまが悪いのね!」

「そうですよ! タバサ様が悪いですよ!」

 

 文句のベクトルは逆なのだが、とりあえず二人はタバサが悪いということにしたらしい。勿論二発目が飛んだ。

 

「それで」

 

 す、と一行に向き直る。うちの妹分が世話になった。そう言って頭を下げると、彼女はそのまま踵を返した。そのあっけなさに、思わずアトレシアが呼び止めてしまう。行動こそ起こさなかったものの、他の面々も似たような気持ちではあったので、彼女を責めることはしなかった。

 

「まだ何か?」

「色々あるわよ! とりあえずさっきの吹雪とか」

「一応格好だけでもやっておかないと何か言われる可能性があったから」

 

 しれっとそう述べられると、ああそうなんだと納得しかけてしまう。ポーカーフェイスを気取っているその表情からは、それが本音かそうでないのかを読み取るのが難しい。

 では、ともう片方に目を向ける。こっち見んな、とばかりに顔を顰めた彼女は、タバサとは別の意味で聞きづらそうではあった。

 このままでは無闇矢鱈と時間が過ぎるのみ。そう判断したのか、ジャネットが一歩前に出るとタバサに声を掛けた。こんにちは、と挨拶をし、自分は『元素の兄妹』であると名乗る。

 

「以前、少しガリアの花壇騎士にも所属していましたの」

「……それで?」

「貴女の噂は聞いていますわ。イザベラ姫殿下の懐刀、『北花壇騎士団(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)』が一人『魔導人形(タバサ)』さん」

 

 ぴくり、とタバサの眉が上がった。が、それだけ。まあ知っている奴は知っているかと小さく溜息を吐き、それがどうしたのだと話の続きを促す。自分の正体をバラすのが目的ではないのだろう、とその目が述べていた。

 

「ええ。――少し、取引を」

「――続けて」

「恐らく、あまり詮索されたくない仕事をしているのでしょう? だからこそ、こちらの口を出来れば封じたい」

「……発端は同僚のミスだけれど」

「あ、はい、すいません……」

 

 項垂れる彼女と、大丈夫なのねシェフィールドと慰めるイルククゥを一瞥し、タバサは再度ジャネットに向き直る。

 それで、取引内容は何だ。そんなようなことを言いながら、杖を握る手に力を込めた。

 

「二百エキュー」

「……それが、貴女達の命の価値?」

「まさか。わたしは自分の命をもしお金にするのならばその程度の端金なんかじゃなく、もっともっと高値をつけるわ」

「じゃあ、それは?」

「情報を握り潰す代金、というところかしら」

 

 ほんのちょっとのお金。それだけ払えば黙っていてやるぞ。要はそういうことである。笑みを浮かべているジャネットを見て、視線を他の面々に向けた。明らかにその交渉に納得いっていない顔である。ここで首を縦に振ったところで、彼女等がいる限り情報は漏れるであろうことを予感させた。

 

「もし、払えば――そこの残りの口を封じてくれる、ということ?」

 

 え、と誰かが呟くのが聞こえた。ジャネットの交渉が成立するのは、つまりそういうことだ。彼女はお金で約束を守り、残りは命を失うことで情報の漏洩を防ぐ。そうでなければ、この取引は何の意味もない。

 

「まさか。たったそれっぽっちでこの面々と戦うなんて御免だわ」

 

 が、その問い掛けをジャネットはあっさり否定した。全然違う、と鼻で笑った。

 怪訝な表情を浮かべたタバサは、話にならんと溜息を吐く。交渉の意味が、取引の必要性がまるでない。そんな事を言いながら、精神力を杖に込め始めた。

 

「だってそうでしょう? 『暴風雨』と『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』の混合チームなんて、領地を貰っても戦いたくないもの」

 

 今度は一行がジャネットを見る番であった。いつの間に気付いたのだ、と彼女を見やると、分からない方がおかしいでしょうと苦笑される。そんなものだろうかと首を傾げるアトレシアと十号、カレンデュラであったが、エルザだけは喋り過ぎたかと項垂れていた。

 

「この情報を今の依頼主に伝えたら、きっと面倒なことになるでしょうね」

「……こんにゃろう」

 

 ギリリ、とエルザは歯噛みする。ドゥドゥーとのやり取りで今の雇われ主が反アンリエッタ派であることは分かっている。当の本人はそうなったところで何のダメージも無いだろうが、こちらはその分しわ寄せが来る可能性は高い。

 

「兄さんのことを迂闊だ迂闊だって言うけど、エルザも案外抜けてるのよねぇ」

「うぐぐぐ……」

 

 さっきお返しだ、と言わんばかりにエルザを煽ったジャネットは、再度タバサに視線を向けた。まあそういうわけだから、と微笑んだ。

 

「取引を、続けましょう?」

 

 

 

 

 

 

 何だか妙に疲れた空気を醸し出している四人を見付けたのは、モンモランシーとのデートを楽しんだ後の道である。そろそろ帰ろうかとカレンデュラとの合流場所に向かったギーシュは、そんな四人を見て思わず動きを止めた。

 

「……どうしたんだい?」

「色々、あったのです」

 

 代表して疲れた表情でそう述べた十号を見て、彼はそうかと短く返す。これは触れてはいけないやつだな、そう本能的に察したのだ。隣にいるモンモランシーも当然察し、お疲れ様と労うに留める。

 

「さて、じゃあ僕達は学院に帰るけど、エルザ、十号、アトレ。君達は?」

「……今王宮に戻るのは、嫌だなぁ」

「かといってご主人様のいるアカデミーも避けたいのです……」

「だんなさまぁ……うわーん」

 

 ガクリと肩を落とすエルザと十号。半べそのアトレシア。そんな三人を見たギーシュは、溜息を吐くとモンモランシーを見た。考えていることは分かるぞ、と苦笑した彼女は、一応念の為とカレンデュラを見る。

 無表情の彼女が、何だか捨てられた子犬のような空気を醸し出していた。

 

「えっと、カレン?」

「懇願」

「あ、うん。そうね……」

 

 ギーシュに視線を戻す。これもう絶対断れないやつだと肩を竦めると、馬車代足りるかなと自分の財布を取り出し数えた。

 

「……良かったら、学院に来るかい? サイトには連絡しておくから、迎えに来てもらうといいよ」

 

 ギリギリ行けるな。そう結論付け、ギーシュは三人にそう述べた。そしてその言葉に、餌をばらまかれた池の魚の如く猛烈な勢いで少女達が食い付く。

 

「いいの!?」

「助かるのです!」

「ギーシュ君ありがとー!」

 

 その反応を見て確信した。ああつまり彼女達は会いたくないのだ、と。王宮にいる誰かさんと顔を合わせるわけにはいかないのだ、と。

 ちらりとカレンデュラを見る。口元を人差し指のバツ印で隠し、そういうことだと言わんばかりの目で彼を見た。

 

「娘に隠し事をされる親というのは、こういう気分なんだなぁ……」

「何言ってるのよ……」

 

 はぁ、と溜息を吐いたモンモランシーは、このままだと埒が明かないと踵を返した。行くならさっさとしないと、夜になってしまう。ただでさえ王都と学院は離れているのだ。竜籠のお世話になって素寒貧になる前に、急がないといけない。

 

「え、ギーシュさん達そんなにお金無いの?」

()()()()は、無いんだよ」

()()()()()()()は、無いの」

「ああ、そういうことですか」

 

 この間ルイズにもやったやり取り。それを理解してくれたエルザと十号に、そういうわけだからと伝えると馬車の待つ場所へと足を進める。

 その最中、やっぱり人の世の中は面倒くさいとぼやいていたアトレシアがいいことを思い付いたと言わんばかりに手を叩いた。

 

「じゃあ、わたし達で竜籠奢ろう!」

「……あー」

「それが、いいかもしれませんね」

「――は?」

 

 確かに彼女等はフォンティーヌ自由騎士団。それも普通の人間ではないので資金を蓄えていてもおかしくはない。が、彼女のその提案の仕方と他の二人の反応を見る限り、そういう意味ではなさそうであった。だからこそギーシュも眉を顰め、モンモランシーも怪訝な表情を浮かべたのだが。

 

「大丈夫」

「カレン? 何が大丈夫なんだい?」

「臨時収入」

「え? 何でそんなものが手に入ってるのよ」

 

 カレンデュラがサムズアップする。何だか自慢げなその無表情を見て、二人は益々疑問を深くさせた。当然そうなれば、何がどうなっているのだと質問するわけで。

 

「秘密」

「ちょっと、カレン?」

「秘密」

「……何も、言えないのかい?」

 

 それならそれで仕方ない、と苦笑したギーシュを見て、カレンデュラはほんの少しだけ考える素振りをした。今日の出来事は秘密だ。『元素の兄妹』も、『北花壇騎士団』も、出会っていないのだ。だから、秘密。言うことは出来ない。

 しかし、それ以外ならば。今日、報告出来ることがあるのならば。

 

「友達」

「へ?」

「友達。新規。追加」

「……そうか。よかったね、カレン」

「ん」

 

 イルククゥのことは言ってもいいだろう。ギーシュに撫でられながら、カレンデュラはそんなことを考えた。

 ほんの少しだけ彼女の口角が上がっていたのに気付いた者は、誰もいない。




アンリエッタ「いやまあ知っているのですけれどね」

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