ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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相対的にルイズが弱キャラの話


暴風雨警報/おかあさんといっしょ!
その1


「ぶふぇぇぇぇぇ」

「うわ」

 

 ヴァリエール公爵領、公爵の城の一角にて一人の少女がだらけていた。服装、髪型など見た目は染み一つ無い純白の布のごとく美しいその少女は、机で溶けたスライムのように体を投げ出していることで布をドブ川に落としたような状態となっている。

 そんな少女を眺めている巨乳で美しいハーフエルフの少女は、短く簡潔にドン引いた。なんだこれ、と顔を顰めた。

 

「ルイズー。いくらなんでもそれはちょっと……」

「うふぇぇぇ?」

「あ、駄目だこれ」

 

 顔だけを動かし、物語に出てくるヒロインもかくやという顔をどうしたらここまで崩せるのかと言わんばかり表情のまま、もはや言語を忘れたのかと間違うばかりの謎の鳴き声で返事をしたルイズを見た爆乳ハーフエルフは、一歩下がると溜息を吐き隣にいたメイドに目を向けた。肩にかかるほどの、黒に近い髪色をしたそのメイドの女性は、笑みを浮かべたまま首を横に振る。

 駄目らしい。

 

「いやちょっと諦めないでくださいよアミアスさん!」

「そう言われても。ルイズちゃんもたまには息抜きしたい時があるでしょうし」

「抜き過ぎでしょ!? 溶けかけのゼリーみたいになっちゃってるし!」

 

 ずびし、とルイズを指差す。ちらりとそれを見たアミアスは、暫し彼女を眺め、うんうんと頷いた。

 そうだね、と返した。それについては何も言わなかった。

 

「アミアスさん!」

「まあまあ、ねえテファちゃん。ここに帰ってきた時、ルイズちゃんはこうじゃなかったでしょう?」

「うん……。もっと元気で、いつものルイズだったわ」

 

 しょぼん、とティファニアは項垂れる。そんな彼女をルイズの隣のテーブルに座らせると、アミアスは紅茶を淹れながら微笑んだ。だったら大丈夫だ、とカップをティファニアの前に置き、言葉を紡いだ。

 

「聞いているのでしょう? あの娘、学院では深窓の令嬢だとか言われてるって」

「うん」

「どう思った?」

「絶対に似合わない」

 

 でしょう、とアミアスは笑う。お茶請けの焼き菓子を傍らに添えながら、だからしょうがないのよ、と続けた。

 

「疲れちゃったのね」

「……疲れちゃったのかぁ……」

 

 ちらりとルイズを見る。綺麗に手入れされた彫像のような髪も顔も体も、原材料の土と砂に戻したと言われても信じられるようなほど酷い姿である。それでいて尚美しいと思える要素が残っている辺り、やはり彼女の血筋、下地は一級品であろう。

 

「でも、流石にあのままは……」

「んー。確かにそうねぇ。カリンさんに見付かったら大変なことになるかも」

 

 別の意味でぐちゃぐちゃになるルイズを頭に思い浮かべた。そしてティファニアの想像は、場合によっては現実となるだろう。さぁっと顔を青くした彼女は、アミアスにどうにかしなくてはと泣き付いた。大げさだと苦笑したアミアスは、そんなティファニアの頭を優しく撫でる。大丈夫、と笑みを浮かべる。

 

「首の骨が折れるくらいで済むでしょうから」

「死んじゃうよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 ぐわん、と猛烈な音が響いた。謎の鳴き声を発していたとても綺麗な汚い物体は、その衝撃で動きが止まる。当たった場所から煙が出ているかの如くの一撃を食らったその物体は、暫しの間の後、ゆっくりと起き上がった。

 

「い、ったぁ……」

 

 後頭部をさすりながら顔を上げた物体、ルイズは、何しやがったと辺りを見渡す。あ、起きた、と呑気な声を上げているティファニアと、ルイズの後頭部の形に凹んでいる鋼のお盆を持って微笑んでいるアミアスの姿が見えた。

 

「全力で殴ったな!」

「だってそうしないとルイズちゃん起きないでしょう?」

「いや普通に起こしてくれれば起きるわよ! コブ出来てないかしら……」

 

 鋼のお盆がひしゃげるのほどの衝撃は、普通ならばコブでは済まない。が、そのことについて何かを言うような人物は今この場におらず、そして王都で悪巧みに誘われた彼女の姉がいたとしてもそこは流してしまうのでどうしようもない部分である。

 ともあれ、再起動したルイズは二人に何がどうしたのだと問い掛けた。わざわざ自分を覚醒させるのだから、用事があるのだろうと尋ねた。

 

「ないですよ」

「ないわ」

 

 アミアスもティファニアもあっけらかんとそう述べる。頬をひくつかせたルイズは、だったら何で無理やり起こしたと立ち上がり彼女等へと詰め寄った。

 そして、いい加減誰かさんに見付かると不味いのではないか、という二人の反論に申し訳ありませんでしたと謝罪した。

 

「まあでも、つい勢いで乗っちゃったけど。カリーヌさんもそんなことでは怒らないんじゃ」

「まあ、確かにカリンさんは公私をきちんとしろってタイプだから、自分の城で気を抜くこと自体は否定しないと思うけど」

「けど?」

「あの状態はそんなことの限度を超えていたと思うわ」

「……そんなに?」

「テファちゃん、さっきのお嬢様――ルイズちゃんをよーっく思い出してみて」

 

 目を閉じる。ああこれは駄目だ、と自分自身で諦めたあのルイズのような物体状態を思い浮かべる。

 気を抜くとかそれ以前に、女として駄目だろうという結論になった。

 

「そうね」

「認めちゃうんだ!?」

「ルイズちゃんだって認めてるでしょう?」

「そうだけど……」

 

 駄目認定されたみたいで悔しい。そんなことをぼやきながら、アミアスに紅茶を頼んだ。はいはいと微笑みながら紅茶と焼き菓子を用意する彼女を見ながら、ルイズは頬杖をつきティファニアに声を掛ける。

 

「みっともないとこ見せたわね」

「ううん。ルイズはルイズだもの。疲れていたらしょうがないわ」

「……喜んでいいのかしら、それ」

 

 す、と置かれた紅茶を一口飲みながらルイズは溜息を吐く。まあでも実際色々溜まっているのは確かなので、この際だからもう少し愚痴を聞いてもらおうと二人に述べた。勿論断ることもなく、二人は笑みを浮かべながら彼女が話すのを待つ。

 が、その直前にルイズ達のいるテラスへと新たに人がやってきた。アミアスと同じような顔立ちのメイドの女性を伴い、二人の女性がそこに足を踏み入れる。丁度いいタイミングだったかしら、と片割れのティファニアによく似たエルフの女性は微笑んだ。

 

「そうね。少し詳しく、聞いてみようかしら」

 

 そしてそれに同意をしたもう一人の女性は、ルイズによく似たピンクブロンドをギブソンタックにしたその女性は、普段の公爵夫人としてのドレスとは違いどこか動きやすい衣装に身を包んでいるその女性は。

 

「奥様、お嬢様が怖がっておいでです」

「……ダルシニ、どうして?」

「格好と空気じゃないですか? ほらカリンさん、何だか今からルイズちゃんをぶちのめしますよみたいな感じだし」

「何で理由もなく娘をぶちのめさなければいけないのよ」

「多分、ルイズちゃんの方は心当たりがあるからじゃないかしら」

「シャジャル様ぁ!?」

 

 ルイズの悲痛な叫びが木霊する。が、それは悪手であった。わざわざ自分でそうだとバラしたも同然の行動を取ってしまったからだ。す、と目を細めたカリーヌは、一歩踏み出すとルイズを見やる。やましいことがあるのならば、と娘を見る。

 プレッシャーに耐えきれずにルイズは目を逸らした。仕方ないであろうが、これで詰みである。

 

「ルイズ」

「ちちちちちち違います母さま! 今のは母さまが単純に怖かっただけで!」

 

 ルイズが飛んだ。錐揉みしながら頭から地面に激突するほどの勢いで飛んだ。

 その途中に風の網で捕まえられ元の位置に戻されたルイズは、若干涙目で母親を見る。何だか楽しそうな顔をしていたので、こんちくしょうと心の中で毒づいた。

 

「それで、ルイズ」

「……なんでしょうか、母さま」

「貴女のこれまでの話を、聞かせてくれないかしら」

「別に面白いものではないですよ」

 

 ぶすぅ、とむくれたままルイズはそっぽを向いてそう返す。そんな娘を眺め微笑んだカリーヌは、そんなことはないと即座に返した。

 

「可愛い我が娘の話というのは、どんなものでも母親にとっては大切なものなのよ」

「母さま……」

 

 カリーヌに視線を戻す。優しく微笑んでいるその顔を見て、ルイズは顔を輝かせると分かりましたと頷いた。先程までとはうってかわって、元気いっぱいで口を開いた。

 

「アミアスさん」

「はい?」

「……面白い、とは言ってないわね」

「悲しい話の場合もあるから、ということにしておきましょう」

 

 同じように話を聞く体勢に入ったシャジャルと紅茶の用意をするダルシニを見ながら、二人はそんなことを小声で話した。

 

 

 

 

 

 

 ティーポットの新しいものを用意してこないと、とアミアスが一度テラスを離れた辺りで、ルイズは一息を吐いた。ずっと話しっぱなしであったのだ、多少なりとも疲れはする。

 

「まったく」

 

 やれやれ、と肩を竦めつつも口角を上げているカリーヌは、愛娘の活躍を満足そうに聞いていた。何だかんだでルイズの評価は高いらしい。

 

「まあ、この間の騒動で帳消し、といったところだけれど」

「うぐぅ……!」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら呟いた彼女の言葉でルイズは崩れ落ちた。自分でも分かっているのだからダメージは倍である。それについてはティファニアも何も言わない。フォローのしようがなかったのだ。

 

「あの時は、ごめんね、ルイズ」

「うぐぅ!」

 

 追い打ちであった。腹を押さえ、ああよかった穴開いてないと一瞬意識が飛びかける。ちなみに、愛娘の百面相をカリーヌは特に反応することなく眺めていた。

 

「それにしても。ルイズちゃんも随分と成長したのね」

 

 そしてそんな中純粋に楽しんで聞いていたゆるふわの化身シャジャル。助けに来てくれた時も思ったけれど、と数秒遅かったらみじん切りになっていた己の過去を物凄くさらりと流した。

 

「ああ、そうか。シャジャルに最初にルイズを見せたのは生まれたばかりの頃だったっけ」

「そうそう。あれからアルビオンも少し雲行きが怪しくなって、会えなくなってしまったのよね」

 

 おかげで小さい頃のティファニアも見せられなかった、とシャジャルは笑う。軟禁を通り越してほぼ監禁状態であった頃をあまりにも軽く話すので、あの頃は本当に一大事だったのかと聞いている方が思わず不安になるほどだ。

 

「手紙も検閲されていたから、見ることの出来たのは一通か二通だったわね」

「便りがないのは良い証拠、というエルフの格言もあったから、私はそこまで気にしていなかったけれど」

「わたしは気にしたわ。正直、公爵夫人なんて肩書がなかったらルイズより先にわたしがアルビオンに乗り込んでいたでしょうね」

 

 その場合その日がアルビオンの命日となっていた可能性が非常に高い。あの人があまり自由に動けない立場で本当によかった、とダルシニは顔に出さずに心の底で安堵の溜息を吐いた。

 

「姉さん」

「きゃ。もう、アミアス、どうしたの?」

「ルイズちゃんがこのままだと自由に動けるカリンさんにならないかしら」

 

 学院の生徒になってから半年ほど。その間にルイズは『暴風』のフランドールとして様々な問題に首を突っ込んでいる。その中には、アルビオンの王族に関する事件や、かの国の渦中の問題である『レコン・キスタ』との戦闘も含まれており。

 

「大丈夫よ」

 

 だが、それをダルシニは一笑に付した。それならば問題はないと微笑んだ。

 

「カトレアちゃんの『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』が同じくらい酷いもの」

「それは大丈夫って言わないよね!?」

 

 思わず叫んだ。こっそりと会話をしていたのだが、その叫びでアミアスへと視線が集中する。ルイズもティファニアも、カリーヌもシャジャルも。何が大丈夫じゃないのだ、と言わんばかりの表情で彼女を見ていた。

 ここで答えをはぐらかすことなど出来はしない。しょうがない、と肩を落とすと、アミアスは観念して姉との会話の内容を四人に伝えた。死なばもろとも、とダルシニがフォンティーヌ自由騎士団も同じような評価だと言っていたこともバラした。

 それを静かに聞いていた四人は、成程と頷き思い思いの反応を取る。ルイズはマジかよと顔を顰め、ティファニアは酷くてごめんなさいと項垂れる。そしてカリーヌはどさくさ紛れに自分もボロクソ言いやがったなと二人を睨んだ。

 

「でも、それは別に悪いことではないでしょう?」

 

 最後の一人、シャジャルはそう言って微笑む。ルイズがカリーヌの跡を継ぐならば。『烈風』の後継を『暴風』が受け取るならば。それは決して悪いことではないと言い切った。

 

「いやでもシャジャルさん、知ってるでしょうけどカリンさんは昔相当酷かったんですよ?」

「ええ、知っているわ。でも、あの真っ直ぐさは私の憧れだった。カリンも、サンドリオンも、バッカスも、ナルシスも。そしてマリアンヌとノワールも。大いなる意思よりも、始祖よりも、大切な存在だったのよ」

 

 勿論今もだけれど、とシャジャルは笑う。答えになってない、と口に出しかけたが、しかし噛み締めると確かに答えになっているとダルシニは歯噛みし引き下がった。

 お前覚えてろよ、とカリーヌが呟いているのは見なかったことにした。

 

「まあ、でも。確かにダルシニの言うことも分かるわ。この間のルイズちゃんは、ちょっといただけなかったもの」

「ぐふぅ!?」

「ルイズ!?」

 

 ゆるふわの化身にダメ出しされたことでルイズの心に致死量のダメージが蓄積する。ティファニアの腕の中で、彼女はがくりと力尽きた。胸だと本気で息絶えるのでちょっと離れた。

 シャジャルは気にしない。ちょっとしたじゃれ合いだと分かっているから、その辺りには別段触れずに彼女はそのまま話を続ける。まだ『烈風』カリンには遠いかもしれない。そう言いながら、ちらりと隣のカリーヌを見る。

 

「だからちょっと、お出かけしましょう」

「は?」

 

 一同何言ってんだこいつ、という目でシャジャルを見る。会話の前後が繋がってないだろうとジト目で彼女を見やる。

 当然シャジャルは気にしない。そうすれば分かるでしょう、と笑顔で話を続けている。

 

「シャジャル、何が分かるのよ」

「ルイズちゃんと、ついでにティファニアが、貴女の跡を継げるかどうかよ」

「ちょっと何言ってるか分からないんですけど」

「う、うん」

「……成程」

「分かるの!?」

「あー、わたしも何となくわかった」

 

 ニヤリと笑うカリーヌ、まあいいやと投げやりになったダルシニ。そして分かっていないルイズとティファニア、ついでにアミアス。

 そんな一同を見ながら、シャジャルはもう一度述べた。微笑みを湛えたまま、お出かけをしましょうと言い放った。

 

「四人で、少し領内の問題を片付けに、ね」

 

 そこでようやく意味が分かったルイズとティファニアが叫ぶのが、その二秒後である。




保護者同伴クエスト(最強)

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