メイドの少女に話を聞き、事件が起きる直前までおかしなことはなかったという証言をもらった才人は、ううむと椅子を揺らしながら頭を捻った。これまでの話を総合すると、得体の知れない何かが突如現れ、被害者をズタズタにして消えていく。そう言うしかない状況となっている。
「なあ、本当に他に誰もいなかったのか?」
才人の言葉に少女はふるふると首を振る。あの時にいたのは自分と被害者だけである。そうはっきりと言い切られると、彼としても打つ手なしだ。
キィン、と腰の短剣が何かにぶつかったのか音を立てた、それに反応した才人は視線を落とし、そして難しい顔をしていた状態から一変、更に苦い顔を浮かべる。
「わーってるよ! 今の状況で出す結論はそれだってことくらい、俺も。でも」
言いかけた言葉を止める、誰かに反論をされているかのようなその態度を、メイドの少女は不思議そうに眺めていた。
それから暫し見えない誰かと言い合いをしているような一人芝居を続けていた才人は、成程それは確かにと顎に手を当て、そして少女に向き直った。
「さっき誰もいなかったって言ってたけど、同僚のメイドはその辺にいたんじゃないのか?」
え、と少女は目をパチクリさせる。そうですね、と考え込むような仕草を取ると、確かにそうかもしれませんと頷いた。周囲をくまなく捜索していたわけではないので、どこかしらにいた可能性はあります。そう続けた。
「うし。となると、他のメイドにも話を聞く必要があるな」
屋敷で出会ったメイド達を思い出す。ポニーテールの娘は小ぶりの胸だがそれがまたいい。ツインテールの女の子はメイド服の胸元少しはだけてたな。ロングのあの娘はたしか眼鏡とタイツで色気が中々に。
「あったぁ!? 何しやがる!」
太ももに凍傷が出来ていた。先程のものより大きなそれは、治療をしなくては流石にまずいのではないかと思われるほどで。
メイドの少女は大丈夫ですかと駆け寄る。が、才人はそんな少女に気にしないでくれと苦笑を返し、これくらいならまあと腰の短剣を抜き構えた。
「一応調査は真面目にやってんだろ。一々反応すんなっつの」
何事かをぼやきながら小さくルーンを唱える。それは『水』系統の『治癒』。簡単なものではあるが、それにより彼の太ももの傷はあっさりと塞がった。まあ自分で付けた傷だし自分で治せるわな。どこか皮肉混じりの言葉をナイフに向かって述べると、やれやれと再度それを腰に戻す。
「うし、んじゃ」
行きますか。そう言って才人は立ち上がった。メイドの少女に、他のメイド達の場所へ案内して欲しいと笑みを見せた。
「やっべぇ何も情報集まんねぇ……」
はぁ、と溜息を吐きながら才人は部屋の扉を開ける。聞き込みをした結果、メイド達と火遊び出来そうな関係にはなったものの、肝心の事件の進展はさっぱりという自体に陥っていた。
「……しかし、なんていうか」
思い出す。ポニーテールのメイドには座っている状態で太ももに擦り付けられた。ツインテールのメイドは若干はだけた胸を惜しみなく押し付けてきた。ロングのメイドに至っては舌を入れられた。
なあ、と一緒に行動しているメイドに問い掛ける。なんでしょうと首を傾げる彼女に、ここのメイド何であんなに積極的なのかと問い掛けた。さあ、と再度首を傾げられたが、しかしその後にほんのりと顔を赤くした。
きっと貴方が魅力的だからではないでしょうか。
「い、いやぁ! そうかな!? やっぱ俺って魅力的かな!? 分かっちゃう? 隠せない魅力ってやつが」
才人、調子に乗る。ははははと笑いながら胸を張っていた彼は、しかしメイドの少女が真っ直ぐ自分を見詰めているのに気付いて言葉を止めた。一体どうした、と尋ねると、少女はゆっくりと距離を詰める。
彼の右手に手を添えると、そのままそれを自身の胸元へと誘導させた。たわわなそれが、むにゅりと押し付けられ才人の掌の中でぐにぐにと形を変えていく。とても柔らかく、そして弾力があった。
「ナニゴト!?」
思わず片言になる才人であったが、少女は気にせずもっと欲しいと彼に述べる。誘導される形ではなく、そちらで、して欲しいのだと懇願する。
それが何を意味しているのか、今の才人に分からないはずもなく。いいのか、と尋ねると、少女はこくんと頷いた。
ベッドに彼女を運ぶ、ぽすん、と優しく下ろすと、彼は小さく息を吐いた。夕飯は既に終わっている。食後すぐ、というほどでもない。
今からならば、時間は大丈夫だろう。
腰につけていた刀を外した。机にそれを立てかけ、そして続いて短剣を取り外す。文句を言われて煩いと言わんばかりの動作を行い顔を顰めたが、そんな仕草をしたのみで何も言わず、布でグルグルと巻くと机の上に放り投げた。
「やっぱりなしってのは、聞かないからな」
彼女に覆いかぶさる形になった才人はそう告げる。上気した顔で、少し乱れた息を漏らしながら、少女はコクリと頷いた。
ガタガタとナイフが揺れる。だが、布にくるまれているおかげかその音は響かず届かない。誰かを罵倒するかのように小刻みに震えていたナイフは、やがてそっぽを向くように刀身を揺らすとそのまま動かなくなった。
部屋に響くのは、男女の声と、どこか淫靡な水音のみ。ランプに照らされた大きな一つのシルエットが、ゆらりと揺れていた。
翌日。右足が大分酷いことになっている才人はナイフを掲げながら『治癒』を唱える。うっすらとクマの出来ている目をこすりながら、もう一度現場検証にいこうなどと拳を振り上げていた。
じっくりと調べるが、やはり何もなし。死体がそこにあった、というだけで、それ以外に手掛かりは何も無い。
「どういうことなんだろうなぁ……」
ひょっとして殺されたのはここではなく、後から運ばれたということなのか。昨日のうちに浮かんでいた仮説を呟きながら、一つ一つ事件現場を見回っていく。再度屋敷近くまで来た才人は、ああもうと頭をガリガリ掻いた。
「現場が保存されてるってことも殆ど無いから見付からなくてもしょうがないっちゃしょうがないんだが……それにしても」
分からん、と近くにあった木を軽く蹴飛ばした才人は、誰かに何か言われたかのように顔を顰める。別に物に当たってるわけじゃねぇし。そんなことを言いながらその木へともたれかかった。
「あー、エルザがいれば痕跡辿れるんだけど――駄目だ、あいつは今休養中。無理はさせられん」
だったら言うな。とでも言われたような反応を示した才人は、もう一度ガリガリ頭を掻くと傍らにいたメイドの少女に向き直った。昨日何度も抱いた相手である。ほんの少しだけ気恥ずかしさが残っているのか、少女は赤い顔を隠すように視線を逸らしどうしましたかと彼に尋ねた。
もう一度事件の状況を再現したい。そう才人は述べ、当時彼女がどう立っていたか、死体はどこにどんな方向、状態であったのかを細かく問うた。昨日聞いたこと、今日新たに思い付いたこと。とりあえず手当たり次第に問い掛けた。
そうするうちに、ふと奇妙なことに気付いた。死体と彼女の位置が、近い。昨日はパニックになって近付いたのだと思っていたが、どうやら最初からすぐそこにいたみたいで。
「――ああ、分かってる」
表情を真剣なものに変えた。当たり前だ、こういう時の捜査の鉄則なのだ。それが分かっていて、それでも彼はその可能性を口にしなかった。人では無理だから、という理由で、その選択肢を排除していた。
「なあ」
ざわざわざと木々が揺れる。はい、と返事をした少女を真っ直ぐ見詰め、その体を上から下までじっくりと観察する。その際昨夜の乱れた姿が頭を過り思考の邪魔をした。
とてもではないが、人を挽肉に変えるほどの力を持っているようには見えない。
「……」
昨日、彼女の主人、ここの館の主についても少し尋ねた。彼は水と土を得意とする少し変わったメイジで、元々研究畑の人間だったらしい。それなりの地位にいたが、研究が行き詰まり、研究自体も上から切り捨てられ。そんな経緯を経て、まだ若いにも拘らずこの町へと隠居してきたのだという。
その研究が何かは、しっかりと聞けなかった。ただ、実験を必要とするようなものであることは、分かった。
「事件の依頼は、ここの主人が出したものじゃ、なかったよな?」
こくんと頷く。それがどうかしたのですかと聞かれると、いや少しなと言葉を濁した。
次いで、館の主人は事件解決に乗り気なのだろうかと問う。少しだけ考える素振りを見せると、そこまでではないと思いますと返答した。
非協力的ではないのはここに泊まらせてもらっているのでよく分かる。それだけで十分といえばそうだろうが、しかし、ただそれだけだとも言える。
ひょっとして、と少女は才人に声を掛けた。ご主人様を疑っているのですか? その問い掛けに、才人はそういうわけではないけどと頬を掻いた。どう考えても、今の質問はそういうわけである。いくら言ったところで取り繕えるはずもなし。
「いや、そうは言っても直接犯人だとか思ってるわけじゃなくて、何か隠し事してんじゃないかなとかその程度の――」
言葉を止め振り向いた。刹那、飛来してきた何かが才人の立っていた場所に突き刺さる。その場から飛び退っていた彼は、その飛来してきたものと行った者を視界に収めた。
町の住人らしき男が、立っていた。屋敷の外れとはいえ、貴族の敷地に勝手に立ち入るなど通常の平民ではありえない。どう考えても何かあったのだ、と才人は刀の鯉口を切る。
何より、その男が飛ばしてきたのは自分の骨だ。脇腹が中から飛び出してきた骨によって抉られ、まるで刃のように肋骨が突き出ている。そのうちの一本を、飛ばしていた。
メイドの少女が悲鳴を上げるのと同時、才人は一気に距離を詰めていた。飛び出した肋骨が才人を貫かんと振り上げられるが、構えた日本刀によって受け流され、体勢が崩される。足払いで地面から浮かせると、才人は男の姿を見た。こちらを見ているのか見ていないのか分からない焦点の定まっていない瞳、皮と肉を突き破り武器を抜き放ったかのように飛び出た骨。生きているのだ、と判断するにはあまりにも酷い状態。
「悪いな」
ひゅん、と刀を振るった。男の胴と首とを泣き別れさせると、返す刀で体を地面に叩き落とした。ぐしゃりと嫌な音を立てて体が落ち、そして遅れて首が落ちる。
瞬間、水風船が破裂するかのようにその体は砕け散った。思った以上に大きな音を立てて弾けたそれは、原型をとどめている部分とそうでない部分との落差が激しい。
「……ん? なんだこれ」
べしゃりと撒き散らされた体液。それは本来ならば赤黒くなければいけないはずのもの。だというのに、目の前に散らばるのは無色透明。それはさながら、水のようで。
「作り物、ってことか。中に詰まっていたのが水ってことは、魔法だとすれば水と」
飛び出た骨をつまむ。よく見ると人のものではない。動物、魔獣、あるいはオーク鬼やゴブリン。それらの骨を加工し、人間の中にあるそれと同じ形にしてあるだけだ。こんな加工をするには、魔法ならば土を得意としなければならないであろう。
「水と、土、ね……」
何かしらの研究の、実験をするとしたら。どちらかといえば田舎の町に移動した方が安心かもしれない。少なくとも自分ならばそう考える。
そこまで考えた辺りで、先程のメイドの少女の悲鳴を聞いたのか他のメイド達がこちらへとやってきていた。才人の足元で飛び散っている人の形をしていたものを見て、少女と同じように小さい悲鳴を上げた。
「見るな。普通の、可愛い女の子達には刺激が強い」
そう言いながらそれとメイドとを遮るように立ち、皆の主人を呼んでくれないかと述べた。どうして、とポニーテールのメイドが尋ねてきたので、ちょっと聞きたいことがあるんだと彼は返す。
「この、人の形をした何か――コレの製作者が」
言いながら体をずらした。突き出されたそれを躱すと、それを行った相手を真っ直ぐに見る。
ポニーテールのメイドの左腕、その服が皮ごと破れ、先程の男と同じように相手を害すための骨が突き出ていた。
「……やっぱり、お前らも主人に『創られた』のか」
ゆらりとポニーテールの少女が前に出る。その顔は先程と変わらず、左腕がおぞましいものに変わっていることなどまるで感じられない。
昨日の続き、したかったのに。そんなことを言いながら、ポニーテールのメイドはその左腕を振り上げる。容易く相手を引き裂ける牙に成り果てたそれを刀で受け止めると、才人はあははと苦笑した。
「俺も、出来ることなら、そうしたかったよ」
そのまま滑るように刀をずらすと、とす、とその切っ先を彼女の胸に突き立てた。それをぱちくりと眺めていたポニーテールの少女は、あ、と小さく悲鳴を漏らす。
ぱぁん、と少女の体は弾けた。刀の刺さった場所、左胸の辺りを起点として破裂し、異形の左腕が宙を舞う。弾けた衝撃で服が破れ、かろうじて残った小ぶりな右胸は瑞々しい美しさでぷるんと揺れた。
首の皮一枚で繋がっている。その言葉が比喩表現ではなく、ブラブラと千切れかけた首が風に揺れ、そのままがくりと膝から崩れ落ちた。右手が力無く伸ばされ、才人を掴まんと広げられる。
それを才人は握る。破裂しぐちゃぐちゃになっている少女を抱き寄せると、そのままそっと横たわらせた。昨日自分の足に擦り付けられた彼女の足の付け根、今の衝撃か、それとも先程の言葉通りだったためか、そこが湿っているのをちらりと見て、彼は何とも言えない表情を浮かべる。
「違うって! 別にもったいなかったとか思ってないから!」
誰に言い訳をしているのだろうか。才人はそのまま動かなくなったポニーテールの少女から視線を外し、残りのメイド達へと目を向けた。あの反応からすると、中に混ざっているという規模ではないはず。
そんな彼の予想通り、残りのメイド達も体の一部分から異形の骨を突き出し戦闘態勢に入っている。ツインテールの胸元の開いたあの娘も、舌を入れてきたロングの少女も。
私達も、とツインテールは呟く。残念だなぁ、とロングはのたまう。そのままなんてことないように、掃除でもするかのように襲い掛かってきた少女達を、才人は刀でいなしながら視線をその奥へと向けた。
ぺたんと座り込んでいたメイドの少女が、ゆっくりと立ち上がるところであった。この状況から考えれば、まず間違いなく彼女も。
「……最初の事件の犯人は、いや」
ひょっとしたら、殺された人間などいなかったのかもしれない。死体は全て、人の形をしているだけで違うものだったのかもしれない。それを才人に確かめる術はないし、もしそうだったとしても今この状況を切り抜ける手段足り得ない。
今彼が出来ることは、一つ。
「……なあ」
腰の短剣に語りかけるように、才人は呟く。もしこのメイド達の製造技術が分かれば、修理出来るのかな。誰に述べたでもないように見えるその一言。
それに、短剣は小さく溜息を吐くことで返答とした。
「恐らく、部品をかき集めればある程度は。ただ、現状予測からは少なくとも一人――誰にするかは、まあ、分かりきっていますけど」
「うっせぇよ。……そうだな、せめて一人は」
ロングの少女の脇腹を薙いだ。あれ。と首を傾げた少女は、そこから胸元まではじけ飛んで二つになった。ぐちゃ、と少女の上半身が落ちるのと同時、ツインテールの少女との距離を詰めゼロにする。
その開いている胸元、二つの果実の付け根に刀をねじ込んだ。うそ、そんな。急なそれに理解が追いついていないまま、少女はぺたんと腰砕けになる。
「大丈夫、な、わけ、ないよな」
当たり前だよ、と唇を尖らせたツインテールの少女の体が破裂した。大きな二つの膨らみは文字通り二つに別れ、べちゃりと肉感的な下半身の横に落ちる。
それなりに関わりのあったメイド達はこの三人。後は言い方は悪いが思い入れはない。足に力を込めると、一気に加速し斬り裂いていった。美しい少女達は、あっという間に中身を剥き出しにして倒れていく。
「――で、ラストは」
この二日、共に調査をしたメイド。昨夜、肌を重ねた少女。恐らく今回の調査で一番深く関わっている相手。
「サイト」
「んだよ『地下水』」
「――出来るだけ、残しなさい」
「……善処するさ」
まるでの蜘蛛の足のごとく。背中から節くれ立った白い骨を伸ばしこちらに駆けてくる少女を見た才人は、短剣とそんな会話をしながら刀を構え直した。
ここまで原作沿い