って書こうとしたけど何かそうでもなくなってきた……どうだろ?
「それで」
一体何をする気なんですか、とルイズは自身の母に問う。隣を歩くカリーヌはそんな彼女を見て薄く笑った。大した事ではない、と言葉を紡いだ。
「ここのところ、領内にならず者が現れたの」
「それは大した事! ――でも、ない、のかな?」
「ルイズ、自信持って」
ティファニアに応援されたことで、ルイズは己を持ち直した。よし、と気合を入れ直すと、それは十分大した事だとカリーヌに言い返す。ふむ、とそんな娘の言葉を聞いた彼女は、小さく頷くと視線を前に向けた。
「理由は?」
「え?」
「大した事だ、と言うからには理由があるでしょう?」
「そ、そりゃあ……今までそういう話をここで聞いたことがなかったから」
「成程。確かにヴァリエール公爵領でそんな話が出るのは珍しいわ。でもねルイズ」
そうである理由を知っているのならば、その答えは出てこない。そう言ってカリーヌは口角を上げた。お前に分かるのか、と挑戦するような視線を向けた。
ルイズはその意味を理解し、ここは母親を見返すチャンスだと息巻いた。思考を巡らせ、先程の言葉を心で反芻し、しかしそれにより出てくる答えが一つであったことで眉を顰めた。
「……ここに悪さをしに来るような命知らずは、普通いないからじゃ……」
「ルイズ。わたしはその理由を聞きたかったのよ」
「ぐ……」
「あ、あのカリーヌさん。公爵領の噂とかが理由じゃ、ないんですか?」
やれやれ、と肩を竦めるカリーヌと敗北したルイズ。それを見ていたティファニアは、おずおずと手を上げて会話に割り込んだ。
ちらりとカリーヌはティファニアを見て、シャジャルを見る。笑顔のまま首を横に振るのを確認し、小さく彼女は息を吐いた。
「ある意味間違ってはいませんが、その噂の内容次第で失格か合格かを判断しましょう」
「はぇ!? ……ら、『
そうそうそれそれ、と言わんばかりの表情をしているルイズを見て、カリーヌは小さくチョップを叩き込んだ。頭を押さえ悶えている娘を一瞥し、それだけでは不合格だと笑みを浮かべる。それは遠因でしか無い、と言葉を続ける。
「ど、どういうことですか母さま」
「フィンティーヌ自由騎士団、ひいては公爵領全体の騎士団が抑止力になっていることは紛れもない事実でしょう。では何故それが抑止力になるのか。強力な騎士達が所属しているから? いいえ、違うわ」
公爵が率いている。それがいちばん重要なのだ。そう言ってカリーヌはルイズとティファニアを見た。
「公爵が、父さまがいるから?」
「……?」
「ピエールがどうとかいうわけではありませんよ。公爵という地位と、ヴァリエールという家名が肝心なのです」
「地位と、家名……? あ、ああ! トリステイン王家への影響力か!」
「そういうことです。ここをどうにかするということは、王家に弓引くのと同じ。少なくとも周囲はそう認識している」
トリステインの貴族が、わざわざ王家に反逆の意志を見せる形になるような行動を好き好んですることはない。つまりはそういうわけである。騎士団が強かろうがそうでなかろうが、公爵の軍というだけで手を出し辛い。
そして他国は、騎士団の強さと名声を聞いて、戦争の火種にするにはリスクが高いと判断する。場合によっては小手調べが殲滅戦に早変わりするからだ。
「化物の住む地だの人外魔境だのという噂は、その理由と比べれば小さなものよ」
「……ホントかな……?」
「……微妙じゃない……?」
一応納得したルイズとティファニアであったが、完全に受け入れるには少し疑問が残るらしい。まあそれでも、とカリーヌの言葉を踏まえ先程の話に、最初の問題部分に戻る。
国内の政敵ですらアンタッチャブルで、他国も不用意に触れない状態であったこの公爵領にそれらを覆すがごとくならず者が現れた。まとめるとこうなる。
「一大事じゃないですかぁ!」
ルイズが叫ぶ。隣ではティファニアが同じようにアワアワと狼狽えていた。
はぁ、とカリーヌは溜息を吐く。そんなに慌てるようなことではない、と二人にチョップを叩き込んだ。ティファニアの頭からはコンという音が鳴り、ルイズの頭からはゴス、と音が響く。
「まったく。いい、ルイズ。よく聞きなさい」
「ふ、ふぁい……」
「大した事じゃないわ。――要は喧嘩売ってきた連中を立ち上がれないようにぶちのめせばいいだけの話だもの」
そう言って笑うカリーヌはまさしく『烈風』。読み方は、ばけもの、であった。
そして勿論ゆるふわの化身はそんな彼女を見て楽しそうねと微笑むのである。
つまりは向こうの小手調べを殲滅戦に早変わりさせるということなのだが、それを行おうとしている人員が総員四名である。普通に考えれば鼻で笑われ、頭の中身を心配される状態なのではあるが、しかし。
「母さま」
「何? ルイズ」
「……たかがならず者をしばくのに母さまは過剰戦力では?」
「ルイズ。先程も言ったでしょう? 暗黙の了解を破って喧嘩売ってきているような馬鹿は徹底的にぶちのめす、と」
「形も残らないんじゃ……」
「ティファニア、貴女も中々言いますね」
はぁ、とカリーヌは溜息を吐く。元々二人の実力を見る意味も込めた探索なので、ならばお前達がやればいいと彼女はルイズとティファニアの背中を叩いた。
「わたしは見学しています」
「あら、いいのカリン?」
「お前がそういう風に仕向けたんじゃない。ったく、せっかく運動しようと着替えてたのに」
シャジャルの言葉にカリーヌはほんの少しだけ不満げに返す。勿論シャジャルは彼女の不満を笑って流した。ついでにあの格好はそういう意味だったのかと二人の娘は戦慄した。
そんなこんなで領内の街に辿り着く。公爵領の城下を除けば最も大きな場所であり、ここで隣国ゲルマニアのツェルプストーとの境界を保っている街でもある。公爵領では最も王都トリスタニアに近いフォンティーヌ領の街へ行かず、こちらへと向かったということは。
ルイズが表情を引き締めた。それはつまり、ゲルマニアとの戦争のきっかけになるかもしれないということなのだ。彼女はそう判断した。
「ルイズ」
「は、はい!」
「思い込みは足をすくわれるわよ」
「うぇ!? で、でででも」
「ルイズちゃん。エレオノールちゃんやカトレアちゃんは、今何をしていたんでしたっけ?」
母親のダメ出しに焦ったルイズであったが、シャジャルの言葉を聞いて動きを止める。それはどういう意味だ、と考え、そしてとりあえず答えを出した。今あの二人は、王都にてエルフの国の代表者と話し合いをしている。十中八九ビダーシャルだろうと予測し、あの時のことで申し訳ない気持ちになりながら、エルフとの会議が一体何なのだと首を傾げた。
「……あ、そっか。普通はエルフってよく思われてない」
「はい、よく出来ました」
「え? 何が良く出来たんですかシャジャル様?」
「あら? 答えを出したのではないの?」
「えーっと。トリステイン王家がエルフと関係を持とうとしたならば、それを良く思わない貴族が間違いなく出てくる。で、その連中がどうするのかって考えれば」
王家との繋がりの強い貴族を排斥、あるいは懐柔しようとするはずだ。そこまでを述べ、正体はどちらの可能性も考慮する必要があるという結論を出したルイズは、ちらりとカリーヌを見た。口角を上げているのを確認し、よしオッケーと心の中でガッツポーズを取る。
「うんうん。流石はルイズちゃん」
「い、いやぁ、母さまの娘ですからこのくらいは」
「サンドリオンに説明されてようやく理解したカリンとは違うわね」
「……へ?」
カリーヌを見た。思い切り目を逸らされた。おいマジかよ、とシャジャルに視線を戻すが、彼女は変わらず笑みを浮かべている。ゆっくりとティファニアを見たが、彼女はブンブンと猛烈な勢いで首を横に振っていた。そのついでに胸がばるんばるん揺れていた。
「あの、母さま……」
「恐らく反王家、というよりも反アンリエッタ王女の派閥でしょう。マリアンヌ太后はその辺りは表に出さない人ですからね」
「か、母さま……?」
「まず間違いなくナルシスとバッカス――もとい、グラモン家とモンモランシ家にも何かしらちょっかいを出しているでしょう」
「母さま?」
「今回ならず者がこちらに何かをしようとする場所をここにしたのは、ゲルマニアのツェルプストーに罪を着せることが出来るから。姑息な連中の考えそうな」
「母さま!」
「……ええ、そうよ。全部ピエールの受け売りよ! 何!? 悪いの!?」
「別に悪いとか言ってないですし逆ギレもやめてください!」
がぁ、と吠えるカリーヌと負けずに叫ぶルイズ。そんな二人を見てやっぱり親子ね、と楽しそうに微笑むシャジャル。控えめに言ってカオスであった。膂力と胸以外は比較的常識人寄りのティファニアは、そんな状況についていけない。というか何で我が母親はこの光景を見てのほほんとしているのか。そもそも原因お前じゃねぇか。そんなことまで考える始末である。
「そういえば、何で父さまいないんですか?」
「別にわたしへの説明で疲れたから休んでるわけじゃないわよ!」
「誰もそんなこと言ってないでしょう!? というか母さま元々マンティコア隊の隊長やってたんですし普通に頭いいでしょうに!」
「事務仕事なんかゼッサール副隊長に全部任せっきりだったわよ!」
「威張って言うことじゃないです!?」
「……ふう、少し取り乱したかもしれませんね」
「……あ、はい。そうですね」
街の入口で騒いでいたので何事だと衛兵がやってきたのが少し前。ギャーギャー言っている二人を見てげぇ公爵夫人とルイズお嬢と顔を引き攣らせたのがついさっき。シャジャルとティファニアがお仕事ご苦労さまと衛兵をねぎらって事態を丸く収めたのが今しがたである。
頭が冷えたのか、とりあえず無かったことにして話を進めようと咳払いをするカリーヌに何かを言う者はだれもいない。これ以上話を遮ると時間がなくなるからだ。
丁度いい、とやってきた衛兵に声を掛けた。はい、と背筋を正す衛兵を見て小さく微笑みながら、ここのところのならず者連中の話を聞きたいとカリーヌは述べる。そのことでしたらと衛兵は快く頷くと、立ち話も何だからと近くの詰め所へと四人を案内した。
「ここのところ、連中はこちらの方角からやってきています」
そう言って衛兵が机の上に広げた地図で指し示したのはゲルマニアの方角。ツェルプストーがまた戦争を仕掛けてくるのでしょうか、と難しい顔をしながら彼は続けた。
地図を眺めていたカリーヌは、その言葉をやんわり否定しながら衛兵の示した方角を指でなぞる。近くにあるのは森、山、そして湖。どれも拠点にすることは可能だろう。しいて言うならば近辺に危険な野生動物のいない湖が有力候補か。そんなことを考えつつ、よしと視線をルイズに向けた。
「貴女ならば、どう見ます?」
「山は拠点を作るのにはちょっとキツいかな……。確かあそこ野生のヒポグリフがいるし。となると、森か湖…………森、かな?」
「ほう」
「そこそこの広さがあるんで、隠れるには丁度いいと思うんです」
そういう考えか。ふむふむ、と頷いたカリーヌは、ではティファニアと視線を動かした。いきなりの指名にビクリと震えたものの、首を捻りつつわたしも森だと思いますとはっきり述べる。理由を聞くと、ルイズと同じように広さがあることを述べ、そして。
「あの辺り、危険な動物があまりいないから」
「おや? わたしの認識違いだったかしら」
衛兵を見る。はい、と背筋を正した衛兵は、資料棚へと駆け寄ると最近の調査資料を広げる。暫しそれを目で追っていた衛兵は、確かにそうですねと該当部分をカリーヌに差し出した。
「ここ数年で生息域が変わったのね」
「……色々公爵領に入ってきてますし」
主にナイフとか、ミノタウロスとか、後吸血鬼が増えたりとか。最近は
「じゃあ、とりあえず森を調査、かしら?」
ぽん、とシャジャルが手を叩く。今回の実働部隊である二人の意見が一致したのでその結論になるのは間違ってはいないだろうが、しかし当人達は浮かない顔である。どうしたの、と彼女は尋ねると、難しい顔をして地図の森を手でなぞった。
「広いんですよ」
「四人で探すのはちょっと大変じゃないかなぁ……」
言われてみればその通り。衛兵もそうなんですよね、と溜息を吐いているので既に通った道ではあるのだろう。でも、と彼は言う。自分達ではならず者連中を、賊を見付けても対処が難しかったが、貴女達なら、と。
「最初からそのつもりよ。任せて」
「うん。わたしも頑張る」
気合を入れるルイズとティファニア。そしてそれを見守るカリーヌとシャジャル。そうしてとりあえず話をまとめたのはいいが、しかし現状はこれから進めないという落ちが待っている。
「んー。誰か案内してくれる人もいればいいんだけど」
どうしたものか。そんなことを考えている最中、ティファニアがぽつりとそんなことを漏らした。それが出来たら苦労しないと苦笑しながら述べたその言葉であったが、ルイズはそれを聞き動きを止める。
「それよ!」
「え? どれ?」
「案内役を用意しましょう」
「……どうやって?」
ルイズは衛兵に問い掛ける。そのならず者連中は、こちらのどこで悪さをしているのか、と。その質問で意図を察した衛兵は、先程より狭い範囲を記載した地図を机に広げる。街の全景図を二人に見せながら、この辺りです、とこことは違う街の入り口付近、そして酒場周辺を指し示した。
「よし。んじゃ行きましょう」
「……この辺に?」
「そうよ。で、とっ捕まえて案内役にするの。――あるいは」
わざと逃して追いましょう。そう言って笑うルイズの背後に何かが見えた気がして、ティファニアは思わず目をこすった。
彼女が見た幻影は、栗色の髪をしていた。クスクスと笑う幻影は、仮面とティアラを付けていた。
カリーヌママが原作と比べると物凄く残念な脳筋になったような……