ハルケギニアのメイジの強さはいくつ系統を足せるかで決まる。一つがドット、二つがライン、三つがトライアングル、四つがスクウェア。とレベルが決められており、スクウェアメイジが最も強力なメイジの称号とも言えるだろう。
だが、これはあくまでそういう定義付けなだけである。実際は、戦い方によってはドットでラインやトライアングルを出し抜くことも可能ではある。とはいえ、あくまで不可能ではないというだけで、現実としてドットメイジがトライアングルに勝つ光景を見ることはまず出来ない。そこに至った経験や知識が、レベル以上の差となって現れるからだ。
それとは別に、同じレベルのメイジがいたとする。こちらの勝敗はもっと単純で、実力で勝るかどうかだ。上記の知識や経験、発想などを活用し相手を上回るのだ。
「……」
「……」
ここまでが普通の話である。そしてここからは普通ではない話だ。
「……ふむ」
「ちょっと気合入れ過ぎたのじゃない? カリン」
「そうね」
メイジのレベルは四つである。これはただ単に個人で使用されるハルケギニアの呪文の中で、系統を四つ足すものが最高だからだ。もし仮にそれ以上足す呪文が存在したのならば、レベルは五段階六段階になっていたであろう。
だから、系統を四つ足すことなど序の口の人間が存在した場合、名目上はスクウェアメイジであるが、全く別のナニカであると断言してもいいだろう。
「母さま」
「カリーヌさん」
早い話が目の間でポリポリと頬を掻きながら杖を素振りしているカリーヌのことである。目の間には街の入口から半径で三リーグほどが更地になっているのが見える。のこのこやってきたならず者を小手調べと『烈風』が軽く杖を振った結果であった。
「ルイズ、あれを受けていつもよく平気よね」
「……何でわたし生きてるのかしらね?」
「ルイズ、ティファニア。何を言っているの? 今回も普段の修業もきちんと非殺傷よ」
ほれ、と向こうで積み上げられているならず者を指差す。近付いて確認すると、成程全員が息をしていた。しているだけである。意識もなければ当分自力では動けまい。
そして今回の作戦は、案内役を作ることである。
「さて、作戦失敗したんで別の場所行きましょう」
「ルイズ」
「いやだってしょうがないじゃないですかぁ! 絶対こいつら目覚めませんよ!?」
ジロリとカリーヌがルイズを見たが、彼女は少し後ずさっただけでそう返す。言っていることはもっともなので、カリーヌはぐぬぬと口を噤んだ。
「大体、今回はわたし達でどうにかするんでしょう? 何で母さまがいきなりぶっ放してるんですか!」
「……つい」
「いい加減自重しろよ脳筋!」
勢いで言い過ぎたルイズがならず者の頂に積み上がった。
所変わって酒場である。外の騒ぎはここまでは届いていないようで、同じようなならず者がそこで騒いでいるところであった。扉を押してそこに入った四人は、ぐるりと見渡しさっきの連中とは違う集団なのだろうかと暫し考える。
「複数から狙われていると考えるならば、その可能性もありえるでしょうね」
「どんだけ恨み買ってんですか姫さま……」
シャジャルの言葉にルイズが肩を落とす。そんな彼女を見て、ティファニアはしょうがないわよと笑った。
「アンリエッタは頑張り過ぎちゃうから」
「……そうね。もう少し大人しくしててくれてもいいのにね」
クスリと笑ったルイズは、よしじゃあ気合い入れますかと腕を回した。酒場の給仕に声を掛け、ちょっと一暴れするからと店主に伝える。問題とルイズを天秤にかけた酒場の店主は、出来るだけ被害は少なくしてくださいと頭を下げた。
「よし。……ちょっと、アンタ達!」
好き勝手振る舞っているならず者連中へと声を張り上げた。何だ、とルイズに顔を向け、貴族のお嬢様が何の御用ですかねと下卑た笑みを浮かべながら言葉を返す。
ふん、と鼻を鳴らし、自分はここヴァリエール公爵領の領主の三女であるとルイズは宣言した。
「街の人達が迷惑しているわ。そうね、今すぐに公爵領から出ていくのであれば、お咎めは無しにするよう我が父、ヴァリエール公爵に働きかけましょう」
どうだ、と言うルイズに、当たり前のことながらならず者達は断った。笑いながら、何をふざけたことを言っていると各々立ち上がった。それでその提案を断ったらどうなるのだと持っていた武器に手を掛けた。
「いくらメイジとはいえ、まさかお嬢様一人でこの人数を相手にするつもりじゃないよな?」
「そうね。一人じゃ、ないわ」
テファ、と後ろにいたティファニアに声を掛ける。行ってらっしゃいと手を振るシャジャルに手を振りかえしながら、彼女はルイズの隣に立った。自身の得物である戦斧を使うと酒場が先程の街の外より酷いことになりかねないので、今回は素手である。
「ふ、二人? 二人でどうにかするって?」
「ええ。ぶっちゃけどっちか一人でもいいのだけど、今回はそういう条件だから」
明らかに馬鹿にしているならず者へさらりと返し、くいくい、と指で挑発をする。御託はいいからかかってこい。そう言わんばかりの動きと表情を見て、男達は見下した表情のまま武器を構えルイズとティファニアへと襲い掛かった。
先手はルイズ。ならず者の剣を体の動きだけで躱すと、その手を掴んで手首を杖で打ち付ける。その衝撃で武器を取り落とした相手へと上から叩きつけるように風の鎚を打ち込んだ。被害は少なく、と頼まれている以上、あまり普段のように考えなしに暴れるわけにはいかないのだ。
「ルイズちゃん、考えてるわね」
「嫌味かシャジャル」
ジロリと隣のエルフを見たが、ゆるふわの化身は全く動じていない。というよりも何か変なことを言っただろうかと首を傾げる始末である。もういい、とカリーヌはそんなシャジャルを見て溜息を吐いた。付き合いも長いのでいつものことである。
「えっと。えーっと」
一方のティファニア。さてどうしたものかと頭を捻っていた。自分の力が普通の人よりほんの少し強いことは知っている。なので、どうにか手加減をして被害を減らさなければいけないのだが。
「……な、なんだこいつ!?」
ちなみに先程から攻撃されっぱなしである。剣だのなんだのが直撃し続けている。が、ティファニアはまるで動じていない。母親とは別の意味で、物理的にである。瑞々しく美しいハリのある肌は剣の斬撃を弾き返し、槍の突きを受け止める。一応エルフであることを隠す帽子も、一連の攻撃を受けて尚ピクリとも揺れていなかった。
「よし」
ひたすら攻撃を続けているならず者一人に目を向けた。ごめんなさい、と少しだけ眉尻を下げたティファニアは、中指を親指で弾いて男の額にぶつける。
酒場の壁まで男が吹き飛んだ。ずるり、と壁に沿って落ちていく男を目で追っていたならず者は、目の前の光景が信じられず動きが止まる。
「あ、大丈夫かしら……」
「とりあえず死んではいないっぽいわね」
呻いているので命に別状はないだろう。そう判断したルイズの言葉で、ティファニアはよかったと笑みを浮かべる。戦うだけの威力は流石にこれ以上下げられなかった。そんなことを言いながら、彼女は別の男を視界に入れた。
「ば、ばけも……」
「失礼しちゃうわ」
胸部のたわわな果実をゆっさゆっさと揺らしながら、ティファニアは即座に相手との距離をゼロにする。てい、と軽く肩を押した勢いで、ならず者は先程の男と同じように壁へと吹き飛んでいった。
「普段あまり組み手をしてくれる人がいないから、その辺りの勝手がよく分からないのよね」
「うん、まあ皆死にたくないし」
誰が好き好んで城壁に素手で穴を開けるようなのと組手をしたがるというのだ。後ろにいる該当者のことは頭から避けつつ、ルイズはそんなことをついでに思った。
気絶しているならず者を拘束し、戦意喪失している数人を見やる。情けない声を上げながら後ずさりをしているのを見て、ルイズはやれやれと肩を竦めた。
「アンタ等、公爵領の噂聞いたことないの?」
ルイズの言葉に男達は皆首を横に振る。そのことで怪訝な表情を浮かべた彼女は、一つ聞きたいと指を一本立てた。
「トリステインの人間じゃないわね」
ビクリと男達の肩が跳ねる。動きを止めた連中は、ゴクリと喉を鳴らすと首を縦に振った。我々はゲルマニアの雇われ傭兵だ、と白状した。
ルイズはそんな男達をじっと見る。猛獣の檻の中に入れられているような表情を浮かべているその連中を眺めていた彼女は、分かったと一言述べると踵を返した。
「テファ、その連中の両手を縛っておいて」
「あ、全員案内役にするの?」
「……そうよ」
顔を向けずにそう返す。今ルイズの表情が見えるのはカリーヌとシャジャルのみだ。シャジャルは変わらず微笑んでいるが、カリーヌはそんなルイズを見て苦笑した。
娘の名を呼ぶ。何ですか、と返したルイズの頭を軽く叩いた。そしてその後、ゆっくりと撫でる。
「な、何ですか母さま」
「娘の成長が誇らしくて、そして少し寂しかっただけです」
「ワケわかんないですよ……」
いつのまにか立派になった。そんなことを考えて、カリーヌは何だか自分が年寄りになったような錯覚を覚えた。尚、彼女の実年齢は四十後半である。微妙な年齢であった。
そんなこんなで準備は終わり、気絶している連中は衛兵に引き取らせ、ルイズ達は捕まえた案内人にアジトを尋ねる。当然ながら男達は渋った。が、街の外の一角が更地になっているのを見せられ、もう一度問われた時は全力で首を縦に振っていた。死体も残らないのと、案内して投獄されるのはどちらがいいか。考えるまでもなかったのだろう。
「……山?」
男達が向かった先は森でもなく、湖でもなく。山の中腹であった。ここにアジトを構え、とりあえずは街で暴れ治安を悪くさせるのが目的であったらしい。規模の小ささにいささか拍子抜けしつつ、ルイズ達は案内されるがままに歩いていく。
その途中、カリーヌは一人難しい表情をしていた。どうしたの、とシャジャルが問い掛けるが、何でもないと返すのみ。明らかに何かがあると言わんばかりのその態度を見たシャジャルは、まあ何でもないのならばいいと笑顔で答えた。
「少しは疑いなさいよ」
「カリンが何でもないと言うなら、私はそれを信じるだけ」
「……まあ、本当に何でもないの。別段対処出来る程度の――」
咆哮が聞こえた。それにより会話は中断し、音のした方向へと視線を動かす。道案内の男達が助けを求めていることから、どうやらその先にいる連中が残りのならず者なのだろう。アジトがすぐそこ、あるいは騒ぎを聞いて降りてきたかのどちらか。
が、そんなことはどうでもよかった。カリーヌの見ているのはその連中の連れている一匹の獣。
「ルイズ」
「はい!?」
「あれは、何だと思います?」
胴体部分を見る限り、竜に近い魔獣だろうと推測出来る。が、その上部分、生えている頭が多種多様であった。馬や、豚という家畜らしきものから、狼や熊という猛獣。果ては魔獣の、ヒポグリフの頭も生えている。
「……
「そうですね。わたしも知識の中で該当するのはそれよ」
だが、と二人は考える。合成獣が蔓延っているのはガリアの元研究施設。自称ゲルマニアの刺客だというこの連中が持ち出す奥の手がこれなのならば、随分とお粗末な工作だということになる。
「やっぱり嘘だったのね」
まあ知ってたけど、とルイズは肩を竦める。普段から言動の八割方嘘と欺瞞と悪巧みで出来ている人物と接しているので、彼女はこういう時の真偽は割と見抜く方だ。素直に案内したのもアジトで返り討ちに、とか考えていたのだろうということも何となく思っていた。カリーヌの考えていたのもそれである。
「ま、良くある手よね」
腰から杖を引き抜く。どのみち問題解決するには目の前の化け物を倒さねばならないのだ。余計なことはその後にでも考えればいい。
「ルイズ……」
「どうしたのよテファ。怖いとか言わないわよね?」
「うん、まあ……。でも、あれは何?」
「母さまとわたしは合成獣じゃないかって思ったけど」
「え? アトレと同じなの?」
いえーい、とダブルピースする髪留め型の花を頭につけた薄桃色の髪の美少女を思い浮かべる。出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいる女性らしい体付きのあの少女と、目の前の醜悪な怪物が同じだと言われてもピンとこない。そんなことを思いながらティファニアは眉を顰めた。
「疑似餌の方じゃなくて、本体本体」
「んー。でも、アトレの本体もわたしは可愛いと思うの」
蟲と華が入り混じったボディと巨大なカマキリの鎌と蠢く蔓、生半可な魔獣ならば一口で噛み砕けそうな大口。それらを思い浮かべ、まあ確かに形のバランスは取れてるかもとルイズは思わず納得しかける。
「って、それはいいのよ。今はとりあえずあれをぶっ倒すわよ」
「あ、うん。そうね」
案内役を蹴り飛ばした。ならず者達の方へと転がっていくのを見つつ、ルイズとティファニアは化け物とその付近にいる連中を睨む。
「ふん。いくらヴァリエールの強力なメイジとはいえ、小娘二人だ。この、雇い主の指輪の力で操作されたキメラドラゴンの敵ではない!」
ならず者連中の中で、毛色の違う男が数人。どうやらメイジのようで、身に付けているものもそこそこのものだ。あれが親玉だな、とあたりを付けたルイズは、化け物退治の後の目標をそれらに定めた。
「ルイズ」
「何ですか? 母さま」
「わたしとシャジャルは見ていますから。もし、どうしても、という時は頼りなさい」
「はい、ありがとうございます母さま。でも、まあ」
二人で十分ですよ。そう言ってルイズは振り返り、笑った。同じようにティファニアも振り返り、大丈夫ですと笑みを見せた。
「よし、行くわよテファ!」
「うん、ルイズ!」
杖に呪文を込めながらルイズは駆ける。デルフリンガーがいないのは不満だが、まあ今回はしょうがない。そんなことを思いながら竜巻を溜め込んだ杖を振りかぶる。
拳を握り込みながらティファニアは駆ける。斧がないから解体出来ないが、まあ晩御飯にするにはちょっと頂けないからまあいいか。そんなことを思いながら先程より少しだけ力を込めた拳を振りかぶる。
先程のキメラドラゴンの咆哮とは比べ物にならない轟音が、山に鳴り響いた。
こっちは原作のキメラドラゴン