ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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YA・MA・BA


ワンダリング・テンペスト/悪魔の布告
その1


「い、今何と?」

 

 ウェールズの驚愕の表情と震える声に、彼の父親にしてアルビオン国王ジェームズは何ら反応することなく言葉を紡いだ。聞こえなかったのか、と呆れるような素振りすら見せた。

 

「我らは『レコン・キスタ』との和解を成立させた」

「……私が聞いているのは、その先です」

「彼らとの協議の結果、王を廃止することとなった。これからは選ばれた貴族や司祭が議員となり、皆で国を運営することとなる」

「正気ですか、父上」

「勿論だ。元より、アルビオンが混乱を極めたのは我ら王家がふがいないからであろう。ここらが潮時、それを気付かせてくれたのだよ」

 

 ははは、とジェームズは笑う。その瞳に狂気は見られず、ウェールズとしてもそうであればこれ以上食い下がるわけにもいかない。唇を噛み締め、分かりましたと立ち上がった。

 そんな彼にジェームズが声を掛ける。これからは我らも議員の一人、独りよがりの発言は出来なくなるぞ。そんな、どこか含みのある言葉を紡いだ。

 

「存じております」

 

 部屋を出る。表情を変えることなく、ウェールズは無言で自分の部屋へと足を進めた。

 その道中、彼はもう一度父親の、元国王となる男の言葉を反芻する。領地を持つ貴族が皆平等に国を運営する権利を持ち、王は象徴でしかない。実質全ての力を奪われたに等しい扱いであるにも拘わらず、ジェームズは気にしていなかった。全ては自身が招いたものだと、受け入れていた。

 

「確かに、本当にそうであるのならば」

 

 これが民の望んだことならば、我らは受け入れる必要がある。が、どうにもウェールズは信用出来なかった。民ではなく、『何か』の望んだ結果ではないのかと疑っていた。

 

「おや、ウェールズ殿下。随分と険しい顔をしていなさるが」

「ん?」

 

 声のした方を見る。帽子の上からポリポリと頭を掻いている司祭を視界に入れ、何だ貴方かと彼は溜息を吐いた。

 

「……聞いていますか?」

「聞いている、とは……? 件の、『アルビオン共和国』とやらについてですかな?」

 

 肩を竦めながら司祭、クロムウェルは苦笑する。何とも急な話だ、と言いながら、しかし彼の心中を察し頭を掻いた。

 

「確かに突然王族としての権力をほぼ全て奪われたとあっては、殿下としてもよろしくはないでしょうな」

「いや、別にそれはいいんだ。所詮王家の権力は自分で手に入れたものではないからね」

 

 きっかけにはなっても、それを自分の力として縋り付くのは違う。誰かの顔を思い浮かべながら、ウェールズはそうクロムウェルへと述べる。それを聞いたクロムウェルは少しだけ目を見開き、では何をお考えですかと彼に尋ねた。

 

「あまりにも急過ぎる。これではまるで、何かに操られているように思えてならない」

「……きちんと段階を踏めば、それでもいいと?」

「それで国が機能し、民が平和ならば」

 

 迷うことなくそう言ってのけたウェールズを、クロムウェルは楽しそうに笑みを浮かべながら見やる。流石は殿下ですな。そんなことを言いながら、しかし表情を少しだけ真面目なものに変えた。

 

「ならば、今むやみに動くのは得策ではありますまい。もし、『何か』によって仕組まれているのならば、邪魔者は排除されるやもしれませんからな」

「……ご忠告感謝する。そうだな、今は潜むか」

 

 幾分か表情を和らげたウェールズは、ではまたと歩みを進める。が、そんな彼をクロムェルは呼び止めた。お節介ついでに、と笑みを浮かべた。

 

「その前に一つ。王家でなくなった場合、殿下は婚約者様をどうするおつもりで?」

「……ついてきてくれるのならば、嬉しいだろうね」

「成程。では提案ですが」

 

 少々国も混乱するでしょうし、少し骨休めをしてもらうのはどうでしょう。そんな彼の言葉に、ウェールズは成程、と笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「事情は分かりました」

 

 トリステインの第二執務室。別名アンリエッタの悪巧み部屋にて、一人の少女が顔を顰めながら紅茶を飲んでいた。そんな彼女をアンリエッタは眺めながら、少しだけ考え込むような仕草を取る。

 

「それで、貴女はどうするつもり?」

「……どうすればいいのよ」

 

 コトリ、とカップを置くと少女はそう零す。何をしていいのか、何をすればいいのか。そもそも何か出来るのか。そんなことが何一つとして分からないのだ。

 そんな少女を見て、アンリエッタは苦笑した。そんなに難しく考えないで、と言葉を掛けた。

 

「アルシェ。貴女のやりたいことを聞かせてくれればいいのです」

「ウェールズ様を助けたい」

 

 即答であった。が、アンリエッタはうんうんと頷きそうでなければ面白くないと言わんばかりの態度をとった。

 

「とはいえ、わたくしも今色々と案件を抱えているの。だから」

「だから、何?」

「とりあえず目処だけ付けるから、少し待っていて頂戴」

 

 手助け出来ない、とは言わなかった。当然である。アンリエッタにとってウェールズの危機は優先順位がかなり高い。ルイズとウェールズが同時に危ない状態になっていた場合迷わず彼を取るくらいには高い。

 が、それでも全てを捨てて即行動とならない程度には今の彼女の案件は重要であった。机の上に広げている書類の殆どはエルフとの交渉事である。こちらを蔑ろにするのは間接的に他の国に、ウェールズにも迷惑が掛かる。そういうことでもあった。

 

「それ、私が見てもいいものなの?」

「貴女とウェールズ様がアルビオンの実権を握ってくれれば、何の問題もないわ」

「体よく脅しに来たわね」

 

 はぁ、とアルシェは溜息を吐く。まあ元よりそのつもりだ、確かに何の問題もない。そんなことを思いながら、彼女はそういえばとアンリエッタに尋ねた。

 

「護衛に連れてきたあの二人は、大丈夫かしら?」

「ええ勿論。あのくらいならばこの国では普通ですもの」

「……アルビオンの前にこの国が滅ばないか心配だわ」

 

 

 

 

 

 

 ギーシュは困惑していた。対面で座っている男性とその隣の女性は初対面である。が、アンリエッタの無茶振りで同席させられたのだ。向こうも向こうでどう接したらいいのか迷っている様子であった。

 

「あの、ミスタ」

「なんだね?」

「失礼ですが、アンリエッタ姫殿下のことはご存知ですか?」

 

 その質問に男性は怪訝な表情を浮かべる。が、ああそういうことかと納得した彼は、幾分か表情を和らげると首を縦に振った。大丈夫だ、と言葉を紡いだ。

 

「私は元々『レコン・キスタ』でね。あの姫殿下とアルシェ様には世話になった」

「……な、成程」

 

 大体察した。思わずすいませんでしたと頭を下げそうになり、いや違うだろうと動きを止める。というか今さらりととんでもないこと言わなかったかとギーシュは彼の顔を見た。

 そういうことを言っても問題ない相手なのだろうと確信を持っている顔であった。ああ畜生正解だよ。心中で舌打ちをしながら、段々自分もルイズに近付いてきたなとこっそり溜息を吐いた。

 

「それで、今向こうで話しているのは。アルビオン王国が滅んだことについてでしたね」

「ああ。何をしたかはよく分からんが、『レコン・キスタ』の勝利というわけだ」

 

 そう言いながら男性は紅茶を飲む。それでもどこか他人事のような物言いなのは、そこに血が流れていないからであろう。相手を戦争で滅ぼしたわけではない、という一点で、今回のそれはどうにも憤りをぶつけにくいものであった。

 

「ミスタ・オールダム。あなたは」

「ロレンスでかまわんよ」

「そこまで僕は無遠慮ではないので」

「私は案外君に親近感を覚えているのだがね」

 

 はは、と頬を掻くギーシュから、視線を隣に移す。彼の隣にいる少女が、ロレンスの隣の女性と何やら話をしているところであった。

 

「兄妹?」

「ええ」

「親愛?」

「どちらかといえば、恋愛です。らぶらぶです」

「禁断。恋愛?」

「魂は妹ですけど。体は骨人形ですし」

「問題。皆無」

「ばっちりです」

 

 ロレンスは無言でイヴの頭を引っ叩いた。きゃん、と可愛らしい悲鳴を上げた彼女は、少し涙目になりながら彼を睨む。

 

「昔のお前は、もっと淑女だったんだがな……」

「兄さま」

 

 嘆いているように見えて、ロレンスの顔は笑顔である。事情はよく知らないが、まあそういうことなのだろうと納得したギーシュは、そこでふと疑問に思った。

 今この人親近感覚えてるって言ったよね?

 

「ミスタ・オールダム」

「ん?」

「別に僕とカレンデュラはそういう関係ではありません」

「違うのかね?」

「僕には心に決めた女性がいますから」

「彼女の方はどうなのかな?」

 

 ちらりとカレンデュラを見る。ん? と首を傾げた彼女は、無表情のままギーシュの腕に引っ付いた。ほれ見ろ、という顔をロレンスはした。

 

「違いますから! 彼女は僕の生成したゴーレムなんで、娘みたいなものですから」

「私も妹から迫られているぞ」

「ああ、成程。そういう意味で親近感が――だから違うって言ってるでしょうが!」

 

 ゼーハーと息を切らしながら必死で否定したタイミングで、何やってんのよという声がギーシュの背中に届いた。振り向くと、ピンクブロンドの少女と金髪縦ロールの少女二人が呆れた表情で彼を見ている。

 

「ギーシュ、アンタ客人の前でみっともないわよ」

「今の流れは僕悪くないよね!?」

「まあ別にギーシュが誰といちゃいちゃしようがわたしは関係ないし」

「モンモランシーは一番関係あるよ!? というかして!?」

 

 ギーシュの言葉を受け流しながら、二人は彼らのテーブル席に座る。話はまとまったのかしら、というルイズの言葉に、ロレンスは無言で首を横に振った。

 今のアルビオンに関わるということは、国そのものに手出しをするのと同義である。よくて外交問題、最悪そのまま戦争になりかねない。ただでさえアルビオンとの仲が冷えている以上、後者になる可能性も高い。

 

「妥当ではある。と私は思う」

 

 小さく溜息を吐きながらロレンスは述べる。元々ここに来た理由はアルシェを国内のゴタゴタから遠ざけるためだ。ウェールズは自分だけで何とかしようとしているのだろう。それが分かるからこそアルシェも力になろうとしているのだ。勿論アンリエッタも、である。

 

「でも」

 

 ルイズがぽつりと零す。絶対に姫さまは動く。確信を持って紡がれたその言葉を聞いて、一同は思わず目を瞬いた。

 

「まあ、だからこそわたし達呼ばれたんでしょうし」

「だろうね」

 

 夏休みも終わったこのタイミングで早速の呼び出し。また補習コースかな、と至極どうでもいいことを考えた。とはいえ、ギーシュとしてはある意味ちょうどいいタイミングでもあった。夏休みの最中、エルザと十号とアトレシアを学院でかくまったことが割と男子生徒の中で噂になっているからだ。マリコルヌが殺意の視線を向けてきたのも一度や二度ではない。

 

「ほとぼり冷めるまでラウルでいるかな……」

「我慢」

 

 事情を知っているモンモランシーは苦笑し、知らないルイズはなんのこっちゃと首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 アンリエッタは絶対にやる気だ。それも相当やる気だ。

 ルイズ以外も確信を持ったのは、それから暫くしてやってきた面々を見たからである。ルイズ達は元より、ロレンスも見覚えのある一行は、彼を見ると素っ頓狂な声を上げた。

 

「あれ? あの時の」

「ああ。あの時は世話になったな、団長殿」

 

 そう言って苦笑するロレンスを見ながら、こちらこそとフォンティーヌ自由騎士団――『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラベート)』の団長才人は頭を掻く。まあ元気そうでよかった、と彼は含むものなど何もない笑みを浮かべた。

 

「その節はお世話になりました」

「あ、はい。……随分と喋るようになったんですね妹さん」

「愛の力です。らぶぱわーです」

「……」

「こっちを見るな」

 

 疲れたようにそう述べるロレンスを見て、才人は分かりましたと考えないことにした。そういうことに首を突っ込む趣味もなし、向こうが問題ないなら問題ないだろう。そんなことを思いながら、ルイズ達が座っているテーブルの隣のテーブル席へと腰を下ろす。

 

「んで、姫さま何をやらせる気だ?」

「知ってたらこんなとこにいないわよ」

 

 才人の問いかけに、ルイズが返す。まあそりゃそうかと肩を竦めた彼は、とりあえず待つかと控えているメイドに紅茶を頼んだ。

 先程から大人しいが、勿論やってきたのは才人だけではない。『地下水』も、エルザも、十号も、アトレシアも。『美女と野獣』のいつもの面々は全員この場にやってきている。ルイズ達と合わせると、アンリエッタを除いた『暴風雨』と『美女と野獣』が揃っていた。

 

「いや、ホント何やらせる気だよ」

「少なくとも碌な事ではないのは確かでしょう」

 

 溜息混じりの才人の言葉に、『地下水』が涼しい顔でそう返す。んなこた分かってる、と言いつつ、彼は視線をロレンスに向けた。彼がいるということは、アルビオンに関係するのだろう。そんなことをついでに思った。

 

「……アルビオンに喧嘩でも売りに行くのか?」

「いくらなんでもそれは」

「場合によってはそうなるかもしれないわね」

 

 エルザの言葉に被せるようにルイズが零す。え、と彼女の方を向いたエルザが見たのは、色々と諦めた顔をした少女であった。あ、これは本気で駄目なやつだ。そうエルザは確信した。

 ガチャリと扉が開く。全員揃っていますね、とやってきた人物は述べると、共にやってきた少女と共に近くのテーブル席に腰を下ろした。そうしながら、前置きは別に必要ないだろうと言わんばかりの表情で皆を見渡す。

 

「いります」

「あらルイズ。そんなに飲み込みの悪い人だったかしら?」

「そういうのじゃないです。そういうのいいですから言ってください」

 

 つまらない、とアンリエッタは唇を尖らせる。が、すぐに表情を戻すと、しょうがないと肩を竦めた。当たり前だろ、という隣の視線は無視をした。

 まずは基本事項、とアルビオン王家が瓦解し共和国なるものへと変化するらしいと述べる。勿論そんな一大事に同じ始祖の血を受け継ぐこの国がどう行動するかを話し合われないはずもなく。

 

「トリステインとしては、現状アルビオンに干渉するのを良しとしない。そう決まりました」

 

 だろうな、という表情を誰もが浮かべる。そこに誰も驚かないのを確認したアンリエッタは、ほらやっぱり前置きいらなかったではないかとルイズを見やった。

 そこじゃねぇよと睨まれたので、はいはいと軽く受け流した。

 

「というわけで、わたくしはアンリエッタ個人として、友人であるアルシェを助けるべく行動をしようと思います」

 

 さしあたっては、とアンリエッタはそこで言葉を止める。誰も驚かないので若干つまらないと思いながら、それ自体はおまけのようなものだから気にせんとばかりに言葉を続ける。

 

「これからのために、そしてわたくしの友人の心の平穏のために。ウェールズ様はこちらで静養してもらおう、そういうことになりました」

 

 うんうん、と頷いていた一行が、その言葉で動きを止める。そこまでは一緒だが、それからは各々反応が違った。どういう意味だと首を傾げる者、何言ってんだこいつという目で見る者。

 そして、ざっけんなと立ち上がる者、である。

 

「姫さま」

「何かしらルイズ」

「早い話が、ウェールズ殿下を攫うってことですよね?」

「勿論よ」

 

 取り繕うことなく、はっきりと。アンリエッタはそう言い切った。向こうがその気なら、こちらも好き勝手に動くだけだ。そう言わんばかりに、口角を上げた。

 

「『暴風雨』と、そして『美女と野獣』に依頼します。偽りの共和国から、ウェールズ様を誘拐する手助けをして頂戴」

 

 ルイズとモンモランシー、そしてギーシュは諦めたように頷く。が、その顔は一様にやりたくないというものとは真逆であった。

 才人はポリポリと頬を掻きながら、まあカトレアさんから協力してやってと言われてるしな、と肩を竦めた。が、渋々のようで、その実皆揃ってやる気であった。

 アンリエッタは満足そうに笑う。お願いします、と頭を下げ、頭のティアラを引っ掴んだ。

 

「では、わたくしも――『豪雨』のアンゼリカも準備をいたしましょう」

 

 ぽい、とそれを控えていた兵士に投げ渡すと、どこからか取り出した仮面をくるりと手で弄び、そして装着した。




結局だよ

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