ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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アンリエッタ「わたくしの武器は、地位と、謀略と、騙し討ち♪」
ルイズ「……最低だ」


その3

「よし、と」

「良くない!」

「疑いようもない悪人だわ……」

 

 眼の前で虚ろな表情をしているアルビオンの衛士を見ながら、偽アンリエッタは満足そうに眺め、フランドールはツッコミを入れ、マリーゴールドは膝を付いた。

 偽アンリエッタがロンディニウムを歩き回り、トリステインの姫殿下が歩いているという情報を作る。その後、ハヴィランド宮殿に赴きその顔を門の警備をしている衛士に見せ付け。

 そして最終的にその衛士を路地裏に連れ込んで『制約(ギアス)』の呪文を掛けて出来上がりである。

 

「これで、宮殿への道は出来上がりました」

 

 フラフラと元の位置に戻る衛士達を見送りつつ、偽アンリエッタは皆を見渡す。諦めているラウルとその辺りはどうでもいいらしいカレンデュラを経由し、項垂れたままのマリーゴールドを眺め、そしてざっけんなという表情のフランドールで視線を止める。

 

「さて、では頃合いを見計らって侵入しましょう」

「で、それからは?」

「説明が必要?」

「必要ですとも」

 

 少なくともそこの二人には言っておかないと逃げるぞ。くい、と顎でラウルとマリーゴールドを指したフランドールは、そんなような言葉を述べ偽アンリエッタを、アンゼリカを睨み付ける。別に逃げないでしょう、と微笑みながら彼女は二人を見たが、視線があった途端ブンブンと全力で首を横に振られたので不満げに口角を上げた。

 面倒臭そうに息を吐き、肩を竦める。わざとやってるな、と見ている面々に確信させる動きであったが、その辺りはもう気にしないことにした。

 

「まずはこのわたくし、偽アンリエッタがウェールズ様の部屋の扉を開けさせます」

「ど、どうやってですか?」

「彼とアンリエッタ王女は親愛なる絆で繋がっているのですよ? たとえ偽物だとしてもアンリエッタの声と姿を見れば、ウェールズ様は思わず見惚れこの胸へと飛び込んでくるに違いありま――」

「寝言は寝てから言ってください」

「これのどこが寝言だというの!?」

「いや、普通に考えて偽物に騙されちゃ駄目でしょうに……」

 

 本当に親愛の絆があるのならばそういう時はきちんと偽物を見破らなければならないはずである。アンリエッタなら本物でも偽物でもどっちでもいいとなればそれはむしろ絆の存在を怪しんだ方がいい。

 

「それほどまでにウェールズ様はアンリエッタを愛して」

「だから愛してたら見破らなきゃ駄目でしょ。ラウル相手なら勢いで押せると思ったら大間違いですから」

「……偽物を誤認させるため、アンリエッタの情報をばら撒き、適当な人間に『制約』を掛け洗脳しました。恐らくウェールズ様の耳にも今頃届いているはずです。そのタイミングで偽アンリエッタが向かうことで、彼は真偽を確かめるために扉を開けるでしょう。そして、本物ならば助ける、偽物ならば捕らえる。彼自身の手で」

 

 あの人ならばそうする。そう信じているかのようなアンゼリカの物言いに、最初からそう言えとフランドールは苦笑する。そういうのが本当の親愛の絆だろうに、と思わず呟いた。

 

「ところで、その偽物が本物だった場合、殿下はどういう反応を?」

「知りたいですか?」

 

 その笑みがとてつもなく邪悪なものに思えたので、マリーゴールドはすぐさまその質問を撤回し何も言わなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

「アンリエッタが、ここに……?」

 

 ハヴィランド宮殿に割り当てられているウェールズの部屋で、彼はどうにも寝付けず机に向かい本を読んでいた。ここ数日急に降って湧いた噂が気になり、しかしそれを確かめに街へと向かうことも出来ず。段々と長くなっていく夜を一人、ただ過ぎるのを待っていた。

 

「アルシェはトリステインに辿り着いたはずだ。ならば彼女の頼みでここに……。いや、だったらどうして宮殿に来ない……」

 

 がりがりと頭を掻く。目に入っているはずの本の内容が全く頭に入ってこない。今にも飛び出したくなる気持ちを必死で堪え、彼は傍らに置いてあった紅茶を飲み干した。

 アルビオン共和国、と変わってしまったこの国をどうにかして立て直す必要がある。これで自分の心配が杞憂であり、王家が凡愚であったことを示すかのごとく議員が民のための政治をするのならばそれでいい。無能な敗者は消えれば済む。

 だが現実問題、突如己の地位を投げ出した父親を目の当たりにした彼は、これが真っ当な交代劇でないと確信していた。目に見えない何者かが糸を操っている。自分の身が保証されている今この短い瞬間で、どうにかそれを一本でも手繰り寄せることが己のやるべきことだ。ウェールズはそう考えていたし、だからこそアンリエッタの噂は何か関係があるのではないかと勘繰ってしまうのだ。

 

「……やはり、街へ行くべきか?」

 

 目を閉じる。暫し思考し、紅茶を飲もうとカップに手を伸ばした。それが空だと気付きティーポットを掴んだその時である。

 扉がノックされた。

 こんな時間に誰だ。そんなことを思ったウェールズであったが、火急の用事であることを考えすぐに思考を切り替えた。ティーポットを置き、立ち上がると扉の向こうにいるであろう相手に声を掛ける。

 

「誰かな? 一体何の用事だ?」

 

 返事はない。代わりに再びノックをされた。その行動に不審を覚えたウェールズは、眉を顰めながら再度尋ねる。誰だ、と。既に元という言葉がつくとは言え皇太子の部屋だ。名乗りもしない相手に真摯な態度を取る必要も。

 

「わたくしです」

 

 そう思った矢先に耳に届いたその声に、彼は思わず動きを止めた。つい先程まで考えていた問題の相手。その声に酷似していたからだ。否、似ているなどというものではない。自分がいつの間にか眠っており夢の中にいるのではないか、と思わず考えてしまうほどに、間違いないと確信を持ってしまうほどに。彼のよく知る彼女の声であった。

 

「ウェールズ様。わたくしです。アンリエッタです」

「……アンリ、エッタ……」

 

 何故ここに。どうしてここに。ふらふらと扉の前へと歩みを進めたウェールズは、しかし鍵を開けることなくその場に立ち尽くした。

 頭の中では、冷静な思考がそんなことはありえないと述べている。だがもう一方で、自分の中で彼女を待ち望んでいたと歓喜に震える心がある。ウェールズの親愛なる英雄が、この状況を打破する鍵を持ってきてくれたのだと背中を押すのだ。

 

「……ありえない。何の断りもなく、アンリエッタが僕の部屋の前にやってくることなど、あるはずがない」

「本来ならば、そうでしょう。ですが今は、そうも言っていられない。……違いますか?」

「それは、確かにそうだが、しかし……」

 

 彼女ならば、アンリエッタならばこの状況で、共和国で飼い殺しにされるかもしれない自分に会うために行動する可能性も十分にある。反撃をするために自分に会いに来る可能性も十分にある。

 それでも、この扉を開けるには。向こうにいるのがアンリエッタだと信じ切るには、ほんの少しの後押しが足りない。

 

「疑っておられるのですね」

「……ああ」

「では、これならばどうです? 本来ならばウェールズ様が先に述べて、わたくしが返すのですが――『水の誓いを』」

 

 ウェールズの目が見開かれた。その言葉を知っているのは、本人以外はまずありえない。扉の鍵を開け、そして取っ手を掴んだ。そうしながら、彼女の言葉に返すように彼も言葉を紡ぐ。

 

「『風吹く夜に』」

「ふふっ。あの時とは、逆ですね」

 

 扉の向こうに立っていたのは、彼が見紛うはずもないアンリエッタの姿。アルシェを助け、彼女の友人となり。そして自分とアルシェの仲を取り持つ協力もしてくれた、愛しい従姉妹。

 

「どうしてここに? アルシェもいるのかい?」

「……彼女の頼みで、ここに来ました」

 

 ウェールズの問い掛けに、アンリエッタは一瞬間を開ける。それがほんの少しの違和感となったが、彼は一旦それを脇に置き言葉を続けた。頼みというのは何なのだ、と。

 

「ウェールズ様を助けて欲しい、と」

「どういうことだい?」

「このままこの国にいては、貴方も同じように洗脳されてしまうかもしれない。それを危惧したミス・ローゼンブラドが、ウェールズ様をアルビオンから脱出させようとわたくしに相談してきたのです」

「……」

 

 無言で彼女を見る。アンリエッタだ、間違えるはずもない。そう思っていた彼の確信が、一瞬だけぐらついた。そうか、と短く返事をして、彼女の姿を思わずじっくりと眺めてしまう。

 

「どうされました?」

「……いや、何でもない」

 

 違う。アンリエッタではない。彼の中で、新たな確信が立ち上がった。そして同時に、先程の確信が立ち消える。

 そのはずであった。本人もそう思っていた。だが、不思議なことにその二つが両立してしまった。ウェールズは、目の前のアンリエッタが本物であるという確信と、本物ではないという確信が同時に存在してしまったのだ。

 

「時間もあまりありません。わたくしと共に、来てくださいますか?」

「ああ、分かった。だが、その前に、一ついいかい?」

「ええ」

 

 微笑むアンリエッタを見て、ウェールズは新たな確信を持った。成程、そういうことかと思わず苦笑した。

 だから彼は、望んだ通りに動こうと決めた。この茶番に乗ってやろうと笑った。

 

「――目元にあったホクロが、見当たらないな」

「っ!?」

 

 偽アンリエッタが思わず顔に手を当てる。それを見たウェールズは、馬脚を現したなと杖を抜いた。偽物め、と彼女を睨んだ。

 

「それに、知っているかい? アンリエッタは彼女のことを『アルシェ』と呼ぶのさ」

「……成程。まさかこんな初歩的なミスを犯してしまうとは」

「残念だったな、偽物。僕がアンリエッタを見間違えるはずがないだろう」

「ふふっ。それは、どうでしょう」

 

 偽アンリエッタの言葉に一瞬ウェールズは視線を逸らす。その隙を逃さず、彼女はすぐさま杖を抜くと眼の前の彼に向かい呪文を唱えた。ウェールズの思考に霞が掛かり、急激な眠気が襲ってくる。

 

「仕方ありません。少し、強硬手段を取らせていただきます」

「……お手柔らかに、頼むよ。――アンゼリカ」

「勿論」

 

 どさりと倒れたウェールズを抱きかかえると、偽アンリエッタは手早く扉を閉め、部屋の窓から外へと飛び出した。夜空を舞う彼女の顔には、いつの間にか仮面が付けられている。

 

「あーあ。ウェールズ様に、ばれちゃった」

 

 

 

 

 

 

「滅茶苦茶無理矢理じゃないですかぁ!」

 

 マリーゴールドの叫びが街道に響く。馬車の操縦をしているフランドールはそんな叫びを聞かなかったことにして闇夜をひたすら突き進ませていた。

 馬車の荷台にはウェールズが寝かされている。寄り添うように彼を抱き締めているアンゼリカは、笑顔でそんな彼女の叫びを否定した。

 

「ちゃんと、ウェールズ様は自分の意志でこちらについてきてくれたわ」

「寝てるからって適当なこと仰ってませんよね?」

「ええ勿論」

 

 アンゼリカは変わらず笑顔である。駄目だ自分では分からんと視線を横に向けたが、ラウルも黙って首を横に振った。

 

「予想。真実」

「本当に?」

「実際。不明」

 

 カレンデュラは一応そう述べた。まあつまり意見を述べはしたが結局分からんということである。はぁ、と盛大に溜息を吐いたマリーゴールドは、とりあえず作戦自体は成功ならもういいやと諦めることにした。

 

「アン」

「どうしましたフラン」

「何か猛烈な勢いで追手が来てますけど」

 

 フランドールはトリステインの生きた英雄を除けば現風メイジの頂点である。当然風の流れを読むのも朝飯前であるし、それを使い気配を感じ取ることも出来る。

 馬車の操縦の片手間のそれで、彼女はアルビオンの衛士隊がウェールズ奪還に繰り出されていることを知ったのだ。それが何を意味するかといえば、作戦が無事に成功していないということである。

 

「でしょうね」

「でしょうね!?」

「マリー。もう諦めなよ」

「達観。大事」

 

 ほれ見ろ、とラウルとカレンデュラがフランドールを指差す。そのことを伝えた張本人である彼女は、平然と馬車を操っていた。馬車に備え付けられているランプが移動の衝撃でゆらゆらと揺れ、周りの表情を見せたり隠したりしている。皆一様に、慌てている様子は見せていなかった。

 

「まともなのはわたしだけか……っ!」

「いやいやいや」

「心外」

「あのねマリー。アンのことだからこれも織り込み済みだって思っただけよ、わたしは」

 

 やっぱりか、とマリーゴールドは再度叫ぶ。何となく予想は出来ていたけれど認めたくなかったのだ。頭を抱え悶える彼女を、ラウルはそっと抱き寄せた。

 そんなことをやっているうちに馬車からも追手が見えるようになっていた。相手はどうやら騎獣持ちで、遠視と暗視の魔法で確認するかぎりヒポグリフらしい。トリステインにも存在する部隊だ。が、アルビオンの花形は竜騎兵。言い方は悪いがヒポグリフはそれと比べると一段落ちる。

 

「トリステインのヒポグリフ隊は、どうだったっけ?」

「地味」

「はっきり言い過ぎ!」

 

 ラウルがそうカレンデュラを諌めるが、彼の娘とも言える彼女の思考は当然主人に似通うわけで。まあつまりラウル自身も口には出さないがそう思っているのであろう。諌める言葉も否定ではなかったのが拍車をかける。

 

「……彼らは任務に忠実で、国を愛しているだけだ。出来るだけ傷付けないで欲しい」

「ウェールズ様、お目覚めですか?」

「ああ。……だからそろそろ離れてはくれないだろうか」

「嫌です」

 

 むにむにとウェールズの体に胸を押し付けながらアンゼリカは笑顔でそう述べる。そうしながら、流石に全く傷付けないというのは保証出来ませんと言い放った。

 

「勿論、殺しはしませんが」

 

 ちらりと四人を見る。操縦してるから無理だっつの、と悪態をついたフランドールを除いても、まあ当たり前だと頷いていた。

 さてでは、とマリーゴールド、ラウル、カレンデュラの三人が立ち上がった。今回の作戦で大分ストレスも溜まったし、ここらで少し発散しようと言わんばかりに腕を回した。

 

「まあ、僕ら程度なら丁度いいだろうし」

「所詮ドットだし、わたし達」

 

 そう言いながら片方は薔薇の剣杖を構え、もう片方はマントから薬瓶を取り出した。

 

「マスター」

「ん?」

「機会。到来」

「……ああ、そういえば、実戦で使ってなかったっけ」

 

 懐から薔薇の造花を取り出すと、カレンデュラに投げ渡すように放り投げ、そして剣杖を振るう。造花は一瞬で彼女の姿を先程までと異なるものに変え、膝辺りまで伸びた三つ編みが尻尾のようにゆらゆらと揺れた。

 

「起動。起動。起動」

 

 ばさり、とマントのような白いローブを翻す。それと同時にガシャン、と何かが装填されるような音が立て続けに鳴り響いた。

 ちらりと隣を見る。コクリと頷いたのを見て、カレンデュラは突っ込んでくるヒポグリフ隊に向かって手をかざした。

 

「掃射」

 

 弾丸のように青銅の剣が射出される。刃引きはしてあるらしいそれは、しかし打撃だとしても十分な破壊力を持っていて。

 撃ち抜かれたヒポグリフが倒れ、乗っていた騎士が振り落とされる。それを合図に、ラウルとマリーゴールドが馬車から飛び出した。

 

「先行ってるわよ!」

 

 フランドールの声に振り向くことなくサムズアップで答えた二人は、同じように馬車から飛び降りたカレンデュラと共に残りの騎士達の行く手を遮るように立ち塞がった。貧乏くじを引いた、とぼやきながら。ラウルもマリーゴールドも、笑みを浮かべながら。




ひたすら悪人ムーブする主人公

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