ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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まだ終わらなさそう


その4

 ガタガタと揺れる馬車は、真っ直ぐに目的地まで走り続ける。既に障害はない、そう断言出来るはずもないが、それでもそう信じて馬車を走らせる。

 そしてその希望は、目の前の道が途切れていることで脆くも崩れ去った。馬の手綱を引き停車させると、目の前に広がる光景を眺め後ろにいる人物に意見を求める。

 

「壁、ですね」

 

 少女のその言葉に他の面々も頷いた。街道を分断するかのごとく、巨大な土壁がそこにそびえ立っている。明らかに存在してはいけないはずの物体だ。

 

「これは、元々あったの?」

 

 別の少女が尋ねるが、そんなわけがないと彼女達は首を横に振る。いくらここがそういう場所であっても、街道が街道でないほどエキセントリックに富んでいるわけはないのだ。

 と、いうことは。そう少女が呟いたタイミングで、土壁の向こう側と左右の林から矢が飛ぶ。林からは普通の矢が、土壁の向こう側からは火矢が。

 あっという間に馬車の周囲が炎に包まれる。おそらく事前に地面へ油を仕込んでいたのだろう。盛大に燃え広がったそれは街道沿いの林にまで広がろうとし、新たに生まれた土壁によって遮られる。では来た道を戻れば、と考えるであろうことを予測し、蓋をするように地面が隆起した。

 

「これで炙り焼き、か」

 

 土壁の向こうで屈強な体格の男がつまらなさそうにそう呟く。その手にしているのはメイジの証である杖であったが、見た目と顔付きからしてもとてもそんなふうには思えない。

 そんな筋骨隆々とした男の横で、帽子を被った優男は頬を掻きながら苦笑していた。まさかこの程度では、と肩を竦めている。

 

「ドゥドゥー。そうは言っても実際にだな」

「甘いよジャック兄さん。こんな、普通の罠で始末出来るような連中を相手にするために、ぼくらを呼ぶとでも?」

「それだけ小心者なんだろう。大体だな、俺たちを雇った割には金を渋ったじゃないか」

「前回も今回も、ぼくらは補助。まあ、端金に相応しい仕事だね」

 

 ああやだやだ。そんなことを呟きながらドゥドゥーは帽子を取ると髪を手櫛で整え、被り直した。金も貰っていないから戦いを楽しむことすら出来やしない、と隣のジャックに不満の目を向け、やる気なさげに踵を返す。

 

「おいドゥドゥー。どこへ行く気だ?」

「帰るよ。どうせジャック兄さんは金にならない戦闘はしないだろう?」

「ああ。だが、一応ダミアン兄さんから交渉の結果も貰っているからな。状況によっては」

 

 その言葉にドゥドゥーは勢いよく振り向く。細目を珍しく開きながら、その瞳を輝かせ、それは本当かと兄へと詰め寄った。

 

「もし、傭兵連中が失敗した場合、こちらでターゲットとその護衛を始末すれば見合った報酬を頂く。そういうことになっている」

「いくらだい?」

「ターゲットは五万、護衛も始末すれば十万だとよ」

「へぇ。あの連中にしちゃ盛大に払うね」

「あちらさんの命は、それ以上の価値を生み出すんだろう」

 

 そう言いつつも、ジャックの表情は優れない。どのみち自分達の出番はないのだから、こんな皮算用をしても仕方がないと考えているのだ。それを察したドゥドゥーは、甘いと自身の兄の肩を叩きながら腰の杖を抜き放った。

 

「ぼくらは『元素の兄妹』だ。この界隈じゃちょっとした有名人だけど」

 

 土壁の向こうで吹雪が巻き起こった。一瞬にして炎が消し去られ、そのついでに四方を囲んでいた土壁が盛大な音を立てて破壊されていく。

 焼け焦げた跡のある街道が二人の目の前で顕になった。視界に映るのは少し煤の付いた馬車と、無事な馬。こういう事態も踏まえてある程度慣れているらしい御者と、馬車で待つよう言われた少女とその護衛と護衛の妹。

 そして。

 

「『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』も、相当な有名人だろう?」

 

 この事態を引き起こした傭兵共を薙ぎ倒している才人、『地下水』、エルザ、十号、アトレシアの五人を見ながら、ドゥドゥーは楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

「ったく、もうちょいだったってのに」

「そういうタイミングを見計らったのでしょう」

 

 才人が傭兵を斬り飛ばす。刃を返してあるのですぐ死ぬことはないだろうが、それでも多少の重症は仕方がない。そんなことを考えつつ、隣で適当に氷漬けにしている『地下水』をちらりと見た。

 

「てか、火消すの遅くなかったか?」

「消火と同時に攻め入らなければ逃げられるでしょうに」

 

 燃えているように見えて、中心部は防いでいた。その状況で相手が近付いてくる、あるいは油断するのを待ってから行動に移したのだ。そういう部分は才人は苦手なので、彼女の言葉を聞きはいはいととりあえず聞き流した。

 

「まったく、お前は一体何が出来るんですか……」

「うっせぇなぁ、どうせ俺はこうやって突っ込んでぶっ飛ばすことしか出来ねぇよ!」

 

 飛び蹴りで一人、返す刀で二人を沈黙させる。やけくそのように叫んだその言葉を聞きながら、『地下水』は一人小さく微笑む。

 

「それで、エルザ。あそこの二人は知り合いですか?」

「へ?」

 

 二十人以上いた傭兵が残らず叩きのめされた後、まあこんなもんかと一息ついていたエルザに向かい彼女はそんなことを尋ねた。こちらを攻撃する気配がなかったので気にしていなかったが、確かに正面の破壊した土壁の向こうに二人の人物が立っている。

 何だ何だ、と十号やアトレシアもその言葉を聞いて視線を向けた。ロレンスやイヴ、何故か参加したアルシェと共に襲撃者の拘束を終えた才人もそちらを見た。

 

「げ」

 

 エルザが思わず呻く。ああやはり知り合いですか、と『地下水』が小さく溜息を吐き、どうしたものかとナイフを構える。優男は気安げに、筋肉質の大男は久しぶりの再会のように彼女を見ていたので、親しい間柄なのだろう。そこまで考え、少し戦いにくいかもしれないと目を細め。

 

「『地下水』さん、大丈夫よ。心配しなくても、ちゃんとぶちのめすから」

「殺しはしない、と」

「それは元々でしょ」

 

 ね、とエルザがウィンクをする。そうでしたね、と『地下水』が溜息を吐き、では改めて二人に向き直った。

 

「あ、それ!」

「ん?」

「その帽子って」

 

 そんな中、アトレシアがドゥドゥーの被っていた帽子を指差し何かに気付いたように声を上げた。何だ何だ、と才人達が目を向ける中、彼女はそのまま口を開こうとして。

 

「……え、えっと」

「アトレさん……」

「す、素敵な帽子だねっ!」

 

 何だそりゃ、と才人がずっこけた。何かを知っている様子を見せた十号も、それについては何も触れずになかったことにしている。明らかに何かが怪しかったが、それについて言及している暇があるかといえば答えは否。

 

「まあいいや。んで、お前らは何だ?」

 

 こきり、と首を鳴らしながら才人が一歩前に出る。それを合図にするように二人も一行との距離を少し詰めた。

 

「そうだな。……『元素の兄妹』は、知っているか?」

「何か聞いたことがあるな。色々汚れ仕事もやってんだっけか」

「おおその通り。それで、今回もそういう仕事だ」

 

 杖の切っ先を一人の少女に向ける。アルシェはその動きでビクリと反応をしたが、すぐさま表情を戻すとジャックを睨み付けた。

 

「そこのお嬢さんを殺して、アルビオンとトリステインの仲を最悪にさせる。そういう仕事だ」

「何でジャックも依頼内容ペラペラ言うのよ……」

 

 はぁ、とエルザが溜息を吐く。そんな彼女を見てはっはっはと豪快に笑ったジャックは、それは違うぞと視線を隣のドゥドゥーに向けた。こいつはうっかりだが、自分は分かって言っている。そう続けた。

 

「余計悪いじゃない。何? ついに頭の中まで筋肉になっちゃったの?」

「好きな男に抱かれるためにわざわざ体を急速成長させた奴に言われてもな」

「そんな事実はない! 誰だ言ったの!? ドゥドゥーか!?」

 

 さっと視線を逸らすドゥドゥーを見て、エルザは決めた。よし絶対にぶちのめそう、と。

 それはともかく、と十号がジャックを見やる。アルシェと彼の射線上に入り、もしそうならやらせませんと言い放った。

 

「勿論、護衛のお前達の始末も仕事の一つだ。知っているか? お前らを片付け、そこの令嬢を殺せば十万エキューだ」

「成程。つまり今回のお前達はタダ働き、ということですね」

 

 十号の隣に『地下水』が立つ。ふん、と鼻で笑った彼女は、無駄話はここまでにしましょうとナイフを眼前に掲げた。それを合図にするように、才人も刀を構え直し、十号も蜘蛛の足骨を展開、アトレシアもスカートからカマキリの鎌を生み出した。

 

「一応言っておくよ、ジャック。二対五だけど、卑怯とか言わないでね」

「当然だ。行くぞ」

 

 杖を振る。石の礫を生み出したジャックは、それを横殴りの雨のごとく射出した。無数の礫が弾丸の嵐のごとく迫る。避けることも難しいであろうが、そもそも避けた場合彼らが背にしているアルシェが蜂の巣になる。勿論、全て迎撃出来なかった場合も同様だ。

 

「ざっけんな!」

 

 刀を振るう。その剣閃はまるで雨粒を全て切り裂くが如し。勿論才人にも限界はあるが、今この場にいるのは彼だけではない。彼の叫びを体現するように、他の面々もそれらを全て防ぎきった。

 

「は、は、はっはっは! 成程、やはり先にお前達を始末せんといかんらしいな」

 

 纏っていたローブを脱ぐ。ばさりという音と共に見せた彼の肉体はまさしく筋肉の塊。その巨体に似付かわしくない動きで一気に間合いを詰めたジャックは、『地下水』の腹に拳を突き立てていた。

 

「む」

「生憎、この程度は驚くに値しないんですよ!」

 

 拳の当たった先は氷の鎧に覆われていた。いつの間に、と思う間もなく、彼女の呪文によりジャックが後方へと弾き飛ばされる。ゴロゴロと転がっていくジャックを見て、ドゥドゥーは思わず叫んでいた。

 

「ジャック兄さん!?」

「よそ見してる暇なんかあるの」

「へ? おぶぅ!」

 

 絶対に許さん、と言わんばかりの表情をしたエルザが先程のジャックと同じように腹に拳を突き立てていた。捻りを加えられたその一撃は、彼の内臓から空気を一気に絞り出す。

 動きの止まったドゥドゥーの腕を掴むと、エルザはそのまま真上に投げ飛ばした。錐揉みされたドゥドゥーの体が夕焼けに染まり赤く輝く。

 ぐしゃり、と頭から落ちた。被っていた帽子がその拍子にコロコロと手持ち無沙汰になってしまったアトレシアと十号の足元に転がった。

 

「……死んだんじゃない?」

「です、かね」

 

 

 

 

 

 

「ははははっ! やるな」

 

 何事もなく立ち上がったジャックは、ならばこれだと杖を振る。ゴーレムが十体以上生み出され、それぞれが洗練された動きで襲い掛かった。

 だからどうした、と駆け出した才人がゴーレムを切り裂く。鋼鉄で出来た拳を首の動きだけで躱すと、もう一体のゴーレムの首を刎ねた。

 

「と、っとっと!」

「アホですか。ゴーレムはきちんとバラバラにしなさい」

 

 首のないゴーレムが追撃を放ってきたが、『地下水』の呪文により木っ端微塵にされる。すぐ真横にいた才人は、そんな彼女の呪文を受けても平然としていた。ほんの数サント程度の差で、彼には当たらなかったのだ。

 勢いを殺すことなく才人はジャックに肉薄する。遠慮はいらんな、と振り下ろしたその刀を、ジャックは素手で掴もうと手を伸ばした。

 

「……む」

 

 その直前、彼は呪文を唱えその手を鋼鉄に変える。ギャリギャリと音を立て鋼鉄となった手が削れるのを見て取ったジャックは、もう片方の手で才人を殴り飛ばすと数歩距離を取った。

 

「お前、ただの剣士じゃないな」

「はん。生憎俺は突っ込んでぶっ飛ばすことしか出来ない役立たずだよ!」

「根に持ってますね」

 

 この馬鹿、と呆れたように溜息を吐く『地下水』を余所に、才人はもう一度相手との距離を詰める。今自分で宣言した通り、その動きはまさに突っ込んでぶっ飛ばすと言わんばかり。

 とん、とジャックが足踏みをした。それによって舞い上げられた土が、呪文によって火薬へと変わる。げ、と才人が目を見開いた時には、既にそれは着火されていた。

 

「ジャック兄さんも割と楽しんでるじゃないか」

 

 あいたたた、と起き上がったドゥドゥーが視界の向こうで生み出された爆発を見てそんなことをぼやく。そういうことならば、自分も存分に楽しもう。笑みを浮かべ、目の前にいる三人を見やった。

 

「エルザはともかく。そこの二人はこの間戦い方を見学させてもらったからね。ぼくと戦えば苦戦すると思うよ?」

「へー。んじゃさっそく」

 

 てい、とアトレシアが鎌を振るう。それを軽い動きで躱したドゥドゥーは、低い姿勢で疾駆し彼女の眼前に間合いを詰めた。笑顔のまま、手にしていた剣杖をアトレシアの柔らかそうな胸に突き立てる。

 

「おお、本当に死なないのか」

「そのためだけにわたしのおっぱいに穴開けたの!?」

「いや失礼。確かに少しはしたなかったかな」

 

 この野郎、とアトレシアが突き出した拳を避けつつ、ドゥドゥーは距離を取ると落としていた帽子を拾う。パンパンと土を払ってから、それを再度被り直した。

 そこに迫る蜘蛛の足骨。だが、ブレイドの呪文により大剣に変わっていた杖が、その先端とぶつかりあった。手首を返し、それを跳ね上げさせると、彼はステップで横へと跳ぶ。

 

「言うだけはありますね……」

「まあ、あんなのだけど戦闘能力はあるからね」

 

 むむ、と渋い顔をする十号に、エルザは苦笑しながらそう述べる。そんな二人の横へ胸に穴の空いたアトレシアが並び、あいつぶっ倒すと拳を握っていた。

 構える三人を見て、ドゥドゥーも大剣となった杖を肩に担ぐ。さて、と足を踏み出そうとしたその瞬間であった。

 

「げ」

「わたしは、だんなさまみたいに真正面から倒したいとか思わないのよ!」

 

 足に蔓が巻き付いている。アトレシアのスカートの中から伸びているそれが、彼の足首を掴みバランスを崩させた。残った片足で踏ん張るが、彼女の蔓は思った以上の力強さでドゥドゥーを転がしにかかる。

 

「ただの人間じゃないと思っていたけど、これは、想像以上だ……っ!」

「まあそもそも人間じゃないし」

 

 エルザがボソリと呟いた。アトレシアに人間の部分は欠片もない。恐らく食った時に血肉にし、知識を吸収した程度だ。まあそれを馬鹿正直に教える義理もないので、勘違いしたままならばそれでもいいだろう。

 

「十号さん!」

「了解なのです!」

 

 バリバリと音を立て左手が異形の機械腕に変わる。それを伸ばしドゥドゥーのもう片方の足に絡めると、アトレシアと同じように猛烈に引っ張った。

 

「おわぁぁぁ!」

 

 両足をすくわれたことで盛大にすっ転ぶ。そしてそのまま引き寄せられたドゥドゥーは、三人の少女の足元で横たわることとなった。

 

「くっ……」

 

 反撃しようと右手を動かそうとするが、その前にエルザに掴まれた。ギリギリと握り締められ、精霊の力で強化しているはずの肉体が悲鳴を上げる。思わず杖を取り落としてしまい、大剣は地面に突き刺さった。

 

「さてドゥドゥー」

 

 エルザが笑う。さっき言っていたことも踏まえ、お前には言いたいことがある、と笑う。

 その横ではアトレシアも笑っていた。よくもやってくれたな、と指で穴の空いている胸を指しながら笑った。

 十号は諦めてください、と頭を下げた。

 

「待った、ちょっと待った。これは流石にないんじゃ――」

「問答無用!」

「おっぱいの恨み、思い知れー!」

「三人同時で大丈夫、とか言っていたことが原因ということで」

 

 エルザ、アトレシア、十号。三人の足が振り上げられ。

 ぐしゃり、と彼の顔面にめり込んだ。

 




ドゥドゥーは油断してコメディーリリーフになりがちなイメージ

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