ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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母さん ゼロの使い魔の原作らしさ どうしたんでせうね?
ええ この話を 書いている途中で 谷底に落としたあのゼロの使い魔ですよ


その3

 攻めあぐねていた。背中から飛び出しているそれは鋭く頑丈で、四対。それらが縦横無尽に襲い掛かってくる。受け流し間合いを詰めようとしても、他の蜘蛛の足骨によって遮られる。

 

「他の娘と強さ違い過ぎねぇか!?」

「彼女が最新型なのか、あるいは、この状態になる前に倒されたのかのどちらかでしょう」

 

 個人的には後者を推しますがね。そう言って短剣は呆れたように溜息を吐く。これは余裕を持って形を残すとかそういうレベルでは無さそうだ。そう続けてゆらゆらと揺れた。

 

「おい『地下水』」

「何ですか? 今回は自分一人でどうにかするとか言ってませんでした?」

「エルザを休ませるっつっただけだ。テメェは考慮してない」

「やれやれ、短剣使いが荒いこと――」

 

 ぶつぶつと文句を言っている『地下水』を引き抜くと、逆手に持って蜘蛛の足骨を防ぐ盾にした。ガリガリと音を立て、次いでぶつかりあった衝撃で火花が飛ぶ。

 ついでに短剣から生娘のような悲鳴が響いた。

 

「何しやがるんですか!?」

「刀だけじゃ防ぎきれなかったからな」

「嘘吐くな! 今確実にあわよくば私をへし折るつもりだったでしょうが!」

「んなわけねぇだろ」

「だったらこっちを見て言え」

 

 それどころじゃないだろ、と誤魔化すように返した才人は右に跳ぶ。盛大な音と共に突き立てられた蜘蛛の足骨は、地面に大きな穴を開けていた。

 それを見た才人は表情を変える。ちらりと別の場所を見て、踵を返すと全力で駆け出した。少女はそれを見ると、待ってください、と普段と変わらないような口調で言葉を発し、彼を追い掛ける。その背中には、八本の蜘蛛の足骨がカシャカシャと音を立てていた。

 

「サイト」

「んだよ」

「心の底から甘ちゃんですね」

「何がだよ」

 

 はぁ、と短剣が再度呆れたように溜息を吐く。先程倒したメイド達の残骸をこれ以上傷付けさせない為に、わざわざ反対方向へと逃げている才人を眺め。説明の必要などないと再度溜息を吐いた。

 

「……まあ、だからこそ私もエルザも今こうしてお前の仲間に」

「ん?」

「何でもありませんよ! そんなことより対策を立てろ!」

 

 分かってる、と才人は先程の場所とはほぼ反対側まで移動し足を止めた。左手に『地下水』右手に刀を構えた状態で、どうして逃げるんですか、とこちらにやってくる少女を見やる。背中の異形さえ見なければ、ポテポテという擬音が似合うような足取りであった。それが返って才人の中では緊張感を高めていく。

 ある程度の距離までやってきた少女の背中の異形が蠢いた。メキメキと音を立て、蜘蛛の足骨は猛烈な勢いで才人に迫る。こなくそ、とそれを横っ飛びで避けた才人は、着地の勢いをそのまま前進する力に変え爆発させた。真っ直ぐ弾丸のように少女へと走る。刀を構え、距離をゼロにすると同時にそれを突き立てる腹積もりだ。

 そうすれば、他のメイドと同じように彼女も破裂し吹き飛ぶはず。その光景を頭に浮かべ、同時に昨日の情事がフラッシュバックする。

 一瞬の迷いであった。これが最初の戦闘だったのならば、恐らくそのまま決まっていた。その迷いは、終わった後の後悔となっていたはずである。だが、交流した他の三人の少女を既に破壊していたことが現状に繋がった。自分に笑顔を向けてくれていた少女達が砕け散るのを見ていたことが、ほんの少しの減速となって現れたのだ。

 

「サイト!?」

 

 カウンター気味に振り下ろされた蜘蛛の足骨をその身に食らい、才人は盛大に吹き飛んだ。ゴロゴロと転がり、館の入り口の壁にぶつかることでようやく止まる。とっさに刀でかばったことが幸いしたのか、骨が折れている様子はない。だが、それでも浅くはないダメージを受けた。服もマントも泥だらけで、口の中には鉄錆の味が広がっている。

 何とか起き上がるが、しかし立ち上がるにはまだ少しだけ時間が必要だ。その少しの時間を、あの蜘蛛の足骨は待ってくれない。それを生やしている少女は大丈夫ですかとこちらに近付き覗き込もうとしているが、それに答える頃には間違いなく大丈夫ではなくなっているだろう。立ち上がれない状態のまま、なんとかして攻撃を防がなくてはならない。

 

「サイト、人形を」

「……手伝わないんじゃなかったのか?」

「バカなこと言ってないで、早く出せ」

 

 へいへい、と腰のポーチから小さな人形を取り出す。町に入る際に衛兵に不思議がられた人形、それ取り出すと、張ってあった札を勢い良く剥がした。その拍子に何かに留められていたのか、赤い液体が染み出し人形に降りかかる。

 そして左手の短剣をその人形に添えると、才人はそれを放り投げた。瞬間、人形が一気に膨れ上がる。小さな人形があっという間に人間大の大きさへと変わり、そして簡素な人型がスラリとした少女の姿に変わっていく。ツーサイドアップにした灰色の長髪、タレ目気味ではあるもののどちらかといえば鋭い目付き、白のリーファージャケットのような服とプリーツスカートにブーツ。添えられていた短剣を握りしめていたその少女の人形は、ふわりと地面に着地するとその拍子にズレていた小さめのプロムナード調の帽子を手で直した。

 ふ、と薄く笑うと、人形であった少女は手にした短剣を振るう。瞬間、生み出された多数の氷柱が、メイドの少女の背中、蜘蛛の足骨へと叩き込まれた。急な衝撃にメイドの少女は後ろに吹き飛びゴロゴロと転がっていく。

 

「ふむ……先程までの相手とは違い、そう簡単には壊れませんか」

 

 やはり何かしら不完全だったのだろう。そんなことを思いながら人形から少女に変わったそれは、『地下水』のボディは才人に向き直る。『治癒』を唱えると、これで立てますかと彼に問うた。

 

「さんきゅ、助かった」

「礼を言う前に啖呵を切っておいてこのザマの自分を恥じなさい」

「うっせぇよ」

 

 言いながら立ち上がった才人は刀を構える。向こうが体勢を立て直す前に、こちらから攻める。そんなことを言いながら足に力を込め。

 目の前に手が突き出された。何だよ、と『地下水』を睨むと、その前にそちらと話すのが先では、と彼の背後を指差す。

 

「あ」

 

 そこに立っていたのは、なんとも言えない表情で頬を掻く、この館の主人であった。

 

 

 

 

 

 

 この事件の犯人。そんな考えが頭の片隅に浮かんでいた才人は、しかし本人を見たことで思考から流した。お人好しと呼ばれるタイプではあるが、その辺りの観察眼はそこそこある。自身の主の影響もあり、まず間違いないだろうと彼は思った。

 そんな結論から、才人は警戒することなく彼に近付いた。

 

「……そんなに無防備に近付いて問題ないのかな?」

 

 そんな館の主人である貴族の青年の言葉に才人はコクリと頷く。まあもし何かされることを警戒するとしたら、と視線を離れた場所にあるメイドの少女達の残骸に向けた。

 

「彼女達を、殺してしまったから、ですかね」

「『殺した』か……。『壊した』ではなく?」

「……俺、割と生命の定義ガバガバなんですよ」

 

 なんせ仲間がアレなんで。そう言ってメイド少女を遠距離攻撃で再度押し返した『地下水』を指差す。何か文句あるのか、という目で睨まれたので、文句なんかあるわけないだろと手をひらひらさせた。

 成程、と青年は頷く。評判通りの人物のようだ。そう述べると、とりあえず心配はいらないと才人が先程見ていた少女達の残骸を見た。

 

「詳しい話はまあ、後々にした方が良いとは思うけれど。体の破損ならば少々の時間は掛かるが修理可能さ。見た限り核は無事のようだからね」

 

 というかそもそもあんな簡単に破損するように出来ていないはずなのだけれど、と青年は顔を顰める。その辺りも踏まえて、やはり何か仕組まれたと見るべきだ。そう続けて視線を戻した。

 

「仕組まれた。ってことは、俺達に襲い掛かってきたのは」

「普通に考えていきなり客人に襲いかかる使用人はおかしいだろう?」

 

 そりゃそうだ、と才人は頷く。青年は黒幕、この事件の真犯人でもない限り、まずありえない。ということは、と彼は背中から異形を生やしているメイドの少女を見やった。

 

「……この事件の発端、最初の犠牲者が彼女だ」

「は?」

「後々、といった割には少し話すけれど。僕はアカデミーで封印棄却されていた資料を読み解き彼女達を作り上げた。そのおかげで王都を離れることにはなったけれどね」

 

 そしてこの町で、邪魔の入らない場所で研究を続けようと思った矢先、彼女が同じタイプの人形に破壊される事件が起きた。さらにはそれを隠す間もなく広められるおまけ付きだ。

 

「始祖の悪戯とでもいえばいいのかな。――この町は、既に実験場になっていたのさ」

 

 息を呑む。話はまだ掛かりますか、という『地下水』の言葉で我に返った二人は、そうだった、巻きでいこうと咳払いをする。

 

「結論から言えば、この事件とされる死体は最初の彼女以外は全て僕の仕業だ」

「……その、紛れ込んでいた『人形』を始末した、ってことですか」

「惜しい。正確には『入れ替わっていた』だ」

 

 才人の目が見開かれる。紛れ込んでいたのではなく、入れ替わっていた、ということはつまり。

 青年は首を縦に振る。本人は、既に死体となっていた。そう言って苦い顔を見せた。

 

「本物の死体もある、人形の残骸もある。この状況で、僕が何を言ったところで無駄だろう。僕が同じタイプの人形を製作出来るのは王都の腹黒い連中に知られているからね」

「え? 姫さま――アンリエッタ姫殿下に?」

「どうしてそこで姫殿下の名前が?」

 

 腹黒い連中、と聞いて真っ先に思い浮かんだからです。そうは思ったが口に出さない。話の腰を折ってしまったと才人は謝り続きを促した。

 

「ああ、うん。だからこの話を聞いて信用してくれる、信用に足る人物が現れるのを待った。……そして、その人物はすぐにやってきてくれた」

 

 君が思った通りの人物で本当に良かった。そう言って青年は口角を上げる。とりあえずの説明はこんなところだから、と視線を才人からその奥へと向けた。

 

「ええっと、ミス・『地下水』?」

「この姿の時は一応――フェイカ、という対外用の名前がありますので、そちらで」

「ああ、申し訳ない。ではミス・フェイカ」

「何でしょう」

「あの娘の足を止められるかい?」

 

 先程から背中の蜘蛛の足骨を使う以外は戦闘らしい戦闘を行わない少女を見る。二人の話が終わるまで押し戻していたが、今度は足止めときたか。人使いが荒いな、と溜息を吐きながら、『地下水』は手にしている短剣、己の本体を構えた。

 暫し目を閉じ、開く。ルーンを素早く唱えると、メイドの少女の足元が瞬時に凍りついた。追撃と言わんばかりに蜘蛛の足骨の先端も氷を打ち込み覆ってしまう。くるりと踵を返し、なんてことのない様子で彼女は青年へと口を開いた。

 

「その後はどうすれば?」

「ありがとう。では――ミスタ・ヒラガ」

「才人でいいです」

「そうか。ではサイト君、彼女を斬ってくれ」

「……もう一度、殺せ、ってことか?」

 

 それ以外に方法がないのならば、と思いながらも若干口調が荒くなる。そんな才人を見ながら、青年は笑みを浮かべながらそうじゃないよと返した。そうやって憤ってくれるからこそ、信用したのだ。そんなことを頭に浮かべつつ、彼はそうじゃないと首を横に振った。

 

「恐らく、内部の擬似体液に何かを仕込まれているはずだ。切り裂くことで中のそれが流れ出れば、そこを起点に正常なものへと交換出来る」

「切り裂くって……さっきの娘達はそれで爆散したんだぞ」

「彼女は最初に破壊された際、僕の気付かない内に何かを直接仕込まれている。他の皆は外部から散布したもので変質した。その違いがある。大丈夫だ、多分」

「多分て」

 

 それで斬り裂いてメイドの少女が爆散したら大分心に来るのだけれど。そうは思ったが、しかし結局そうしなければ事態の沈静化は見込めない。くそう、と悪態をつくと、足を動かせずにもがいているメイドの少女を真っ直ぐに見た。

 刀を構える。大きく息を吸い、吐いた。足に力を込めると、真っ直ぐ一直線に駆け抜ける。一瞬にして彼女との距離をゼロにした才人は、突然目の前に現れたことで驚いている少女を見て苦い顔を浮かべた。

 

「ごめん。ちょっと痛いけど、我慢してくれ」

 

 どこが良い。刀を握る力を強めながら、才人は考える。首、勿論却下。心臓、危険。ならば腹、腕、足辺りか。

 一瞬の迷いが隙を生む。先程もそれでカウンターを食らい吹き飛んだ。だが今回は少し違う。迷いは迷いではあるが、才人は彼女を斬ることを躊躇わない。

 そしてもう一つ。彼女も、彼に斬られることを理解し、許容したからだ。背中の蜘蛛の足骨は、先端が氷で塞がれようとも全く動かせないわけではない。だというのに、彼女はそれを動かさず、ただ才人にされるがまま、じっと立ったままその時を待っていた。

 

「――ああ、そうだ」

 

 刀を振るう。その動作を行いながら、才人は何かを思い出したように少女の顔を見た。どうしました、と小首を傾げる少女を見た。

 

「いや、そういえば俺、名前聞いてなかったな、って思って」

 

 キョトンとした顔を浮かべた少女は、それを聞いて微笑んだ。そういえばそうでしたね、と笑みを浮かべた。これから斬られて、失敗すれば体が砕け散る。そんな状況でも、目の前の相手を、自分の名前すら知らないと言った相手を信頼していると微笑んだ。

 

「とはいっても……ちゃんとした名前は持っていないのです」

 

 ご主人様はその辺りズボラだったので。そう言って微笑みを苦笑に変えた。それでも一応名乗るならば。そう言って、彼女は彼に己のことを話した。館のメイド、全部で十体。その中の末妹だから、自分は。

 

「十号とでも、呼んでください」

「……いいのかよ、それで」

「それはそれで、案外気に入っていたりするので」

 

 ではバッサリと。そう言って笑う少女、十号を見て思わず笑ってしまった才人は、ああ任せろと刀を振るった。

 狙いは左腕。切り裂かれた手首からボタリボタリと液体が溢れる。一瞬顔を歪めたが、他の部位に異常は無し。よし、と才人は後ろを振り向く。任せろ、と青年は既に準備を整えこちらに駆け寄り。

 

「サイト! 前!」

 

 『地下水』が飛び出す。視線をすぐさま元に戻したその先には、いつからそこにいたのか大量の町の住人が。

 否、町の住人を模した人形達が立っていた。




なんたる原作沿い

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