本当にゼロ魔か?
「土台無理なんですよぉ……」
怪しい女がいた。黒と紫を基調としたローブドレスを身にまとい、染めたような黒髪と目の下に傷跡のような化粧を施した顔。日頃その姿で行動しているとはとても思えない格好は、まるで歌劇に出て来る悪役のような出で立ちで。
否、まるで、ではない。彼女の格好はまさに歌劇の悪役をイメージしたものであった。無論自身の趣味ではない、変装である。主の気まぐれ、あるいは戯れによって決定付けられた彼女の仕事着である。
そんな悪の女魔術師というような格好の怪しい女は、現在対峙しているであろう相手から隠れるようにしながら半べそをかいていた。見た目とどう考えても釣り合っていない姿である。
「大体町の住民を全て入れ替えろって何なんですかもう……まともな人間の考える所業じゃないですって。あ、まともじゃないんだあの人」
ぐすぐすと愚痴を零しながら、まあ結局失敗したからこの有様なんですけどねと自嘲する。勿論自分が、である。主は笑いながらそれを聞いて作戦を変更させた。
その結果が現状だ。用意していた入れ替えるための人形を使い、敵を始末せよ。要約すればそれだけの話である。当然、彼女の主は別の目的を持っていたが、やることは変わらない。
「この戦闘を盤上遊戯に見立てて、遊んでやがるしあの人」
はいはい次の一手はコレですね、と伝えられる指示を実行しながら半泣き状態の女性は溜息を吐く。あの時一瞬でも助けてもらった恩と感動でときめいた自分が馬鹿だった。ああジョゼフ様とか言ってた過去の自分を殴りたい。そんなことを思いながら彼女は向こうで男女二人と戦闘している人形に指示を出していく。
『お疲れのようね、シェフィールド』
突如聞こえた新たな声に女性はびくりと跳ね上がる。が、その声の主が知り合いだと分かると胸を撫で下ろし溜息を吐いた。
「ええもう。滅茶苦茶疲れてます」
『……状況は?』
「入れ替えは失敗に終わりました。本来ならば撤収でしたが、この事件を調査に来た騎士が件の――『美女と野獣』だったので、ジョゼフ様が一手指すということで現在戦闘中です」
暫しの沈黙、後、溜息が聞こえた。通信用の盤上遊戯の駒を摘み上げると、泣きたいのはこっちですよと零した。ええそうね、と向こうから返ってきたことで、シェフィールドは申し訳なさそうにごめんなさいと頭を下げる。向こうには見えていない。
『それで、貴女は無事?』
「今のところは」
『そう。……何かあったら全力で逃げなさい』
「言われなくとも逃げますよぉ……。あ、その時は変装脱ぎ捨ててもいいですよね?」
むしろその格好のまま逃げていたら目立ち過ぎる。そう言われ、彼女はホッと安堵の溜息を吐いた。正直この格好を普段着にしろと言われたら割と本気で自害を考える。
『私は貴女の普段の格好もそこまで変わらない気がするのだけれど』
「泣きますよ」
『ごめんなさい、失言だったわ』
それで、いけそうなの。気を取り直すようにそう告げられたことで意識を戦場に戻したシェフィールドは、暫し眺めるとゆっくりと立ち上がった。
「無理です。死にます」
『そこまで!?』
「いやだって無理ですって! トリステインの裏事情で製造された技術を解析して再現した
『……そこまで?』
そこまでです、とシェフィールドは再度戦場を見る。現在敵は三人。黒髪の剣士、あれが噂の自由騎士だろう。見覚えのある武器を振るっているところを見るとこの国出身ではないというのは本当なのかもしれない。
灰髪の女性は額のルーンで解析出来ることから『地下水』だ。意思を持った短剣、インテリジェンスナイフ。その中でも特異な『他者を操り自分の体に出来る』特性を持った存在で、元々他人の体を乗っ取り正体を変えながら傭兵を続けていた魔道具。何の因果なのか、今はあの女性の
そして最後は、この状況の発端となった、なってしまった貴族が作った自動人形。技術の根底は己と同じ、そこからの発展が異なるそれは、道具を作るというよりも新たな生命を作るということを目標にしているように思えて。
「イザベラ様」
『どうしたの?』
「私、自分が骨の髄まで悪役なんだなってしみじみ思いました」
『シェフィールド、貴女疲れているのよ』
「いやだって! 作戦の邪魔というだけで人殺ししてるんですよ!? 悪役以外の何者でもないじゃないですか!?」
『直接手を下したのは貴族の人形だけでしょう? 入れ替わりは人形が勝手に――』
「そうじゃないんです……そうじゃないんですよぉ……」
あの自動人形は生きている。己に刻まれたルーンがそう教えてくれるのだ。あれはもう、マジックアイテムという枠から外れるのだと。道具などではない、と。
「ううぅ……いっそこの『ミョズニトニルン』が発動するだけで自由に魔道具操れるとかなら良かったのに……。解析出来るだけ、使用方法が分かるだけで起動やらなにやらは自分でやらなきゃいけないし」
ああでもそれはそれで心に来るから現状のままでいいや。そう思い直し、彼女はくるりと踵を返した。ジョゼフの指示で動かしていた『駒』も、そろそろチェックメイトの時間である。
「どうせ本気で倒そうとしていなかったみたいですし、私はそろそろ逃げます」
『そう。お疲れ様、シェフィールド。無事に帰ってきなさいよ』
「善処します」
通信が終わる。よし、と彼女は気合を入れた。
「まずは変装を解いて、と」
何であのイカれた男からあんな女性が生まれるのだろうか。そんなことを思いながら、シェフィールドは見付からないようこっそりと全速力でその場から離脱した。
「しっ」
首をはねる。破裂し中身をぶちまける町の住人だったものを蹴り飛ばし、才人は周囲を見渡した。大分数は減っているが、それでもまだ二桁はいる。恐らく貴族の青年が来なければそのまま入れ替わっていたであろう町の住人を模したその人形は、虚ろな目をしたまま何者かの命令を受けてこちらに攻撃を仕掛けてきている。短く舌打ちをすると、共に戦っている二人に声を掛けた。
「『地下水』! 大丈夫だな!?」
「愚問です。自分の心配でもしていなさい」
ふん、と氷の刃で心臓を串刺しにしている少女を見る。彼女の言う通り、別段ダメージらしいものは見当たらず、また疲れている様子もない。戦術はいいのでしょうけれど、戦力が足りていない。そんなことを呟きながら町の住人を次々破裂した肉袋に変えていく。
そうか、と才人はもう片方を見る。左腕を欠損している少女は、しかし背中に生えている蜘蛛の足骨を使い縦横無尽に戦場を駆けていた。
「十号! 無理はするなよ!」
「はい、問題ないのです。取り替えられた擬似体液も今のところ消費は最小限ですので」
ポタリ、と無くなっている左肘の先から水が滴っている。漏れないよう封はしてあるが、それでも完全ではない。そんな状態で動けばいずれは破れ少女の中の擬似体液が溢れ出してしまうだろう。そうなってしまえば、最悪目の前で破裂した町の住人と同じ末路を辿りかねない。
「ありがとうございます、サイトさん」
「何がだよ」
「助けてもらいましたから」
自分も、姉妹も。そう言って彼女は笑う。助けてねぇよ、と苦い顔を浮かべる才人を見て、彼女はその笑みを強くした。
きっと感謝している。最悪が起こる前に、止めてもらえた。ただの自動人形を破壊しただけなのに、心を痛めてくれた。そんな彼だから、感謝している。
「あの三人は、特に、ですかね……」
修理された後のことを考えて、十号はほんの少しだけ眉を顰めた。が、すぐに表情を戻す。何をするにしても、まずは目の前の敵を片付けてからだ。
そうこうしているうちに、段々と勢いも衰えてきた。向こうの指示もなくなってきたのか、敵の動きも単調なものへと変わっていく。その隙を逃さず一気に突っ込んだ才人と『地下水』は、残った町の住人を始末し一息を吐いた。
「これで終わりか」
「そのようですね」
ふう、と辺りを見渡す。骨と皮がばら撒かれて酷い有様であった。片付けするだけでも相当時間がかかりそうだ。そんなことを思いながら才人は貴族の青年を見る。同じようなことを思ったのか、引っ越しを考えるべきかと呟いていた。
「ありがとう、サイト君、ミス・フェイカ」
気を取り直した青年は二人に視線を向け深々と頭を下げた。そんなお礼を言われるようなことはしていないと手をブンブン振る才人に対し、青年はそんなことはないと首を振る。
「事件の解決と、彼女を癒やすこと。両方共に、貴方達のおかげだ」
背中の異形を仕舞い込み簡易修理が施された十号を見る。少し照れたように笑みを浮かべる彼女には、最早憂いは感じられなかった。
是非お礼をしたい。そんなことを続けながら青年は才人へと近付く。何か自分に出来ることはないだろうか。そう言って彼を真っ直ぐ見た。
「とりあえず、彼女達の修理、かな」
「勿論するさ。言われなくともね」
なら、俺からは特にないです。そう言って頭を掻く才人を見て、青年は困ったように笑う。そうなると何も恩返しが出来ないな。そんなことを言いながら才人と同じように頭を掻いた。
「んー。あ、じゃあ、こういうのはどうです?」
俺達の仲間になってください。笑みを浮かべ、手を差し出しながら。才人はそう言って笑った。
青年はそれに一瞬呆気に取られ、そして笑った。才人の笑みが弾けるようなものであるならば、彼の笑みは爆発するかのごとく。肩を震わせ、立っていられないようなほど大笑いをした。
「……何か俺変なこと言ったか?」
「言いました。呆れるほどに」
はぁ、と『地下水』が溜息を吐く。これだから無自覚の馬鹿は、と呟きながら、しかし彼女も笑みを浮かべた。
暫しの後。笑いが収まった彼は、真っ直ぐに才人を見た。本当にいいのかい、と問い掛けた。勿論、と改めて差し出した才人の手を、青年はしっかりと握り返す。これからよろしく、と笑みを見せた。
後日、青年は館を引き払う。所属をフォンティーヌ領に変え、王都で働くことにした青年に、町の住民は首を傾げた。だが、事件を解決した騎士が彼をスカウトしたという話が広まると、皆一様にそれなら良かったと胸を撫で下ろしたという。
町はその後、平穏な生活が続いた。
トリステインの王宮。そこに呼び出された才人と『地下水』は、謁見の間にて眼の前にいる少女に傅いた。この場では彼女は王女であり、自分達はその臣下。ある程度の礼節は持っていなくてはならない。
「フォンティーヌ領主配下の自由騎士、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、参りました」
「同じく、フェイカ・M・ライア、参りました」
二人の名乗りを聞いたトリステイン王女、アンリエッタは顔を上げてくださいと述べ、次いで楽にしてくださいと告げる。分かりましたと揃って立ち上がった二人は、それで一体何用ですかと彼女に尋ねた。
「いえ、先日の事件の顛末を改めて聞きたかったのです」
「報告書に纏めましたよね?」
「ええ。ですが、直接聞かなくてはならないこともありましたから」
アンリエッタは笑みを崩さない。分かりました、と才人は記憶を辿りながら語り始めた。隣にいる『地下水』にフォローよろしくと頼むのも忘れない。
何者かが町の住人をまるごと取り替えようとしていたこと。その最中に貴族の青年が隠居と研究を兼ねてやってきたこと。奇しくも青年の研究が自動人形であったことで、目的を達成する前に気付かれてしまったこと。犯人が青年を陥れる為に少女を一体破壊し、仕込みを行い、規模を大きくしたこと。そうして起きた事件を解決するために自分が派遣され、途中までは犯人の思惑取り青年の仕業だとなりかけていたこと。それを看破し、犯人の作戦失敗となったことで襲い掛かってきた偽物を打ち倒し、青年を自身の協力者としたこと。
「大体、こんなとこですか」
「成程。分かりました」
報告書はしっかりと纏めていたのですね。そう言って笑うアンリエッタを見て、俺の努力返せよと才人はぼやく。勿論アンリエッタには通用しないので、彼の要望は届かない。
それで、と彼女は述べる。その青年の処遇ですが、と彼女は続ける。
「アカデミー所属、ということになりました」
まあそんなところだろう、と才人は頷く。ああいう研究者タイプならばその方が力を発揮出来る。目の前の彼女の改造でアカデミーの評議会はほぼアンリエッタの関係者でまとまっているため、碌でもない何かをすることはあっても人道に反することはそれほど起きるまい。そう結論付け、文句を述べることもしなかった。
「それで、彼は是非ともサイト殿にお礼がしたいと」
「俺に、ですか?」
「ええ。事件を解決した依頼料の上乗せだと思っていただければ」
ふむ、と才人は考える。ここで断るのも向こうに悪いし、何よりわざわざ依頼料の上乗せという体にしたのはこちらが遠慮しないように配慮したためであろう。そこまでしてくれるのだ、受け取らねば失礼に当たる。そう判断し、分かりましたと頷いた。
隣では何かを感じ取ったのか、『地下水』が呆れたような溜息を吐いている。
「分かりました。では――『依頼料』をここに」
アンリエッタの指示に、はい、と控えていた兵士が答える。つかつかと別の扉の前に移動すると、それをゆっくりと開け放った。
そこから出てきたのは、一人の少女。才人も見覚えのあるその姿は、傷一つない体でゆっくりと彼の前の前まで歩いていった。
「では――改めて、これからよろしくお願いします」
「え? ああ、ん?」
どういうこと? と隣を見る。ただでさえ悪い目付きを更に鋭くして彼を睨んでいた。
前を見る。とてもいい笑顔でこちらを見ていた。
「彼女が『依頼料』ですわ」
「いや何となく分かってたけどはっきり言われるとちょっとアレなんですけどぉ!?」
「……迷惑、でしたか?」
「いや迷惑じゃないしちょっと驚いただけだから。大歓迎だよ、これからよろしくな」
「はい! ……良かった……。じゃあ、その――また、抱いて、くれますか?」
空気が凍る。聞いていた兵士はああやっぱりそういうことかと生暖かい目で彼を見る。アンリエッタは可笑しくてたまらないという状態らしく、肩を震わせてそっぽを向いた。
そして隣である。目付きは既に殺意が混じっているような気さえした。
「……何でそんな睨んでんだよ」
「自分の胸に聞けばいいのでは?」
そう言われた才人は暫し考える。今回の事件の時の会話や状況を思い出し、ううむと唸った。
「あ、ひょっとしてお前も俺に抱――」
瞬間、才人は氷漬けになった。ついでに壁に貼り付けられた。
無表情であった。何の躊躇いもなく始末出来る。そんなことをすら考えていないような顔であった。
「ってぇな! 冗談に決まってんだろ! 何で俺がお前とそんなことしなきゃ」
「死ね」
追撃の氷柱が才人に突き刺さる。おぶ、とブタを絞めたような声を上げながら彼は再度吹き飛んでいった。それでも軽傷程度で済んでいるのは流石というべきか。
「サ、サイトさん!? 大丈夫なのですか?!」
「いつものことですわミス・十号。彼等と共にいるのならば、早めに慣れることをお勧めします」
心底楽しそうにアンリエッタは笑い、十号はただただオロオロするばかりであった。
原作沿いの区切り