ARMORED CORE〜In the blank〜 作:シリアル
原作との矛盾も多いかと思いますが、斜め読みして頂ければ幸いです。
2018/3/30 追記:細かな表現や誤植の変更・訂正を行いました
––––仕事柄、多くの人間を殺してきた。
敵対勢力が保有する施設の襲撃に、「企業」から離反した研究者の粛清……。
中には、偽の任務でおびき出した
その度に数えきれないほどの人間の死に様を目にしたが、特段何か感じるということはなかった。人の命を奪うことへの抵抗など元からないし、組んでいた仕事仲間が目の前で殺された時も、不思議と僕は平然としたままでいられたのだ。
きっとこんな人間のことを、世間一般には「破綻者」と呼ぶのだろう。今更そのことを否定するつもりもないのだが、傭兵を生業にする者にとって人の死は「日常の一部」にしか過ぎないし、その一つ一つに反応していたら、こんな仕事はやっていられなかった。
「ノーマル」に初めて乗りこんだその日、僕は人として最低限の道徳観をも捨て、依頼主の望みを忠実に叶えるためだけの殺人マシーンになることを決めた。無数の命を奪い、冒涜し、ただ壊すだけの、心を持たない機械に。
そうして様々な依頼をこなしていくうちに、いつしか僕は「腕利き」と呼ばれるまでに上り詰めていた。だけど、そんな七年間の中でも、こんな感情が芽生えたことは、ただの一度もなかった。
––––誰かの意思とは関係なく、あくまでひとりの「人間」として、ただ相手の死を望む純粋な殺意。
その矛先は、二脚型ノーマルの息苦しいコックピットの中、モニター越しの黒き「獣」へと向けられていた。
「F1カー」などと言ったか。いつか写真で見た、古いレースカーのボディに細い手足を生やしたようなその形状は、同じように四肢を持つ人間のそれとはまるで似つかない、まさに「異形」と形容すべき様相である。
緑色に輝く粒子を周囲に纏い、背部から眩い閃光を放ちながら目にも留まらぬ速さで青空を駆けるその姿は、一種の神々しさすらをも感じさせた。
アーマード・コア"ネクスト"。人類文明の誕生から何百年、いや何千年と続いた国家による統治の時代に終焉をもたらした、「国家解体戦争」における企業側の主力兵器。
高いエネルギー発生効率と有害性を兼ね備える新物質「コジマ粒子」を軍事方面で転用した数少ない成功例であり、有人兵器でありながらも戦略級の力を持つ。
特殊な適性を持つパイロット・リンクスが操るたった二十六体のネクストは、二ヶ月足らずで世界各国の軍隊を壊滅へと追いやり、企業連合体––––通称「パックス」による支配体制を確固たるものとした。兵器としての単純な破壊力もさることながら、機体によっては戦闘機をも凌駕する機動性、そしてコジマ粒子による特殊防護壁・プライマルアーマーを兼ね備えたそれは、その当時の既存兵器の存在を根底から覆すほどの力を持っていたのである。
現在、その運用の難しさから企業の主戦力はアームズフォートへと切り替えられているものの、未だに十二の企業によって計三十一体のネクストが運用されており、企業間の戦闘において度々投入されては高い戦果を挙げていた。
そんな中でも、今は亡きレイレナード社の高機動型二脚フレーム「03-AALIYAH」に、高火力・低射程の武装を施したその機体は、中近距離における対ネクスト戦を想定して設計されたことが見て取れる。
……しかし今、それらの銃口は、ネクストどころか「兵器ですらないもの」へと向けられていた。
肩部から放たれた一閃の光条が、展開した僕らハイエンド・ノーマル部隊の間を通過し、全幅四キロメートルの巨大全翼機へと直撃する。
機関部を破壊され、航続能力を失った二千万の命の揺り籠は、その身から黒々とした煙を立ち上らせながら、他の四基と同じように遥か眼下の地上へと落下していった。
クレイドル––––十数年前、企業間で勃発した初の大規模戦闘、「リンクス戦争」によるコジマ汚染拡大の影響で、地上を追われることとなった人類にとっての「終の棲家」である。
まだ汚染の行き届いていない上空七千メートルを延々と飛行し続ける高高度プラットフォームでは、一基あたり一千万人、一編隊につき五千万人の人々が暮らしている。
その中でも、ここ「クレイドル03」は極初期に建造されたもので、住人の増加に伴う居住区画の増設を繰り返し、今では合計一億人もの人々が日々の生活を営んでいた。
しかしたった今、そんな幾多の罪なき者たちの日常は、突如出現した「獣」の手によって脆くも握りつぶされたのであった。
「……クソッ、こんなのやってられるか!俺は離脱するぞ!」
通信でそう吐き捨てると、一人のレイヴンがそそくさと撤退を始める。
「そ、そうね!防衛対象も無くなったんだし、もう私たちがここにいる理由もないわ。早く帰りましょう!」
一億の死を目の前にして怖気付いたのだろうか、他の数機もそんな彼に倣った。
直後、狭苦しいコックピットの中に、けたましい断末魔が響いた。
それも一人のものではない。モニターには、無数の弾丸をその身に受けて主人を失ったのだろう、クレイドルと共に青空の中を落下する複数機のノーマルの姿が映っていた。
––––そう。もう一匹の「獣」が、彼らのことをみすみす逃す筈がなかったのである。
鈍い金色のカラーリングに、関節が人のそれとは逆側に折れ曲がった脚部。華奢なその腕部に握られたアサルトライフルが、逃げ惑うノーマルたちの背中に向かって忙しなく火を噴いていた。
イレギュラーネクスト、リザである。リンクスであると同時に、反体制派勢力・リリアナの首領としても知られる男、自称オールドキングが駆るそれは、今から三十分ほど前、クレイドルの飛行空域に突如としてその姿を現した。
ノーマルによる襲撃を想定してクレイドルの防衛に当たっていた僕らにとって、ネクストの登場はまさに青天の霹靂であった。通常兵器による攻撃はプライマルアーマーによって阻まれ、かえってこちら側が次々と撃墜されていく始末。その圧倒的な力の前に為すすべを持たない僕らは、目の前で繰り広げられる殺戮を、ただ呆然と眺めることしか出来ずにいた。
そんな中で、僕には一つ気がかりなことがあった。警備部隊に致命的な打撃を与えながらも、オールドキングは肝心のクレイドルそのものには一切手を出さなかったのである。
彼の率いるリリアナは、地上に拠点を置く反体制派勢力の中でも特に過激な部類に入り、ノーマル部隊によるクレイドルの占拠を画策してはその殆どを失敗に終えていた。その前例を考えると、オールドキングのその様子はいささか不自然に見えたのだ。
……そしてそれは、まるで後続の誰かのための「お膳立て」のようにも感じられた。
嫌な予感は的中した。続いてやってきたもう一体のネクストによって、クレイドル03は五基全てが撃墜され、一億もの人々が最悪の形で地上へと還ることになったのであった。
史上最大規模の大虐殺を終え、今はノーマルとの戯れにご執心、といった様子のリザから距離を取ると、僕は機体を黒いネクストの方へと向ける。
奴は、まるで飼い主が用事を終えるのを待つ犬が如く、ただ呆然とその場に佇んでいた。
こちらの存在を感づかれることのないように一定の距離を保ちながら、僕は黒いネクストの後方へと機体を回り込ませる。すると、途絶えることなく聞こえ続けていたレイヴンたちの絶叫に割り込むようにして、一人の女が通信に参加した。
「レイヴン、こちらカレンです。クライアントにより、撤退命令が出されました。直ちに帰投してください」
相変わらずの冷淡な声色で、カレン・エインズワースは言った。
彼女が僕のオペレーターとなってからかれこれ五年ほどが経つが、その言葉から感情らしきものが感じ取れたことは一度もない。どうやらそれは、一億人の大虐殺に際しても変わりないようだ。
……だが生憎、今の僕は、彼女のような冷静さなど持ち合わせてはいなかった。
「聞いていますか。もう一度言います、直ちに撤退してください。あまりもたついていると、今度は貴方がネクストの餌食に」
耐えかねた僕は、全ての通信をミュートにした。
それまで絶え間なく響いていた悲鳴が嘘のように止み、まるで数日ぶりにすら感じられる静寂が、僕を冷たく包み込む。
そのまま自らの棺桶となるかもしれないコックピットの中で、僕はただ一人思いを巡らせた。
––––正直なところ、僕にとって一億の死などは、些細な出来事にしか過ぎないのである。縁もゆかりもない人間がいくら死のうが知ったことではないし、普通ならその犯人に対してもこれほどまでの憎悪を覚えることもないだろう。
そんな僕を突き動かす殺意の源は、一人の「少女」にあった。
栗色のショートヘアに、実際の年齢よりも二、三歳ほど幼く見える顔立ち。最後にその姿を見たのは三年以上前の筈なのだが、記憶の中のその姿は、まるで写真で撮ったかのように鮮明であった。
……これは天罰なのだろうか。数えきれないほどの人命を奪い、その対価によって生きてきたことへのツケが、今となって回ってきたのだろうか。
だとするなら、今更赦しを乞うつもりもない。どのような苦しみだろうと、甘んじて背負うことにしよう。
でも、彼女まで––––セシリアまで罰せられる所以は、どこにもないはずだ。
意を決すると、僕は装備した射撃武器を全てパージし、黒いネクストの背中めがけて機体を突撃させた。
シートに身体が強く押し付けられるのを感じながら、操縦桿のトリガー部を引いて左腕部のレーザーブレードを起動する。「月光(ムーンライト)」の名を冠する青白い光が次第に一本へと収束し、その刀身を形作った。
……その実、ノーマルであろうとネクストだろうと、飛行の原理は殆ど同じである。それは背部のメインブースターの出力と、各部に取り付けられたスラスターによる姿勢制御によるものであった。
つまりメインブースターさえ破壊してしまえば、戦場においてまさに神的な域にまで至る力を持つネクストでさえ、後は落下していくのを待つだけの鉄屑と化す訳である。
プライマルアーマーを突破出来るほどの高威力兵器による、メインブースターの破壊。それが非力なノーマルに与えられた、ネクストを撃破するための唯一の道であった。
とはいえ、一介のレイヴンがネクストを撃墜したなどという例は、今までに一つとして聞いたことがない。そして僕にも、それをやってのけるのはほぼ不可能と言っていいだろう。
それでも、挑まなければならないのだ。例え、この身が亡びを迎えることになろうとも。
黒いネクストとの相対距離を十メートルほどまで詰めると、僕は機体の左腕を正面へと突き出した。
ブレードが青緑色の薄膜へと干渉し、火花を散らしながらその内側へと入り込んでいく。
……ついにその切っ先がメインブースターにまで達そうとしたとき、横嬲りの連続した衝撃がそれを阻んだ。
機体の異常を知らせる各種アラートが鳴り響き、忙しなく点滅する警告灯が、コックピット内を赤色に染め上げる。振動で内壁に何度も頭を打ち付けた僕は、ヘルメット越しにも伝わるその衝撃に、思わず呻き声を漏らした。
割れるような痛みの中、額から垂れてきた血液の味にむせ返りながら、僕はノーマルのメインカメラを右へと向ける。
ノイズが走るモニター上に映ったのは、アサルトライフルの銃口をこちらへと向ける、リザの姿であった。
直後、レーザーブレードの刀身が消えたかと思うと、全身を奇妙な感覚が包み込む。それが自由落下によってもたらされた浮遊感だと気づくのには、少しの時間を要した。
––––まだだ。まだやれる。
そんな叫びも虚しく、モニターに映る周囲の景色は、頭上へと向かって段々と加速していく。
外部からの映像が途絶える寸前、最後に僕が目にしたのは、背中から白炎を吐き出しながら彼方へと飛び去っていく二匹の獣の姿だった。