ARMORED CORE〜In the blank〜   作:シリアル

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第四話:山猫狩り 前編

  第二次世界大戦末期。度重なる空襲によって窮地に追い込まれた、極東に位置するとある島国の人々は、竹を切り出して作った槍を天に向かって突き出すことで、爆撃機を撃墜する訓練を行っていたらしい。

 

  ……言うまでもなく、人の背丈と同じほどの長さしかない竹槍が、高度五千メートルを飛行する爆撃機まで届くはずはない。一般的な思考の人間なら考えるまでもなく分かるようなことに思えるが、なんでも当時は、そうするように正規の軍隊が民衆へと指示していたというから驚きである。

 

 

  さて。今回の「依頼」に関してだが、僕にはどうも「竹槍で爆撃機を墜とす」のと同じように荒唐無稽な話にしか思えなかった。

 

 

  オーメル軍バリ駐屯地に併設された、兵士宿舎の一室。最低限の家具で構成された四畳半の部屋の中、ベッドの上に腰掛けた僕は、手元の資料へと目をやる。

 

 

  ––––作戦コード「Lynxhunt(山猫狩り)」。今回僕たちに与えられた依頼は、「企業連合軍及びラインアーク自衛部隊との共同による首輪付きの討伐」である。

 

 

  バートランドの話によると、首輪付きが今まで襲撃してきたコロニーの座標には、ある一定の法則があるのだという。前回のコロニー・ナホトカのように一部例外もあるものの、その殆どが、他地域と比べてコジマ汚染が軽微な場所に位置するものだったそうだ。

 

  彼は語った。「奴は地表を塗り潰している」と。「ムラにコジマ粒子を塗り重ね、地表の汚染を均一なものとしている」、と。

 

  僕たちに首輪付きの真意をうかがい知ることはできないが、もし彼の言う通りこれが意図的なものなのだとしたら、相当な悪趣味である。……まあ最も、うん億という単位の人間を虐殺している時点で、悪趣味もへったくれもないのだが。

 

  兎に角。これまでの奴の行動パターンから、次回の襲撃場所が、現時点で最も汚染度が低いここ、オーメル領バリ島であることが判明した訳だ。

  そこで急遽、企業連は秘密裏に島民の避難を開始。無人となったコロニーにANTACを配備し、その性能を十二分に引き出せるほどの技量を持つ、僕たち「腕利き」のレイヴンが呼び出されたのであった。

 

 

  ……しかし。連中は本気で、あのような機体で首輪付きに打ち勝てると思っているのだろうか。

 

  なにしろ相手は、企業の精鋭リンクス五人を実質単騎で手玉に取った化け物だ。ただでさえノーマルとネクストでは性能に天と地の差があるというのに、その改良型に過ぎないANTAC数十体で太刀打ちできるはずがない。

  僕たちと首輪付きを阻むコジマ粒子の壁は、かつて竹槍を手にした人々とB-29を阻んだ五千メートルの空と同等か、或いはそれよりも厚いものなのだ。

 

 

  その困難さ故か報酬は高額で、カレンが事前に提示していた通り、首輪付きの撃墜に成功した場合には100000cが、また成否にかかわらず前金として30000cが支払われることとなっている。その上、機体の各部パーツ交換や武装の変更に関する整備費用が、50000cまで免除されるのだそうだ。

  装備が統一されたデフォルトの状態ではなく、あらかじめ機体を自分好みに整備できるのは、それぞれに強い「癖」を持つレイヴンにとっては有り難い限りである。

 

  ……このような、守銭奴として知られる企業連とはおよそ思えない程の金の掛け方から見るに、やはり連中は本気で首輪付きを潰すつもりなのだろう。僕からしてみれば、現在生き残っているカラードの下層リンクスたちに編隊を組ませて迎撃へと当てた方が、よっぽど勝機があるように思えるが。

 

  そして最もタチが悪いのは、連中はそんな「死に戦」とも言える無謀な戦いを、僕らへと強要しているところだ。

  彼らはあくまで、当人の意思で取捨選択することができる「依頼」の程をとってはいるものの、「断る」という選択肢はまずあり得ない。なにしろ今のバリ島は、完全に企業連の庭である。首輪付きとの交戦前に無断で脱出でも図ろうものなら、どういった結末を辿るかは明白だった。

 

 

  ––––と、そのあまりに理不尽な内容から、レイヴンの間で大きな不満が上がっている今回の「依頼」だが、その実、僕個人にとってはかなりの好条件であった。

 

  その理由の一つとして、まずこの宿舎の過ごしやすさが挙げられる。

 

  一般人からすれば殺風景なことこの上ないであろう、シンプルな部屋のレイアウト。普段これ以上に家具の少ない家で過ごしている僕からすれば、かえってこれくらいの方が落ち着くくらいである。

 

  出される食事に関してもインスタントに比べたら上等な部類に入るものだし、併設された大型図書館が制限無しに利用可能な点もありがたい。地上では滅多に出回っていない戦前の書物たちが、四方を取り囲む巨大な本棚の中に整然と並べられているのだ。ど田舎のストックホルムにいた頃と違って、ここでは退屈せずに済みそうだ。

 

 

  ……そして、何より。

 

  生きているうちに、再び「首輪付き」と対峙する機会を得られたこと。それこそが、今回の最たる収穫だった。

 

  もしも昨日までのように、その日暮らしでしかない「空白」の日々が続いていたとしたなら。僕は何一つ為すことも出来ず、いつの日にか、首輪付きの手によって無力にも殺されていたことだろう。

  或いは、何か想像もつかないような奇跡が起こったとして、首輪付きの脅威が地上から除かれても。セシリアを失い、その仇まで無くした僕に、もはや生きる意味などどこにも残されていない。

 

  なんの目的もないままただ生きながらえることなど、もはや死と同様、もしくはそれ以上に惨たらしい話だ。……つまり昨日まで、僕が辿ることとなる結末は、世界の命運がどちらに転ぼうと、酷くちんけな内容になることが決まっているようなものだった。

 

 

  ––––しかし。今日僕は、首輪付きと再び闘うチャンスを与えられた。セシリアの無念を晴らすために、命をかけるチャンスを与えられた。

 

  敬虔なカトリックだった母が死んで以降、僕はずっと無神論者として生きてきた。母の忠誠に報いるどころか、かえって見殺しにまでした「神」とやらを盲目的に信じ続けることなど、到底出来なかったのだ。

  だが、今日この時ばかりは、そんな神とか仏とかいう不確かな類の存在に感謝するしかなかった。まるで何者かが意図したかのような、この運命の巡り合わせに。

 

  ……いや。感謝すべきは、他にいたか。先程返却されたばかりの携帯端末を取り出すと、僕はカレン・エインズワースの連絡先をダイアルした。

 

 

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