ARMORED CORE〜In the blank〜 作:シリアル
先程返却されたばかりの携帯端末を取り出すと、僕はカレン・エインズワースの連絡先をダイアルする。
五回ほど呼び出し音が繰り返された後、珍しくも眠たげな声色で彼女は電話に出た。
「もしもし」
「こんばんは、カレン。……もしかして、起こしてしまったか」
「『こんばんは』、ですか。呑気なものですね、こちらは何時だと思っているのですか」
……しまった。そういえば、ここと相手側の時差を考慮に入れるのを忘れていた。
バリ(こちら)の現在時刻は、午後九時十九分。カレンが住んでいるのは……。
改めて思うと、彼女のプライベートについては、この五年間で何一つとして聞いたことがない。家族構成どころか本人の年齢すらはっきりとしないというのに、その居住地を知っているはずがなかった。
しばらく黙り込んだままでいると、呆れた様子で一つため息をついたカレンは、携帯端末の向こうでゆっくりと口を開く。
「こちら––––コロニー・アンカレッジの現在時刻は、午前五時六分。まだ太陽も上っていません」
アンカレッジ。GA領アラスカ州の中央部に位置する、人口数十万の中規模コロニー……。成る程、これだけの時差が生じるのも頷ける。
と、一人で勝手に納得している場合ではない。なにしろ向こうは、気持ちよく眠っているところを未明から叩き起こされたのだ。彼女が今どんな心境の中にいるかは、いくら鈍感な僕でも想像に難くなかった。
「すまない、カレン。配慮不足だった」
「……で、用件はなんですか。出来るだけ手短にお願いします」
ぶっきらぼうな物言いで、彼女は僕に尋ねる。
さて。ここから先は、慎重に言葉を選ばなければならない。携帯端末そのものは返却されたものの、ネットへのアクセスには厳重な制限がかかっているし、通話は全て記録されている。不要な発言は許されない。
「いや。あんたがこの先どうするつもりか、気になってな」
考えるように少し間をおいてから、彼女は返答する。
「三日後、私もそちらへと向かうことになっています。作戦中は、以前と同じように通信で交戦のサポートをさせて頂きます」
彼女もこちらに合流するのか。てっきり、オペレーターはバリには来ないものだと思っていたが。
と。ここで、ある一つの疑問が浮かぶ。
「……だが何故、連中はわざわざ、レイヴンとオペレーターで島に入る時期をずらしたんだ」
「なんでも、それほどの大人数が同時に移動すると、情報が外部に漏洩する可能性があるからだとか」
……やはり、何かおかしい。先程からぼんやりと感じていた「違和感」が、僕の中ではっきりとした輪郭を持ち始める。
ここに至るまでの流れ––––殊に、急遽ブリーフィング以前に繰り上がったように思えるラインアークからバリへの移動––––と、それ以降の厳重な情報統制。
その全てが、単に作戦内容の外部漏洩を防ぐための措置だとしたら。ありとあらゆるメディアを監視下に置いている統治企業と、その連合体たる企業連にしては、少し神経質すぎはしないか。こう言っては身も蓋もないが、最悪情報が一般に漏れたとしても、検閲によって封じ込めてしまえばいいだけの話ではないか。
今回の相手は、いくら大量虐殺者とはいえ、あくまで一個人に過ぎない。これまで繰り返されてきた経済戦争とは違い、今回は敵対勢力のスパイや内通者といった類の存在を警戒する必要はない筈だ。だと言うのに、連中は一体何を恐れているのだろうか。
……いや、或いは。
噂程度には耳にしたことがある。首輪付きをなんらかの理由で支援する、謎の団体の存在を。
整備に多大な技術力と資金を要するネクストを、企業の手助け無しで、ましてや個人が運用できる筈がない。オールドキングが斃れ、企業連の総攻撃によってリリアナが壊滅した今、また別の勢力––––それもとてつもなく大規模な––––が奴を支援しているのではないか、という憶測に至るのも必然である。
そして企業連が、その情報網を恐れてあの様な振る舞いをしていたのだとすれば、全ての辻褄が合う。……しかし、数百万単位の大量殺戮を引き起こすことで利益を得られる連中など、どこにいると言うのだろうか。
いかにも陰謀論者が好みそうな話題であるせいか、巷ではネオナチやカルト宗教、果ては地球外生命体などといった、「取るに足らない」説ばかりが流布している。文明が起きて以来、人類にとって最大の危機の渦中にいると言うのに、どいつもこいつも呑気なものである。……かく言う僕も、他に何かまともな意見をあるのかと言えば、そういう訳でもないのだが。
しばらく一人で考え込んでいると、耐えかねた様子でカレンが口を開く。
「あの、どうかされたのですか」
「いや、なんでもない。……悪かったな、こんな早朝から叩き起こしてしまって」
「それでは、私はこれで。失礼致します」
そう言い放ち、カレンは電話を切ろうとする。その直前、本来の目的を思い出した僕は、慌てて彼女を制止した。
「す、少し待ってくれ」
「何ですか」
「一言だけ言わせてくれ。……ありがとう。あんたのお陰で、なんとか惨めな死に方だけはせずに済みそうだ」
言い終えた後で、じわじわと気恥ずかしさがこみ上げてくる。そういえば、こうして彼女に感謝の丈を打ち明けるのは、これが初めてだったか。
そんな中で、脳裏に一週間前の彼女の言葉が蘇る。
『この依頼は、あなたの妹様、或いはあなたご自身の悔恨を晴らす、良い機会となるでしょう』
今僕がここにいるのは、彼女のあの言葉があったからこそだ。事前に提示されたのが、先程アーロンがいくつか挙げていたような、ただ好条件なだけの内容であれば、僕は依頼を受けることはなかった。セシリアを亡くした今、以前のようにただがむしゃらに金を稼ぐことなど、どうも徒労としか思えないのだ。
しかしカレンは、他のオペレーターと同じように依頼内容を捏造するのではなく、敢えてその異常性を隠すことなく開示してくれた。
そして今回の依頼が、どんな形であれ、セシリアの無念を晴らすことに繋がることも。
この五年間、僕は彼女の思考回路というものを何一つとして理解できずにいたが、逆はその限りでなかったらしい。……僕がこの依頼を受けることとなった直接的な要因は、やはり彼女に他ならなかった。
「……って、いきなりこんなこと言われても困るよな。済まない、じゃあ三日後にまた……」
そこまで言うと、カレンの言葉がそれを遮る。
「謝る必要はありませんよ。いくら朝早くに叩き起こされたとは言え、感謝されて悪い気になる人間なんていません。私を含め」
––––余りに予想外な彼女の言葉に、僕は耳を疑った。
「……今、なんて言ったんだ」
「『感謝されて悪い気になんてならない』、って言ったんです。そんなに意外ですか」
「いや、そういう訳じゃ……」
今までの彼女からは想像もつかない、「人間臭い」とも言える発言に戸惑いを隠せないまま、僕は思わず上ずった声を発する。
「……それでは、今日は朝早くから予定が入っておりますので、私はこれで。失礼致します」
そんな僕の様子に呆れたのか、彼女はそう言って一方的に電話を切ってしまった。
一体、彼女のあの反応はなんだったのだろうか。携帯端末をベッドの上に放り投げると、僕は訳もなく天井を見上げる。
……おかげで、以前にも増して「カレン・エインズワース」という人物のことが分からなくなってしまった。彼女は一体、何者なのだろう。
そんなことをしばらく考えていると、突然抗いようのない強烈な眠気が襲ってくる。今日はあまりに色々なことがありすぎた。こうして疲労が噴出するのも当然である。
ベッドの上に身を投げ出すと、重い瞼をゆっくりと閉じる。部屋の電灯すら切ることなく、そのまま僕は眠り込んでしまった。
次回は、別主人公視点の番外編を投稿します。