ARMORED CORE〜In the blank〜   作:シリアル

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番外編 第一話:キーウェスト 後編

  六つの巨大軍需企業による国家への反乱に端を発した「国家解体戦争」が、開戦からわずか二ヶ月足らずで終結した直後。急遽発足された企業連合体・パックスの主導で、敗北した国家側における権力者たちの一斉処刑が行われた。

 

  革命暦になぞらえ、後に「ニヴォーズの大粛清」として語り継がれることとなるこの事件は、十二月二十一日から同月二十三日までのたった三日間で、銃殺刑による一万人以上の犠牲者を出す結果となった。……しかしながら、表沙汰にはされていないものの、とある超大国の政府関係者十二人だけは、例外的に粛清を免れていた。

 

 

  アメリカ合衆国。旧体制において、「世界の警察」として各国を牽引した一大国家。

 

  解体戦争時、ネクスト機の圧倒的な戦力の前に他国が次々と陥落していく中、唯一この国だけは、GA及びレイレナードを中心とする国内の企業勢力を相手に粘り強い抵抗を繰り広げた。ヨーロッパ制圧を終えたローゼンタールグループの参戦により、やっとその勢力を首都周辺にまで後退させたが、企業側は依然として、勝利を決するような決定的打撃を与えられずにいた。

 

 

  ……そんな中、当時アメリカ軍部の中枢を担っていた組織、「ワシントン評議会」から、GAへとある提案がもたらされた。

 

  第一に、評議会を構成する十二人とその家族に関しては、国家が解体された後も身辺を保証すること。第二に、GAの占領下にある北アメリカ最南部・キーウェスト島を返還し、今後いかなる企業勢力の拠点も置かないこと……。この二つの条件を飲むのであれば、全軍に対し直ちに武装解除の命令を出す、という内容であった。

 

  いくら戦局が優勢に傾いているとは言え、米軍による予想外の抵抗に疲弊していたGAはこれを承諾。アメリカの降伏と同時に国家解体戦争は終結し、世界を統治する最大単位は「国家」から「企業」へと置き換えられたのだった。

 

 

  そして、企業による統治体制が樹立されてからおよそ二十年。ワシントン評議会––––現在では「キーウェスト派」と呼称されている––––の構成員は、絶海の孤島で人知れずその余生を謳歌していた。

 

  GAによる監視が光っていることもあって、これまで彼らが目立った問題を起こすということはなかった。……しかし先日、GA本社において行われた内部調査で、ある事実が発覚する。

 

 

  何者かによる、キーウェスト派に対するGA資産の横流し。金額は年あたりおよそ500000cにものぼり、その事実が認知されるまで、七年に渡って継続的に行われていた。

 

  ギガベース級AF(アームズフォート)を数隻建造できるほどの資金流出に、GAの警察組織だけでは無く、本来企業内部の問題には介入しないはずの企業連までもが調査を開始。つい昨日まで私が籍を置いていた部署、「内政調査課」がその担当にあたることとなった。

 

  ……とは言っても、私がこの事件の捜査に直接関わった、というわけではない。その頃には既に異動が決まっていて、内政調査課員として新たな仕事が割り振られることはなかったのだが、捜査の進捗に関しては、同じ部署に属していた友人たちから聞いていた。

 

  なんでも、GA内部からは実行犯の五人に加え、新たに八人がキーウェスト派の内通者だと判明したのだそうだ。その上、オーメルを始めとする複数の企業においてもスパイの存在が確認されており、ある元同僚は、「企業連とて例外ではない。内通者が見つかるのも時間の問題」という見解を述べていた。

 

 

  そして、今朝。彼の予想通り、一人の本部職員が、キーウェスト派のスパイとして逮捕された。

 

  逮捕当時、男は内政調査課のオフィスへと侵入し、保管されていた捜査資料を処分しようとしていたという。異常を感知した警備員の介入によってその試みは中断されたものの、それまでに全体の約三割ほどの紙文書がシュレッダーにかけられ、修復不可能な状態となった。……と言っても、それらの殆どはデータ形式でバックアップが取られているため、損害はほんの微々たるものであるが。

 

  だが最も重要なのは、「企業連本部にまで内通者が潜伏していた」という事実である。これに受けて上層部は、GAが来週にも行うキーウェスト島強制捜査に、情報管理室の職員を「GA社員」として送り込むことを決定したのだった。

 

  しかし––––。

 

 

「なんで、私なんだよ……」

 

  エレベータへと続く広い廊下を歩きながら、私は口の中で呟く。

 

 

  否、理由は分かっている。GA陣営に属する有澤重工の出身、その上配属一日目のペーペーともなれば、この役割へと回されるのも妥当だ。仮に私がアスペルマイヤーの立場だったとしても、この「葛城桜」とかいう女をキーウェストに派遣したことだろう。

 

  それでも、こちらからしてみればたまったものじゃない。首輪付きとそのネクストの所在を特定するため、全世界に散らばった同僚たちが日夜問わず戦っているというのに、どうして私は老害どもが起こした横領事件の調査に当たらねばならんのだ。

 

 

  ……だめだ。思い出すと、余計に怒りがこみ上げて来た。やり場のない憤りにギリギリと歯を食いしばりながら、私は突き当たりのエレベータへと歩みを早める。

  と、左足を踏み出した途端、太腿のあたりがズキリと痛んだ。

 

  それは先程、怒りに任せて自分で殴りつけた部位だった。幼少期から、何か気に入らないことがあると身体のどこかを殴打する癖があったのだが、いい歳になった今でもそれが抜け切っていない訳だ。

 

  全く、自らの幼さに心底呆れる。アスペルマイヤーは最初から、私のこの未熟な心を見透かしていたのかもしれない。

  そう思うと、これまで外に向けられていた怒りが、まるで鏡にでも反射したかのように自らへと返ってきた。

 

  だめだ、こんなのキリがない。ドロドロと渦巻く負の感情を頭から振り払うと、痛む左腿を庇いながら私はエレベータへと乗り込む。

  企業連フロア一階––––税関ビル全体で言うところの四階行きのボタンを押すと、エレベータは下降を始めた。

 

 

  ……ふと。最近局内で広まっている、ある荒唐無稽な噂のことを思い出した。

 

  企業連合軍による、リリアナ本拠地への奇襲作戦が成功に終わった後のことである。支援組織の拠点が完膚なきまでに叩きのめされたことにより、首輪付きの活動は沈静化、或いは完全に停止するものだと思われていた。

 

  しかし、その一週間後。ヨーロッパの僻地に位置するあるコロニーが、一体のネクスト機による襲撃を受けて壊滅する。……その犯人が首輪付きであることは、もはや誰の目にも明白だった。

 

  ネクストほどの大掛かりな兵器を運用するとなれば、それなり以上の設備と資金、そして専門の知識を持つ技術者が必要になる。そのことを鑑みると、首輪付きの活動再開は、「リリアナに代わるなんらかの団体が奴を新たに支援し出した」ということを暗に示しているも同然だ。

 

  首輪付きの新たな「支援組織」について様々な憶測が飛び交う中、GA資産の横領事件が発覚。これによって、「キーウェスト派こそが首輪付きの支援組織である」、という一つの仮説が形作られ、局内に蔓延することとなったのであった。

 

 

  しかし。首輪付きの活動とキーウェスト派の横領事件を無理矢理関連付けるなど、私からしてみれば「ナンセンス」である。

 

  ……資金面でいえば、GAから七年にもわたって大金をせしめていたキーウェスト派は、確かに支援組織の第一候補になり得る。しかし、「設備」と「技術者」の面に関しては、その限りでない。資金援助のみならまだしも、企業の監視下でネクストを整備できるほどの環境を整えられるとは考えにくい。

 

 

  それに、何より。大量殺戮を引き起こし、その上地上を汚染し尽くすことで、キーウェスト派に何の利益が生じるというのだろうか。

 

  かつて、母国やプライドをかなぐり捨ててまで自らの保身だけに走った彼らが、リスクを負ってまでこの無意味な大量殺戮に手を貸すとは思えない。「企業勢力に対して反旗を翻す機会を狙っていた」という可能性も考えられなくはないが、仮にこの手段で合衆国の再興を果たしたとしても、統治する人民と土地が無くては元も子もないではないか。

 

  これらの理由から、噂が事実である可能性は極めて低いものと思われる。内政調査課の同僚たちも、全員が私と同じような見解だった。

 

 

  ……つまり私は、首輪付きとは何の関係も持たない、ただひたすらに欲深いだけのジジババどもを相手にしなければならないということだ。そのことを再認識すると、沈静化しかけていた激情の炎が、私の中でまた燃え上がった。

 

  と、この最悪のタイミングでエレベーターが一階へと到着し、扉が開く。そこには、紺色のシャツに身を包み、肩がけカバンを掛けた一人の若い男がいた。

 

  エレベーターに乗り込もうとする彼とすれ違う形で、私は外に出る。ビルの出口に向けて歩き出すと、背後から声をかけられた。

 

「あの、落としましたよ」

 

  振り向くと、ポケットから落ちたらしい私の職員手帳を、先程の男がこちらへと差し出してきた。

 

  「他人の親切には礼儀で返せ」、が幼い頃からの母の教えだった。人として当然のことと言えばその通りなのだが、私はそれを徹底するよう、これまでの人生の中で心がけてきた。

 

  ……しかしどうも、今日だけは冷静になれない。持て余した苛立ちを左手に込め、男から職員手帳をひったくると、私は身を翻してその場を去った。

 


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