ARMORED CORE〜In the blank〜   作:シリアル

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当初は一括で投稿する予定だったのですが、都合により前後半に分割することになりました。
もしかすると、さらに中盤が入ることになるかもしれません泣

これからも毎週日曜日に更新致しますので、よろしくお願いいたします。

2018/3/30 追記:細かな表現や誤植の変更・訂正を行いました


第一章:山猫狩り
第一話:来訪者 前編


  一定のリズムで繰り返される単調な電子音に、僕の意識は現実へと引き戻された。

 

 

  枕元でバイブレーションを鳴らす携帯端末を手探りで捕まえ、アラームを停止させると、その画面を見やる。時刻は、午前七時三十五分を回っていた。

  うざったく身体にまとわりつく薄手の毛布を乱暴に引き剥がし、勢い良く起き上がった僕の視界に広がったのは、嫌というほどに見慣れた自室の光景であった。

 

  壁紙が破れてコンクリートが剥き出しとなった壁に、色あせた傷だらけのフローリング。

  六畳ほどのその空間には、簡易ベッドやローテーブル、三十二型のテレビが置かれているだけで、我ながら生活感といったものが全く感じられない。

  そして、遮光カーテンの隙間から漏れる微かな光が、そんな殺風景な部屋を薄暗く照らし出していた。

 

  ふと、身につけたスウェットが、汗でじっとりと湿っていることに気が付く。

  ……まただ。ゆっくりとベッドから立ち上がった僕は、衣服を脱いでバスルームへと向かった。

 

 

  あれからというもの、いつもこの調子である。火傷しそうな程に熱いシャワーを浴びながら、僕は一つ深いため息をつく。

 

  三ヶ月前–––– 一億もの人命が一瞬にして失われたあの日、クレイドル03の飛行空域で撃墜された僕は、ノーマルと共に地上へと落下しているところを回収され、なんとか一命をとりとめた。

  幸い、身体の怪我はほんの軽微なものであったため、入院こそしたものの二週間ほどで退院することとなった。しかし、いつからか僕は、毎日のように「あの日」の夢にうなされるようになっていたのである。

 

「一億の死を目の当たりにした衝撃と、自らの命が脅かされた恐怖によって、一種のトラウマ障害に近い状態へと陥っている」。入院先の病院から半ば強制的に受けさせられたカウンセリングで、担当医の老人は悪夢の原因をそう分析した。……しかし、その本質は彼の言うところとは異なることを、僕は自覚していた。

  この悪夢の根幹にあるのは、決して恐怖などと言うごく単純な感情ではない。神仏めいた存在に対するそれにすら似た、何とも形容し難いものであった。

 

  ––––神話の御世にあって、神とは即ち力である。

  力こそが人を生かし、力こそが人を殺す。神という言葉が、単純に多数の人間の生き死にを支配する者のことを表しているのなら、あの時の二体のネクストは、この世界において「最も神に近い存在」であったと言っても過言ではなかった。

 

  そして、そんな余りにも強大な力に対する畏怖、厭忌、そして憎悪。それらが複雑怪奇に絡まり合ったこの感情こそが、何度も繰り返し体験するあの日の根幹にはあった。

 

 

  シャワーを止め、バスタオルで全身を拭き終えた僕は、新しい服へと着替えて部屋に戻る。

  カーテンを開けると、汚れて薄く曇った窓ガラスの向こうには、あまりにも無機質な光景が広がった。

 

  寒空の下、等間隔に整然と立ち並ぶ灰色の立方体たち。壁面にそれぞれ異なる番号が刻印されたそれらは、ここ「コロニー・ストックホルム」における一般居住施設である。

 

  地上におけるコジマ汚染の拡大により、他のコロニーたちが次々と放棄されていく中を生き残った、数少ないうちの一つであるここは、クレイドルに上がれるほどの財力を持たない貧困層、あるいは僕たちレイヴンのような地上を活動拠点に置く職業の者たちの住処となっていた。

  ……しかし、くだんの事件以降は、クレイドルから地上へと降りた人々が大量に流入してきており、最近では抽選によって入居者の決定が行われているというから驚きだ。

 

  窓の両端でカーテンを縛った僕は、ベッドの上に腰掛けてテレビの電源を入れる。その小ぶりな画面には、爆発炎上する何処かのコロニーの様子が映し出された。

 

「……本日未明、旧ロシア領に位置するコロニー・ナホトカが襲撃を受け、壊滅しました。これによる死傷者は五十万人に及ぶと思われ……」

 

  まるでこれが日常であると言わんばかりの調子で、キャスターが淡々と原稿を読み上げる。

 

  可笑しな話である。数十万単位の人命がたった一晩のうちに失われたというのに、僕らにとっては次第にそれが「当たり前」のこととなりつつあるのだ。

  ……全く、ヒトの適応能力というのは恐ろしい限りである。そんなことを考えていると、燃え盛る街並みを映すカメラの前を、一つの黒い影が通り過ぎる。

 

  およそ人のそれとはかけ離れた細長い四肢に、背部から放たれる眩い閃光。忘れたくとも忘れられない、何度見てもやはり異様なそのシルエットに、僕の心拍は加速していく。

 

 

  ––––「首輪付き」。それが、史上最も多くの人命を奪った個人と、その保有するネクストに与えられた渾名であった。

 

 

  その名は、クレイドル03が撃墜された直後に執り行われた、彼らイレギュラーネクスト二体の討伐作戦に由来する。

  作戦にあたった、企業の最高戦力たるリンクス五人で構成されたネクスト部隊は、その数的優位を以ってオールドキングの抹殺に成功したものの、随伴していた彼によって返り討ちに遭い、全滅。後に回収された、リザのブラックボックス上の通信記録において、オールドキングが彼のことを「首輪付き」と呼称していたことから、それが未だ本名が明らかとなっていない彼の呼び名となったのである。

 

  ネクスト五体による襲撃を生き残った首輪付きは、続いてクレイドル07及び19を破壊。全てのクレイドルが放棄され、その住人たちが地上へと降りた後も、各地に点在する有人のコロニーを幾度となく襲撃し、これまでに合計二億五千万もの人々が彼の手によって命を落とすこととなったのだった。

 

  ……それにしても、今まで他人の死には無頓着なつもりでいたのだが、仕事以外の場で大勢の人間が死んでいくのを見るのは、やはり気分の良いものではない。そんなごく当たり前のことに気づいた僕は、テレビの電源を切った。

 

  ただでさえ殺風景な部屋の中を、不気味なまでの静寂が満たしていく。今朝は不思議と食欲が湧かなかった為、朝食を食べる訳でもなくただ茫然としていると、来客を告げる呼び鈴が響いた。

 

 

  こんな朝早くに、一体誰が。玄関まで出て鍵を外すと、チェーンをかけたまま金属製のドアを半開きにする。

 

  氷点下の外気が室内に吹き込む中、そこにあったのは、一人の小柄な女の姿であった。

 

  艶やかな黒髪に、カーキ色のトレンチコート。知的でありながら幼さを残したその顔には、銀縁眼鏡が添えられていた。

 

「えっと、あなたは……」

 

「お久しぶりです、ライアン・ロックウェル。……いえ、『レイヴン』と呼ぶべきでしょうか」

 

  彼女のその言葉を聞いて、僕は大きく目を見開く。容姿に関しては見覚えがないものの、その声と淡白な口調には心当たりがあった。

 

「あんた、まさかカレンか」

 

  彼女は何の反応も示さない。だがその話し方は、明らかにノーマルのコックピットで聞き慣れたそれであった。

 

「でも、何でわざわざ……」

 

  カレンとは比較的長い付き合いだが、その実こうして顔を合わせるのは初めてである。それは僕だけに限ったようなことではなく、十年以上も仕事を共にするレイヴンとオペレーターが、互いに顔を知らないというのはよくあることだった。

  そのため、本来仕事でしか接点がないオペレーターが、直接レイヴンへと接触をはかってくるというのには、何かそれなりの理由がある筈だ。

 

「本当にお気付きになられていなかったのですね。……あなた宛に、新しい依頼が届いています。そのことを何度もメールでご連絡させて頂いていたのですが、返答を頂けませんでしたので、こうして直接お訪ねすることに致しました。依頼内容をご説明したいと思いますので、中に入れて頂けないでしょうか」

 

  寒々とした白い息を吐きながら、それでもあくまで無表情のまま彼女はそう口にする。

 

 

  「依頼」、だと。何を言っているんだ、この女は。

 

「からかいに来ただけなら帰ってくれ。こんなご時世になってまで、経済戦争を続けようとする輩が何処にいる」

 

  目の前の彼女を睨みつけながら、僕は淡々とした語調で続ける。

 

「何の意図があるかは知らんが、あんたの悪戯に付き合ってやるつもりはない。レイヴンの時代は、とっくの昔に終わったんだ」

 

  そう言い残してから扉を閉めようとすると、突如差し出された彼女の右手がそれを阻む。

 

「お待ちください。レイヴンの時代は、まだ終わってなどいません。企業からネクスト戦力のほとんどが失われた今、改めて重宝されて然るべき存在なのです」

 

「そうか、なら言ってみろ。今回の依頼主は誰だ。今更となって、何処のどいつがこんな雑兵の力を必要としているというんだ」

 

  僕が問い詰めると、彼女は少し間を置いてから、もったいぶるようにゆっくりと口を開いた。

 

「そうですね。まだ詳しくはお話しできませんが、こうとでも言っておきましょうか––––企業連」

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