ARMORED CORE〜In the blank〜 作:シリアル
次回までには第一話を完結させたいと思いますので、よろしくお願いします。
2018/3/30 追記:細かな表現や誤植の変更・訂正を行いました
企業連。
彼女が発したその言葉に、僕は息をのむ。
先のリンクス戦争の影響で崩壊した、パックスを母体とする新たな企業連合体。正式名称を「統治企業連盟」と呼ぶそれは、企業間の紛争を調停し、武力衝突を最小限に抑える目的で組織されたものである。
……そしてそれは、出任せを言おうとして出てくる名ではなかった。
では、ネクスト管理機構・カラードを傘下に置き、各企業戦力から構成された連合軍を持つ企業連が、なぜ僕のような一介のレイヴンに。硬い頭でいくら思慮をめぐさせようと、その答えは一向に出そうになかった。
「……どういうことだ。説明しろ」
僕が尋ねると、カレンは大袈裟に肩をすくめてみせる。
「もちろん私もそうさせて頂きたいところですが、こうして玄関先でご説明するわけにもいきませんので」
……全く、いちいち気に触る女である。内心毒づきながらもチェーンを外した僕は、玄関扉を大きく開け広げる。
「入れ」
「それでは、失礼致します」
まるで嫌味のように丁寧なお辞儀をすると、彼女は室内へと足を踏み入れた。
***
「……さて。一体どういうことか、説明して貰おうか」
そう言いながら、僕は湯気を立てるコーヒーカップをカレンへと差し出す。
トレンチコートを脱いでグレーのセーター姿となった彼女は、軽く会釈をしてからそれを受け取ると、一度啜ってから口を開いた。
「実のところ、現時点で私があなたにご説明できる内容はかなり限られています」
肩がけの鞄からホチキス留めされた書類を取り出し、彼女は続ける。
「その中で、こちらが現在開示できる情報の全てになります」
いかにも意味深長なその表現が気になるところだが、ひとまず僕はそれを手に取る。依頼主の欄へと目をやると、そこには確かに、「THE LEAGUE OF RULE COMPANIES」と二十四連鎖のアルファベットが躍っていた。
「『作戦内容に関しては、依頼受託を確認した後に指示する』––––って、これだけか」
僕は尋ねる。1ページ分に渡ってとられた依頼概要の欄には、ほんの短い一文が添えられているだけだった。
「はい。それ以上は申し上げられません」
……これでは話にならない。受託した後にしかその内容を知ることができない依頼など、前代未聞である。
続いて書類のページをめくった僕は、飛び込んできた光景に目を剥く。
そこには、報酬として、この七年間の中でも見たことがないほどの金額が提示されていた。
「成功報酬100000c、前金で30000cだと」
ここまで来ると、奇妙を通り越してもはや異常であった。報酬の相場は、その多くが15000cから30000c、高いものでも50000c行くか行かないかと言ったところである。しかし、今回の依頼に関しては、前金の段階でそれらと同程度の金額を提示しているのだ。
しかも、成功報酬に至っては相場の二倍以上ときた。こんなもの、怪しまない方がどうかしているというものである。
「さて。レイヴン、どういたしますか」
カレンの問いに、間髪入れず僕は返答する。
「受けるわけないだろ、こんな依頼。『前金の高い依頼は受けるな』。レイヴンの鉄則を忘れたというのか。……あんたが納得のいく説明をしてくれるというのなら、話は別だが」
その言葉を受けて、何か考え込むように俯いたカレンは、少ししてから口を開いた。
「申し訳ございませんが、それはどうしてもできません。こればかりは、クライアントとの決め事ですので。……ですが、レイヴン。あなたにとっても、そろそろまとまった収入がないと困る頃合いではないのですか」
僕は返す言葉を失う。
実のところ、彼女の言う通りである。レイヴンとしての仕事が無くなり、収入がゼロとなった今、生活は困窮を極めていた。
日雇いの土木作業に通い、なんとか食い繋げてはいるのだが、やはりまとまった収入が欲しいところではある。そしてそれは、カレンにとっても同じことだろう。
……しかし、どれだけの大金を積まれようと、厄介ごとに巻き込まれるのだけは絶対にごめんだ。
「カレン。悪いが、この依頼を受けるつもりはない。今の僕には他に仕事があるし、それでなんとかやっていけてる。あんたも僕のオペレーターなんてもう辞めて、早く別の仕事を見つけてくれ」
そう言って彼女を追い返そうとすると、その口から信じられない言葉が発せられた。
「……セシリア・ロックウェル」
––––その瞬間、僕の思考は静止した。
何故だ。何故、この女がセシリアのことを知っている。その名はおろか、話題すら一度たりとも口に出したことがないというのに。
「あんた、なんでその名前を」
「あなたの身辺について、少しばかり調べさせていただきました。セシリア・ロックウェル。あなたの実妹にして、唯一の肉親。彼女は『あの日』、どうやらクレイドル03に」
––––気づくと僕は、反射的にカレンの首を壁へと押し付けていた。
「黙れ」
白く細い彼女の首筋を、僕の両手がゆっくりと締め上げていく。
理性の糸がはち切れようとした寸前、左の太ももの辺りに、何か金属的な物体が当たる感覚がした。
カレンの首を掴んだまま、僕は視線だけを下に落とす。そこにあったのは、彼女の右手に握られた、銀色に鈍く光る一丁のリボルバーであった。
それまで上がり続けていた体温が、まるで頭から水を浴びせられたかのように急激に低下していく。僕が首から両手を放すと、彼女はまるで糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
「なんでそんな物騒なもの持ってんだよ……」
妙な脱力感に襲われ、僕はへなへなと床の上に座り込む。
「ご冗談を。こんな世の中になって、物騒も何もありませんよ」
しばらくむせ返るように咳き込んだ後、カレンはそう言って、こちらへと嗤ってみせる。……それが、彼女が僕の前で顕にした、初めての感情らしきものであった。
「さて、重ねてになりますが、この依頼に関する詳細を語る権限は、私にはこざいません。しかし、これだけは申し上げておきます」
立ち上がった彼女は、スラックスの内側にリボルバーを押し込みながら続ける。
「––––この依頼は、あなたの妹様、或いはあなたご自身の悔恨を晴らす、良い機会となるでしょう」
……僕とセシリアの悔恨を晴らす、だと。一体、どういう意味だ。
「それでは、お邪魔なようですので、私はこれで。依頼を受ける気になられましたらご連絡ください。失礼しました」
一つこちらに礼をした彼女は、トレンチコートを羽織り直し、玄関へと向かう。
「ま、待ってくれ、カレン」
そんな僕の静止を耳にも留めず、カレンはそそくさと部屋から出ていってしまった。