ARMORED CORE〜In the blank〜   作:シリアル

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やっとこさ第一話に区切りをつけることができました……
次回は文量が多いので再来週の投稿になるかと思いますが、悪しからず
追記:かなり文量が短くなるかも知れませんが、キリのいいところで来週も投稿しようと思います。

2018/3/30 追記:細かな表現や誤植の変更・訂正を行いました


第一話:来訪者 後編

「––––そういえば。兄さんってさ、将来の夢とか、そういうのあんの」

 

  隣に座った栗毛の少女は、僕にそう問いかける。

 

  狭苦しいアパートの一室。窓から差し込む夕暮れの光に包まれる中、ソファの上の僕は頭を掻いた。

 

「そうだな……。セシリアにはあるのか、そういうの」

 

「もう。またそうやって、私に話を逸らす。いっつもそうじゃない」

 

  そう言って、セシリアは不満そうな表情を浮かべる。……彼女にそんな顔をされると、僕はいつも逆らえなくなってしまう。

 

「わかったよ。そこまで言うなら、セシリアが先に答えてくれたら教えてあげる」

 

「……約束だからね」

 

「もちろん」

 

  僕が頷くと、彼女は勢いよく立ち上がった。

 

「私はね、将来、医者になりたいんだ」

 

  ……セシリアのその告白は、僕にとっては少しばかり意外なものだった。

 

「どうしてだい。セシリアの頭なら、職業なんていくらでも選べる筈なのに」

 

「だって、今の地上には、コジマ汚染に苦しめられている人がたくさんいるし。……母さんだってそうじゃない。だから、そんな人たちの手助けができたらな、って」

 

「……そうか。偉いんだな、セシリアは」

 

  僕は立ち上がり、セシリアの頭へ手を伸ばすと、その栗毛をわしゃわしゃと撫でる。

 

「やめてよ、子供じゃないんだから」

 

  口では抗議しながらも、その表情は満更でもない様子だった。

 

 

「それで。兄さんは、一体何になりたいの」

 

  しばらくそうしていると、突然思い出したかのように彼女は尋ねる。

 

「そうだね、僕は」

 

  将来の夢、か。そういえば、考えたこともなかった。

  少し間を置いてから、ゆっくりと僕は口を開いた。

 

「セシリアと違って兄さんは頭が悪いから、実現出来るかわからないけど……セシリアのことを、少しでも幸せにできるような兄さんになれたらいいな」

 

  言い終えた後で無性に恥ずかしくなった僕は、彼女から赤くなった顔を背ける。

 

「……なんて」

 

「ずるいよ、兄さん」

 

  そう言って、セシリアはそっぽを向く。

 

  少ししてから、彼女は辛うじて聞き取れる程の声で呟いた。

 

「でも、ありがと」

 

 ***

 

  ––––かつての僕には、三人の家族があった。

  両親と、六歳下の妹・セシリアである。

 

  オーメル社でノーマル乗りをやっていた父は、僕がちょうど十歳の時に死んだ。のちに母から聞いた話だが、何でも当時はリンクス戦争の真っ最中で、ネクスト同士の交戦に巻き込まれたのだそうだ。

 

  感動はなかった。実の父親とはいっても、セシリアが生まれた時でさえその場に居なかった男だ。それまで養ってくれたことには感謝しているが、彼個人には特に思い入れは無いし、今ではその顔すら満足に思い出せない。

 

  ……兎に角、その頃から僕は相変わらずの淡白な性格だったわけだが、セシリアは違った。父の死を知った彼女は三日三晩と泣き続け、それをなだめるのに手を焼いたのを覚えている。

 

  一方の母は、父が死んだ翌日にはもう仕事を探し始めていたし、そもそもが感情を表に出すタイプでも無かったから、何を思っているのかはわからなかった。だが、そんな彼女のお陰で、二週間と経たずに新たな収入源を確立した僕たちは、少々貧しいながらもなんとか食っていけるようになった。

 

 

  そんな、家族三人での生活も六年目を過ぎようとした頃、僕たちの自宅に一通の手紙が届く。

  ……それは、クレイドルへの移住許可が下りたことを示す、企業連からの通達書であった。

 

  当時、まだ五編隊の建造までに留まっていたクレイドルへの移住は、企業幹部などの上流階級が優先されることもあって、一般枠がごく限られたものだった。そこで、地上に住む一般階級の中から抽選でほんの数世帯が選出される訳だが、幸運にも、僕たち家族はその一握りに選ばれたのであった。

 

  ひと月ほど後、僕たち家族はクレイドル03へと上がった。移住費用は正直かなりの痛手であったが、結果的には、労働力が有り余っていた地上に比べて裕福な生活を送ることができた。

 

 

  ––––しかし、上空七千メートルでの平穏な日々は、二年と続くことはなかった。

 

  ある日、突然母が倒れ、入院することとなったのだ。

 

  「コジマ性神経障害」。医師は、彼女の病名をそう告げた。

  そして、こうも言った。「既に治療不可能な域にまで達している。逆に、これまで日常生活を正常に営めていたことが信じられない」、と。

 

  その時になって初めて知ったことだが、僕たちがまだ地上にいた頃、母はコジマ汚染地帯で除染作業員として働いていたのだそうだ。

  きっと、その際に浴びたコジマ粒子が、遅れて彼女を祟ってきたのだろう。……二ヶ月後、一度も意識を取り戻すことはなく、母は事切れた。

 

  父の時とは違い、その時はちゃんと悲しむことができた。だけど、涙が流れることはなかった。

  泣けなかったのだ。十二歳の妹とたった二人取り残された今、彼女を養っていかなければならないという責任が、僕が涙するのを許さなかった。

 

 

  ……そして僕は、レイヴンになることを決意した。

 

  かつての父と同じように、比較的賃金の高い企業所属のノーマル乗りになるという選択肢もあったが、そんな中途半端な収入では足りなかった。普通に生活して行くだけなら問題はない、それどころか有り余るほどなのだろうが、僕と違って聡明なセシリアの将来の為に、大量の学費を稼ぐ必要があったのだ。

 

  彼女と離れ、一人地上へと戻った僕は、レイヴンとして幾多の戦場を渡り歩いた。必要とあらば、何人だろうと殺した。それで得た収入は、最低限の生活に必要な分を差し引いて、全てセシリアへと振り込んだ。

 

  彼女と実際に接する機会は殆どなくなってしまったけれど、僕はそれで良かった。なぜなら––––。

 

  ––––なぜなら、セシリアの幸せこそが、即ち僕の幸せだったのだから。

 

  昨年には名門大学への進学も決まり、彼女は薔薇色の人生を歩んで行くはずだった。誰にも、何にも邪魔することのできない、順風満帆な人生を。

  そして何より、僕自身もそれを望んでいた。だと言うのに、彼女は、彼女の人生は……。

 

 

  目の前に、あの日の情景が蘇る。

 

 

  皮肉なまでに清々しい青空の中、その身を炎に焼きながら落下していく揺り籠たち。

 

  ––––そしてその様子を、ただ涼しげに見下ろす一匹の獣。

 

 

「……クソッ!」

 

  込み上げてきたやり場のない怒りに、僕はコンクリート剥き出しの壁を思い切り殴りつけた。

 

  ドスン、と一つ鈍い音がして、天井から細かい塵がパラパラと降りかかる。荒い息を整えながら右手に目をやると、握りしめた拳からは血が滲んでいた。

 

  ……ふと、どうしようもないほどの虚無感に襲われた僕は、 簡易ベッドへと仰向けに倒れ込む。

 

 

  どれほど首輪付きへの憎悪を募らせようと、どれほど自らの手でその命を奪う瞬間を思い描こうと、それが現実となることはない。

  身の程はわきまえている。奴は、僕のような雑兵如きがどうにかできるような存在じゃない。そんなことは、百も承知だ。だが……。

 

 

『この依頼は、あなたの妹様、或いはあなたご自身の悔恨を晴らす、良い機会となるでしょう』

 

  もし、カレンが言っていたことが本当だとするなら。ベッドから身体を起こすと、僕は食い込んだ爪の痕が生々しく残る右手のひらを見つめる。

 

 

  ––––「あの日」、僕は首輪付きの魔の手からセシリアを守ることはおろか、その仇を取ることすら叶わなかった。

 

  だからせめて、どんな形であろうと彼女の無念を晴らしてやりたい。そうは思いながらも、この三ヶ月、僕は何一つとして行動を起こすことができずにいた。

 

  しかし今、好都合にもその機会が目の前に転がり込んできたのだ。これを利用しない手がどこにあるというのだろうか。

 

  ただ、その異様なまでの高額報酬から見るに、今回の依頼は相当に危険な内容であることは確かだろう。

  だが、恐れはなかった。今更となって、失うものなど何処にもないのだから。

 

 

  ––––それに何より、僕はきっと。

 

 

  「……いや、避そう」

 

  核心に触れようとした自らの思考を中断させた僕は、決意を固めるように再び右手を握りしめた。

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