ARMORED CORE〜In the blank〜   作:シリアル

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第二話:ラインアーク 一節

「本日は、ラインアーク地下鉄道をご利用頂き、ありがとうございます」

 

  女性のそれを模した無機質な合成音声が、乗客のまばらな列車内に響き渡る。

 

「当列車は、今から約五分後、現地時間午前十時四十五分に、終点のラインアーク中央駅へと到着致します。乗客の皆様におかれましては、忘れ物などございませんよう……」

 

  耳煩いアナウンスを聞き流しながら、僕はコートの袖の上に巻かれた腕時計へと目をやる。長短二本の針は、的外れにも午後二時十七分を指し示していた。

  ……そういえば、時刻をストックホルムのものに設定したままだったか。僕は腕時計を取り外し、その針を午前十時四十分に合わせる。

  それを再び右手に巻き直し、窓の外に広がる暗闇へと視線を送ると、ふと、手前に映る自らの顔が目に入った。

 

  全く、酷い有様である。見るからに出発前よりやつれたその顔つきに、僕は深い溜息をつく。最大時速千キロの高速鉄道を以ってしても、ストックホルムからここまで到達するのに、実に半日以上もの時間を要していた。

 

  レイヴンという仕事柄、長時間の移動には慣れっこのつもりなのだが、回数をこなせば移動中の疲れが軽減される訳ではない。

  その上タチが悪いのは、「時差ボケ」の存在である。そのせいで、昨夜は八時間もの睡眠時間を確保したにも関わらず、倦怠感は以前より明らかに増していた。

 

  これで、まだ一日は始まったばかりというのだから、先が思いやられる。内心そう零していると、ふと、周囲の風景が徐々に明るみを帯び始めていることに気づく。

  それは、約十二時間にも及んだ、窮屈な地下の旅に終わりが近づいていることを示していた。

 

「……ラインアーク地下鉄道をご利用いただきありがとうございます。当列車は、午前十時四十五分、ラインアーク中央駅へと到着致しました」

 

  列車はその速度を大幅に落としながら、駅の構内へと突入する。

 

「乗客の皆様におかれましては、転倒事故を防止するため、列車が完全に停止するまで席をお立ちにならないようお願い致します」

 

  ……合成音声がそう言い終わらないうちに、列車は既にプラットホーム横へと静止していた。

 

「本日は、ラインアーク中央駅をご利用いただきまして、誠にありがとうございました」

 

  外部のホームドアと連動して、向かって左側の扉が開く。

  プラットホーム上へ降り立った僕は、一つ大きく息を吸い込んだ。……半日もの間金属の箱に閉じ込められていた僕にとっては、地下鉄構内の空気でさえ新鮮なものに思えたのであった。

 

  「地下構内の空気の十五パーセントは、人間の皮膚片で構成されている」。そう言えば、いつかそんな噂を聞いたことがあるのだが、実際のところはどうなのだろうか。

  ……まあ最も、そのような「些細な汚染」を気にしていたら、地上での生活などままならないのだが。広さの割に人のまばらなプラットホームを横切った僕は、改札を通過する。

 

  ふと、構内に設置されたカフェスペースが、僕の目を引いた。

 

  コーヒーでも飲んで一服したいところではあるのだが、生憎こんなところで道草を食っている暇はない。後ろ髪を引かれる思いで、僕は付近のエレベーターへと乗り込む。

  他に誰も利用者がいないことを確認すると、僕は扉の脇に取り付けられたボタンを押す。一呼吸置いてから、円筒形のエレベーターは音もなく上昇を始めた。

 

 

  ……さて、一口に駅と言っても、今僕がいるここに関しては、他のそれとは少しばかり性質が違う。

  実際に列車が発着するのは地下四〜六階の三フロアのみなのだが、地上六十五階建てのこのビル全体が、ある意味で一つの「駅」としての機能を果たしているのだ。

  そしてそれは、この周辺一帯の土地が持つ、とある特異な環境によって形作られた特性であった。

 

 

  一分ほど経っただろうか。階数を表すデジタル表示が「40」で止まり、スライド式の金属扉が開く。その先にあったのは、壁面の全てが透明なガラスで構成された、巨大な展望スペースだった。

 

  エレベーターを降り、ガラス張りの壁の側へと寄った僕は、その向こう側に広がる風景に目をやる。

 

 

  灰色にくすんだ空の下、海面から乱立する高層建築群。そしてそれらを縦断する巨大なハイウェイは、ここ、海上都市「ラインアーク」の最も象徴的なシンボルである。

 

 

  「地面を持たない」というその特異性故、ラインアーク内における徒歩移動には、基本的に各ビル間に敷かれた道路もしくは連絡橋が利用される。

  その中でも、ここ「ラインアーク中央駅」は、最も多くのビルとの間に連絡橋を持っており、この街における交通の要衝としての役割を果たしていた。

 

  ……そして、今回の目的地も、そんなラインアーク中央駅と直接結ばれたビルにあった。

 

  踵を返し、壁面に設けられた扉を開いて連絡橋へと出る。生暖かい新鮮な外気にさらされながら、夏の真っ只中にあるこの街にコートが不適であることに気づいた僕は、それを脱いで小さくまとめてから肩がけ鞄の中に突っ込んだ。

 

  ……連絡橋は、ハイウェイの中央部にある、二本の突起の片方へと繋がっていた。

 

  そこは本来、この街の行政局や税関が置かれている筈の場所なのだが、その入り口に取り付けられた看板には、全くもって場違いな名が刻まれていた。

 

「……『統治企業連盟暫定本部』、か」

 

  口の中で、僕はそう呟いた。

 

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