ARMORED CORE〜In the blank〜 作:シリアル
旧体制を打破し、クレイドルを建造するというふたつの大役を終え、企業はその力を正しく発展へ向けようとしている。
企業に対してこれまで負わせることの多かったコロニーは、今こそ克己の心を持ち、自立への道を進むべきだろう。
何故なら背に負われたままでは、地上と企業とが手を携えての更なる発展に繋がるはずがないからだ。
その第一歩としてラインアークはコロニーという呼び名を捨て、自由都市であることを宣言する。
自由都市であるラインアークは、民主主義に基づいて運営され、人種、政治信条、出自、宗教の別なく自立を望む者を受け入れる。
そして彼らはラインアークを通して市場経済に参加し、何者にも侵されることのない基本的な権利をもって社会に参加する自由市民になるのだ。
ラインアークは自由都市である誇りを忘れず、永遠に彼ら自由市民の生命と財産を守ることを誓うものである––––。
以上、ラインアーク首長、ブロック・セラノがその発足当初に発表した、「新自由都市宣言」である。
奴隷制度的な企業のそれとは真逆の信条を掲げるラインアークは、数百万もの人々が企業から自立した生活を営む、地上における最大勢力だった。
前時代の資本主義国家に似たその運営体系故、企業連は彼らの存在を敵視。幾度となく都市部及び発電施設・メガリスへの襲撃を繰り返していたのだが、クレイドル体制が崩壊すると、連中は突如手のひらを返してラインアークへと合流する。
それは、ラインアークがコロニー間の交通網を掌握していたこともあるが、もう一つ大きな理由があった。
所属リンクス、「Unknown」の存在だ。
先のリンクス戦争において、単騎で一企業を壊滅させた功績を持つ彼は––––政治的配慮からカラード内でのランクは9位に留まっているものの––––、かつてのランク一位をも凌ぐ実力を持つとされる、伝説の傭兵である。
そして同時に、彼は現時点において生存が確認されている、唯一のランカーリンクスだった。
しかし、その乗機であるネクスト「ホワイト・グリント」は、先の企業連との戦闘において大破。ラインアーク内で後継機体の建造が進められていたところ、ネクスト戦力の大半を失った企業たちがその支援を申し出る。
……要するにそれは、ラインアークの主権を侵害しない形での併合の提案であった。ネクスト技術と潤沢な資金を提供する代わりに、彼らもラインアークの守護神たるホワイト・グリントの恩恵にあずかろうとしたのである。
当然、企業体制に反感を持つ現地住民からは多大なる反対の声が上がったものの、ラインアーク本部はこれを承諾。税関ビルの一部を間借りする形で、「統治企業連盟暫定本部」が設置されることとなったのだった。
両脇に十二企業の社旗がはためく中を通り、僕は突き当たりにある扉のノブへと手を伸ばす。すると、突然目の前に差し出された特殊警棒が、それを阻んだ。
「おい。立入許可証を出せ」
左を振り向くと、そこには黒い制服にその身を包んだ、一人の警備員の姿があった。
……そういえば、随分前にそれらしきものをメールで受け取った記憶がある。コートの内ポケットから携帯端末を取り出し、許可証を表示させると、その画面を警備員に向けた。
それに目を通した彼は、警棒を持ったその右手を下ろす。
「……失礼しました。どうぞ、お入りください」
急に改まり、こちらへと敬礼を送る彼に軽く会釈をしながら、僕は扉のノブを引いた。
––––ビルの中に入るなり、いかにもな内容のナレーション音声が耳元に飛び込んでくる。
「我々企業連は、先の資本主義体制の横暴によって枯渇した資源を、人種・性別・身分のいかんにかかわらず、全ての人類へと『節度ある再分配』を実行するための行政機構であり……」
……今更となって、何が「経済による平和(パックス・エコノミカ)」だ。内心そう毒づきながら、プロパガンダ丸出しの映像が垂れ流にされているロビーを抜ける。
エレベーターの前へと出た僕は、上階行きの呼び出しボタンを押す。しばらくして到着したそれには、一人の先客の姿があった。
年齢は、二十代後半から三十代前半といったところか。
スラリとした長身に、それと合うよう仕立てられた上質なパンツスーツ。うなじの辺りで切りそろえられた黒髪と、切れ長の瞳が収まった端正な顔立ちが、どこかアジアンテイストな美しさを醸し出していた。
エレベーターを降りようとする彼女とのすれ違い様、足元に何かが落ちる音がする。
職員手帳か何かだろうか。黒革の表紙に企業連のシンボルマークが刻印されたそれを拾い上げると、彼女の方に差し出した。
「あの、落としましたよ」
そう言われて、初めて手帳を落としたことに気づいた様子の彼女は、こちらを振り返る。
そして予想外にも、それを僕の手から乱暴にひったくると、礼の一つも言わずにつかつかと去っていってしまった。
***
……全く、最悪の気分だ。上昇するエレベーターの中で、僕は深く嘆息する。
これだから、僕は企業の連中が嫌いなんだ。何を勝手に自惚れているのかは知らんが、地上の人間に対するその高慢ちきな態度が、どうも鼻について仕方ない。
さらに言うなら、この場に満ちた独特の「空気」もまた、僕にとっては気に食わないものだった。
例えば、エレベーターの内壁に貼られたこのポスターである。
「Limited resources,For the unlimited future(限りある資源を、限りない未来の為に)」。おそらくクレイドルから撮影したものと思われる青空と、笑顔をたたえた赤子の写真で構成されたそれには、「パックス・エコノミカ」の思想を前面に押し出したキャッチコピーが添付されている。
このような内容の広告は、たった一種に限ったものではない。文字や画像を少しずつ変えただけのそれらが、ここには無数に掲示されているのだ。
そして何より、それらの内容に微塵の疑念をも抱かず、自分たちが「正義の味方」であることを信じて疑わない、あまりにも無垢な職員たちの存在である。……ラインアークという街全体において、この空間だけが明らかに異質であった。
長らくの間、僕はレイヴンとして、決して明るみに出ることのない企業の暗部と向き合いながら生きてきた。
そんな僕にとって、コジマ粒子だけでなく、だだ漏れとなった「貴族」たちの欺瞞とエゴに汚染されたこの空気は、酷く不快なものに思えてならなかった。
八階に到達し、ドアが開くと、僕はエレベーターを降りる。フロアは不気味なまでに閑散としていて、部外者が本当に立ち入って良いものかと躊躇うほどであった。
……そもそも僕は、別に自ら望んでこんな場所にいる訳ではない。
一週間前––––カレンに依頼受託の連絡をした翌日、そのブリーフィング場所として指定されたのが、ここだったのである。
一介のレイヴンに過ぎない僕をその中枢へと招き入れようとする、企業連への懐疑の念はいたずらに強まっていくばかりであったが、今更となって後戻りする訳にもいかない。不本意ながらも、僕は十二万キロもの旅路を超え、はるばるこんな場所までやってきたのだった。
それにしても、企業連の連中は何故、これほどまでにまどろっこしい手段を取ったのだろうか。単に依頼内容の流出を防ぎたいだけなら、もっと上手い方法があったろうに。
ない頭で色々と思案を巡らせながら、僕は「803」の札が掲げられた会議室の前に出る。扉の両脇に立つ警備員に先程と同じく携帯端末の画面を見せ、許可を得ると、僕は中へと足を踏み入れた。