ARMORED CORE〜In the blank〜 作:シリアル
コロニー・バリ。オーメル領インドネシア諸島に位置するこの島は、かつて「地上最後の楽園」とまで評された、世界的に名の知れたリゾート地であった。
コバルトブルーの海と白い砂浜、自然と共存する民族的構造の街……。国家解体戦争以前、幼い頃にテレビで見た風景は、確かに楽園と呼ぶに相応しいものだったことを覚えている。
……しかし今、そんな景色は、この小さな島のどこにも見当たらない。
コバルトブルーとはおよそ程遠い、くすんだ色の海。砂浜には島全体を囲うように高い壁が築かれ、華やかさで溢れていたであろう街も、今はその影の中に埋もれている。
生産性と合理性を最優先する企業の手が加わった結果、近代的に変わり果てた街並みにもはや「地上最後の楽園」の面影はなく、ただ何とも形容し難い虚しさだけがそこには横たわっていた。
……それにしても、全くの期待外れである。「バリ島」と聞いて華々しい風景を想像していたのだが、この様子では他のコロニーとさして変わりないではないか。
日没が近づいて赤みを帯びた、退屈な風景を眺めながら一つ大きな欠伸をすると、僕は視線を内側へと移す。
定員五十名ほどの、特に語るべき特徴もない中型バス。その車内では、乗客のほとんどがシートに身を持たせて眠りについていた。
……無理もない。なにしろ僕らはかれこれ六時間もの間、このような窮屈な中に拘束され続けているのだから。
あの後––––バートランドによる種明かしの後、僕たちレイヴンはその目的も知らされぬまま、ラインアークから千二百キロほど離れたバリ島まで移動することとなった。
オーストラリア大陸とインドネシア諸島を繋ぐ、ラインアーク・ハイウェイのモノレールに揺られることおよそ四時間。ティモール島に上陸した僕たちは、現地の空港から企業連の航空機に乗り込み、一時間半かけてバリ島・ングラライ空港に到着する。
やっと息苦しさからも解放された、と安堵したのもつかの間。続けざまに僕らはバスへと乗せられ、一時間近く陸路移動を続けて現在時刻は午後六時を回ろうとしていた。
これほどの長時間を退屈な移動だけで費やせば、眠気がさしてくるのも当然である。かく言う僕も、暇つぶしにと持ってきていた文庫本を全て読み終えてしまってからは、強い睡魔に襲われていた。
しかし、今の僕に限っては、他の大勢と同じようにうたた寝することも出来ない。その主な原因は、隣のシートで眠るアーロンにあった。
獣の唸り声にすら似た、人のそれにしてはあまりに強烈ないびき。当の本人は気持ちよく夢でも見ているのだろうが、真横でそれを聞かされるこちらはたまったものではない。
さらにタチが悪いのは、いくら眠れないとは言っても、決して目が冴えるという訳ではないことだ。外の様子でも眺めて気を紛らわそうとはしているのだが、こうまで退屈な風景ばかりでは返って眠気は増すばかり。携帯端末を取り上げられているせいで他に暇つぶしになるようなこともないし、全く悩ましい限りである。
……しかし、どうにも奇妙だ。僕は再び、窓の外に広がる風景へと目を向ける。
一切の面白みに欠いた、殺風景な街並み。問題は、その中のどこにも「住民の影がない」ことにあった。
コロニー・バリは現存するコロニーの中でも汚染が軽微な部類に入り、クレイドル体制の崩壊によって大量の人口が流入した現在においては、合計五百万人を超える人々が生活しているという話だった。……しかし、そんな情報とは裏腹に、ングラライ空港を出発してから今までの約一時間、唯の一人の住民も見かけたことがないのである。
数百万単位の人間が跡形もなくその姿を消すなど、そう簡単に起こるようなことではない。 一体、この島で何があったというのだろうか。
それに、何より。未だ僕には、企業連が僕たちを雇用した意図が全くもって掴めない。
もはや企業に経済戦争を継続できるほどの体力など無く、地上に点在する反体制勢力も、この異常事態に皆なりを潜めている。かつての敵対勢力であった––––とは言っても実際は一方的に目の敵にしていただけの話なのだが––––ラインアークとも今は和解し、協力関係にあるというのに、企業連は何故今更となってまでレイヴンを必要とするのだろう。
しかもこんなゴーストタウン紛いの場所にまで連れてきて、連中は僕らに何を……。
––––まさか。
……いや、あり得ない。脳裏によぎった突拍子もない考えを、僕は強引に振り払う。気づくとバスは、軍事基地らしき巨大な施設へと差し掛かっていた。