「全ては神聖なる主の御心のままに」
司教様は僕にそう仰られた。
この命の存在理由、それは邪悪なる魂を遍くこの世から抹殺する事。
邪悪な魂、それは即ち吸血鬼などを初めとする人では無く人に仇為す化け物。
即ち――――――
神を信仰して人を守護する教会*2には相容れない存在だ。
僕を育て上げた教会の関係者も当然彼らを存在する事すら許しはしないし、
僕も彼等に容赦する必要は無いと思っている。
邪悪なる魂は神が造り上げたこの地上に相応しくは無い。
塵は塵に、灰は灰に還るべきだ。いや、僕が還させてやろう。
僕は
その最後の詰めという時になって、僕は司教様直々に呼び出された。
そしてある事を命じられた。『陽海学園』*3へ行けと。
どういう訳かわからないが僕は御子神典明という男が経営する
何故、僕が編入できるのか?
答えは極めてシンプルだ。
僕は厳密にはホモ・サピエンスでは無い。
フラスコの中で命を受けた錬金術の到達点、結晶化した魂、人造人間。要するにホムンクルス*4だ。
僕は人造とはいえ人間だ。
構成物質も構造もそう変わらない。普通の人間と変わらない外見に五感も揃えている。思考能力も感情だってある。
だが、
人に似た人以外の者であるが故に。
故に時至らば、我ら銀貨三十神所に投げ込み、荒縄を以って己の素っ首吊り下げよう。
それしか僕に存在理由は無く、それが僕の存在意義であるが故に。
だからこそ今回の僕の功績を以って大司教に昇進される司教閣下が、命令の結びに云われた神の意志への服従の言葉と同じ言葉を僕も繋げる様に紡ぐ。
「全ては神聖なる主の御心のままに」
司教様は満足そうに頷かれるとローブを翻して去って行かれた。
これより邪悪なる化け物達がこの世から一切合財の例外なく朽ち果てる序章が始まるのだ。
僕は己さえ存在しないその美しい世界に夢を馳せながら、少しだけ緩みかけた口元を引き締めた。
2年生として入学した僕は
歩き言葉を放つ魔法と称されるホムンクルスに並ぶ賢者の石と僕の眼の色から採った。
元々僕に名前など無く、化け物、ホムンクルス、人造人間、496号としか呼ばれてこなかった。
だからこれは特に意味も無い偽名だ。
最初に担任である
人外の化け物達が人間に偽装して、人間社会に溶け込んで共存する為の学園だそうだ。
まあ、石神教師自身にもどうでもよさそうな口調で話された事だし、特に気にする必要は無いだろう。
――
第一、この世の穢れである妖怪たちが神に愛された種族である人間と共存など出来ようはずも無い。
話半分に建前を聞き流しながらも気になる事があったので、もしこの学園に人間が入り込んでいたら? と聞いたところ、
元気そうな者達からはほぼ満場一致で「喰らう」という結論に出た。
教師さえ建前だけでも止める様子は無い。どうやら校則でこの学園に人間はいてはならない者と決まっているらしい。
更に見付け次第殺しても良いと。
その上人間との共存などという矛盾した理念を掲げる。結局は人間に化けて
やはり滅ぶべき種族だ、
僕は己のこの肉体にさしたる興味は無い。
その様に教育されてきたし、僕自身も己の意志でそれを理解して受け入れている。その事に不満も疑問も存在しない。
クラスの初日の授業は初日という事もあり、各教科の教師たちも雑談の割合が多かった。
特に僕は学生として教師に期待している事は無い。何故なら僕は
生まれた時には知識を含め全てが既に完成しきっている。それ以上の成長は無い代わりに、成長する事無く完全だ。
とはいえ、僕にはホムンクルスとして唯一不完全な所がある故に、その部分はいずれ何とかしなければならない。
まあ、それを含めて問題は何一つない。この周囲の同級生達を教師を含めて血祭りに上げる事さえできるだろう。
ただ、今がその時では無いと言うだけだ。
2年生として編入した事で、部活に入らなければならないという事は少々面倒であった。
3年生であれば何とか進学を理由に省く事が出来ただろう。
とはいえ、元より僕には知識における遅れは考える必要が無い。
だから部活を通じて周囲の信頼を勝ち取り情報を入手しやすい環境を構築しても良い。
それか、生徒会や何かしらの委員会に入るのも良いだろう。
理事長に目を付けられやすくはなるが、懐にはより深く入り込める。
だが、先ずは生徒の中で僕の価値をある程度アピールしておかなければそこにいきなり転入生が入り込む事は難しいだろう。
個人的には秩序を重んじると言う公安委員という名の風紀委員が好みではあるが、神の秩序に逆らう
因みに同じクラスの真面目そうな女子生徒
さて、担任の部活である絵画や彫像には特に興味が無いので、他の部活を見回る事にしてみた。
音楽や絵画などは聞いたことや見た事があれば完全なそのままの状態で再現できる。だからそこに楽しみは感じられない。
成長の概念に欠ける僕にはとてもむなしいものだったからだ。
それに僕の記憶の中には絵に残したいような美しい風景というものは無い。あるのは灰色の壁だけだ。
水泳はした事は無いが理屈は理解している。恐らく問題は無いだろう。
同じ構造をした者よりかは遥かに上手く泳げる。
…流石に尾びれを持つ
殺し合いなら無理に泳ぎで相手をする必要は無い。
少々騒がしくなっていたが、殺し合い奪い合いは
そう結論付けて素通りする事にした。
ミイラ部とか鍼灸部とかがあったが鍼灸はともかくミイラ部には全く興味がわかなかった。
科学部には内心では複雑ながらも得意分野中の得意分野と言えたが、正直レベルが低すぎた。
人間と科学の間に生まれた
試行錯誤した上に失敗する事もある科学部の者達は無様で哀れでしかなかった。
とはいえ、転入した上で部活にも入りませんというキャラクターでは周囲の受けは良くない。
だから美術部と科学部に在籍しておく事にした。特に興味がある訳では無い。寧ろ無いと言い切ってしまっても良い位だ。
同じ部の者達が
だからこそ、此処で成果を出すほど僕が目立つ事が出来る。
そして3年生になる時には委員会か生徒会にでも身を置こう。
…そういう計画だったんだが、
「翠君の銀色の髪ってさらさらー」
「翠くんって女の子みたいな顔だよね」
僕にそう言っていた同級生で同じ美術部の女子生徒達が失踪した。
こう言う騒動はこの学園では少なくないらしい。…秩序を護っているという公安委員も大したものじゃ無さそうだ。
まあ、特に誰が失踪しようと関係無い。関係無いんだけど、一応、そう一応心配であり解決したがっている姿勢を見せるべきだろうと思う。
無論、この学園の上層部の覚え良くする為の者であり、決して善意でもクラスメイトへの友情でも何でも無い。
そういう訳で調査をしていると、石神教師に呼び止められた。
彼女は僕の担任で顧問であるから無碍にするわけにもいかない。
話を聞いてみると僕をモデルに作品を作りたいそうだ。
石神教師に誰もいない美術室に併設された保管室に呼び出された僕は、少しだけこのシュチュエーションは不謹慎ではないかと考えたが、その浅ましい考えは捨てるべきだとすぐさま思考から追い払った。
共に部屋に入るなり鍵を閉めて僕に近づいてくる石神教師に先程の想像が鎌首を擡げてくる…という事は無い。
周囲に存在する布を被せられた丁度女子生徒一人分の大きさの何かが周囲に存在している。
そして僕の前には蛇の頭を持つメデューサ*8の本性を現した美術教師がいるのだから、これで状況が解らない方がどうかしている。
その頭の蛇の一匹が僕の腕に噛み付いた途端、身体が石化し始めた。
「君を一目見た時からコレクションにしたいと思っていた。
石になっても感情も残るし泣く事も出来るよ。そしてそのまま永遠に美しく在れるんだ。
君は本当に美しいよ。男子生徒をコレクションにしたいと思った事は今までに無かったが君は特別だ。光栄に思ってくれ」
そういうことらしい。まあ、折角なので取り敢えずそのまま石化してやると、僕を撫で回した後、石神教師は何処かに出て行った。
バンパイア*9が力、ウェアウルフ*10が速さを誇る様に、ホムンクルスにも得意分野がある。
それは知識と魔力。自然と人間の狭間にある魔女*11以上に優れた彼女達の上位存在だ。
自然とは所詮科学に解析されれば全て紐解ける存在に過ぎない。
ならば理解して分解と構成を行えるなら化学は自然の上位存在として認められるだろう。
速やかに石化を解除すると、今度は隣りの美術室で何かが争い始めた。
隣りにいる此方にも被害が及べば、石になった被害者たちに取り返しのつかない怪我が及ぶ可能性もある。
何せ石は衝撃で割れてしまう。
故に急いで周囲の女子生徒たちの石化を解除し終わった瞬間、美術室から何かが飛び込んできた。
その飛び込んで来た存在を見て身体中の血液が共鳴する様な何かを感じた。
彼女の存在は一応知っている。彼女はこの学園でも滅多にいない上位妖怪の一人だからだ。
その種族はバンパイア、力の大妖とも呼ばれる種族だ。
ついでに以前水泳部で暴れていた張本人らしい。
石神教師は石化が解けた僕達を見て驚いていたが、僕も担任が犯人であった時には少しだけ驚いたんだから構わないだろう。
正直、本気でやればこの担任を倒す事など難しくは無い。それはこのバンパイア
だが、敢えて力を無駄に披露するよりかはこのバンパイアに花を持たせて、僕の戦闘力を隠匿するのもアリだろう。
そう考えて居た所、水泳部の事件の原因というかまあそんなポジションにいた男子生徒の
さて、彼との関係性も含めてその強さの拝見と行こうか、
人質になった彼は必死に暴れているが、どうやら非力な様で大した抵抗にはなっていない。
逆に蛇に襲われてどんどん出血箇所が増えていっている。
青野も早く本性を出せばいい。この学園の生徒なら化け物の類なんだろうから。
でも、彼はそれをしない。…まさかな。いやそれは考えられる可能性としては低い。
人間であるとすれば此処には居る筈が無いからね。
それにしても非力だ。助けられる側の青野も、助けようとするバンパイアの赤夜も。
だが、非力な彼を助けようとして駆け寄った赤夜のロザリオを、血を流しながら暴れる青野が外した時、状況は一変した。
ロザリオが外れたと同時にその一瞬前とは溢れ出る力も、容姿もかけ離れたものとなった化け物が其処に居た。
「よくやった月音」
赤夜はそう言っているが、月音は赤夜を変身、若しくは解放するロザリオを外した程度だ。
今の赤夜は先程までのか弱そうな印象とは一変して、実に暴虐の化身たる吸血鬼らしく感じる。
実際
非力な存在が振り絞った非力なりの全力への称賛か。…下らない。
だが、ここで赤夜の全力では無いだろうが本気が見れた事は僥倖だった。
そういう意味では僕も青野に良くやったと言ってやってもいいかもしれない。
彼に花を持たせてやろう。
髪の大部分を痛められて発狂した僕の担任は、赤夜から距離を取りその力を恐らく彼女の限界まで高めている。
石神教師の目の周囲にかなりの魔力が凝縮され始めた。まあメデューサだからね、僕がその立場なら初撃で使っていただろうけれど。
――――石化の呪いが掛かった邪視の魔眼だなんて代物は。
「青野月音、受け取るが良い」
周囲の材料で生成した大盾の形をした
その盾を持って赤夜の前に躍り出た青野は、メデューサの石化の魔眼を跳ね返した。
哀れ、攻撃に全力を向けたせいで自らの石化の呪いを受けた美術部顧問は彫像になってしまい、この事件は解決した。
石化が解けるのは一週間くらい先だろうから、それまで反省して貰うとしよう。思考や感情は石になってもあるらしいからね。
ただ一つ、この事件の解決に当たり納得が出来ない事がある。
僕と青野月音は、ヌードモデルのまま石化してそして元の身体に戻った女子生徒に謂れの無い中傷を受けた事だ。計算外だ。
やはり妖怪という生き物は度し難い。